大阪東教会礼拝説教ブログ

~日本基督教団大阪東教会の説教を掲載しています~

コリントへの信徒への手紙Ⅰ第16章5~24節

2024-05-07 18:33:27 | コリントの信徒への手紙Ⅰ

2024年5月5日大阪東教会主日礼拝説教「主よ、来てください」吉浦玲子

<信仰と生活>

 コリントの信徒への手紙Ⅰも最後の部分となりました。この手紙だけでなく、多くの書簡の最後には、こまごまとした挨拶や、いろいろな予定などが書かれています。今日の聖書箇所でもこれからのパウロの旅の計画などが語られ、また弟子であるテモテをよろしく、とかアポロはそちらに行かないということも書かれています。なんだか諸連絡のようでもあり、少し人間臭い内容のようにも思います。書簡ですから、そういうことは書かれて当然でしょうが、聖書に正典として残っているものにこういう箇所があるのを読むと少し不思議な感じもします。

 しかしこれは、当時の教会が実際に生きている人間が集まり、現実の世界の中に息づいていることを示します。そしてそれはパウロの時代のみならず私たちの信仰が、人と人との交わりや、さまざまな現実的な状況から乖離したものではないことも示しています。信仰は教理や理論、心の持ち方の問題だけではなく、生きていくことすべてに関わることです。というより信仰者は、イエス・キリストの十字架と復活の出来事によってすでに新しい命に生かされている者です。生きることも死ぬこともすべてイエス・キリストとつながれ、キリストの命の中にあって、この現実の世界を生きます。その現実の日々の中で、食事をしたり、働いたり、遊びに行ったり、そして家族や職場や友人、地域とのつながりがあったり、ある時は孤独を感じつつ、生きていきます。教会もまたそうです。教会は礼拝共同体であり、その礼拝は前奏、招きの言葉から始まり、中心となる神の言葉、感謝、と祝祷後奏で終わります。しかし、そののちに「報告」の時間があります。「報告」は、本来は礼拝の中で行うものです。ただ事務的なこまごました連絡事項があったり、個人的なことに関する案内やお知らせもありますので、いったん礼拝が式としては終わった後にしています。しかし、教会員の逝去といった事項は礼拝の式の中で「報告」としてお知らせします。礼拝の式の中で行う報告にしろ、礼拝の後奏のあとの事務連絡的な報告にしろ、礼拝は広い意味において報告まで含めて礼拝なのです。報告は教会がこの世にあって、活動をしていること、また教会がそこに集う一人一人がそれぞれに人生を抱えて生きていることと切り離された存在ではないことを示します。神学的な話と、礼拝の後に「今日は皆で掃除をしましょう」ということはまったく切り離されたことではないのです。

 パウロの書簡においても、神学的なことを伝えている部分や教会生活・信仰生活のあり方を伝えている部分と、今日の聖書箇所の「マケドニア経由でそちらにいきます」というような話はなだらかにつながっています。

<神によって開かれる門>

 しかしまた、連絡事項のような挨拶のような今日の聖書箇所も重要な内容がちりばめられています。まず教師についての事柄です。パウロはマケドニア経由でそちらへ行きます、と語ります。五旬祭、つまりペンテコステですが、ペンテコステまではエフェソに滞在して、コリントにはついでに行くのではなくじっくりと滞在したいと書かれています。「わたしの働きのために大きな門が開かれているだけでなく、反対者もたくさんいるからです」とパウロは語っています。パウロは自分の考えで伝道旅行をしているのではなく、主の導きによって旅をしていました。使徒言行録を読みますと、その計画はしばしば変更されたことがわかります。滞在した町で騒動が起こり出ていかざるをなかったこともあれば、はっきりと理由は示されていませんが、行こうと思っていたところに行けないこともあったようです。そのすべてが神の御心に沿ったものだとパウロは考えているのです。その働きにはたしかに「大きな門」は開かれていました。パウロは神に召されて伝道者として用いられていたのです。自分の希望で伝道者になったわけではありません。神が門を開いてくださり、その門のむこうに押し出してくださったのです。皆さんの人生もそうです。神が門を開いてくださる、その門は場合によっては自分の望んだ方向への門ではないかもしれません。でも神と共に生きる者は神によって門を開かれ道を示され歩んでいきます。その道も反対者がいたり、困難なこともあり、思ったようには進めないかもしれません。しかし門を開いてくださった神は、同時に、たしかな輝かしいゴールまであなたを運んでくださる神でもあります。パウロもまた皆さん方も、神に導かれてこの地上を旅する者です。

<神の召しを受けた者を尊重する>

 そしてまた同時にここで大事なことは、パウロがコリントに行ったり、アポロは行かない、また年若いテモテが行く、そういったことも、すべて神の導きによることだということです。昨年、大阪東教会は東京神学大学から夏期伝道実習の神学生をお迎えしました。彼女は単にインターンシップや教育実習に来られたわけではなく、神の召しにこたえ、神に仕える者として来られました。単に年若い実習生として歓迎するのではなく、そこに神の働きを私たちは十分に見ることができたでしょうか。また別の観点で言えば教会への牧師の招聘の問題においても、神の召しということが第一に考えられねばなりません。その教師をまことに神から遣わされた者として受け入れることができるかどうか、というところに教会の信仰の成熟が求められます。

 パウロは若いテモテに関して「彼は主の仕事をしているのです。だれも彼をないがしろにしてはならない」と語っています。これは年長のパウロが、弟子であり後輩であるテモテのために大事にしてやってね、と人間的配慮をいているわけではありません。主の仕事をする者を教会はないがしろにしてはならないと言っているのです。テモテであれ、パウロであれ、今日の牧師であれ、完全な人間はいません。しかしテモテであれパウロであれ今日の牧師であれ「主の仕事」をしている、ということの重みを教会はしっかりわきまえるべきであるとパウロは語っているのです。そのスキルの髙さや人徳以前に、神に召されて、神から門を開かれ、主の仕事をしている、その重みをわきまえない教会は結果的に祝福を受けないのです。

 ここでアポロはコリントに行かないということもさらっと書かれています。コリントの信徒への手紙の最初の方に、教会の中で、パウロ派、アポロ派、ペトロ派に分かれて争いがあることが書かれていました。ここでパウロがアポロはいかないとわざわざ書いているのは、パウロが「コリントの教会の真の指導者は私であってアポロではない」ということを言っているわけではありません。むしろパウロやアポロといった指導者同士は教会の覇権を争っているわけではないということを強調しているのです。パウロとアポロの間には親しい対話があり、それぞれにその働きに神の門が開かれており、神の導きに従っているのです。アポロ自身、今自分がコリントに行くことはパウロの手紙によって鎮静化している対立を再燃させるかもしれないと判断していたと思われます。しかしそれはアポロの思慮を越えて、行かないということが神の御心としてアポロには示されていたということです。

<大きな教会>

 そしてこの結びの部分で大事なことは、それぞれの教会が単独の教会だけでなく、教会がさらに大きな交わりの中で息づいているということです。前にも、「大きな教会」「全体教会」ということを申し上げました。教会は時代的にも場所的にも単独で立っているのはありません。パウロ、アポロ、テモテが同じ信仰をもって、それぞれに巡回していろいろな教会を伝道しています。そしてまた「アジア州の諸教会があなたがたによろしくと言っています」とあるように、場所的にも文化的にも隔たった教会が有機的につながっているのです。私たちの教会は、西部連合長老会へ来年加盟する予定になっています。それもこの大阪東教会が単独で立つものではなく、同じ信仰に立つ教会と有機的につながっていくということです。ここで繰り返し申し上げますが、連合長老会に加盟するのは単に困った時の互助や組織に入っていれば安心だからということではありません。牧師の招聘のためでもありません。ある意味、加盟によって、教会の負担はむしろ増える部分もあるでしょう。たとえば私自身はすでに個人加盟をしており、これまでも何度か無牧の教会の説教応援をさせていただきました。私の不在の時には代わりに応援の先生に来ていただきましたが、その対応に関しては長老を始め皆さんにもご苦労いただいたと思います。さらに、今月、来月と、牧師がご病気の教会へ日曜午後、応援に行くことにもなっています。教会同士が共に支え合い、時に痛みも分かち合いつつ歩んでいくなかで、それぞれの教会も祝福されるのです。

<マラナ・タ>

 そして手紙の最後のところには「わたしパウロが、自分の手で挨拶を記します」とあります。パウロの手紙はパウロが語るのを書き留める人がいました。つまり口述筆記された手紙です。しかし最後の挨拶はパウロ自身が書いているというのです。ですから手紙のそこだけは字体が他の箇所と違っていたでしょう。パウロは目が悪かったと言われますから、パウロが書いたところだけ、字が特別大きかったかもしれません。その大きな字でパウロは精一杯の愛を込めて挨拶を書きました。

 しかし、この挨拶の最後のところは少し不穏な言葉が書かれています。「主を愛さない者は、神から見捨てられるがいい。マラナ・タ。」神から見捨てられるがよいという言葉は怖い言葉です。ここは原語で「アナテマ」という言葉で、端的に言って「呪われよ」という意味です。神はすべての人間を愛し、キリストはその救いのために十字架にかかってくださいました。神がそれほどに愛してくださっている人間に対し「呪われよ」なんてパウロは愛のない酷い言葉を言っているように感じられるかもしれません。しかし、呪いということは、旧約聖書から出てくることです。神の祝福と呪いはワンセットで語られているのです。神に従う者には祝福が、逆らう者には呪いが語られていました。

 主イエスは十字架において、人間が受けるべき呪いをその身に受けてくださいました。ですから主イエスの十字架と肉体を持った復活を信じる者は呪いから免れています。ですからパウロが「呪われよ」と書いていても私たちは呪いを恐れる必要はないのです。しかしまた、主イエスを信じる者は当然ながら主イエスを愛する者です。私たちがほんとうに自分が救われたことを聖霊によって知らされ感謝しているならば、私たちは主イエスを愛するのです。愛するゆえに主イエスに従い、先ほど言いましたように、必ずしも自分の思い通りに道が進めなくてもそこに神の御心を見、主イエスが共におられることを感謝します。一方で主イエスを信じると言いながら、自分の思いだけで生きていく、むしろ神を口実にして自分の思いを成し遂げようとするなら、それは主イエスを愛しているとは言えません。たとえば愛する家族を養うためと言いわけをしながら、実際のところは家族をないがしろにして自分の権力欲のために仕事や社内の駆け引きに夢中になっていることと変わりません。神を口実にして、自分の欲望を満たそうとするとき、それは主イエスを知らないこと、信じないことより罪が深いことです。

 そして「マラナ・タ」という言葉があります。これは主イエスがふたたび来られることを待ち望む祈りです。私たちはこの世界が新しくされ完成されること、そして自分自身が新しい永遠の命を生きる体を受けることを待ち望んで生きます。この願いは、私たちが聖霊によってキリストの受肉と復活の神秘を知らされることを土台とした祈りです。処女降誕も肉体の蘇りも理性では理解できないことです。聖霊によって知らされることです。神であるキリストが人間となられ、人間として死なれ、そして蘇られた神だということを知らなければキリストの再臨はまことには希望としてもてないのです。単に死んだら天国で幸せに暮らすということではなく、また、この世界に神の国を人間の力で作り出すというのでもなく、神がすべてを成し遂げてくださることを信じる信仰によって「マラナ・タ」という祈りは祈ることができるのです。私たちは信じています。キリストがふたたび来られることを。「マラナ・タ」と私たちも祈ります。聖霊に導かれて「マラナ・タ」と祈る私たちに、再臨の時までは目には見えませんが、今日も明日も未来も、神は共にいます。

 


コリントの信徒への手紙Ⅰ 第10章1~27節

2024-01-21 15:56:01 | コリントの信徒への手紙Ⅰ

2024年1月21日大阪東教会主日礼拝説教「越えられない試練はない」吉浦玲子

<金の子牛はどこにある>

 信仰をもって、すぐの時も、また、何年、何十年とたったとしても、神様は現実のことのようには目に見えるわけではなく、その声を聞けるわけでもありません。それでも、神様が守ってくださる、イエス様が導いてくださる、そう感じることが折々にあり、それゆえに、神を信じ続けることができると感じる方が多いのではないでしょうか。単なる偶然とか、運が良かったでは済まないようなことがたまに起こる。そういったことが少し奇妙な、不思議なありかたで起こったりする。そのなかで少しずつ神への確信が増し加えられていきます。そもそも人生において、奇跡的な体験や、神の臨在を強く感じる体験を繰り返ししているから信仰が保ち続けられるのか、必ずしもそうとは限らないと思います。聖書を読んでもそれはよく分かるのです。

 旧約聖書における最大の奇跡は、何といっても、モーセが率いるイスラエルの民が、追って来る当時世界最強のエジプト軍の精鋭部隊を背後にし、目の前は海という状況で、絶体絶命のピンチという場面で、神が、目の前の海を分け、海の底に道を作ってくださり、イスラエルの民はその道を渡ってエジプト軍から逃げることができたという「海の奇跡」でしょう。イスラエルの民はエジプト軍から守られ、それまでの400年間、エジプトの奴隷であったことから解放されました。イスラエルの民は、もちろん神に感謝し、喜びました。彼らはとてつもない神の奇跡、神の救いにあずかったのです。

 でも、そのわずか三日後には、人々は神への不平を言いだします。さらには、モーセが神から律法を授かるために40日の間、シナイ山に上っている間、こともあろうに、残っていた民は、金の子牛を作って、その子牛を神として崇めていたのです。パウロが7節で「彼らの中のある者がしたように、偶像を礼拝してはいけない。「民は座って飲み食いし、立って踊り狂った」と書いてあります。」と語っているのはこの時のことです。海を割り、また、水がないと叫ぶ民のために岩から水をほとばしらせてくださり、食べ物がないという民のためにマナを降らせてくださった神を信じることをせず、こともあろうに金の子牛を作って崇めていたのです。神を見ることも耳で聞くこともない私たちからしたら、これだけはっきりと神のなさったことを体験しているイスラエルの民の背信には驚くばかりです。この金の子牛の出来事は、「海の奇跡」からまだ二か月も経っていない時の事です。私たちは、このイスラエルの民を愚かであると思います。今日、私たちは神様が目に見えないからと金の子牛やら、目に見えるありがたいご本尊のようなものを作って崇めるようなことはしません。では私たちが、まったく偶像崇拝をしないといえるのか?それは分からないと思います。

 偶像とは神ならぬものを神とすることです。現代においても私たちには絶えず神ならぬものを神としようとする誘惑を受け、場合によっては負けてしまいます。そもそも人間は神に救われていながら、すぐにそのことを忘れてしまいます。洗礼において、救われながら、その感動が去れば、すぐに救われている自分を忘れてしまうのです。あからさまにお金や地位や権力を頼りにはしないかもしれません。つまりお金や地位や権力を神とはしないとしても、神よりも自分の思いを優先するという、いってみれば、自分を神とする性質は誰にでもあるでしょう。実際のところ、それでは「海の奇跡」から三日後に神に不平を言って二か月も経たないうちに金の子牛をあがめていたイスラエルの民とあまり変わりません。

<神の力を信じる>

金の子牛の出来事以降も民の背信は続き、結局、出エジプトをしたイスラエルの民で約束の地に入ることができたのはヨシュアとカレブのふたりだけでした。度重なる神への反逆を行った民は荒れ野で滅び、最初にエジプトを出てきた民の子供の世代の人々が約束の地に入ったのです。パウロは11節で言います。「これらのことは前例として彼らに起こったのです。それが書き伝えられているのは、時の終わりに直面しているわたしたちに警告するためなのです。」イスラエルの民は神から救われました。しかし繰り返し神以外のものを神とし、神に不平を言い続けてきました。そして結局、約束の地に入れませんでした。

 じゃあ私たちも神様に不平を言ったり、不信仰な態度を取ったりしたら、御国に入ることはできないのでしょうか。主イエスご自身はこうおっしゃっています。「だから、言っておく。人が犯す罪や冒瀆は、どんなものでも赦されるが、“霊”に対する冒瀆は赦されない。人の子に言い逆らう者は赦される。しかし、聖霊に言い逆らう者は、この世でも後の世でも赦されることがない。」主イエスはここで、人間が犯すどんな罪も冒涜も赦されるとおっしゃっています。「人の子に言い逆らう者」つまり主イエスに逆らう者であっても赦されるとおっしゃっています。ただ「“霊”に対する冒涜は赦されない」とおっしゃっています。“霊”というのは聖霊であって、神の力とも言えます。主イエスは神の力によって、聖霊の力によって、十字架のうえで罪の力に勝利されました。そして私たちを救ってくださいました。“霊”を信じないということは、神の力による主イエスの勝利を信じないということです。つまり神の救いを信じないということです。神の救いを信じない者は、当然ながら神の救いにはあずかれないのです。

 出エジプトの民は、単に神に不平を言っただけではなく、神の救いを信じていなかったのです。彼らは海を割ってくださってまで救っていただいたのに、荒れ野の旅の途上で幾たびも「こんなことならエジプトにいた方が良かった」「エジプトの肉鍋はおいしかった」と言ったのです。つまり、エジプトで奴隷だったことから解放され救われたことを心から感謝していなかったのです。神の救いを信じていなかった。神の霊の力よりも、エジプトの肉鍋の方が良かったのです。神の力を信じていなかった。ですから彼らはパウロがいうように「悪しき前例」として滅びました。神の“霊”の力を信じていなかった、神の救いを信じていなかったからです。救いを信じていなかったのですから、救いにはあずかれなかったのです。

 私たちは時に神様に不平を言っても良いのです。主イエスはどんな罪でも、キリストを冒涜したとしても赦されるとおっしゃっているのですから。「なぜこんなことになるのですか」と神に向かって叫んでもいいのです。しかし、ただ、キリストが十字架において勝利してくださった、神の霊の力によって勝利してくださった、そのことを忘れさえしなければいいのです。キリストが、その勝利のしるしとして、肉体をもって復活してくださった。そのことを感謝して喜ぶ心を持っていたら良いのです。翻って「復活なんてあれは作り話だ」とうそぶく心には、キリストが“霊”によって、神の力によって勝利され復活なさったことを信じる心はありません。そこには救いはありません。

 ですから私たちは折々に信仰が弱く、時に神への不満に陥るかもしれません。神ならぬものを神とする誘惑に負けてしまうかもしれません。しかしそのたびに十字架と復活に立ち帰ります。キリストが神の霊によって私たちを救い出してくださったことに立ち帰ります。そのとき、私たちはいくたびもいくたびも神を悲しませ、時に冒涜する者であったとしても赦されるのです。

<耐えられない試練に神はあわせられない>

 荒れ野を歩んだ出エジプトの民は、たしかに試練がありました。敵が迫って来る、水がない、食べ物がない、そのような命に関わる危機的状況がありました。そういう点において出エジプトの民には同情したくなるところもあります。神に叫びたくなる気持ち、不満を言いたくなる気持ちも、分からなくはありません。私たちもこの地上という荒れ野を歩むとき、試練にさらされます。その試練は、神の訓練でもあります。申命記でモーセは40年の旅の終わりにいよいよ約束の地に入ろうとする民に語ります。「主はあなたを苦しめ、飢えさせ、あなたも先祖も味わったことのないマナを食べさせられた。人はパンだけで生きるのではなく、人は主の口から出るすべての言葉によって生きることをあなたに知らせるためであった。この四十年の間、あなたのまとう着物は古びず、足がはれることもなかった。あなたは、人が自分の子を訓練するように、あなたの神、主があなたを訓練されることを心に留めなさい。」

 40年の荒れ野の旅はけっして楽なものではありませんでした。それは神が民に与えられた試練だったのです。私たちもまた、この地上という荒れ野を歩んでいます。そこにも試練があります。しかし、その試練の中にあっても、神の救いそのものを見失い、そして神以外のものを神としてしまうことがあってはならないとパウロはこう語ります。

 「あなたがたを襲った試練で、人間として耐えられないようなものはなかったはずです。神は真実な方です。あなたがたを耐えられないような試練に遭わせることはなさらず、試練と共に、それに耐えられるよう、逃れる道をも備えていてくださいます。」試練もまた神の御手の内にあるのです。それは私たちが、まことに神の言葉を知り、神の民として生きていくことができるように、親が子を訓練するように、私たちを訓練してくださっているのです。ですから、その訓練はけっして耐えられないようなものではないのだとパウロは言います。神は必ず「逃れの道」を備えてくださるのだと。この「逃れの道」は試練のど真ん中をつっきっていく道です。試練を回避したり迂回する道ではありません。神と共に試練に向き合い、そのど真ん中を走っていくのです。

 ところで、この試練に関するパウロの言葉は、クリスチャンでない人からもよく引用される言葉です。10年ほど前に放送された「仁」というドラマでも主人公がよく語っていました。江戸時代にタイムスリップした医者がそこでたいへんな試練にあうのですが、「神は乗り越えられる試練しか与えない」と主人公は繰り返し語って試練に耐えるというストーリーでした。また五年ほど前、水泳選手の池江るかこ選手が白血病を公表なさった時も「神は乗り越えられない試練は与えられない」と語り、病と戦う姿勢を表明されました。

 私は「仁」というドラマは好きでしたし、池江選手の強靭な精神も素晴らしいと思いました。ただ、誤解があってはいけないのですが、神は人間に対して、手加減をして試練を与えられるということではないのです。そしてまた人間の側の忍耐や精神でその試練を乗り越えていくのではないのです。本当の意味で、試練を神からの試練として受け止め、対決していくのです。そして神が備えられた逃れの道を走っていくのです。そのためには、神の力への信頼がいるのです。その信頼があるとき、神からの試練がまことに神からの訓練であることをわかり、神への信頼をもって乗り越えていけるのです。ただ人間の頑張りで乗り越えていくのではありません。神の救いを信じ、神の霊の力を信じるとき、私たちは試練を前にしても、神から離れて、神ならぬものを神として別のものにすがったり、しゃにむに自分の根性で乗り越えようとすることないのです。ですから試練にあっても私たちは絶望しないのです。

なにより、私たちは、だれよりも大きな試練をお受けになったキリストを見上げます。キリストは人間には担いきれない十字架の試練、父なる神の怒りを受けてくださいました。ですから私たちは救われました。私たちは十字架と復活のキリストを見上げます。どのような時も見上げます。そのとき、私たちは試練の中にあったとしても逃れの道が見えてきます。そして神から離れるのではなく、むしろ十字架のキリストへとむかって、飛び込んでいきます。そこに神のまことの愛と恵みがあります。


コリントの信徒への手紙Ⅰ 第9章19~27節

2024-01-14 14:20:01 | コリントの信徒への手紙Ⅰ

2024年1月14日大阪東教会主日礼拝説教「朽ちない冠を得るために」吉浦玲子

<多くの人の救いのために>

 主イエスは、マタイによる福音書の28章において、大宣教命令と言われるお言葉を語っておられます。「わたしは天と地の一切の権能を授かっている。だから、あなたがたは行って、すべての民をわたしの弟子にしなさい。彼らに父と子と聖霊の名によって洗礼を授け、あなたがたに命じておいたことをすべて守るように教えなさい。わたしは世の終わりまで、いつもあなたがたと共にいる。」主イエスはご自分の弟子たちにすべての民をわたしの弟子にしなさいと命じておられます。この言葉はこの時の弟子たちに対してだけ語られているのではありません。洗礼を受けたすべての者はキリストの弟子です。ですからすべてのクリスチャンは「行って、すべての民をわたしの弟子にしなさい」と命令を受けているのです。

 ですから教会はキリストの弟子を得るために宣教をします。教会の存続の意味は、宣教以外にないのです。クリスチャンの楽しいコミュニティセンターとなるのが教会存続の目的ではありません。一人でも多くの人に「父と子と聖霊の名によって洗礼を授ける」ことが教会存続の意味です。それはキリストの大宣教命令にお応えするためであって、教会の規模を拡大したり、財政を安定化することが直接の目的ではありません。

 そしてここでまず申し上げたいことは、第一に宣教は、愛の業です。愛の業ですから、高みに立って、クリスチャンではない人を見降ろして、「さあキリストを信じなさい」と教育するというものではありません。ただただ、あなたのために死んでくださり蘇ってくださったお方、イエス・キリストを伝えます。あなたのために死んでくださり蘇ってくださった、そこに愛があることを伝えます。愛を伝える宣教の業は愛の業なのです。そして聖書の言葉を聞くことを通して、それが真実だということを少しずつ分かっていただくように祈ります。今、ここにいる私たち一人一人も誰かに祈られ、イエス・キリストの愛を知らされ、救われたように、まだイエス・キリストを知らない人のために祈り、イエス・キリストの愛、神の愛を伝えます。

 神の愛を伝えるあり方は、講演や講義やデモンストレーションではありません。もちろん伝え方にはさまざまな方法があります。でも方法論より何より大事なことは、一人でも多くの人にイエス・キリストを知っていただいて、本当の喜びと平安を知っていただきたいという願いです。

 そもそも神の恵みは独り占めするものではありません。私たちが信じる神への信仰は、もちろん、神と私たち一人一人のマンツーマンの豊かな交わりが基本となります。神が私たちを愛してくださり導いてくださる、そのたしかな関係がある、それが土台です。でもその関係は閉鎖的なもの排他的なものではなく、他者へと広がっていくものです。もし他者へ広がって行かないのではあれば、神とあなたの関係は健やかではないと言えます。神とわたしたちの関係が健やかであれば、自然な形で、私たちは私たちの受けた愛や恵みを誰かに伝えたいと純粋に願います。宣教はその願いに立っています。その願いに立つ時、さきほど申し上げましたように、自分が偉い者であるかのように高みに立って、神のことを教えてあげよう、キリストのことを解き明かしてあげようなどとは思えないのです。

<すべての人の奴隷>

 パウロは今日、お読みいただいた聖書箇所の最初のところで「わたしは、だれに対しても自由な者ですが、すべての人の奴隷になりました。できるだけ多くの人を得るためです。」と語っています。パウロは大宣教者でありました。そのパウロは、自分の宣教者としてのスキルや名声で伝道をしていたわけではありませんでした。できるだけ多くの人を得るため、つまりできるだけ多くの人にイエス・キリストを伝えるために「すべての人の奴隷」になったというのです。

 これはかなり大胆な言葉です。少し前の聖書箇所で、偶像に備えられた肉を食べる食べないという論争が教会であることに対して、神学的には偶像に備えられた肉を食べても問題はないけれど、まだ神学的理解の浅い人々が傷つかないように、自分は肉を食べる権利を放棄するとパウロは語っていました。宣教をすることや、信仰者の信仰を養うために、自分のやり方や考えを相手に押し付けるのではなく、むしろ相手の気持ちや立場を重んじていきたい、そのためには自分の自由を放棄する、相手に対して奴隷になるのだとパウロは語っています。

 ただ、これはなんでもかんでも相手に合わせるというのではありません。根本的なキリスト教の教理の土台に立った、教会の秩序のなかでの話です。教理や秩序を度外視して、なんでも相手に合わせるとか、教会を無秩序にするということとは別の次元の話です。たとえばパウロは、偶像に備えられた肉を食べたくないという人たちのために自分も肉を食べないと言っていましたが、律法の問題と絡んで、ペトロが異邦人と食事を共にしなくなったことには大変腹を立てて、先輩の伝道者であるペトロを批判しています。けっして何でもありではないのです。そもそも、何でもありで相手に迎合することは楽なことです。しかしむしろパウロが選んだのは困難な道です。

 パウロはいまだに律法に支配されているユダヤ人を愚かだと見下すのではなく、その人の立場に立って宣教をし、律法を持たない人に対してはその相手にふさわしく宣教をすると言っています。これはなかなか難しいことです。現代でも教会はそれぞれの教会のカラーを持っています。和やかな庶民的な教会もあれば、知的な固い雰囲気の教会もあります。良くも悪くも教会は、一定の雰囲気をもっていて、そこにはだいたい同じような人々が集まりやすくなります。教会が多様性を持つことは現代でも難しいのです。ある一定の範囲の人々の中での方が話が通じやすく、福音を伝えやすいのです。しかし、パウロは、どのような人にでも自分は宣教をしたい、ユダヤ人にも異邦人にも、弱い人にも強い人にもイエス・キリストを宣べ伝えたい、そう願ったのです。ですからパウロの開拓した教会には実際、ユダヤ人も異邦人もいました。社会的な身分も、王族から奴隷までいたのです。そのためにパウロは自分の家柄とか、学識とか、経歴とか、やり方、考え方に固執しないで相手の奴隷になってきたのです。一人でも多くの魂を救いたいという思い、つまり愛のゆえに、自分のやり方、自由を手放すと言っているのです。さきほど、宣教の根源にあるのは愛だと申しましたが、その方法論においても、パウロは相手への愛を貫いたのです。

<朽ちぬ冠を得るために>

 パウロは自分の宣教の働きをよく。走ること、競技にたとえて語っています。今日の聖書箇所でも、「あなたがたは知らないのですか。競技場で走る者は皆走るけれども、賞を受けるのは一人だけです。あなたがたも賞を得るように走りなさい。」コリントはオリンピック発祥の地であるギリシャにあり、特に古代オリンピックが行われたオリンピアとコリントは同じ地区にあったことから陸上競技はコリントの人々に親しいものでした。ですからパウロも比喩として走ることを用いたようです。

 賞を受けるのは一人だけだとパウロは言います。賞を受けるように信仰の道を走りなさいとパウロは語っています。オリンピアの競技場を走る選手のように走りなさいということですが、それは信仰の道で救われるのは一人だけだということではありません。他の人を蹴落として走りなさいということでもありません。あくまでも比喩として賞を受けるように走りなさいとパウロは語っているのです。

 何回かお話をしましたが、私はかじる程度ではありましたが、マラソンをしていたことがあります。私は市民マラソンの大会に出ても制限時間ぎりぎりで完走できるかできないかのレベルでしたが、アマチュアでもそれなりのレベルの人は、練習の仕方はもとより、普段の食事などもかなりコントロールして、体を作り、いよいよ大会直前になるとカーボローディングといって炭水化物を摂取したりして、大会に備えます。大会の上位クラスに入る人は、体つきからまったく違っていました。

 マラソンに限らず、なにごとかを為そうとしたら、やはりその目的に向かって努力をします。今話題の大谷選手もそうでしょうし、天才と言われるような並外れた才能を持っている人であっても継続的に力を出そうと思ったら、やはり、努力をするのです。「競技をする人は皆、すべてに節制します」とパウロは語っています。この世の様々な分野においてもそうですし、信仰の道もまた同様なのです。

 ただここで勘違いしてはいけないのですが、節制し努力したから、私たちは救われたり、天国に行けるというのではありません。それでは福音ではありません。節制して時間を作って、熱心に祈ったり奉仕をしたら救われるというのであればイエス・キリストの十字架は意味がないことになります。私たちは福音によって、つまりイエス・キリストの十字架によってすでに救われています。救われた者は、最初に申しましたようにイエス・キリストの弟子として歩みます。弟子ですから、キリストに倣い、キリストの御跡をついていきます。主イエスご自身が、神であられながら従順にへりくだり、まさに奴隷のように人々に仕えられ地上を歩まれました。節制をして歩まれました。そして、ついには私たちの救いのために十字架におかかりになりました。ですから私たちも節制をするのです。キリストに倣って節制をするのです。

 信仰における節制とは単に禁欲的に生きるとか、他のことは求めずしゃにむに宣教をするということではありません。一番大事なことに集中していくことです。神に従うことに集中していくことが信仰における節制です。私たちの日々にはさまざまなことがあります。為すべきことが山ほどあります。その中で神の事柄を一番大事なこととして生きていくことが節制です。現実的な時間配分では、さまざまな他のやらねばならないことがあるでしょう。でも一番大事なことを見失わずに生きることが節制です。

 一番大事なことに照準を合わせて生きていくとき、私たちはいっそう自由になります。やらねばならないこと、解決せねばならないことが山ほどあったとしても、私たちはキリストにあって自由なのです。節制というと禁欲的な苦しいことのようですが信仰における節制はむしろ喜びと自由をもたらします。そしてその喜びと自由の先に、この世ではけっして得られない朽ちない冠が与えられます。オリンピアでは勝利者に月桂冠が与えられました。月桂樹で編まれた月桂冠は神聖なものと考えられていました。賞金を得る競技より月桂冠を得る競技の方が神聖で格が上と考えられていました。しかしその月桂冠も朽ちるものです。この世のどのような誉れもやがて朽ちます。しかし神からいただく賞はけっして朽ちることはありません。私たちは朽ちない冠を目指して信仰を走りぬきます。


コリントの信徒への手紙Ⅰ 第9章1~18節

2024-01-07 14:13:00 | コリントの信徒への手紙Ⅰ

2024年1月7日 大阪東教会主日礼拝説教「ゆだねられている務め」吉浦玲子

<主イエスを見たではないか>

 パウロという人は一般的には「使徒」と呼ばれます。「使徒」という言葉にはさまざまな定義が考えられますが、おおまかには、初代教会において中心的な働きをした伝道者を指します。一つの定義としては主イエスが十字架におかかりになる前に、直接お選びになったペトロやヤコブやヨハネといった12弟子を指していました。パウロは主イエスが十字架におかかりなる前に主イエスの弟子になったわけではありませんでした。それどころか、主イエスの復活ののち、教会が立ち上がり、教会が伝道をしていく時、むしろパウロはファリサイ派として教会やクリスチャンを迫害しました。そのパウロが劇的な回心をして福音の伝道者となり、また自分自身のことを「使徒」と呼ぶようになりました。実際、パウロの働きはとても大きかったのです。他の使徒と呼ばれる弟子たちよりも、その伝道のスケールの大きさ、神学的な基礎を整理して手紙として残した功績などにおいて、抜きんでたものがありました。それゆえパウロは、主イエスの最初の弟子の中の一人ではありませんでしたが、多くの人が彼が「使徒」と呼び、また自分でも自分のことを「使徒」と呼んだのです。しかし、このことを認めない人々が教会の中にはあったのです。それはやはり、パウロが他の使徒たちと違い十字架におかかりになる前の主イエスから選ばれていないことによります。そしてまたキリスト教の迫害者であったという前歴にもよります。

 パウロを使徒と認めない人々に対してパウロはいら立ちを隠しません。「わたしは自由な者ではないか。使徒ではないか。わたしたちの主イエスを見たではないか。あなたがたは、主のためにわたしが働いて得た成果ではないか。」と語っています。「わたしは自由な者ではないか」「使徒ではないか」という言葉は原語では、「わたしは自由ではないというのか」「わたしは使徒でないというのか」という否定形で強く言われています。これは単純にパウロが、自分が使徒であることを否定され侮辱されて怒っているのではないのです。パウロを使徒ではないと言っている人々が、ほかでもない、パウロ自身が開拓し、建てた教会の信徒が言っていることに大きな問題を感じてパウロは言っているのです。「あなたがたは、主のためにわたしが働いて得た成果ではないか。」というのはまさに自分自身の伝道の成果として神によって賜った人々に対してパウロは言っているのです。「わたしたちの主イエスを見たではないか」という言葉も切実なものです。

 そもそも伝道者であれ、教会の奉仕のリーダーであれ、なにをもってその役職にふさわしいと判断するのかということを考えてみなければなりません。今日でいうところの牧師や伝道師や長老などに対しても同様です。高名な牧師の一族出身だからとか、留学経験や委員会の役職をしているから素晴らしいのか、長老も社会的地位が高い人だから、あるいは代々長老を輩出している家の人だから立派な長老なのか。もしそのような外的なあるいは付帯的な出自やスキルをもって、教会の役職にふさわしいと考える人が多くいるのであれば、その教会は早晩、衰退し、滅ぶしかありません。実際、長老教会においてもそういう実例は多くあるのです。

 パウロの問いは、あなたは何をもって信仰を得たのか?という問いです。立派な役職についている牧師に勧められたから信仰を持ったのか?社会的地位の高い長老のいうことだから信用して信仰を持ったのか?あなたの信仰が本当の信仰であればそういうことではないでしょう。パウロは「わたしたちの主イエスを見たではないか」と語っています。

 伝道者であれ長老であれ、主イエスへの導きをなし、求道者や信徒が主イエスと出会い、主イエスの言葉を聞くことができるように、教会を整え、奉仕し、務めます。もちろん人々を信仰へと導かれ養われるのは神御自身ですが、その道を整えるのが教会と教会の薬務を担う者の務めです。その務めゆえに、人々はキリストと出会い、信仰を得るのです。それを「主イエスを見た」とパウロは語っています。あなたがたはたしかに使徒である私の働きにより、主イエスを知り、主イエスと出会い、主イエスを見たではないか。あなたが主イエスを見たということ、そのこと自体が私が「使徒」として働きをしたことの証ではないか。それ以上の使徒としての働きがあろうか?そうパウロは語ります。

<伝道者と報酬>

 パウロを使徒ではないという人々は、パウロは使徒だと自称して、教会から金を巻き上げようとしているとすら言っていたようです。パウロはお金が目的なのだというのです。ですから、3節以降には、伝道者と報酬ということについて書かれています。このあたりのことは、教会から報酬を得ている立場としては少々語りにくいところです。今日の聖書箇所を読みますと、基本的にはパウロは伝道者は相応な報酬を得るべきであることを主張しています。パウロは言います。「わたしとバルナバだけには、生活の資を得るための仕事をしなくてもよいという権利がないのですか。」と。本来は、伝道者は生活の資を得るための仕事をすることなく伝道牧会に専念するべきではないかとパウロは語っているのです。「そもそも、いったいだれが自費で戦争に行きますか。ぶどう畑を作って、その実を食べない者がいますか。羊の群れを飼って、その乳を飲まない者がいますか。」と粘り強く語ります。「脱穀する牛に口籠をはめてはならない」という律法の言葉も用いて語っています。

 こう縷々語りながら、今日の聖書箇所の最後のところでは、パウロは結局のところ、教会から報酬を得ることを放棄しているのです。あれ?結局、パウロは報酬はいらないのかと思ってしまいます。実際、パウロはテント張りの仕事をしていたと言われます。その伝道生活において、伝道に専念している時期もあったようですが、別に働いて自給していることの方が多かったようです。そのパウロの姿勢から、ある教派では、専任の牧師や伝道者を置かず、それぞれ別に働き生計を立てて自給的に伝道していくことが正しいと考えています。それはかなり特殊な教派になりますが、そもそも、日本の伝道が始まった明治の時代から、日本の教会はほとんどのところが小さく貧しかったのです。実際、戦前から戦後、多くの牧師方はほんとうに貧しい中、伝道をされていました。昔、まだ自分が信徒であったとき、ある牧師家庭の晩ごはんに同席させていただいたのですが、牧師夫婦とお子さんの食事はコロッケ一個とみそ汁とお漬物でした。そういうあり方を清貧とし、牧師のあり方の見本とする空気は今もあります。牧師は貧しくあるべきという考えは根強くあります。

<自由と自由の放棄>

 しかしパウロは、伝道者は自活すべきだから、あるいは、清貧であるべき貧しくあるべきだから報酬を受け取っていなかったわけではありません。今日の聖書箇所の前、8章では偶像に備えられた肉の話がありました。偶像に備えられた肉は汚れているから食べたくないという人々が教会にいたのですが、そもそも偶像には何の力もありませんからそこに備えられていた肉が汚されるなんてことはないのです。ですから偶像に備えられた肉を食べても問題はないのです。でもやはり食べたくない、抵抗があるという人々がいたのです。それを神学的な理解の弱い人々だと馬鹿にする人もいたのです。でもパウロは、その食べたくないという人々はたしかに神学的な理解は浅いかもしれないけれど、その人々が肉を食べる食べないという事柄で、結局、信仰生活が辛くなって離れてしまうことになるくらいなら、自分は肉を敢えて食べないと語っていました。

 今日の聖書箇所の冒頭で「わたしは自由な者ではないか」とパウロは語っています。それはパウロだけでなくキリスト者には自由があるということです。イエス・キリストの十字架と復活によって、罪赦され、解放されたのがキリスト者です。古い律法から解放され、罪の奴隷から解放され、自由にされているのです。肉を食べる自由があるし、伝道をしてその報酬を得る自由、権利があるのです。その自由や権利は尊重されるべきものです。他の誰かから奪われてはならないものです。しかし一方で、キリスト者がその愛ゆえに、その自由を放棄する自由もあるのです。パウロは肉を食べて良かったし、報酬を得て良かったのです。それはパウロの自由であり権利でした。しかし、パウロはパウロの愛ゆえに、さらにいえば、伝道や牧会のためにその自由や当然の権利を放棄したのです。しかしそれはパウロ自身が抱えていた伝道上の課題や、教会の特性からの決断でした。コリントの教会には、パウロを批判する人々がいる、パウロは金をもうけようとして福音を語っているのだという人々がいる、そのコリントの教会の中には、まだしっかり信仰の確立していない人々がいて、そういう批判を聞いて、心揺れる人々もいたでしょう。ほんとうにあのパウロという人のいうことを信じてもいいのかと迷いだす人もいるでしょう。その結果、教会や信仰から離れていく人々がいるくらいなら、自分は報酬を得るという当然の自由と権利を放棄するとパウロは語っているのです。コリントの教会のなかで自分の報酬のことによって信仰につまずく人が出ないように、という愛の配慮だったのです。パウロが伝道をしていく中での、特別な背景による、パウロの愛の決断だったのです。

<ゆだねられている務め>

 一方、伝道者が報酬を得るのは当然のことではあるけれど、そもそも伝道や教会の働きの本質は何かということをパウロは語ります。17節に「自分からそうしているなら、報酬を得るでしょう。しかし、強いられてするなら、それは、ゆだねられている務めなのです。」とあります。専任の伝道者に限らず、教会の働きはすべて「自分からそうしている」わけではないのだとパウロは語ります。「強いられてする」ことなのだと言うのです。強いられる、というのは神に強いられているということです。

 昨年の夏、神学生が実習に来られました。あの神学生さんは、自分から牧師になろう、神学生になろうと決めて、そうされたわけではありませんでした。職業選択として牧師を選択され、そのためのスキル習得のために神学校に入り、インターンシップとして大阪東教会に来られたわけではありませんでした。神に強いられたから牧師になることを志ざされたのです。そのためのプロセスとして実習に来られたのでした。神に強いられたということは神に召されたといえることです。神に召されたということは、就職をするとか、結婚をするとか、出産をするとか、スキルアップのために資格を取るといったこととはまったく違う次元のことなのです。パウロは「自分からそうしているなら、報酬を得るでしょう」と語っています。自分が選び、自分がやっていることであれば、当然、そのスキルなり、実績への対価を得ます。しかし、神に強いられ、神に召されたことはまったく違うことなのだとパウロは言います。ですから、伝道者の報酬というのは、報酬とはいっても、一般的な給料や手当、謝礼とは、まったく性質の異なるものなのです。伝道への対価とか、福音を語るスキルへ対しての報酬ではなく、あくまでも、伝道の働きへの感謝とその働きを健やかに十全に行うための生活基盤を支えるものなのです。

そもそも、神に強いられたこと、神に召されたことは、神にゆだねられている務めなのです。神にゆだねられた務めは専任の伝道者に限りません。長老や執事といった務めも本人が望んですることではありません。選挙で選ばれる以前に、神に召されたからその務めをなすのです。たいへんな職務を強いられているといえます。長老だけでなく奏楽や教会学校教師といった奉仕者もそうです。さらに教会の働きは皆、神に強いられ、神に召されて務めるものです。昨年末、皆で会堂の清掃をしましたが、あのような奉仕もまた神にゆだねられているのです。

 クリスチャンでない人から見たら、神にゆだねられた務めというのは理解できないでしょう。時間や労力を使って、経済的には割に合わない働きをしているようにしか見えないでしょう。実際のところ、神にゆだねられた務めはけっして楽なものではありません。しかしパウロは「あなたがたは、主のためにわたしが働いて得た成果ではないか」と冒頭で語っていました。私たちにも成果が与えられるのです。新しい信仰者と、教会全体の信仰の成長という成果が与えられます。それは教会の規模拡大や組織の強化ということではありません。信仰者、つまり救われた者が起こる時、天には大きな喜びがあります。天が揺り動かされるほどの喜びがあります。その喜びに私たちはあずかります。それが私たちの成果です。そしてまた私たち一人一人がキリストを深く知り、その恵みを知る時、そこにも大きな感謝と喜びがあります。そのためにゆだねられた者は教会を整えていきます。そして神に強いられるゆだねられる務めは大きな喜びという成果を与えられるのです。この世の喜び、楽しみを越えた、大きな喜びです。自己実現や承認欲求が満たされる喜びではありません。神がくださるまことの喜びです。その喜びに向かって、今年も私たちはそれぞれに神にゆだねられた務めをなしてきます。