2017年10月29日 大阪東教会主日礼拝説教 「万人をすくわれる神」 吉浦玲子
<接ぎ木された私たち>
今日の聖書箇所でパウロは異邦人のキリスト者に対して、思いきった言葉を語っています。あなたたちは、もともと聖なる根をもっていなかった野生のオリーブである、その野生のオリーブであるあなたがたは、聖なる根を持ったオリーブが折り取られた後に、接ぎ木をされたのだと言っています。折り取られたオリーブの枝ははイスラエルであり、接ぎ木されたのは異邦人のキリスト者です。
これはパウロの時代の異邦人のキリスト者に言われたことですが、現代に生きるイスラエル人ではない私たちもまた異邦人キリスト者であり、接ぎ木をされた者だということになります。もともと聖なる根を持っていなかったにもかかわらず、神のくすしきご計画の内に、恵みのゆえに、自分とはもともとは関係のない根っこにつながれて、豊かな滋養をいただいている存在だということです。
折り取られた枝というイメージは悲惨です。この枝はしばらくは青々としているかもしれません。しかし、栄養を吸い上げることができず、やがて枯れてしまうのです。滅んでいくのです。一方で、パウロの時代の異邦人キリスト者と同様、私たちが接ぎ木された枝であるということも驚くべき言葉です。私たちはイスラエルと基本的には何の関係もなく育ってきました。子供のころから教会に来ておられた方なら、まだ聖書にしるされたイスラエルについての知識はお持ちだったかもしれません。そして自分は神に選ばれていた民イスラエルとは異なる異邦人であるというイメージを持っておられたかもしれません。しかし、そうでなければ、イスラエルのことは、教会に来るまでは、テレビに出てくる遠い国であったのではないでしょうか?紛争地域の国際ニュースの話題としては聞いていても、私たちの生活とは直接は関係のない、私たちの人生と直接はまじわりのほぼない世界だと思って来た人が多いのではないでしょうか。私もそうでした。ですから、イスラエルの根に私たちが接ぎ木されていると言われても面喰います。しかし、それは聖書の歴史から見た真実なのです。私たちはアブラハムの昔からの旧約聖書の世界と遠く遠く隔たったところに根を持っていました。しかしいまや、その3000年以上も前からの聖書の歴史に私たちはつながっているのです。砂漠地帯をテント生活で旅をしていた族長たちの世界や、ダビデの王国、そしてバビロン捕囚やその後のローマに支配されたイスラエル、その数千年に渡る歴史に私たちは今つながっているのです。「いやいや私たちはこの日本という国に生きているキリスト者であり、イスラエルと関係はありません」といっても、その信仰の根はイスラエルにあるということです。主イエスが旧約聖書の成就としてイスラエル人としてイスラエルに生まれられた、そのことと私たちの信仰は切っても切り離せないとことなのです。そしてそれは歴史的事実であると同時に、そこにこそ私たちは神の慈しみを見るのです。
<思いあがってはなりません>
その私たちにパウロは言います。「思い上がってはなりません。」厳しい言葉です。たしかにイスラエルは折り取られました。ずっと神の救いを待っていたはずのイスラエルが、主イエスが来られていよいよ救いが実現したそのときに、主イエスを拒み不信仰のゆえに折り取られたのです。その一方で、主イエスを信じた異邦人キリスト者は信仰によって立たされました。豊かに根から養分をいただいています。青々と茂っているのです。だからといってかたわらの折り取られて枯れようとしている枝をみて、自分たちの信仰を誇ってはならないとパウロは戒めているのです。まず第一に私たちには誇るべき理由は何もないからです。これはローマの信徒への手紙を通じて、ずっと語られてきていることでした。私たちは、ただ神の憐れみと恵みのゆえに救われました。接ぎ木をされました。私たちは自分で養分を吸い上げ成長してきたのではないのです。もともとは自分のものではなかった根から養分を得ています。そしてその養分は神が与えてくださるものです。私たちが立派だから与えられたものではありませんでした。
「思い上がってはなりません。むしろ恐れなさい。」という言葉は、あなたも折り取られるかもしれないのだから恐れなさいということではありません。たしかに「自然に生えた枝を容赦されなかったとすれば、恐らくあなたをも容赦されないでしょう。」という言葉は怖い言葉です。私たちもまた折り取られて枯れてしまうことがまったくあり得ないことではないということです。思いあがるというのは、自分を誇るということであり、他者を見下すということです。
私たちはどうしてもついつい人と自分を比べるのです。キリスト者になってもそうです。あの人はクリスチャンのくせにあんなことをして、と心の中で思います。裁くつもりはなくても、見下すつもりはなくても、ついちらっと思ってしまう。いや、ちらっと心の中で思うだけではなく、現実に、2000年に渡って、教会の中ではたえず対立や分裂がありました。健全な議論や、愛のある諭しや自らの痛みを覚悟の上での戒めではなく、結局のところは、自分より相手が下だと思うことが根源にあって、対立や分裂にいたってしまうことが多かったのです。各個教会の中でもそうですし、キリスト教の世界全体でもそうです。
<新しい枝を求められる神>
少し話がずれますが、教会の2000年の歴史の中で大きな分裂が何回かありました。最初のものは東西分裂です。現在、ギリシャ正教会、ロシア正教会等と呼ばれている東方教会と、現在のローマカトリック教会やプロテスタントなどの西方教会が分裂したのが11世紀です。実際には5世紀ごろから東西教会の交わりは少なくなって行っていたようです。そして、16世紀には西方教会がローマカトリックとプロテスタントに分裂をしました。今日は宗教改革記念礼拝ですが、このような大きな分裂は単純な意味で当事者が思い上がっていたから起きたということではないでしょう。16世紀の宗教改革についていえば、ルター自身、当初はローマカトリックから離れるつもりではなかったと言われています。あくまでもローマカトリックの中で神学的な議論がしたかったようです。しかし、当時のローマカトリックから受け入れらなかったという背景がありました。今日は宗教改革そのものについて語る時間はありませんが、しかし、ここにも神のくすしきご計画があったのだと私は思います。宗教改革によってヨーロッパの多くの地域がプロテスタントになったとき、カトリックの側も内部改革をしたのです。そして同時に、世界伝道を開始したのです。かつてパウロがパレスチナ地域からヨーロッパへキリスト教を伝えたように、宗教改革を機に、ローマカトリックは世界に伝道を開始したのです。この時期に、伝道者の一人フランシスコ・ザビエルが日本にやってきたことはみなさんも良くご存じでしょう。
神は人間の側の思い上がりや分裂を越えて、それらをも利用して、たえず新しい枝を聖なる根に接ぎ木されることを願っておられ、実際にそうして来られました。神は万人の救いを望んでおられるのです。そのご計画は人間を越えたものです。
<慈しみにとどまる>
ところで思い上っているとき私たちは神への恐れを失っています。私たちの根っこが私たちのものではないこと、養分を自分の力で得てはいないことを忘れています。神への恐れは、私たちが恐れてびくびくと生きるためのものではありません。逆に健全にいきいきと成長していくために必要なことなのです。神は私たちに養分を与えてくださり成長をさせてくださいます。そのことに固く立つ時私たちの心にはおのずと神への恐れも起こるのです。びくびくとするのではなく、むしろ神が私たちを慈しんでくださることを深く感謝する時、私たちはまことに神を恐れるのです。そして私たちはその神の慈しみにとどまるのです。私たちはどこか遠くへ行くのではありません。ただ、今、注がれている神の慈しみの内にとどまって生きるのです。
ところで、<慈しみ深き>という有名な讃美歌があります。1954年の讃美歌集では312番として掲載されています。「いつくしみ深き 友なるイエスは 罪とが憂いを取り去りたもう 心の嘆きを 包まず述べて などかはおろさぬ 負える重荷を」多くの人が親しみ、多くの人が慰められてきた讃美歌です。この讃美歌の作詞者のジョセフ・スクライヴェンという方の逸話は有名で、ご存知の方もおられるかもしれません。この方は19世紀の方で、若き日に婚約者を結婚式の当日、事故で亡くされました。たいへんな悲劇を体験された方です。その後、ようやく新たに将来を誓い合う女性と婚約しますが、この女性も結婚する前に結核で亡くなってしまいます。通常ならそこで、日本的にいえば、「神も仏もあるものか」と憤り悲嘆にくれるところですが、このスクライヴァンという方は、その後、教会の牧師になられ、生涯、神の恵みを伝える働きをなさったそうなのです。そのスクライヴァンの心の内は分からないのですが、このような讃美歌を残されたことを思うと、本当に心から神の慈しみ、恵みを感じて、生涯をその伝道に捧げられたのだろうと思います。誰よりも深い悲しみや失意、残酷な運命を経験されたからこそ、なおその悲しみや失意を越える神の慈しみを感じられた方なのだと思います。この讃美歌「慈しみ深き」はもともとはスクライヴァンのお母様が病床にあった時、お母様を慰めるために送られた手紙に添えられていた詩であったそうです。その詩が讃美歌となり、日本にも伝わり、広く愛唱されるようになったのです。
と、ここまで語ってきて、少し肩すかしなことを申し上げますと、スクライヴァンが書いた英語の歌詞には実は「慈しみ」という言葉は直接には出てこないようです。いくつかの英語の歌詞があって厳密には全部を確認できていないのですが、現在、良く歌われている英語の歌詞には「慈しみ」という言葉は直接出てこないのです。英語の題は「What a Friend we have in Jesusイエスよ何と言う我が友よ」であり、その歌詞は<私たちのすべての罪と悲しみを祈りの内に神に差し出す素晴らしさ>を描いています。これを聞くと、なんだ原曲は慈しみ深きではないんだとがっかりされるかもしれません。しかし、神の慈しみとは何でしょう?英語ではkindnessとかgoodnessと訳されることが多い言葉です。神の親切さ、優しさ、素晴らしさ、そんな言葉です。二度にわたる婚約者との死別、母の病、そのようななかでも、スクライヴァンは神の素晴らしさを知っていたのです。いえ、そのような困難の中であったからこそ、スクライヴァンには主イエスが親しく語りかけてくださる声が聞こえたのです。友である主イエスの語りかけの内にこそ、神の慈しみを感じたのです。それはただ優しいだけではなない、親切なだけではない、自分の罪のためにすべてを捧げてくださった御子イエスを通して現わされる神の慈しみでした。
<苦難の中でこそ知る神の慈しみ>
昔、ホスピスでチャプレンとして働いておられる方のお話を聞いたことがあります。その方はホスピスにおられるもう余命いくばくもない方に神様のことを語ることがあるそうです。あるときその方は、ある患者さんに「神様は私たちを慈しんでくださっています。それはお母さんが自分の赤ん坊をかわいいかわいいと思って、赤ん坊の顔に自分の顔をくっつけたり、ほっぺたをなでたり触ったりするようになさるようなものなのです。」と語られたそうです。すると聞いた患者さんは、「ほんとにその通りですね。いま、私は神様がそばにおられて、ほんとうにわたしを撫でさすってくださっていることがわかりますよ。」と答えられたそうです。その患者さんは、自分が遠からず肉体の死を迎えるというときに、運命を呪うわけではなく、むしろ神の慈しみを深く感じておられたのです。その患者さんはその翌日、穏やかに神のみもとに旅立たれたそうです。
私たちは普段、神様が私たちに頬ずりしたり撫でてくださるなどという感覚は持ちません。しかし、本当に困難の中におかれた時、とてつもない孤独の中にある時、神がそばにおられることを実感するのです。日本語の「慈しみ深き」の三節の歌詞は「いつくしみ深き 友なるイエスは かわらぬ愛もて 導きたもう 世の友われらを 棄て去るときも 祈りに応えて いたわりたもう」となっています。人々が私たちを棄て去って孤立したとしても労わってくださる方がいる、英語の歌詞とは少し違うとはいえ、スクライヴァン自身も困難の中で、イエス様が友としてそばにいてくださったことを実感していたのでしょう。
弟子に捨てられ、人々に捨てられても、唾を吐きかけられ、ののしられてもなお一人、私たちの罪の贖いのために十字架にかかってくださったキリストであるがゆえに、まことの孤独の中に生きられたキリストであるがゆえに、私たちの困難や孤独を誰よりもわかってくだいます。ですから私たちがどのような困難にあっても苦しみの中にあっても、そして日々罪を犯している者であるにもかかわらず、なお友として親しく私たちと一緒にいてくださる、そのキリストを与えてくださった、そこに神の慈しみのすべてがあります。