僕は桑田真澄のメジャー挑戦をこう思う。

2006年11月03日 | 野球
エースNo「18」しかも巨人という甲子園からのスターは巨人に勝利、夢、希望を与え、逆に不満や野球以外でも多くの話題は絶えなかった。「理想の投球ホーム」と俺は思うし、投手も野手の一人とフィールディングもバッティングも決して手は抜きたくないというのはスタジアムでもTVからでも見ていて気持ちの良いものだった。1995年、元阪神の湯舟のバント処理に果敢に突っ込み右肘側副靱帯断裂で復帰に2年を要した。あれがなければもう200勝達成はしていたと俺は確信している。今季、斎藤隆がドジャースで見事なクローザーとしてオールドルーキーで成功した。ただ俺は今から21年前、江夏がミルウォーキーにトライしたことと、どうしても重なってしまう。桑田は野球センスはいいし、ストレートが速くなくともカーブ、スライダーで交わすピッチングでセットアッパーからのスタートが出来たら凄いがマイナースタートか、戦力外も有り得る。この挑戦は桑田自身の夢の続きで有る。同じ釜のを食べた選手達も桑田にエールを送った。ファンも応援していたがとても厳しいことは事実だと周囲もそして誰よりも本人が自覚していると思う。38歳は野球で言えば限界の歳でありそれを超えた選手は、ほんの一握りだ。ましてメジャーで長年経験してその歳を向えたのと訳が違う。でも人生75年と考え、サラリーマンだったら38歳なんてこれからの年齢でありその先の人生はもっともっと長い。ピアノにワインに英会話、武術と1年でも長く現役に拘り、その姿に当時の後輩達からも信頼は厚い。そしてこの挑戦は無論メジャーのマウンドに立つことだが、その「過程」と自分のまだ長い人生への「糧」「より悔いのない生きるヒント」を模索するのだと俺は思う。最初から失敗は恐れない仮にそうなったとしても桑田真澄という男が一回り大きくなれば野球選手に限らず多くの人に励みになるはずだろう。