「自由の哲学」ノート

その日開いたページ、浮かんだイメージを大切に、読んでいきます。

各界へ移動 /私の関与と非関与/事象と概念的過程

2014-08-02 23:30:51 | 第3章 世界認識に仕える思考
玉突きで突かれた玉がある

この玉は

その運動を、
どのように次の玉に伝えるか


観察する私

この時点では
観察される事象の経過に対し、
私は何の影響も及ぼさない状況に留まっている

ケース1
私が観察者のままである場合

第二の玉の運動について
私が何か言えるのは、
実際に第2の玉の運動が始まってから

ケース2
はじめの観察内容について
私が反省し始めた場合

私の反省は
事象についての概念を形成する

弾性を持った玉の概念
力学上の概念
✖︎
この場の特別な状況

(概念が形成されると、次の玉の動きを予測することが出来る)

ケース1では、私に関係なく事象が進行

ケース2では、起きた事象に対し私自身が概念的次元で行為者となり、対応する概念を形成するという、第二の事象を付加

🌾🌾🌾🌾🌾🌾🌾🌾🌾🌾

概念的次元での概念形成という事象が起きるか起きないかは、私に依存している

私が
概念を形成する欲求を持たない場合
概念は形成されない

欲求を持つ場合、
私は
玉、弾性、運動、衝突等の諸概念と
観察結果とを
一定の関係におかれるような何らかの結合にもたらすまで安心出来ない



事象は私無しに起こる
vs
概念的過程は、
私の関与無しには起こり得ない



hasutama

これを、こんなに丁寧に(しつこく)言ってどうしようというのか?!
しかし、これがシュタイナーである^_^;
この過程を、私自身も楽しまなくては

舞台は物質世界と概念的次元の世界にまたがっている

事象が起きる

観察する

観察結果に概念を形成したい欲求が発動する

概念的次元で概念を形成する

概念を世界に公開
玉の動きを予測


それぞれが一体どこで行われているのか
私がどの程度関わっているのか
そこに注目すべきなのだろう

赤は物質界での現象として認められる、公開バージョンな事象

観察は肉体の感覚が行なうので感覚界でピンクとしてみた
行為者は私だが、感覚器としての私

概念形成の欲求の発動は、一体どこで起きるのかよくわからない
それは私によるものなのか
それについては本の中でもまだ?にいておいて、あとで論じるらしいのでとりあえず紫

概念形成は概念的次元の青
行為者は私(自我である私?)

概念が形成し終われば、概念を言葉として物質界に差し出すことができるので赤

現象観察、反省概念形成概念を言葉にする

物質界、感覚界、概念的次元を行き来してるイメージを持つと面白いなー

私は一人だけど、シュタイナーがよく言う私の物質界の体、アストラル界の体、霊界の体、のイメージも浮かぶ

確かに、こんな小さな、一瞬の経過の中でも、私が私の中で中心を移動させるというか、私が、まるでダンテの神曲の中で色々な界を旅するように移動しているのかもしれないというイメージがはっきりする

それと、この繰り返されている、

私の関与vs非関与

事象vs概念的過程

これは二章?で気になった、観察と思考の対立という言い方にも共通する、シュタイナーがすごくこだわりを持っている部分

なんかイメージできてくる感じ

おわり






























思考/トム・クルーズ(^o^)

2014-08-02 16:21:12 | 第4章 知覚内容としての世界
~人智学出版社 本間英世氏訳より~

私が自分の(自由を哲学するにあたっての)出発点として思考を挙げて、思考によってはじめて獲得される概念や理念を挙げなかったことを、この箇所で注意しておくことに、特に重点を置かなくてはならない

というのは、概念や理念はすでに思考を前提にしているからである

従って私が、それで自身で充足し、何によっても規定されない「思考の本性に関して述べたこと」を、無造作に概念に転移させることは出来ない

概念は観察からは獲得され得ない

このことは、成長する人間がゆっくりと、徐々に、自分を取り巻いている諸々の対象に関する概念を形成していくという事情から、すでに明らかである

概念は観察に付け加えられるのである



概念は、思考の所産である



以下 hasutama 雑感

ほんとシュタイナーって、同じことをリフレインするよね

観察を食べる、概念を出す

その主体は、思考である
思考というのは、「働き」であって固定されたり、前提されたりしない

こうなると、思考てものの、単独性(独立性)、自由さ、機能のかっこよさ、のびのび感などが浮かび上がり…

なんか、思考ってすごい!という気がしてきた
何しろ能動的な奴じゃないか?
フリーランスで独りもの、でも肝心な時に、俺にまかせろや!と出てくる
でもって、目立たないところで、ササッといい仕事をしたと思ったら、もう姿は無い…
功名心なく、身を惜しまない奴!

ところでその思考くんについて、「その本性に関して述べた」とは、3章内のことだろうか?

それで結局、その本性は何だと述べたのだったかしら?
題名の「世界の把握に奉仕」?
確かに彼(思考)、世界把握のときに頑張ってくれるプロだよね!
奉仕者というか、サーバー、エージェント、ミッションインポッシブル、トム・クルーズo(^▽^)o
みたいな、いかした野郎だね~♪

奉仕と言っても、ボランティア的な感じじゃなくて、
必殺仕事人!てイメージ

彼の本性について述べられたところ、もう一度見てみようっと






概念ネットワーク

2014-08-02 15:59:45 | 第4章 知覚内容としての世界
第四章の初め 概念の説明の箇所

概念が思考どんぶりで出来上がる

新しい概念は、単独で置かれるのではなく、概念ネットワークの中にマッピングされる

イメージ

概念も概念ネットワークも、固定化したままにすることも出来るだろうが、常に電気を流し、更新しつづけることも出来る

更新せずに、固定観念でギチギチになることもありそう

概念ネットワークを生き物のように育てたり、血をフレッシュにし、流れを良くしたり

それはまるで独自の生き物のようではないか?

なんだか怖い気もする

時には、思い切ってクリアーしてみることも必要かも
重くなってフリーズ

電脳ネットワークの世界にも似ている


「私」と、概念ネットワークの関係は、どのようなものだろう?
と、問いを持つこと自体、結構重要かも

とりあえず…
ちょっと妄想、先走りすぎですね^_^;



言葉では言い表わされえない

2014-08-02 14:17:24 | 第4章 知覚内容としての世界
「概念とは何であるかは、言葉では言い表わされ得ない。

言葉はただ、人間が概念を持っていることを人に注意させることができるだけにすぎない。」

なぜ、わざわざ、言葉では言い表わされ得ないと言うのだろう?

「人間が、概念を持っている」
この言い方も変な気がする
まあしかし、確かに、動物は概念を持っていないのだ
概念を持つという言い方、人間の機能が強調される気がするし、概念が装着物みたいな感じもする

「言葉はただ、注意をうながすことができるだけにすぎない」

ただ⚫︎⚫︎することが出来るだけにすぎない

という言い方は、随分と出来ないことを強調しすぎてはいないだろうか?
どうしてそこまで言葉さんを悪く言うの!?と、言葉に同情したくなるほどである

言葉といえば、そりゃー相当な奴なんじゃないか?
なにしろ「はじめに言葉ありき」から、ヨハネ福音書は始まっているのだ
にも関わらず、言葉なんかではダメと言うのなら、世界のはじめよりも、さらにさかのぼろうとでも言うのであるか?
概念は、いったいどこにあるのだ
しかもそれを、人間が持っているのだとは!(笑)

持っているのに使い方がわからない、すごいもの
いったいどうすればいいの?

そんな気がしてくるではないか

てことは…つまり、
シュタイナーとしては思うところがあるのだ

実はまだ色々、概念に関して出来ることがあるのだけど、それは言葉によって行なうことは出来ないからねー

でもそれって、すごく面白いのだけどね!
言葉じゃダメなの

まるで、そう言ってじらされているようである

では、何によってならそれが可能なのよ!?

人間が、持っている
概念というもの

言葉によって指し示された、そのワールド

何によって、そこに赴くというのか!?

つづく














思考どんぶりのインスタンタン機能

2014-08-02 12:36:37 | 第4章 知覚内容としての世界
第四章の始め

言葉の使い方が面白く、こだわらずにはいられない

「思考することによって、
概念や理念が生じてくる」

生じてくる
が面白い

この、人間主体でないような言い方!
やっぱ彼って、理系の人なのだろうな

原文も調べたくなる

Durch das Denken entstehen Begriffe und Ideen.

Durch ~を通じて
das Denken 思考
entstehen 生じる
Begriffe und Ideen 概念と理念

entstehen (エンシュティーン)
という動詞は古ドイツ語の
instantan
が語源らしい

instantanの意味を英語で調べると
Occurring, arising, or functioning without any delay; happening within an imperceptibly brief period of time.

これまた面白いでしょう?
インスタンタンは
インスタンタンメンみたいなね

お湯を入れて3分!
お待たせしません!

思考どんぶりに入れると
ササッと機能!

ダンケンがインスタンタン!
ダンケ、ダンケ

ふざけすぎてて、ごめんなさい

でも、意外にこれは重要なことをはらんでいるのではないか?

インスタント麺は、蓋をしている3分間にラーメンを作り上げる

つまり思考どんぶりも、私を必要としていないのではないだろうか?

そこんとこ、私の思考を私の行為だとすることに対する違和感にも共通するところであるし、さらにこだわってみたい