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京都防衛フォーラム:榛名研究室/鞍馬事務室(OCNブログ:2005.07.29~/gooブログ:2014.11.24~)

沖縄の基地と経済基盤は不可分、翁長新知事の基地不要論への反論

2015-01-07 23:56:00 | 国際・政治
◆沖縄本島とハワイ諸島・奄美大島
 翁長新知事、那覇市長時代に大学のシンポジウムにてお会いしまして、翁長市長と市の総務課長様から名刺を頂き、御挨拶として那覇に足を運んだ際には是非、というお声を頂きました。

 首長の中でも先見の、と驚かされたものですが、あれから10年、明晰なものも鈍りがさすのか、と逆に驚かされましたのは、沖縄の基地の存在が沖縄の発展を阻害している、というものでした。実際に那覇に足を運んだうえで、他の日本の離島などを廻られたならば、気づかされることではあると思うのですが、沖縄本島と東京や京都以外余り廻られないのであれば、とも。

 沖縄本島は非常に広い面積をもちますが、高速道路や空港設備など、そして国道や港湾がかなり整備されています。そして、沖縄に足を運ぶ際に思わされるのが、仮に関空から足を運ぶ際に沖縄の那覇空港ならばすぐに行けるのですが、奄美大島や宮古島などだれば、あれほど旅客機の本数は多くありません。

 また、識者と称する方の中には沖縄から基地をなくせば、ハワイやグアムのように観光だけえ経済を回す事が出来る、というお話を聞きまして、これはわざとっているのではないだろうか、と考えさせられることも。まさかとは思いますが、自称ブレーンというようなかたが、くした誤った知見を流布しているのではないかとも危惧します。当たり前ですが、ハワイは真珠湾基地を筆頭にアメリカ太平洋艦隊や陸軍師団に空軍基地が広がり、グアムのアンダーセン基地は嘉手納基地に並ぶ西太平洋屈指の空軍拠点です。

 ハワイにグアムそれにサイパン、観光地がある太平洋の島々、もちろん沖縄を含めてですが、屈指の観光地には軍事基地があります。そして、バカンスですが日本の近くにはフィリピンやパラオがハワイより近く、沖縄本島よりも本州からは奄美大島が近く、そして東京からは小笠原諸島の父島のほうが距離的には近いのですが、何故、観光地化に成功した島とそうでない島があるのでしょうか。

 答えは簡単です、空港施設の規模が違う、人口や市街地の規模が違う、一定以上の規模の間であっても道路網の整備状態が根本的に違う。まず、小笠原諸島の父島ですが飛行場跡地、旧海軍の航空基地跡地がありますが既に使用されていませんので、空路で展開するには急患発生時に海上自衛隊のUS-2飛行艇を厚木から運用する以外不可能です。そして、フィリピンは治安などの観点でハワイやグアム程良好ではありません、パラオは、空港規模と歳規模の観点から航空便が多くありません。そして、これは基地の存在と密接に関係しているわけです。

 那覇空港、沖縄県空の玄関口ですが、ここを利用しなければ海路でなければ沖縄県に足を運ぶことが出来ません、そしてこの那覇空港は那覇基地であり、共に旧帝国海軍小録飛行場がそのはじまりでした。沖縄戦後に沖縄はアジア地位における戦略拠点として米軍が重要視した関係から、飛行場が維持され、嘉手納基地や読谷基地に普天間基地などが設営されました。

 じつは、この基地群を維持するための物資の搬入が飛行場設備を拡大させる必要に繋がり、そして沖縄本島に広く分布する米軍基地と米軍基地を港湾や飛行場と結ぶべく道路網が幅広く整備されました。基地があれば、基地に行ききするために、軍人の他に軍属とその家族おい気kする、基地経済により沖縄が成り立っている、という指摘がありますがそれだけでなく沖縄の社会インフラそのものが基地機能維持のインフラの狭間に整備された、ともいえるかもしれません。

 反論があるやもしれませんが、沖縄本島に並ぶ鹿児島県奄美大島をみますと、観光業は盛んではありますが農業が並び盛んであり、そして奄美空港の滑走路や空港機能は那覇空港のそれに遠く及びません。日本航空が伊丹から直行便を飛ばしていますが、やはり不便です。佐渡島や対馬などは、観光として沖縄と比較するには少々気候が違いますが、種子島や屋久島と言った南西諸島の島々と比較しても交通の便は、やはり空港規模が違い、そしてこの空港規模を支えているのは、観光だけでは説明できないでしょう。

 ですから、基地不要の沖縄振興を考えた場合、既に整備されている沖縄県内の交通インフラなどを地方交付金だけで賄えるのか、という視点を考えなければなりません。一つの方法としては、神戸市のポートアイランドのように米軍基地が仮に返還されたならば跡地を大きく埋立し、重工業を導入し、特に石油化学工業の設備を欠くために燃料を九州から搬送する体制を置き換え、工業化することでしょう。観光業だけで社会インフラを維持すれば、どうしても税収不足となるところ。

 基地単体だけを見ますと非常に視野狭窄に陥るわけでして、そして基地依存経済という一言だけでも説明できるものではありません。基地依存経済と言えば、基地の整備や基地機能への民生サービスにより相互互恵関係が成立している、という印象が強いのですが、基地を維持するために整備された道路基盤をどう維持するのか、基地があることで生まれる膨大な物流が寸断した際には如何にコンパクト化し本島の物流基盤を維持するのか、こうしたことも難しい。

 基地抜きに、という言葉で、翁長知事が市長時代に仰ったことは、基地依存経済が破綻し貧しくなったとしてもそれでも基地が無い方が良いという考えもある、と。これはある意味重要でして、観光業だけで細々と県内経済を緩め、他の離島のように基地以外の、跡地を農地として維持する方法も考えさせられるものでした。ただ、この考えも少々不安が生じたのは嘉手納基地に近い読谷補助飛行場跡地が返還された後の話を聞くまで。

 読谷補助飛行場は1996年の日米合意にて返還が決定し、その跡地利用がかなり具体的に計画された場所でした。しかし、返還後、再開発計画は全て資金不足により頓挫し滑走路跡地だけが制限速度の無い直線道路として高速走行愛好家へ開放されたのみ、更に、基地が撤退し返還後に全く整備されなかったことで誘導路沿いには雑草が生い茂り、数年でハブの危険性から立入に注意を要するところとなってしまいました。

 もちろん、離島振興の意味もありますが、沖縄県が今後特に本島が発展するには、基地機能を維持するために必要な道路インフラとともに、普天間飛行場の名護市辺野古移転計画ののちに、嘉手納基地以南の全米軍施設全面返還へと進む現在の再編計画の上で、嘉手納基地以南、那覇空港から嘉手納基地までの距離、移動してみますとかなりの距離であることが実感できるのですが、ここを再開発する方法が良いのではないか、と。

 とにかく基地とそのインフラを代替するには燃料などのインフラの問題がありますので、工業地開発と重工業の基礎となる石油化学工業の開発が不可欠、現状のまま基地を不要として基地を維持したインフラ毎に排するという知事の知見、言葉足らずの報道を当方が誤認したものかもしれませんが、これは県民を極貧に貶め良しとすることも辞さない視点ともいえるものです。木を見て森を見ず、ではありませんが、基地を見て基地周辺を見ず、視野狭窄には陥らないようにしたいものです。

北大路機関:はるな
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