北大路機関

京都防衛フォーラム:榛名研究室/鞍馬事務室(OCNブログ:2005.07.29~/gooブログ:2014.11.24~)

榛名防衛備忘録:装甲救急車への遠い道のり 必要性に対し予算と法律の壁

2013-10-12 22:44:40 | 防衛・安全保障

◆第一線救命治療の拠点車両として
 陸上自衛隊へ装甲救急車は必要ではないのか、これに対する回答は、もちろん試験も含めてですが必要だ、欲しい。
Img_3558 その昔、米軍の装甲救急車について調べた際、ストライカー装甲救急車の場合は、装備で医療用コンセントが14カ所あり、心電図や心肺蘇生装置、人工呼吸器に骨折や裂傷等に対する応急処置装備、大量出血時の増血措置が可能な設備が用意されており、車上には大量の医療コンテナに恐らく天幕の資材と思われるものも搭載、応急処置と負傷者を後方の安全な野戦病院まで搬送するための万全の装備が並んでいて、そこまで進んでいるのか、と感心すると共に、陸上自衛隊も82式指揮通信車のように装甲車の後部を嵩上げし、装甲救急車のような装備が必要だろう、と考えたことがあります。
Fimg_5892 対して、陸上自衛隊の1t半救急車は車内を見学してみますと担架だけ、一昔の救急車といったところでしょうか、あとは救急箱を配置しているのみで、迅速に野外手術システムへ搬送することに特化した構造となっていました。装甲車の車体を利用したほうが、1t半では搬送までではなく負傷者を収容に行くのに時間を要するだろうし、何よりも車体が車体ですのでどうしても不整地突破能力が低いのが問題ではないのか、そう考えた次第です、しかし自衛隊の装甲車不足を考えれば致し方ないのでしょうか。
Img_453_1 こうした疑問符ですが、まず日本の場合は医師法の大きな問題があり、法律上救急車両にはそこまで十分な設備を持つことが出来ず、この点を無視しては暗い物の救急車を持て囃すのでは単なるない物ねだりだ、と指摘されました。確かに、これは医官を装甲救急車で分散運用するのか、野外手術システムで集中運用するのか、といういわば、分散か集中か、という命題でもあり、加えて戦闘負傷者は救急車の待機位置まで軽装甲機動車などで搬送する為、切迫的に重要ではない、というように考える事も出来るかもしれません。もっとも、この論点ですと同様に不足する戦闘工兵用装備等の説明が付きませんが。
Ryimg_4691 さて。確かに、自衛隊は必要であれば装甲車両を準備しています、例えば普通科部隊へ装甲車の不足が伝えられ、特に軽装甲機動車のみの装甲化された普通科部隊が多い一方、後方支援連隊には装甲車が配備されているのがその証拠で、後方支援連隊の隷下に或る戦車直接支援中隊には戦車の整備支援を行うために装甲車で随伴する必要性から96式装輪装甲車が配備されています、必要ならば必要なものを必要な部隊へ配備する、つまり選択として必要ならば装甲車が衛生隊に配備されるのでしょう。
Mimg_1594 他方で、実は米軍も自衛隊の野外手術システムへ関心を寄せている、という話を聞きました。米軍は、日本では相模原総合補給処等に軍団規模で用いる野戦病院設備を有しており、その能力では自衛隊の師団衛生隊が装備する野外手術システムなど足元にも及ばない、千床単位の患者を収容することが出来ます、かなり大型の総合病院並みの機能を移動させ展開させるわけですね。それなのに陸上自衛隊の野外手術システム、手術はできるものの規模は地方都市の病院程度であるこの装備に米軍が関心を寄せているのは何故でしょうか。
Gimg_1175 この点について、米軍は野戦病院が軍団規模で準備されているため、逆に言えば兵員あたりの医療拠点が少ない、というものがあり、師団規模、特に陸上自衛隊のように前線から100km以内に手術設備を用意し、しかも必要であれば適宜移動するという装備体系を構築しているという、必要ならば一時間以内に移動を開始できる野戦病院の設備が珍しい、ということでした。確かに、千床以上の病院機能は師団を想定しているものではありません、一個師団で野戦病院に1000名も搬送される重傷者が出る戦場というものは戦線を維持できません。
Nimg_1361 すると、米軍ではどうするのかというと、負傷者は空中搬送で軍団規模の病院に輸送するため、空中搬送への待機時間で負傷者が重篤化しないように装甲救急車の設備が重要になるのだ、とのこと。なるほど、調べてみますと、米軍のイラクでの派遣に際して、負傷者は軍団管区の拠点医療施設へヘリコプターにより空中搬送していました。野外手術システムは延命を目的とした医療を行うためどうしても感染症リスクや治療の限界があるため、設備が整っていた方が術後の感染症リスクが少なく、選択肢としてはこちらの方がいいに決まっている。
Img_0092 しかし、驚いたのは野戦病院の支援に空中搬送中隊が配備され、UH-60多用途ヘリコプター30機が搬送専用に配備されていることでした。UH-60であれば、航続距離も大きく、離陸し現場付近へ展開し、負傷者に対して収容し無給油のまま医療拠点へ展開できます。ただ、この数を考えますと、陸上自衛隊にはとても真似できません。UH-60はもちろん、UH-1でも防衛出動に際し30機の余裕は確保できないためです。もちろん民間のドクターヘリなどは論外で小銃の攪乱射撃に対しても危険が伴うためです。こうした規模の搬送は、方面衛生隊でも難しいでしょう。
Nimg_8475 なるほど米軍方式は難しいことが分かりました、それならばそのまま放置するのではなく、次善策を考えねばなりません。例えば軽装甲機動車でももう少し患者搬送のやりようがあるものを整備し、衛生隊へ配備することは出来ないものでしょうか。助手席部分を倒し、後部扉から単価を搬入できるようにすれば常用一名、緊急時二名、もしくは着席軽傷者四名と衛生隊員一名を輸送可能です。少なくとも、負傷者を第一線で収容し軽装甲機動車により搬送し救急車へ載せ替える現状の手法では、乗り換えの手間があります。
Gimg_2622 この場合の論理の難点は、救急車の配置です。最後まで軽装甲機動車で搬送するには限界がありますからね。現代の陸上戦闘は、広範に展開します。特に普通科連隊を中心とした連隊戦闘団を編成する際には、連隊本部管理中隊の衛生班に加え、連隊へ後方支援連隊衛生隊より救急車小隊が配属されます。しかし、救急拠点まで軽装甲機動車により搬送する現行の方式ではなく、最前線に装甲救急車を随伴させ展開する際には、広い連隊の作戦正面へ僅か数両の装甲救急車が分散してしまう事にもなりかねません。
Nimg_2546 すると、選択肢ですが、やはり既存の米軍のような高規格の装甲救急車を装備し、救急車小隊へ1~2両でも装備することでしょうか。この目的は、後方支援連隊が師団の策源地へ展開する野外手術システムへの搬送前に、トリアージを行う拠点となり得ることを示します。野外手術システムが野戦病院とすれば、装甲救急車は搬送拠点ともなり得る野戦診療所、というところでしょうか。即ち、衛生隊員と医官が、連隊戦闘団で処置できる部分を装甲救急車での第一線医療により対応し、これで不可能な場合には師団策源地へ、後方へ搬送する、というもの。
Gimg_8138 医師法での装甲救急車の問題ですが、実は野外手術システムについても、病院法の問題で野戦病院の設置はこれまで厚生労働省の許可が必要であり、即座に展開し即座に撤収するというものはできませんでしたが、この問題は東日本大震災により特例が認められ、例外の前例が出来ました。実はそれまで、野外手術システムは治療行為を行う教材という法律上の枠組みにあった、と聞きまして、この論法が許されるのであれば、有事の際にも装甲救急車を準備していた場合、特例として用いることが出来るのではないでしょうか。
Nimg_5199 装甲救急車として、一定以上の医療補助能力を付与した装備があれば、例えば巡回診療にも用いることが出来ます。もちろん、装甲車ですので維持費は大きくなることは間違いないのですが、前述の米軍車両は医療コンテナなどを車上に搭載しており、テントの支柱も装備していました。巡回診療は昭和40年代まで山間部の無医村等を中心に衛生隊が実施していたもので、自衛隊史には、この巡回診療は医官を始め能力強化に大きな影響を挙げたと共に、当時一部で行われていた援農とともに、自衛隊に対する理解向上にも大きな効果があったとされています。
Fsimg_7787 自衛隊の巡回診療、既に山村の無医村は多くが過去のものとなり、昭和の時代の民生支援として自衛隊史に残るのみ、と思われていたところ、東日本大震災を契機に日本赤十字社や東海大学の医療チームと共に自衛隊が巡回診療を実施しています。山村の無医村が無くなりつつも、理由が町村合併で山村が市に合併され、依然として自動車で一時間以内に診療所無し、というところはあります。装甲救急車は少なくともエンジン出力が大きいのですから発電能力には十分な余裕があり、不整地突破能力についてはそこら辺の巡回診療車両よりも一枚上手であることは間違いありません。

北大路機関:はるな

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コメント (6)
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