浜名史学

歴史や現実を鋭く見抜く眼力を養うためのブログ。読書をすすめ、時にまったくローカルな話題も入る摩訶不思議なブログ。

国会議員の定数減についての妥当な考え

2016-03-01 23:25:49 | その他
 『東京新聞』のコラム。


【私説・論説室から】
定数減は身を切る改革か   2016年2月22日

 衆院「一票の不平等」是正に合わせて、衆院議員の定数が十削減されることになりそうだ。消費税率引き上げで国民に負担増を強いる以上、国会議員が率先して身を切る必要がある、のだという。

 しかし、国会議員の数を減らすことが、本当に身を切る改革になるのだろうか。そもそも誰が身を切ることになるのだろう。

 国会議員は「全国民を代表する」存在だ。その代表者を減らすことは、国民自身が身を切ることになる。本末転倒ではないか。

 国会議員自身が身を切る必要があるというのなら、議員の「実入り」を減らせばよい。

 国会議員は歳費や期末手当、文書通信交通滞在費など、年間四千万円程度を受け取る。三人の公設秘書の給与を含めれば、議員一人あたりの経費は七千万円程度とされる。

 議員を十人減らしても、削減効果は七億円だ。国会議員は衆参合わせて七百十七人。一人当たり年間千二百万円の文書通信交通滞在費を半額にすれば、四十三億円節約できる。この方がよほど身を切ることにならないか。

 さらに、共産党を除く各党は年間三百二十億円の政党交付金を議席数などに応じて受け取っている。一割減らせば三十二億円、いっそやめてしまえば三百二十億円の節約だ。

 国会議員はなぜこんな単純なことに気付かないのだろう。それとももっと深いわけが? あるのなら聞かせてほしい。 (豊田洋一)

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認知症の方に対する監督責任

2016-03-01 23:09:22 | 社会
 今日のニュースのトップは、以下の事件だ。共同通信配信記事。

認知症徘徊事故、家族免責 最高裁「監督困難な場合」 

2016年3月1日 20時10分

 認知症の男性患者が徘徊中に電車にはねられ死亡した事故をめぐり、家族が鉄道会社への賠償責任を負うかどうかが争われた訴訟の上告審判決で、最高裁第3小法廷(岡部喜代子裁判長)は1日、「監督が容易な場合は賠償責任を負うケースがあるが、今回は困難だった」と判断、家族に責任がないとしてJR東海の賠償請求を棄却した。

 民法は責任能力のない人が与えた損害は「監督義務者」が賠償すると規定。認知症患者の家族は監督義務者ではなく、防ぎ切れない事故の賠償責任までは負わないとする初判断は、在宅介護の現場に影響を与えそうだ。


 妥当な判決であるが、「監督が容易な場合は」というとき、それをどう判断するかが、今後問題となる。しかし、今回の場合は賠償責任がないと判示したことは正しい。同時にJR東海が賠償請求をしたことは、妥当であったのか疑いを持つ。

 数年前、認知症の高齢の女性を保護したことがある。その女性が、必死に歩いていて、ようすがおかしかったので声をかけたのだ。警察に連絡したら、捜索願がでていた女性であった。女性はどこを歩いているのかもわからず、自分の家も分からなかった。ただ自分の名前は知っていた。警察がくるまで、ボクの車のなかで休んでもらった。話はできたが、自分自身どうすればよいのかがわからなくなっていたように思う。
 その女性は、今どうしているだろうと思うこともある。

 認知症の方を、家族がずっと監督するというのも、なかなか難しいだろうと思う。地域全体(といっても、その地域はかなり広範囲でなければならない)で認知症の方とその家族を支えあうような雰囲気をつくっていかなければならない。

 高齢社会、支えあいが求められる。
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安倍政権に迎合するテレビメディア

2016-03-01 10:37:38 | メディア
 メディアの政治権力からの独立性、ジャーナリズム性を攻撃する動きが活発になっている。テレビメディアを含めて、権力迎合型へと「転向」させようとする安倍政権の意向を「尊重」し、メディア側がその通りの対応をしつつある。TBSが、そうした動きを昨日示した。報道機関が、まさに自滅への道を歩み始めた。行き着く先は、「全体主義」である。

 昨日、『愛国と信仰の構造』で、「「下からの」というより「上から」静かに統制を強めるような、冷めた全体主義」という島薗進の指摘を紹介したが、「上から」の統制に「応じて」、「下から」も全体主義をすすめていこうという動きを、テレビメディアが率先して、競い合っている。日本テレビ系列、フジテレビ系列、NHK、そして次はTBS系列がその陣営に加わろうとしている。遅かれ早かれ、テレビ朝日系列も足並みを揃えていくことだろう。

 となると、民衆は、ネットを通じた自らのメディアを構築していく方向を探っていかなければならないだろう。

http://lite-ra.com/2016/03/post-2022.html
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