素晴らしい劇だった。もう一度見たいと思った。
現代が抱えている問題、老人介護、ひきこもり。老人介護の問題は、ひとが長生きしていけば、何らかのかたちで出現する問題である。介護が必要となった老人が、長い間引きこもりとなった子ども(すでに大人に成長しているのだが)の面倒を見なければならないという問題は、一般的ではないが、しかしその件数はかなり多いという。そういう問題を俎上にあげながら、宮沢賢治の「猫の事務所」(「かま猫」に対する職場でのイジメ、無視を描いたもの)の舞台化をめぐっての劇団の動き、その台本をめぐって、引きこもり状態の「蒲田美夜子」が引きこもりになった背景が明かされていく。
いろいろなエピソードが撚りあわさって話が展開していき、そのエピソードの絡み合いを説明するのは大変なので記さないが、美夜子は中学時代演劇部の部長をしていて、「猫の事務所」の台本を書いた。そこで美夜子は、差別の問題を対象化し、同じ演劇部員であったブラジル人とのハーフであるサワグチをどうしても起用したいと考えた。ところが・・・・・・それが実現できず、サワグチは職場でケガをし、教員志望の望みが絶たれたと教師のクラゲ先生から伝えられる、そして演劇部は解散し、その責任を美夜子は全身で受けとめ、ひきこもってしまう。
他方、美夜子の面倒をみていた母・妙子は齢をかさね、老後に不安を抱く。そして美夜子の妹である岬野朝美一家の助けを求めるようになる。朝美の娘・梓は、演劇をやっている。その劇団も、「猫の事務所」を学校公演しようとしているが、台本ができず、美夜子の台本を上演することとなる。
しかし俳優が足りず、学校の教員に助けを求める、それがサワグチであった。サワグチは教員になっていた。サワグチは、台本を読み、美夜子が書いたものだとわかり、美夜子にあう、そして劇を見に来るように誘う。
梓が所属する劇団は、美夜子の台本で「猫の事務所」の公演を行った。はたして美夜子はその公演をみたのかどうか。おそらくみただろう、それを契機に、社会のなかに戻っていくことになろう。
美夜子の台本は、宮澤賢治「猫の事務所」の異稿をもとにしている。その末尾は、
かま猫はほんとうにかわいそうです。それから三毛猫もほんとうにかわいそうです。虎猫も実に気の毒です。白猫も大変あわれです。事務長の黒猫もほんとうにかわいそうです。立派な頭を有った獅子も実に気の毒です。みんなみんなあわれです。かわいそうです。かわいそう、かわいそう。
「猫の事務所」のすべての猫、いじめる猫も、いじめられる猫も、そしてその事務所を解散させた獅子も、かわいそうであるという点で、平等なのである。
そしてこの劇に登場する人、すべてが「かわいそう」で「気の毒」なひとなのだ。みな、その点で同じなのだ。お互いがもつ「かわいそう」で「気の毒」なことを相互に認めあっていくこと、それがその後の関係を切り開いていく、ということなのだろう。
*******************
劇を見終わって、この宮澤賢治の「猫の事務所」を読むために、実家にある書庫から、ちくま文庫の『宮澤賢治全集』の8をもってきた。宮澤賢治については、いつか読みとおしてみようという気持ちをもってきたが、いまだ果たせないでいる。この劇を契機にして、宮澤賢治をよもうか・・・・・