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線翔庵日記



おまつり、民謡、三絃、名水、温泉、酒、そして音楽のこと…日々感じたことを綴ります。

元善光寺

2013年05月25日 21時31分16秒 | 歴史
飯田市座光寺にある元善光寺へお詣りに行った。

ここは言わずとも知られた、長野の善光寺の元であるという寺名。善光寺の名前の元は、本多善光の名前からで、その誕生の地であるという。

子どもの頃、図書館に「光る臼」という本があった。善光寺如来の縁起を説いたお話で、座光寺という地名の由来でもある。そんな座光寺の地にある元善光寺は、規模こそは小さいものの、あの善光寺の元がここにあったのか…と思うと、感慨も深い。

ここにも「御戒壇巡り」ができる。人間、極楽へ行きたい!という俗人の願いが叶うべく、体験してきた。

ああ…何だか清々しい気分だ。

水澤観音

2013年05月13日 22時43分59秒 | 歴史
坂東三十三観音の第16番札所、水澤寺へ行ってみた。

群馬県渋川市伊香保町にある。上州の名湯・伊香保温泉から近い場所ではあるが、渋川市街地からは結構な山中まで登らなければならない。群馬に来ると何だか立ち寄りたくなる古刹だ。

境内にはこんな六角堂がある。

六地蔵尊がまつられているのだが、内部が回転する仕掛けとなっており、左回りに3回まわるといいのだそうだ。今日は人も少なかったので、ゆったりと回してきた。

そして本堂の観音堂に参拝。こちらの御本尊は十一面千手観音だそうだが秘仏。古い御堂だが、大変に趣がある。



境内にはこんな大杉がある。

樹高がかなりある、杉の巨木だ。


また境内のあちこちに湧水があるようだ。中でも弁財天がまつられている水場がある。


また仁王門下の参道入り口付近にある手水場もこんな感じ。


ちなみに当地の名水で打ったのが、コシのある「水澤うどん」だ。




こうした古刹を訪ねると、何ともすがすがしい気分にさせてくれる。今回もパワーをいただけたように感じた。

上高地線・旧新村駅舎

2013年02月07日 23時06分12秒 | 歴史
先日、松本市内でも周辺部をうろついていたところ、ふっと気になる「建造物」を見つけた。アルピコ交通上高地線の「新村駅」だ。



何とも歴史のある、木造の駅舎だ。あとでググッてみると、大正12年(当時は筑摩電鉄であった)の開業時からの駅舎であるそうだ。当然のことながら、洋風建築。こぢんまりとした中にも、風格さえ感じる。

待合室もあり、窓口もあって駅員さんもいたようだ。現在は中には入れないようになってしまっている。



入り口に赤い稲妻みたいなデザインがあり、○の中に家紋のように見える。これも調べてみると、筑摩電鉄の社紋だそうだ。



そんな古い駅舎も、平成24年3月から、新しい駅舎が完成してそちらが使われている。旧駅舎は、現在そのままで残されている。

こういうレトロなものは…残してほしいなと思ってしまう。傷みもあって難しさも予想されるが、もうこういう建物を造ることはできない。そして、地域の人々の足を支えた駅舎は、残してほしいものだ。

ならぬことはならぬものです

2013年01月06日 22時48分52秒 | 歴史
NHK大河ドラマ「八重の桜」がスタートした。幕末の会津藩のお話。奥羽越列藩同盟の中心として戊辰戦争、そして会津戦争へと向かう松平容保公と会津の悲劇は、何となく歴史好きには関心が高いシーンだ。

会津藩の藩校<日新館>は、よく知られているが、今日の第1回目の放送でも登場してきた。会津藩士の子弟は10歳になると同校に入学し、鍛えられたのだ。まさに指折りの教育機関育であったという。そして、今日も有名な「什の掟」が出てきた。

什の掟
一、年長者の言う事に背いてはなりませぬ
一、年長者には御辞儀をせねばなりませぬ
一、嘘を言うてはなりませぬ
一、卑怯な振る舞いをしてはなりませぬ
一、弱い者を虐めてはなりませぬ
一、戸外で物を食べてはなりませぬ
一、戸外で婦人と言葉を交えてはなりませぬ
ならぬことはならぬものです




「いじめ」問題から「パワハラ」まで、現代の今日的問題にふれる中で、ふとこうした歴史の教えに学ぶところがあると感じるのは、自分だけではないはず。これがすべてとも思わないが、日本人が大事にしてきた精神がこんなところにもあったわけで、それが今日、あらためて大事にしたい部分があるなと思わされた。

平清盛と能生白山神社陵王

2012年11月25日 22時06分31秒 | 歴史
NHK大河ドラマで「平清盛」をやっている。いよいよ終盤だ。
ここのところ、松山ケンイチ扮する主人公・清盛の衣装が面白い!真っ赤な僧衣のような感じだ。
こちらから!

自分には、これがどうも新潟の能生白山神社舞楽陵王の装束に似ているような気がしてならない(笑)


能生白山神社舞楽の陵王の舞には「日を抱く手」という所作があり、日本海に沈む夕陽を、手にした中啓で招き返すという。

平清盛には数々の伝説があるが、広島の音戸の瀬戸を切りひらくとき、沈む夕日を扇で招き返して、一日で切り拓いたというがある。

何でも結びつけるつもりもないが、能生の陵王が見つめている舞台の先は日本海なのだが、ほぼ真西を向いている。そして、能生海岸には海中の岩に厳島神社まであるのだ。

広島の安芸の宮島の風景には、厳島神社で舞われる蘭陵王の写真をよく見かけるが、平安時代頃の舞楽を代表する演目の1つが、蘭陵王だ。

能生白山神社の舞楽の中に、こんな時代の装束を模倣したかどうかは分からないが、何とも結びつけたくなるものがたくさんある。偶然かも知れないが、この頸城地域が古い時代から、舞楽を伝えるだけの力のある土地であったことはまちがいないだろうと思う。