おぢのニセコ山暮らし

山暮らしと世間のあれこれを書き綴ります

「群馬のコーヒー事件」

2016年08月24日 | Weblog

 

午前6時の気温はプラス15度と涼しい朝を迎えておりまする。

あたりは深い霧に覆われておるので、どうやらきょうは終日晴れのお天気になりそうでござる。

とはいえ、良いお天気は明日までで、金、土、日とまたまた雨の予報じゃ。

台風の被害も北海道内のあちこちで発生しておりますが、ご当地周辺はいまんとこさしたる被害もなさそうじゃ。

北見市など道東方面や石狩川周辺は洪水被害が出ておって、農家は大変なことになっておる。

被害に遭われた地方の方には、お見舞いを申しあげます。

話はゴロンと変わりますが、

おぢは毎日1杯か2杯のコーヒーを淹れていただきます。

毎日飲むようになったのは50代も半ばを過ぎてから。

それまではほとんど飲まんかった。

19、20歳のころ、大人ぶって喫茶店でタバコとコーヒーをやらかして、すっかり気持ちが悪くなった。

それからというもの、積極的に飲むことはしておらんかった。

カフェや喫茶店でも紅茶ばかり、それもアールグレー一辺倒でしたわ。

ですがタバコを止め、淹れ立ての何ともいえぬ香りと、1日何杯かのコーヒーは肝臓にもよいと聞いたご当地への移住後は、毎日いただくことに。

そんなことですから、そもそもコーヒー通でもなんでもないわけ。

でもって、数少ない読者にはまことに恐縮ですが、これまた今月号の文藝春秋ですわ。

ここに「孤独のグルメVS102歳の珈琲職人」というのがあって、興味深く拝読したのでした。

「孤独のグルメ」はご存知俳優の重松豊さんが主演するテレビ東京の人気番組。

いつも旨そうに完食する重松さんの表情がいいんだなぁ、、、

で、記事はこの重松さんと銀座の珈琲レジェンドの対談なのでござる。

その中で「群馬のコーヒー事件」というのが出てくる。

これによると、群馬県は昔から養蚕が盛んで、昭和23年に繭関係の倉庫から大量のコーヒー生豆が出てきたのだそうな。

地元の役人たちがこれを復興資金に充てようと売りさばいて問題になったそうだ。

その豆は元々ナチスドイツの持ち物だったというから面白い。

第二次大戦前、ドイツはインドネシアから良質のコーヒー豆を海上輸送しておったそうな

ところが戦争がはじまりスエズ運河が通れなくなり、日本に陸揚げしてシベリア鉄道でドイツに運ぼうとしたらしいけど、独ソ戦が始まって、計画はストップ。

そこで、前橋の繭倉庫に保管されておったそうですわ。

それが戦後売りさばかれたのだとか。

そんな時期、ある商社が銀座8丁目にある「カフェ・ド・ランプル」のマスター関口一郎さんのところにこの豆を持ち込んだそうな。

その豆というのが古いスマトラ産のマンデリンだったとか。

中には半透明の鼈甲色(べっこういろ)になったものがあったそうで、これは「オールドコーヒーの最高条件」なのだそうな。

でもって、この関口さんが飲んだところ「極上の玉露みたいに、まったりとした甘みが口の中に広がる『生きててよかった』と思える味でした」という。

いまだにそれを超える豆に出会えないとか…

このくだりを読んで、コーヒーのど素人おぢは、「100へぇ」だと思いましたわ。古くてスマンけどね。

まずはコーヒー豆にオールドコーヒーというのがあるということ。

さらにその生豆は鼈甲色のものが極上とされるってことを、ここで初めて知りました。

奥の深い世界でびっくりポンですわ。

その後、この銀座の珈琲レジェンド関口さんは、自宅にエイジングルームをつくっていまは2トンあるのだそうな。

はじめは5トンあったそうだけど、貯蔵に値する豆がもう手に入らないのだそうだ。

そんなこんなで、ちょっとぉ、こりゃ急いで東京銀座8丁目のこのお店で、オールドコーヒーとかいうもんを飲んでみないとダメじゃんって話なのだ。

店主102歳ですから、そう先はない。

東京の方もそうでない方も、一度オールドコーヒーとかいうもんを飲んでみませんか?

おぢはトットと飲んでみたいぞぉぉぉ~

                     


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