現代日本語百科   けふも  お元気ですか

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日本語論105  語言

2018-09-15 21:34:49 | 現代日本語百科
日本語は、日本と書いて、やまと と、読ませていたことから考えれば、ヤマトにあたる、倭、和 であったのだから、それは和語と書くことと同じである。日本語というようになる前には、和語としてあった。その和語と書いて和字と同じように用いる、渡来した文献を翻訳することばであった。その和語に国語を当てて国字というように、おなじような用法があったのであるが、近代になって意識されたのは国家に用いる言語のこと、中央語の必要性であった。国家語とも言い得る言語の改革は国語を生み出して、日本語という名称にはならなかった。しかし翻訳対象の言語としては和字和語から日本語というような言い方をした。さて、そこで和語、日本語、となる、その語とはどういう捉え方をしてきたものであろうか。言語の語という使い方は、言 語 それぞれがどういうのか、言っていたのか、ということである。日文、日語、となる、その文、語についての、和語にする議論がない。いう かたる はなす しゃべる のべる とく このそれぞれは、何がどう違うのか。日本語の語をとらえる。 . . . 本文を読む
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日本語論104 

2018-09-14 10:42:30 | 現代日本語百科
日本の読みを、にっぽん にほん このふたつで読み分けることを議論して、それを決することができないことを、日本語そのものの特殊性と考える向きがある。さらにこれを、やまと と読むと言い出すと、たちまちに、日本語の本質が現れることになる。やまと にも、倭、和、大和 の表記があるからである。日本語の事実をそのままに認めると、現在、わたしたちにあるのは、日本という、この表記が標準となるということである。読みを決める歴史経緯にふれて、音韻上の唇音の捉え方がある。ハ行の転呼、唇音退化の交代、時代をさかのぼれば、軟口蓋の閉鎖と声門の摩擦音の日本語での現れ方であるが、漢字発音に影響して音韻が整えられた傾向は、ニフォン 二ホン ニッポン に、見ることになる。 . . . 本文を読む
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日本語論103 親縁語に

2018-09-13 19:23:28 | 現代日本語百科
日本語の特徴を挙げて言語系統論に挙げるウラル・アルタイ語説は仮説にとどまった。それが、証明されることがないという結果であったのは、比較言語学からすれば、言語間の音韻対応の明証が明らかにされなかった、確実なものとはいえないということであった。特徴とするいくつかの項目が、打ち消し文による共通性を挙げてのことで、否定されるものの共有はないというわけである。言語系統論派比較言語の手法であるから、日本語に比較するものを挙げればそれは記録として7世紀また8世紀をさかのぼるものがない。とりわけ音韻の法則を見出すには資料がないということになるので、日本語の言語形成にかかわる大陸、朝鮮半島経由をまずとらえることであった。しかし、言うってみると山越えだけでなく、海渡りにも民族移入の可能性があったわけであるから、北方、南方とその系統論の議論が行われることになる。音声の言語として見るためには、文字の言語としての歴史経緯で、音韻に子音と母音で単純な構成が民族の言語としてつくられたのだから、その時間の経過をみれば、日本語に祖語を求めることと、親縁語を設定することが言語の捉え方になる。 . . . 本文を読む
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日本語論102 日本語教育と日本語

2018-09-12 16:30:45 | 現代日本語百科
日本語教育の日本語を第2言語習得のための言語教育と位置付ける、日本語を母語としない学習者の日常生活に用いる、コミュニケーションのための日本語ということになる。外国人のための日本語、外国語としての日本語という冠を付けた時期から、日本語教育は対象とする学習者を、留学生、就学生として多数の時代を迎えることとなった。それには2000年を目指した留学生10万人計画の政策があり、その数を30万人に拡大して留学生30万人計画を進めようとするものであったが、あきらかになってきたのは、日本語を講義言語としない、留学生たちに大学の講義を英語で行ってもよいという形態を進めようとしているので、留学生にとっては、日本語教育の必然性がなくなるものだったから、その政策の推進には、10万人計画の政策のように、日本語教育の関与するところではなくなった。留学生30万人計画、日本政府は2008年から2020年までに、14万人から30万人に増やそうという。 . . . 本文を読む
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日本語論101 日本国語論

2018-09-11 10:12:06 | 現代日本語百科
日本国語大辞典という名称は、上田万年、松井簡治による、大日本国語辞典を引き継ぐ事業という性格をもつ、と解説がある。日本に対して、大日本であったか、それは大日本国語辞典というのを、おいたものであった。>上田万年 (かずとし) と松井簡治の共著。 1915~18年初版4冊本,28年索引1冊,39年修訂版 (5冊) ,52年新装縮刷版 (1冊本) 刊行。収録語数二十余万語。  日本国語大辞典は、およそ半世紀を経た事業であった。それを受けた、日本国語の名称は、100年のながれを持つ。>初版 日本大辞典刊行会編『日本国語大辞典』小学館、20巻21冊、1972年12月 - 1976年3月 . . . 本文を読む
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日本語論100 日本語論

2018-09-10 23:41:17 | 現代日本語百科
日本語論は日本言語起源、日本語系統探求と、日本語の変化、変遷を議論する、個別論である。その集成をした日本語論著述はまだない。フリー百科の解説では日本語を比較、対照した議論を含むとある。それを、日本語がもつ特徴を挙げるとあるが、日本語とほかの言語の対照はさきの比較言語に手法をもって解決しない日本語論の類推に過ぎないから、広く含めて言えば、日本語系統学説の探求となる。日本語論の根底にあるものは孤立した言語という呪縛である。なにか、呪縛は孤立語屈折語を合わせた膠着語であるという言語類型には縛られないということである。そのどれをも様相として見せるだけでなく表記に工夫がなければ抱合語もその類型になりかねない呪いがある。仮名文字による工夫としているが、その文字の発明が日本語そのものになる。だからと言って文字は真字と仮名にする日本語音韻があり、言語日本語はその分析を受けない。曰く漢語を入れ、オランダ、英米の語彙を入れたところから、日本語はその姿を見せ始める。日本語論仮説に漢語を学び英語を学ぶ言語とする。 . . . 本文を読む
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日本語論99  日本語に英語を

2018-09-09 22:47:26 | 現代日本語百科
日本語に国語がある。国語に漢語と和語がある。和語には外国語があって外来語とした。漢語と外来語は並びうるものではない。タバコという外来語を入れて煙草と言う漢字を与えた。えんそう と、読むことはしない。和らげに漢字を当てたことになるが、それは、たばこ であった。カルタに漢字を当てることはなかった。少なくとも今日まで、>{ポルトガル}carta )(カルテ、カードと同源)"カルタ【骨牌・歌留多】" 日本国語大辞典, JapanKnowledge, https://japanknowledge.com , (参照 2018-09-10)と説明するように、和語に含める。しかし、外来語を和語に分類するのはその外国語の出自ゆえに、漢語と同じように分類を立てている。日本語に漢語、和語、外国語があるとするなら、国語はどうなるか。幕末から明治初期にかkてある国語意識はおよそ、100年をかけて作られたものであるから、南蛮渡来の文物に和語和字を当てる作業のままに、国字国語ができたのである。 . . . 本文を読む
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日本語論98  日本語教育には

2018-09-08 23:44:09 | 現代日本語百科
日本語教育には漢語教育と英語教育が必要である。これを言うには深いわけがあることを言わなければならない。しかし、ここではまず、外国人の日本語教育にも、こと日本語である限り必要なこととして視野に入れるべきである。母語話者の言語教育というのはどういうことかとなるが、いずれ日本語教育と国語教育は日本語習得として日本語生得言語話者にも学ばなければならない英語教育と漢語教育となる。英語教育の従事者にそれほどの指導への見識があるかどうかは別として、漢語教育はかつて漢文教育と言われて実行されてきたことであるから、日本語と漢文の、言い換えれば国語と漢学に置ける知識教養が、それだけ英語にも望まれて、英学なるものの将来に、日本語教育に取り入れる英語教育である。日本語の漢語は漢文から出て日本語教育にも生かされてきたから、英語は英文から出て、日本語教育にいかされなければならない。日本語を文字言語として分析するのは、漢語によってきた。音声言語として入れる、その分析には英語文字に対する発音である、すなわち英語の習得にある。日本語はこうして日本語漢語、日本語英語を将来に実現しなければならない。カタカナの発音は日本語発音として、漢字の字音のように残るだろう。 . . . 本文を読む
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日本語論97  日本語教育の視座

2018-09-07 12:22:33 | 現代日本語百科
日本語教育はその対象から日本語を言語のひとつとして言語教育を行う。国語教育を国語科目教育として行ってきた内省言語教育に対照して、国語教育と、日本語教育を区別しようとした。国語教育で大陸に進出した日本語は敗戦による転換期を迎えて、国語の尊重、国語の愛護を指導要領を背景に日本国内で唱えるようになって、国語そのものは日本国内教育にとどまって存続をする。日本国となって大日本帝国が行った植民地における国語は歴史的経緯に消滅したのである。と、思われているが、現実には国語教育が果たしていた日本語教育は転換期を経て日本語教育史に再びとらえて記述されようとしているから、日本語教育にあらたな課題を起こしつつある。歴史を言語教育にどいう生かすかは、日本語に限らない、帝国言語教育の解決すべきことがらである。第2次大戦にかかわる日本語教育の視点は、明らかにされなければならないことがらを、どう議論するか。 . . . 本文を読む
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日本語論96 日本語と文字意識

2018-09-06 18:39:54 | 現代日本語百科
日本語と文字意識、日本人の考える文字意識を、文字そのものは言葉であると説いた。文字に対応する記号をもってとらえるのではなくて、文字がことばなのである。文字論を記号論とおなじにはしない。文字学、文字論とすれば、記号学、記号論と対照することになるが、これは言語記号の考え方にあるものかどうか、言語を記号と考える言語学の理論の展開にあって、日本語をそれに合わせてみれば記号学の分野にもなる言葉の対象を設定する。文字は漢字をとらえるところから、漢字学文字学とも、日本語、漢字文化圏の文字としてある。漢字を学ぶ、漢語を入れる、言葉はその文字そのものであったと、日本語は見てきた、行ってきた。近代になって、造語をするときに、言葉を作るということは、その新しい概念を漢字に翻訳することがまずあった。国語は和語から、その和語は、漢字の訓に用いて意味内容を明らかにし、国語の中に漢語を音訓の語として位置づけて来た。和語の和らげと大和詞と、それを漢字文字と仮名文字と交えて用いる、それが日本語となったから、文字はそのままに言葉であったのである。 . . . 本文を読む
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日本語論 95 和語、倭語

2018-09-05 08:14:50 | 現代日本語百科
和語もしくは倭語を古代から用いる。日本国語大辞典の用例に沿ってみる。日本国現報善悪霊異記、810〜824、上・二八に、吾が聖朝の人、道照法師〈略〉新羅に至り、其の山中に有りて法花経を講ず。時に虎衆の中に人有り、倭語を以て問を挙げたり、とある。神羅にいたり、虎衆にある人が和語を用いた、それは吾が聖朝の人、道照法師という文意が読み取れる。その語には11世紀半ばの用例もあり、一方で13世紀に和語の表記が見える。和語は倭語であったとしてよい。17世紀のポルトガル語によるローマ字書きに、わご の発音が確認できる。18世紀に、和語、倭語の表記を見ることができるが、19世紀、音訓新聞字引、1876、萩原乙彦、和語 ヤマトコトバ ヤサシキ と見える。倭の捉え方は中国の史書にあまるが、倭を和として、その両方の表記に、わご とした読みがあった。日本国語大辞典では、この19世紀の用例で、やまとことば の訓読みをする。そこで、辞典の、やまとことば の項目、表記には、大和言葉 大和詞 の見出しにある意味は、和語に同じであるが、 >*信心録(ヒイデスの導師)〔1592〕序・一「コレ ヲ ニッポン ノ コトバニ ヤワラグ ベキ ヨシ ヲウセ ツケラルル ニ ヨッテ、モダシガタウ シテ、マタ コレ ヲYamato cotoba (ヤマト コトバ) ニ ヒルガエシ、ハン ニ キザム モノ ナリ」 という記述は、日本の言葉と、Yamato cotoba の区別をおいたようである。 >*ロドリゲス日本大文典〔1604〜08〕「ワコ、セワ、Yamato cotoba (ヤマト コトバ)、ヤワラゲ、カナノ コトバ」 の説明では、和らげの仮名の言葉を指示している。 . . . 本文を読む
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日本語論94  国語を日本語に

2018-09-04 22:35:20 | 現代日本語百科
1994年6月、国語か日本語か。およそ4半世紀になる前の議論である。日本語ブームの捉え方もあった。日本語をテーマにする新書判型の出版数により、日本語を扱う書物が売れたとする。見坊 豪紀 、1977年、日本語ブームの回顧と展望、辞書と日本語、玉川大学出版部)は、1975年頃の日本語ブームを検証した文章である、という。日本語にとって、日本の呼称を語そのものの、その由来を明らかにすること、同じく、国語を国語としてきた由来をたどることが、語誌として必要とされてきた。日本国号の論議は新しいものではない。国号について、日本の国号 岩崎小弥太、吉川弘文館、昭 45 に議論があり、それは日本の別称をおおく示していた。国号とは、主に国の称号、あるいは名称のことと解説するウイキペディアには、2通りの意味において使用するとして、帝国、王国、大公国、 公国、首長国、土侯国、共和国、民国などの統治体制、これを政体とする、を表す部分を含めた国の名称を指す場合と、もう1つは政体を除いた国の名称を、国号ということがあるとして、いわば呼び名を挙げる場合を注意している。 . . . 本文を読む
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日本語論93 国語

2018-09-03 22:11:36 | 現代日本語百科
国語を国の言葉とすると、その国とは何か。国は里であると、郷里であるとして、その国にある言葉は国語である。里は地域それぞれにあるから、郷里は方言をとらえることになる。それをそのままに考え巡らせれば、国に日本をおきそれを里として、郷里の言葉は日本語である。国語に漢語と和語と外来語を語として見るなら、国語はひろくこの地域に使われている言葉であるが、そこに和語ををおくのはなぜか。やまとことばとする。漢語は漢文である。外来語がそこで、国語と本来に対する。そういうことであったかと、国語を国字に見て、文字において、和字と国字と、そこにあるのは和らげの言葉、それを書き表すことである。国字には和製漢字の意味を与えているので、それは漢字の出自のこととして考えておく。国字そのものを文字の、すなわち本来のくにのことばであることを、和字、国字に見ることがあった。国語はしたがって、和訳のことであった。近代にいたって国の語である語をとらえることで、国語国字とした。いかに自分たちの言葉を自分たちの国の言葉とするかが必要となったのである。 . . . 本文を読む
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日本語論92  国語が日本語

2018-09-02 18:47:48 | 現代日本語百科
日本が nihon か、nippon かと、nihon も nifon であろうかと、このfは両唇摩擦音で、にほん ニッポン と、なやましいとして、その共存を許す故を以て、国語と日本語のいずれをも言語のことであるとする議論がある。国語教育、日本語教育、この二つの呼び分けにも、そこには、学習者、学習対象に違いあるを、その名称にゆだねる実態を言う。このような状況であったかと、かつての国史と日本史、ひいては、おくればせながらの国文学と、日本文学と、そのとらえかたにも、境界を見せなくなってきたのは、時代か。時代かと簡単に嘆くようなものの言いには、日本語教育の趨勢がある、観光客の増加による国内の日本もてなしびいきにある。ニッポン語なのであるから、その発音を外向きに、二ホンを、内向きに、その発音には出入りがあってよい、ホ、声門音の摩擦音は閉鎖音とするか、その位置が喉から、唇に出て、ポ、両親音摩擦、そしてその破裂となる、発音の難易度、にー と言ってみて、口蓋化を起こした口腔は口先へと発した、フォン ポンになる。ippon nihon banbon、それに対する nipponとなる語である。 . . . 本文を読む
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日本語論91 国語と日本語とは

2018-09-01 22:14:40 | 現代日本語百科
国語は教科目としてとらえられて、国語の及ぶ範囲は言語に文学、言語現象を扱う分野となった。日本語は対外的に国語を日本語と呼び変えて、言語を第一とする。コミュニケーションの言葉と捉えるようになってきた。国語はいつから国語か、日本語はいつから日本語か、これもわかり始めてきたところ、国語の国となる地域と、日本の国名、地域名はどうして、にほん にっぽん なのかと、揺れたままである。わたしには、日本と表記して、そのままに用いることが漢字表記を正しいとする日本語なのであると、してきた。日本国旅券とあって、どこのパスポートでも自国の表記でアイデンティティーを証明する。日本の表記を、やまと という読みをすることは、現代語では、しなくなっているので、日本の呼称は、この文字のまま、正しいのである。 . . . 本文を読む
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