GOODLUCK'S WORLD

<共感>を大切に、一人の男のスタンスをニュース・映画・本・音楽を通して綴っていきたい

「ゼロの焦点」

2009年11月19日 | Weblog
 最近、たまたま読んだ『幻夜』の著者である東野圭吾に興味を持ち、その後も他の作品を読んでいるのですが、物足りないというか、あまり好感を抱けないというか、非条理過ぎるというか、とにかく読書感が良くないのです。

 今回、映画「ゼロの焦点」を見終わって、松本清張の作品の方が東野圭吾より好きな理由がよく分かりました。一言でいうと「清張の方が情が深く動機に共感できる」からです。東野圭吾の作品との大きな差がここにあります。社会派小説とは社会の情勢が事件の背景に組み込まれ、犯罪の動機を重視したリアルティを持たせた推理小説ですが、このジャンルは清張が作り上げたと云えます。江戸川乱歩や横溝正史らによる戦前から戦後にかけての探偵作家の幻想・怪奇・エログロ小説などとは対照的です。東野圭吾の作品にも時代の流れが細かく描かれてはいるのですが、あくまでも背景であり、犯罪動機へのかかわり方が感じられません。だから清張が確立した社会派小説とは云いにくい面があります。

 清張は大変苦労人で、実父が定職を持たず生家が貧しかったため15歳の頃から給仕の職に就き、その後、高崎印刷所で石版画工になり、共産党を支持していた為に思想犯の嫌疑で検挙されたことがあります。 1939年朝日新聞広告部に意匠係として勤め、1950年、勤務中に書いた処女作「西郷札」が『週刊朝日』の「百万人の小説」に入選し、1953年に「或る『小倉日記』伝」が第28回芥川賞を受賞。以後作家活動に専念しました。

 清張自身が代表作という『ゼロの焦点』は、彼が50歳の時、1959年の作品です。その後に書かれた自身の『砂の器』(1961年)、水上勉の『飢餓海峡』(1963年)、森村誠一の『人間の証明』1976年)にも多大な影響を与えたと私は想像しています。

(物語)
 板根禎子(広末涼子)は、広告代理店に勤める鵜原憲一(西島秀俊)と見合い結婚した。新婚旅行を終えた10日後、憲一は仕事の引継ぎをしてくると云って金沢へ発ったが、予定を過ぎても帰京しない。その後、勤務先から憲一が北陸で行方不明になったという知らせが入る。急遽金沢へ向かう禎子は、憲一の後任である本多と足取りを追う過程で夫の隠された過去を知ることになっていく。それは日本がまだ戦後の占領下だった頃の暗く忌まわしい出来事だった…。

 1880年に女性参政権が初めて日本で認められましたが、それは戸主に限られたものでした。しかし、女子への差別の完全撤廃は、1979年(昭和54年)女子差別撤廃条約が国際連合で採択され、1981年(昭和56年)にようやく発効されるまで待たなければなりませんでした。幼い頃から給仕や石版画工のような下積み時代を経験してきた清張は「平等な社会」にあこがれを抱いており、無実を訴えながら獄中で非業の死を遂げた兄の復讐を誓った『霧の旗』のような自立した女性主人公が登場する作品が少なくありません。「ゼロの焦点」でも、初めて女性が市長に立候補し、妨害されながらも当選した社会的な背景が描かれており、抑圧されてきた女性達への清張の温かい眼差しを感じます。

 ハンセン病に対する根強い差別を痛烈なまでに批判した『砂の器』もまた、明確で共感できる哀しい動機が存在します。ここには人としての深い情や絆が原点にあり、平等でありたいという強い願望が存在しているのです。この辺りが東野圭吾の小説で描かれている登場人物との差であろうと私は思っています。

 松本清張の自身が代表作という『ゼロの焦点』は、『砂の器』と同様に大変良くできています。清張生誕100年、この機会に小説を手に取るか、映画館に足を向けるかして、彼の温かく情のある登場人物に遭遇するのもご一考かと思います。

 ただ、映画で薄幸な新妻を演じる広末涼子はミスキャストかな、という感がぬぐえません。その最大の原因は彼女の少女のような声だと思います。反対に艶のある声を放つ中谷美紀が際だっています。出演場面の少ない木村多江も情のある女性を見事に演じきっていましたが、男性陣を含むその他の出演者、脇役陣もまったく印象に残る人物がおらず、作品として物足りない一面があります。


(中谷)
「モノや情報があふれている今だからこそ、悩める女性たちにご覧いただきたい作品になりました。ちょっと疲れた日常から一瞬でも離れることができるのが娯楽映画の醍醐味(だいごみ)ですが、今ご自身が置かれている状況を少し見つめ直す機会を『ゼロの焦点』は与えてくれると思います。」

(広末)
「清張作品のイメージは、男の人の視点で物語が進んでいくということでした。「砂の器」「点と線」をはじめ、社会派ということも含めて、男性がグっと来るストーリーですよね。でも、「ゼロの焦点」は女性の視点で、しかも3人の女性が登場して、どの女性にも共感できます。それに、悲劇が人の悪意だけではなく、時代や社会に翻弄(ほんろう)された人たちのドラマに基づいているので、同情ではなく共感を持てるストーリーだと思いました。」