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豆炭アンカと携帯カイロ 大寒の日に

2021年01月20日 22時23分00秒 | Weblog

豆炭あんかと携帯カイロ


( 画像は  大寒の日の青空 1/20  )

今日は大寒(だいかん)


今日は 朝から晴天

空は青く 

幾らか寒さも和らいだが

まだまだ厳しい冬日は続く


先日 らじるラボで

冬の暖房器具が

話題となっていて

行火(あんか)のことも

話されていた


投稿なども聞いていて

とても懐かしかった


私の子ども時代は

暖房器具はあまりなくて

冬季は 毎日とても寒かった


手足には

ヒビやアカギレができ

痛痒(いたがゆ)かった

喉もイガイガして痛かった


冬の夜は

南国九州でも冷え込み

真冬は 雪が降り

氷も何回か張っていた


そんな中で

数少ない暖房器具は

われら家族には貴重品だった


まず 火鉢

炭を入れ 新聞紙などで

火を起こして 五徳を置き

お湯などを沸かした


家庭によっては

煮物なども置いていたかもしれない


日中は 火を絶やさないように

炭を継ぎ足していたと思う


経済的に余裕のある家は

練炭や炭団(たどん)を

使っていたのが 私には

羨ましかったものだ


当時は夜具も質素で

羽毛布団などもちろんなかった

それで 子どもたちは

寒かろうと思って 父親が

豆炭行火(まめたんあんか)を

四人分買ってきた


父親は 当時

農協(現在のJA)に勤めていたから

職場の売店で購入したのだと思う


中学生になると

夜遅くまで勉強していたので

とても助かった(と推測する)


20センチ四方で

厚さが約15せんち位だったと思う

UFO みたいな可愛い暖房器具で

隙間風も多い家屋でもあり

寒い夜は 大変重宝していた


豆炭への着火はコツがあって

時には 火がついたと思って

後で触ると 消えていて

全然あったかくなくて

ガッカリすることもあった


その後 生活厳しい実家にも

石油ストーブがやってきて

後では電気ストーブも活躍した


最近は 空調機(クーラー)で

部屋や屋内全部を暖める家庭も

増えて来て 些か驚いている


マンションやアパートからすると

石油やガスなどよりも

電気の方が 火災の発生が

減っていいのだそうだ


それで 私の娘たちも

年中 空調機だけを

使用しているようだ


もう一つ懐かしいものがある


「桐灰懐炉(かいろ)」だ


今ならさしずめ

使い捨て懐炉のような

携帯暖房グッズだ


ポケットに入れていて

半日位は持ったと思う

ありがたい暖房グッズだった


携帯懐炉は

中の燃料だけを交換して

外の器具は使うから

CO2 は出すけれど

エコな暖房器具だとは思う


当時携帯懐炉の使用は

禁止ではなかったようだ

近年は 学校現場では

使い捨てカイロの使用は

許可しているのではないか?


ps  2021.1.20 草稿

今 菅総理は

政策の大事な柱の一つに

「カーボンニュートラル」を掲げて

その実現に向けて 施策を

模索検討中だと思う

言うはやすし、行うは難し

というところだが しかし

環境保護や地球温暖化防止のためには

待った無しの施策だと考える


日本は 江戸時代など

正にリサイクル社会を

先取りしていたと思う

生活スタイルの巻き戻しは

無理だろうが 江戸社会の理念を

学ぶことは大事だと思う


以下 参考事項

豆炭行火(まめたんあんか)

昭和40年位前まで、湯たんぽと同じ役割で、豆炭を中に入れると、一晩中暖まることができます。そのまま使うとやけどをするので、布袋などに入れて使います。最近は何でも電化。足どころか全身を温める電気掛・敷毛布などを使用している方が多いと思います。


桐灰懐炉カイロ 懐炉(かいろ)

行火をさらに小型化したのが携帯用の暖房器具である懐炉です。木炭の粉に桐などの灰を混ぜて火をつけると、じわじわと長く燃えます。これがかいろ灰で、江戸時代からありました。小さな金属製容器に入れ懐などに入れて温まりました。下の写真でお分かりになりますか?かいろ灰は残っていますが、金属製容器は箱だけが残っていました。(江戸から昭和初期)


炭団(たどん)

炭の粉末を団子のように固めたもので

火鉢や掘り炬燵の中に入れて燃料とした




コメント
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