百歳に向かってもう一度世界一周

百歳に向かってもう一度「歩いて世界一周」に挑戦したい。日中友好董存瑞育英基金を充実したい。富士登拝・・・

動物愛護会北信濃支部の総会

2010-06-25 18:35:56 | Weblog

 6月25日  (金) ①
         平成17年1月1日より 2,034日目
                 歩いた歩数        その距離
         本日           11,766歩           8,236m
         総計   28,059,515歩  19,641,661m
パキスタン・アフガニスタン・イランからトルコに入境エルズルムに向かう。後54,647m

                
                        愛犬愛猫慰霊の碑

  長野県動物愛護会北信濃支部の平成22年度通常総会が中野の法運寺で開かれた。今年は永年のベテラン職員K氏が転勤で、陣容はそっくり入れ替わってしまったのでどんな総会運営になるのか、不安もあったが、文書による引き継ぎがしっかりして居たので、シナリオ通りスムースにお開きとなった。先ずは成功目出度し目出度しという所。

 驚いたことは、正副支部長の他は理事6名中2名しか出席が無かったこと、『長命動物表彰受賞者」23名中出席者6名という寂しい結果となったことだ。これはKさんの人柄と一新された陣容の魅力に差が齎したものかもしれない。

 動物慰霊祭は法運寺本堂で行われ、わたしは「慰霊のことば」を朗読したが、昨日の斑尾登頂が祟ったか、足が痺れて起ち居に参った。和尚の説教で、「不殺生』講話は参列者に大きな感銘を与えたようだ。

 懇親会で、『雄犬にサカリはない。雌犬が発情して匂いを発散するとオス犬が興奮するので、雌犬を隔離すればオス犬は発情することはない」と支部長から聞かされた。これは初めて得た知識でオス犬に対する認識を新たにした。本日第一の収穫。

  寛平さんアースマラソン 6月25日 556日目

   走行距離 40.3km(前半25.2km 後半15.1km)
     所要時間 6時間25分(前半4時間6分 後半2時間19分)
     総移動距離 32746.6km


斑尾山頂に立つ

2010-06-24 18:27:31 | Weblog

 6月24日  (木)  ①
                    平成17年1月1日より 2,033日目
                歩いた歩数         その距離
         本日          14,604歩          10,223m
         総計   28,047,749歩  19,633,424m
パキスタン・アフガニスタン・イランからトルコに入境エルズルムに向かう。後62,883m  

                                      
                                                   斑尾前山(スキー場)

                  
                             登る一行

                         
                             山頂で

                  
                           野尻湖を望む

  梅雨に入ってぐずついていて心配で、リックには真っ先に雨具を用意していたが、今朝は快晴。JAの広場に集まった同志を見てまず驚いたのは殆どが女性だった。「斑尾」なんて生まれた時から見て居る山、改めて男の挑戦する山じゃないのか?と思ったが、考えて見ると、最近の会合は殆どが過半数を女性が占めていることだ。

 『女性が多いですね』と感想を述べると、「男は働きづくめで、年とって勢いがなくななったのでしょう」「他人との付き合いに疲れてウチに閉じ籠っているネ」「何処かに行こうとすると、オレも行く!と着いて来る」「私が出掛けようとすると、何時に帰る?といつも不安そう」などと男性の消極性を批判する。

 バス2台で斑尾山麓の駐車場に行き、2名のインストラクターの案内で山登りを開始。前に立ちはだかるのは上級コースの急坂のスキー場。この急坂を真っ直ぐに登ることになった。ポールで支えながら登って行くが、力が入らないと前には進めない。いや戻されてしまう。容易く登りきれると舐めて掛ったが、だんだんと自信が無くなって行く。

 若い女性は蕨を採りながら登って行く者も居るが、私はうしろに引かれる重力を感じながら、ただ我武者羅に一歩一歩登って行く。私が最高齢者という事で、JAの職員と救護員と思われる女性が、私の後からついて来る。監視されて居るようで弱身は見せられない。しかし山登りだけが仕事ではない。もう一つ、デジカメで苦しい山登りを動画で撮り続ける仕事がある。立ち止まって撮影する度に置いて行かれる。

 やがて頂上が直ぐそこと思われる地点で休憩。インストラクター曰く「遂に半道中になりました。頑張りましょう!」と。もうあと僅かと思っていた私はすっかり闘志を失って齧っていた胡瓜を投げ捨てた。それからがきつかった。息を吸う吸う・吐く吐くの2動作でと指導されたが、そんな余裕はなく、動悸も激しく、ただ「ハァーハァー」のみ。

 やがてスキー場の最高点リフトを過ぎた辺りから、ジグザクコースとなって、歩行が楽になり、『ごぜんたちばな』の群生を見つめる余裕も出来、あと頂上まで0.5kmの標識に達した。前山の頂点に着いたのだ。この後は順調、監視の目を振りきって、スタコラサッサと頂上へ。彼の女性は栄養剤でも飲んだの?と尋ねて、誉めて呉れた。

 一般に頂上では広い視野が広がって見晴らしの良いところだが、斑尾山の頂には木が生い茂っていて山頂に辿り着いたという気分ではなかった。山頂の標識の前で記念の写真を撮って貰っただけでそれから0.2kmの「高標山?」に移動、ここで全員記念撮影。妙高や赤倉を望み、眼下に野尻湖に浮かぶ白帆のヨットなどを見降ろしてやっと山登りの快感を味わった。

 途中、銀鱗草を見たり、竹の子を探したりしながら良い天気に恵まれたことに感謝、頂上到達の満足感にひたりながら下山。途中、『静間水源地』「清川水源」などの標識に元気づけられながら「まだらおの湯」へ。生ビールのジョッキで乾杯、温泉に浸かり、85歳の健康をしみじみと味わった。疲れたが今生の佳き思い出の日となった。良い冥土の土産ができた!一日となった。

  寛平さんアースマラソン 6月24日 555日目

  トルクメニスタンの最初「の町「マリ」についた。此処は砂漠の真中にあるにも関らず、農業に力を入れている町で、特に「すいか」「メロン」「ぶどう」「綿」が特産品だという。

      走行距離 20.0km
      所要時間 3時間18分
      総移動距離 32706.3km
                              

 


沖縄決戦の日

2010-06-23 23:12:52 | Weblog

 6月23日  (水)  ②
              平成17年1月1日より 2,032日目
                    歩いた歩数       その距離
              本日        4,382歩           3,067m
              総計   28,033,145歩  19,623,202m
パキスタン・アフガニスタン・イランからトルコに入境エルズルムに向かう。後73,106m

  昭和20年4月1日、アメリカ太平洋艦隊の艦艇1,500隻が宜野湾に集結、16,000人の将兵が上陸を開始した。アメリカ軍の総兵力は548,000人。対する日本軍沖縄守備隊は、牛島中将率いる陸軍三二軍と大田少将率いる海軍根拠地隊の合計100,000人。戦闘の結果は火を見るより明らかで、四日後には沖縄本島の中部一帯をアメリカ軍に制圧された。

 大本営の方針は帝都防衛の準備ための時間稼ぎであり、沖縄は「郷土防衛」の合言葉で民間人を根こそぎ動員し、持久戦に持ちこむための「捨石」だったのである。陸軍部隊は5月初旬の総攻撃に失敗し非戦闘地帯に後退、海軍部隊は前線で力闘を続けたが圧倒的多数の米軍の前に6月11日に玉砕。大田少将は13日に自決、牛島中将も23日に自決し日本軍の組織的戦闘は終了した。

 太平洋戦争(大東亜戦争)は緒戦こそ奇襲攻撃によって日本は大戦果を挙げたが、翌年のミッドウェー海戦で制海権・制空権を奪われ、大本営は「我が方の被害は軽微なり」などと宣伝していたが、以後じりじりと後退を余儀なくされた。やがて硫黄島・沖縄を失って、「本土決戦」[死して虜囚の辱めを受けず]「一億玉砕」を叫びだした。

 この頃、私は「信濃1号」なる作戦命令を知った。それは松本の部隊が3分割され、本隊は千葉の海岸にタコ壺を掘って、米軍の上陸作戦に備え、1部は長野師団として松代大本営の守備に、残りは補充隊として、関東平野が米軍に制圧されたことを想定して夫々の守備位置が内示された。

 私は「薬剤行李」の係で連隊の医療資材器具の掌握管理を命じられた。私は米軍には負けはしない。アルプスの山中に立て籠もり最後まで徹底抗戦して、沖縄のように玉砕する、と覚悟を固めていた。不幸にして、8月15日終戦の玉音放送で戦争は終結したが、今にして思えば賢明な判断と言えるだろうが、当時は日本の将来を憂いてすっかり落ち込んでしまった。 

 神国日本・皇国思想に被れて洗脳されたということは恐ろしいものだ、としみじみ反省している。沖縄慰霊の日に当たり「戦争と平和を考える」や切である。

 


斑尾登頂でポール購入

2010-06-22 18:48:37 | Weblog

  6月22日  (火) のち ①
          平成17年1月1日より
2,031日目
                 歩いた歩数        その距離
          本日       12,283歩           8,598m
           総計   28,028,763歩  19,620,134m
パキスタン・アフガニスタン・イランからトルコに入境エルズルムに向かう。後76,173m

  明後日待望の『斑尾登頂』のための準備に入った。富士山には9回登頂したが、地元の斑尾山は未だ一回も頂上まで登った事がない。今回JAの呼び掛けに応じて応募したが、娘が同僚から「貴方の御父さんが最高齢でみんな驚いている。もっとも救護班も同行するから安心だけどネ」と言われたと、少々不満げで私に告げた。私も多少の不安はあるので、万全の準備の必要性は感じている。

 そこで、両杖を支えに持って行くことにした。孫のスキーのストックを使おうと思い、試したが長過ぎて力が入らず諦めた。借りることも考えたが、新調することにした。スポーツ店に行くと、ノルディックウォーキングポールのコーナーには沢山のポールが飾ってあった。

 恐る恐る値札を見ると、どれも1万円台だ。中には2万円台のものまである。せめて1万円札で買えるものは無いかと物色してヤット安物を探し当てた。7750円、それに決めた。                       

                                   

  夕方のウォーキングで、「沢」の坂道でポールを使ってみた。この坂道は心臓の動悸が激しくなり、息苦しくなるので、なるべく通らないようにしてる難所だが、ポールを使って登ってみると、息苦しさも感じないし、心臓も踊らない。腕に力が入ったのでだるくはなったが、足の負担も左程ではない。下りは早足となり、足に力が掛るのだが、ポールに力を託したので無理なく下ることが出来た。

 これなら斑尾登頂は安心だ。皆さんの足纏いにならずに済みそうだ。何か自信が沸いて来た。  

    寛平さんのアースマラソン 6月22日 553日目

  寛平さん「やはり朝と夜の2回に分けて20kmずつ走った方がええわ」暑さ対策で中々の名案!

   移動距離 40.1km(前半23.6km 後半16.5km)
   所要時間 6時間31分(前半3時間50分 後半2時間41分)
   総移動距離 32660.9km

  


寛平さんアースマラソン再スタート

2010-06-21 17:48:21 | Weblog

 6月21日  (月)  ①  
         平成17年1月1日より 2,030日目
                歩いた歩数         その距離
         本日          13,374歩            9,362m
         総計   28,016,480歩  19,611,536m
パキスタン・アフガニスタン・イランからトルコに入境エルズルムに向かう。後84,771m

6月16日、サンフランシスコでの治療を終えた寛平さんはアースマラソンに向けてウォーミングアップをしているものと信じて、暫くブログから目を離していた所、空路再スタート地点のトルクメニスタンに向かい、17日深夜到着。既に再スタートに入ったという。

 再スタート!

6月18日 549日目 午後9時5分(日本時間午前1時5分) 気温39℃イランとトルクメニスタンの国境に程近い“SERAGT(セラート)地方”の、マーキングポイントより、寛平さんは再スタートして居た。

日中の50℃の中を走る事は出来ないので、日没後の夜からのスタートとなった。足は相変わらず「痛い」とは言ってはいるものの、寛平さんの気持ちの中では、とにかく一歩でも前へ進みたいとスタートを切った。

6月18日 549日目、ゴール!

     走行距離 20.5km
     所要時間 3時間33分
     総移動距離 32532.5km  テントで野宿

6月19日 550日目 午前7時8分(日本時間 午前11時8分) 気温35℃

   走行距離 40.4km(前半16.4km 後半24.0km)
   所要時間 7時間39分(前半3時間13分 後半4時間26分)
   総移動距離 32572.9km

6月20日 551日目 午前6時55分(日本時間午後10時55分)気温30℃

 疲労と暑さ、両方の影響で寛平さんの走りにも影響が出始めてきているようです。

   移動距離 40.0km(前半20km 後半20km)
   所要時間 6時間56分(前半3時間33分 後半3時間23分)
   総移動距離 32612.9km

 6月21日 552日目  ギブアップ!

寛平さん「あかん、頭クラクラして倒れそうやわ。」

    走行距離 7.9km
    所要時間 1時間36分
    総移動距離 32620.8km

  凄い勢いでの気温上昇!風もほぼ無風!日陰の様な逃げ場もなし!

さすがの寛平さんも本日は早々にギブアップ。禁断の木の実『ビール』(奥さんの許可を得て)旨そうに飲んだとか。

さて、明日からはどうなる?きっと頑張って呉れるだろうと期待しながら前途の平安を祈るのみ。