「高知ファンクラブ」 の連載記事集1

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栄ちゃんの四国霊場巡り・・・28番霊場 大日寺(だいにちじ)

2012-08-22 | 栄ちゃんの四国霊場巡り

栄ちゃんの四国霊場巡り・・・28番霊場 大日寺(だいにちじ)

             (四国28番霊場 大日寺(だいにちじ) 09/08/17)

             (四国28番霊場 大日寺(だいにちじ) 09/08/17)

             (四国28番霊場 大日寺(だいにちじ) 09/08/17)

            (四国28番霊場 大日寺(だいにちじ) 09/08/17)

 

出典:四国ネット・・・ 28番霊場 大日寺(だいにちじ)

江戸時代のころ土佐の国へ入るには、国手形(身分証明書)や添手形(通行許可書)指定された道の通行、期間、一定の旅費を所持した者などこまかい制約があった。

遍路は大師の遺跡を苦行して歩く求道者であるが、このころは社会の敗残者がまぎれこみ、きびしい取蹄りとなった。現代は自由で物資も豊富、交通機関も発達し、それだけに信仰の旅が観光になりかねないけれど、土佐は修行の霊場、精進したい。

神峰から野市を経て大日寺までおよそ四十㌔、小高い山の中腹までの参道を登ると、こじんまりとした本堂がある。

寺の開基である行基菩薩が刻まれた大日如来(国重文)が安置され、大日堂と称していた。脇仏は二体の観音像。大同年間に弘法大師が巡錫されて楠に薬師如来を刻まれ「爪彫薬師」として知られ、この尊像は二百㍍先へ入った奥ノ院に安置されている。

明治のはじめに廃寺となったが同十七年に再興し、寺名を大日寺に改称。近年になって、大師堂が新築された。

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栄ちゃんの四国霊場巡り・・・27番霊場 神峯寺(こうのみねじ)

2011-02-14 | 栄ちゃんの四国霊場巡り

栄ちゃんの四国霊場巡り・・・27番霊場 神峯寺(こうのみねじ)

 

   (四国27番霊場 神峯寺(こうのみねじ) 09/08/17)

   (四国27番霊場 神峯寺(こうのみねじ) 09/08/17)

   (四国27番霊場 神峯寺(こうのみねじ) 09/08/17)

   (四国27番霊場 神峯寺(こうのみねじ) 09/08/17)

   (四国27番霊場 神峯寺(こうのみねじ) 09/08/17)

   (四国27番霊場 神峯寺(こうのみねじ) 09/08/17)

   (四国27番霊場 神峯寺(こうのみねじ) 09/08/17)

   (四国27番霊場 神峯寺(こうのみねじ) 09/08/17)

   (四国27番霊場 神峯寺(こうのみねじ) 09/08/17)

出典:四国ネット・・・27番霊場 神峯寺(こうのみねじ)

「真っ縦」といわれる勾配四十五度の一.三㌔の急坂で知られた土佐の関所。寺のある山頂までは三・三㌔あるが、遍路で難行した宮地達観氏の奉仕で自動車道が開通し、歩かずして山門までゆける。

 三菱王国を築いた岩崎弥太郎の母は、幕末のころ弥太郎の開運を祈願して、この急坂を登り、二十一日の間二十㌔離れた井ノ口から神峯寺へ日参した。やがて、弥太郎は大成し後に山林を寄進し、報恩を感謝している。

 寺の縁起によれば、当初天照大神、その他諸神が祀られ、後に行基菩薩が自ら十一面観音を刻んで安置し、神仏を合祀した。大同四年には勅命によって観音堂と名づけられ、廷暦年間に四国霊場に定められた。

明治の神仏分離で一時廃寺となったが、明治十七年再興された。山門は龍園尼の発願で建立。本堂、大師堂は急な山の斜面に建てられている。境内には清澄な霊水が湧き出ており眼下に美しい紺青の海原が望まれる。

 

 

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栄ちゃんの四国霊場巡り・・・26番霊場 金剛頂寺(こんごうちょうじ)

2011-02-06 | 栄ちゃんの四国霊場巡り

栄ちゃんの四国霊場巡り・・・26番霊場 金剛頂寺(こんごうちょうじ) 

 

              (四国226番霊場 金剛頂寺(こんごうちょうじ)  09/07/03)

             (四国226番霊場 金剛頂寺(こんごうちょうじ)  09/07/03) 

             (四国226番霊場 金剛頂寺(こんごうちょうじ)  09/07/03) 

             (四国226番霊場 金剛頂寺(こんごうちょうじ)  09/07/03) 

             (四国226番霊場 金剛頂寺(こんごうちょうじ)  09/07/03) 

              (四国226番霊場 金剛頂寺(こんごうちょうじ)  09/07/03)

              (四国226番霊場 金剛頂寺(こんごうちょうじ)  09/07/03)

 

出典:四国ネット・・・26番霊場 金剛頂寺(こんごうちょうじ) 

津照寺をあとに、室戸から西北へたどると土佐湾に向って小さくつき出した岬がある。硯の産出で知られる硯ケ浦のある行当岬で、海抜二百㍍の頂上に金剛頂寺がある。

室戸岬の最御崎寺と相対しているので最御崎寺を東寺、金剛頂寺を西寺ともいう。

山麓からの急勾配の参道を七宙㍍ほど登ると山門になる。広い境内をおおう椎の大木。弘法大師は若かりしころ、この山で修行され、大同元年には勅命を帯びて鎮護国家の道場として寺を創建し、ご本尊の薬師如来を刻まれた。

その後、七堂伽藍は整備され、寺領三千五百石を有し後に長曽我部元親や山田忠義からも保護されている。

文明と明治の火災のため、堂塔を焼失するが、いずれも再興され、昭和五十八年に、本堂が新しく建立された。霊宝館には、大師が背負って歩いた旅壇具や真言八祖像など重要文化財六点のほか、古美術六十点が保管され、境内の鯨昌館には泉井守一氏関係のめずらしい捕鯨具類などが展示されている。 

 

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栄ちゃんの四国霊場巡り・・・25番霊場 津照寺(しんしょうじ)

2011-02-02 | 栄ちゃんの四国霊場巡り

栄ちゃんの四国霊場巡り・・・25番霊場 津照寺(しんしょうじ) 

              (四国25番霊場 津照寺(しんしょうじ) 09/07/03)

              (四国25番霊場 津照寺(しんしょうじ) 09/07/03)

              (四国25番霊場 津照寺(しんしょうじ) 09/07/03)

              (四国25番霊場 津照寺(しんしょうじ) 09/07/03)

 

出典:四国ネット・・・25番霊場 津照寺(しんしょうじ)

 室戸岬から海岸沿いを六㌔ほどゆくと町中に小高い山があり、その山上に本堂がある。

参道右に大師堂と本坊。本堂へは百八の急な石段があり、ご本尊は大同二年、弘法大師が巡錫されたときに刻まれた延命地蔵菩薩。

秘仏で拝観はできないが、海上の安全と火難除けの霊験あらたかという。慶長六年十月、国守の山内忠義は室戸岬を航行中、突然暴風におそわれた。

そこへ大僧があらわれて船の楫をとり、全員無事、室戸港へ避難することができた。港につくと僧の姿が見えないので後を追うと、津寺の本堂の中へ消えた。

ご本尊を拝したら、全身潮でびしょぬれで、それ以来揖取地蔵とよばれ、多くの船人から信仰されるようになった。また、寛保二年の大火の時も、ご本尊が僧の姿となって、人々を避難させたという。

境内に立つと眼下に室戸港がある。野中兼山の部下一木権兵衛が難工事の築港を命じられ人柱となっており、参道沿いに一木神社としてまつられている。 

 

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栄ちゃんの四国霊場巡り・・・24番霊場 最御崎寺(ほつみさきじ)

2011-01-24 | 栄ちゃんの四国霊場巡り

栄ちゃんの四国霊場巡り・・・24番霊場 最御崎寺(ほつみさきじ)

 (四国24番霊場 最御崎寺(ほつみさきじ) 09/07/03)

 (四国24番霊場 最御崎寺(ほつみさきじ) 09/07/03)

 (四国24番霊場 最御崎寺(ほつみさきじ) 09/07/03)

 (四国24番霊場 最御崎寺(ほつみさきじ) 09/07/03)

 (四国24番霊場 最御崎寺(ほつみさきじ) 09/07/03)

 

 (四国24番霊場 最御崎寺(ほつみさきじ) 09/07/03)

 

出典:四国ネット・・・24番霊場 最御崎寺(ほつみさきじ)

 

 室戸までは八十五㌔あまり、途中の八坂八浜の美しい海岸で、弘法大師が鯖を蘇生させたと伝える番外「鯖大師」がある。

土佐路は宍喰をすぎてまもない甲涌から。荒涼とした海岸沿いに一本の通がどこまでもつづく。岬の突端に洞窟があり、御蔵洞という。

十九歳のとき大師は洞窟にこもつて「求聞持の法」を苦行のはてに成就する。「土州室戸崎に勤念す。谷響を惜しまず、明星来影す」と自ら書かれ 「法性の室戸といえど、われすめば、有為のなみかぜたたぬ日ぞなき」と、ご自身で詠まれている。

御蔵洞の先に最御崎寺への登り口がある。途中に「一夜建立の岩屋」や「捻岩」など大師ゆかりの洞窟がある。ウバメガシやアコウの密生林を抜け、登りつめたところが仁王門、大師堂、多宝塔、正面に本堂がある。

ご本尊は大同二年(八〇七)大師が寺の創建と共に刻まれた虚空蔵菩薩。元和年間に最勝上人が再興し、大正十三年には本堂が復興している。 

岬の突端に洞窟があり、御蔵洞という。

岬の突端に洞窟があり、御蔵洞という。

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栄ちゃんの四国霊場巡り・・・23番霊場 薬王寺(やくおうじ)

2011-01-13 | 栄ちゃんの四国霊場巡り

栄ちゃんの四国霊場巡り・・・23番霊場 薬王寺(やくおうじ)

 

(四国23番霊場 薬王寺(やくおうじ) 09/07/03)

 

 

  

 

 

            

            

           

            

          

(四国23番霊場 薬王寺(やくおうじ) 09/07/03)

 

出典:四国ネット・・・23番霊場 薬王寺(やくおうじ)

 

 

美波町へは平等寺から三つの峠を越える。薬王寺は日和佐の町を見下す山の中腹にあり仁王門から三十三段の女厄坂。本堂までの四十二段の男厄坂がある。

女三十三歳、男四十二歳が厄年で厄年の人は厄銭を落としながら登る。四国一の厄除けの寺だけに年間百万の人が参拝する。


 弘仁六年、弘法大師四十二歳のとき、自他の厄除を誓願してご本尊の薬師如来を刻み、大師の奏聞により、平城・嵯峨・淳和の各帝は厄除の勅使を下して官寺とした。

文治四年(一一八八)の災火でご本尊は玉厨子山へいったん移られたが、再建後は新しい尊像が造顕されたため、後向きに本堂へ入られ「後向薬師」とよばれている。

現在の本堂は明治三十六年の建立。本堂右の瑜祗塔へは六十一段の還暦の坂を登る。塔内には五智如来が奉安され、階上は寺宝の展示室、また、塔からは美しい町並や海岸が望まれる。阿波発心の霊場もここで打ち終えとなる。

 

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栄ちゃんの四国霊場巡り・・・22番霊場 平等寺(びょうとうじ)

2011-01-03 | 栄ちゃんの四国霊場巡り

栄ちゃんの四国霊場巡り・・・22番霊場 平等寺(びょうとうじ) 

 

 (四国22番霊場 平等寺(びょうとうじ) 09/06/26)

(四国22番霊場 平等寺(びょうとうじ) 09/06/26)

(四国22番霊場 平等寺(びょうとうじ) 09/06/26)

(四国22番霊場 平等寺(びょうとうじ) 09/06/26)

(四国22番霊場 平等寺(びょうとうじ) 09/06/26)

(四国22番霊場 平等寺(びょうとうじ) 09/06/26)

(四国22番霊場 平等寺(びょうとうじ) 09/06/26)

(四国22番霊場 平等寺(びょうとうじ) 09/06/26)

 

出典:四国ネット・・・22番霊場 平等寺(びょうとうじ)

 

当山は、弘法大師御修行のみぎり空中に五色の霊雲たなびき、その中に金色の梵字(バン)現われ、大師が歓喜して加持されると薬師如来の尊像が現われ光明が四方に輝きました。

大師がさっそく加持水を求めて一つの井戸を掘られたところ乳の如き白い水が湧きあふれたのであります。


 その霊水で身を清められた大師は、百日間の修行の後、薬師如来を刻み、本尊として安置し一切衆生を平等に救済されるため、寺号を平等寺(山号を白水山)と名づけられました。


 この霊水は開運鏡の井戸として、本堂石段の左にあり、どんな日照りにも枯れることなく、こんこんと湧き出ています。万病にきく「弘法の霊水」として、全国に知られています。 

 

 

 

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栄ちゃんの四国霊場巡り・・・21番霊場 太龍寺(たいりゅうじ)

2011-01-03 | 栄ちゃんの四国霊場巡り

栄ちゃんの四国霊場巡り・・・21番霊場 太龍寺(たいりゅうじ) 

 

(四国21番霊場 太龍寺(たいりゅうじ) 09/06/26)

(四国21番霊場 太龍寺(たいりゅうじ) 09/06/26)

(四国21番霊場 太龍寺(たいりゅうじ) 09/06/26)

(四国21番霊場 太龍寺(たいりゅうじ) 09/06/26)

(四国21番霊場 太龍寺(たいりゅうじ) 09/06/26)

(四国21番霊場 太龍寺(たいりゅうじ) 09/06/26)

(四国21番霊場 太龍寺(たいりゅうじ) 09/06/26)

(四国21番霊場 太龍寺(たいりゅうじ) 09/06/26)

(四国21番霊場 太龍寺(たいりゅうじ) 09/06/26)

(四国21番霊場 太龍寺(たいりゅうじ) 09/06/26)

 

出典:四国ネット・・・21番霊場 太龍寺(たいりゅうじ)

 

歩く遍路は鶴林寺から二㌔下り、麓の道を五百㍍ほど歩いて那賀川を渡り、鶴山よりもきつい山頂までの三㌔の急な山道を登る。

車は下車後約一㌔の急坂を歩いて登る。かつての難所だけあって今もきびしい。

青年のころの太師は、一沙門に求聞持法を授かってより、阿波の大龍岳や土佐の室戸崎を修行の地とされた。大自然の中にあって苦修練行を積み、探い宗教的な体験を重ねたのである。

太龍寺は標高六百㍍の大龍寺山の頂上にあり、樹齢数百年の老杉が林立する中に、江戸時代に再建された諸堂が建ち並んでいる。

寺の草創は神武天皇で、その後延暦十一年弘法大師がこの山に登り、南舎心嶽で百日間修行され、同十七年嵯峨天皇の勅命で国司が伽藍を創建し大師は本尊をはじめとする諸仏を刻んで安置された。

その後、皇室や、武将等の尊信もあつく、伽藍は維持されてきた。難所ほど大師のおかげが多い。本堂には難病が全快した感謝の額が何枚も納めてある。

 

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栄ちゃんの四国霊場巡り・・・20番霊場 鶴林寺(かくりんじ)

2010-12-31 | 栄ちゃんの四国霊場巡り

栄ちゃんの四国霊場巡り・・・20番霊場 鶴林寺(かくりんじ)

 

(四国20番霊場  鶴林寺(かくりんじ) 09/06/26)

 (四国20番霊場  鶴林寺(かくりんじ) 09/06/26)

(四国20番霊場  鶴林寺(かくりんじ) 09/06/26)

(四国20番霊場  鶴林寺(かくりんじ) 09/06/26)

(四国20番霊場  鶴林寺(かくりんじ) 09/06/26)

(四国20番霊場  鶴林寺(かくりんじ) 09/06/26)

(四国20番霊場  鶴林寺(かくりんじ) 09/06/26)

(四国20番霊場  鶴林寺(かくりんじ) 09/06/26)

(四国20番霊場  鶴林寺(かくりんじ) 09/06/26)

 

出典:四国ネット・・・四国20番霊場 鶴林寺(かくりんじ)

 お遍路さんから「お鶴さん」などと呼ばれる阿波の最大の難所の一つで、標高約五百㍍の山頂にある。

険しい遍路道の道中には、南北朝時代に建立された寺までの距離を示す「丁石」が13基残る。2010年には、四国霊場を巡る遍路道では初めての国の史跡に指定された。


 山門を入ると、緑に萌える苔、四季折々の花々がお参りに訪れる人々の心を和ませてくれる。杉の老樹そびえる参道をゆくと六角堂・忠霊殿、修行大師像があり、右手石段を上がると三重塔と本堂がある。

本堂の前には二羽の白鶴が向かい合っている。当地を弘法大師が修業中、雌雄二羽の白鶴が交互に翼をかざして1寸8分の金色の地蔵菩薩を守護しながら杉の梢に降りてきた。

大師は三尺の地蔵菩薩を刻み、金色の尊像を納めた。白鶴が舞い降りた杉は今も本堂の左手にそびえる。
 寺までは遍路道のほか車道も開通しており、登り口から15分ほど。

 

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栄ちゃんの四国霊場巡り・・・19番霊場 立江寺(たつえじ)

2010-12-31 | 栄ちゃんの四国霊場巡り

栄ちゃんの四国霊場巡り・・・19番霊場 立江寺(たつえじ)

 

(四国19番霊場 立江寺(たつえじ) 09/06/26)

(四国19番霊場 立江寺(たつえじ) 09/06/26)

(四国19番霊場 立江寺(たつえじ) 09/06/26)

(四国19番霊場 立江寺(たつえじ) 09/06/26)

(四国19番霊場 立江寺(たつえじ) 09/06/26)

 

出典:四国ネット・・・19番霊場 立江寺(たつえじ)

享和のころ、お京という女が夫を殺し、情夫とともにこの地へ逃れてきたところ、お京の黒髪は本堂の鉦の緒に巻き上げられ、お京は懺悔し改心する。

また、参道の九ツ橋(十戒とする椅)に白鷺が出たら、心の邪悪なものは渡れず、前途に凶事があるという。立江寺は四カ所ある関所の一つ。

悪いことをした罪人や邪心をもつた人は、関所で大師のおとがめをうける。ここは信仰の度合をはかる所で、遍路にとって、最初の関所。


 寺伝によれば、聖武天皇の勅願で天平年間に行基菩薩が開基し、光明皇后ご安産のために地蔵菩薩が造顕され、白鷺の暗示を受け、堂宇を建立し、尊像を奉安した。

その後、弘法大師が地蔵菩薩を刻み、行基作の尊像を胎内へ納めた。天正の兵火や近年災火にあったが、昭和五十三年に本堂は再建され、別格本山にふさわしく豪荘な建物、大師堂、多宝塔、観音堂、客殿など諸堂がある。春の遍路シーズンには紀州接待所が開かれる。

 

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栄ちゃんの四国霊場巡り・・・18番霊場 恩山寺(おんざんじ)

2010-12-31 | 栄ちゃんの四国霊場巡り

栄ちゃんの四国霊場巡り・・・18番霊場 恩山寺(おんざんじ)

 

(四国18番霊場 恩山寺(おんざんじ) 09/06/26)

(四国18番霊場 恩山寺(おんざんじ) 09/06/26)

(四国18番霊場 恩山寺(おんざんじ) 09/06/26)

(四国18番霊場 恩山寺(おんざんじ) 09/06/26)

(四国18番霊場 恩山寺(おんざんじ) 09/06/26)

(四国18番霊場 恩山寺(おんざんじ) 09/06/26)

(四国18番霊場 恩山寺(おんざんじ) 09/06/26)

(四国18番霊場 恩山寺(おんざんじ) 09/06/26)

 

出典:四国ネット・・・18番霊場 恩山寺(おんざんじ)

徳島市のシンボルといわれる眉山を右手に見ながら街中を通り抜け、勝浦川を渡って小松島市へ入る。中田駅から四㌔ほどの小高い山の中腹に恩山寺がある。樹木がおおう参道を登りつめると大師堂があり、本堂へはさらに石段を登る。


 縁起によると、聖武天皇の勅願により、行基菩薩が厄除けのために薬師如来を刻み、本尊として開基し、大日山密厳寺と号し、女人禁制とした。創建後百年を経て、弘法大師がこの寺へとどまり、そのとき母君の玉依御前が大師を慕ってお出になったが、女人禁制のため登ることができなかった。

大師は仁王門の近くで秘法を修して女人開禁の祈念を成就し、母君を伴なって登山し、日夜孝養をつくされた。やがて母君は剃髪してその髪を納められ、大師は寺号を母養山恩山寺と改めた。


 大師堂つづきに玉依御前をまつる小堂があり、母君に孝養をつくした記念の唐木が境内にある。大師の母をおもう御心が感じられる。  

 

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栄ちゃんの四国霊場巡り・・・17番霊場 井戸寺(いどじ)

2010-12-31 | 栄ちゃんの四国霊場巡り

栄ちゃんの四国霊場巡り・・・17番霊場 井戸寺(いどじ)

 

(四国17番霊場 井戸寺(いどじ) 09/05/08)

 

(四国17番霊場 井戸寺(いどじ) 09/05/08)

(四国17番霊場 井戸寺(いどじ) 09/05/08)

(四国17番霊場 井戸寺(いどじ) 09/05/08)

 

出典:四国ネット・・・17番霊場 井戸寺(いどじ)

かつて古代阿波の中心地であったこの附近は、いま、農村地帯となり、はなやかりしころの面影はない。

大谷の藩主の別館の長屋門を移築したという山門を入ると、正面に本堂がある。昭和四十三年の焼失以後に再建されたコンクリート造りの建物。

縁起によれば、天武天皇の勅願道場として白鳳二年(六七四)に開創され、そのころは妙照寺とよばれ、八町四方の広大な寺域と十二坊を有する大寺であった。

本尊の七仏薬師は聖徳太子の作。脇仏の日光・月光菩薩は行基菩薩の作。弘仁五年弘法大師はこの地にとどまり、ご本尊を拝して修行され、十一面観音立像を刻まれて安置した。

そして、この地方の水が悪いのを憂いて、錫杖で井戸を堀られたら、清水がこんこんと湧き出て大師のお姿を写された。そこでご自身の姿を石に刻まれた。面影の井戸や井戸寺の名もこれに由来する。

大師の石像に日を限って祈願すると願いがかなうので日限大師として多くの信仰をあつめている。  

 

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栄ちゃんの四国霊場巡り・・・16番霊場 観音寺(かんのんじ)

2010-12-31 | 栄ちゃんの四国霊場巡り

栄ちゃんの四国霊場巡り・・・16番霊場 観音寺(かんのんじ)

(四国16番霊場 観音寺(かんのんじ)  09/05/08)

(四国16番霊場 観音寺(かんのんじ)  09/05/08)

(四国16番霊場 観音寺(かんのんじ)  09/05/08)

(四国16番霊場 観音寺(かんのんじ)  09/05/08)

 

出典:四国ネット・・・16番霊場 観音寺(かんのんじ)  

「右へんろ道」と刻まれた古い地蔵尊の道標がへんろ道の曲り角にある。道の両側は商店が並び、その中に観音寺の山門がある。のんびりとした田舎の町中に、ひっそりとたたずむ札所、そんな感じがする。

 山門を入れば本堂が目の前にあり、左右に納経所と大師堂。
 天平十三年に寺は創建されたと伝えられ、聖武天皇勅願の道場であった。弘仁七年に弘法大師が留錫し、ご本尊の千手観世音と脇士の不動明王・毘沙門天を刻まれ、それぞれ安置された。中世のころは荒廃し、万治二年に僧宥応が再興して旧観に復した。また、領主の蜂須賀氏は信仰が厚く、現在の堂宇はそのころ再建されたものという。


 ご本尊の霊験により、高松伊之助という盲目の遍路が、目が見えるようになったことや大師のいましをうけた宮崎シヨさんという遍路のことなどいまも実話として語りつがれている。 

 

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栄ちゃんの四国霊場巡り・・・15番霊場 国分寺(こくぶんじ) 

2010-12-31 | 栄ちゃんの四国霊場巡り

栄ちゃんの四国霊場巡り・・・15番霊場 国分寺(こくぶんじ)

(四国15番霊場  国分寺(こくぶんじ)  09/05/08)

(四国15番霊場  国分寺(こくぶんじ)  09/05/08)

 

出典:四国ネット・・・15番霊場 国分寺(こくぶんじ)  

常楽寺をあとに山沿いの道を八百㍍ほど歩くと、国分寺の山門の前に出る。

境内に入ると、創建当時の塔の心礎がある。正面に重厚な感じの二層の本堂。ありし日の大寺としての面影さえうかがえる。

天平十三年(七四一)二月、聖武天皇は国ごとに最適の地を選んで金光明四天王護国之寺という僧寺と、法華滅罪之尼寺という寺を建立するよう命じた。いわゆる国分二寺の造営である。

阿波は粟の国と長の国が合して阿波の国となり、国府はいまのJR国府駅附近におかれ、国分寺は政治の中心から南へ一㌔ほどの矢野に建てられた。

いまの本堂のあるところは、もと講堂であったという。ご本尊は行基菩薩作の薬師如来。当初は法相宗であったが、弘法大師が留錫して真言宗になった。

その後、寛保元年に吼山養師和尚が堂宇を再建し、曹洞宗に改宗している。弘法大師が参籠して刻んだ烏瑟沙摩明王は一切のけがれを清浄にすることから寺で授けるお札はお手洗にまつる。 

 

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栄ちゃんの四国霊場巡り・・・14番霊場 常楽寺(じょうらくじ)

2010-12-31 | 栄ちゃんの四国霊場巡り

栄ちゃんの四国霊場巡り・・・14番霊場 常楽寺(じょうらくじ) 

 

(四国14番霊場 常楽寺(じょうらくじ)  09/05/08)

(四国14番霊場 常楽寺(じょうらくじ)  09/05/08)

(四国14番霊場 常楽寺(じょうらくじ)  09/05/08)

(四国14番霊場 常楽寺(じょうらくじ)  09/05/08)

(四国14番霊場 常楽寺(じょうらくじ)  09/05/08)

(四国14番霊場 常楽寺(じょうらくじ)  09/05/08)

 

出典:四国ネット・・・14番霊場 常楽寺(じょうらくじ)  

弥勒菩薩は五十六億七千万年後、兜率天という所からこの世に下られ、釈迦の救いが得られなかった人々を救済するといわれているが、弘仁六年、弘法大師がこの地で修行されているとき、弥勒菩薩を感得され、ただちに尊像を刻み、堂宇を建立して安置した。

そして「私が目をとじたならば必ず弥勒菩薩のおられる理想の世界に往生して、五十六億余年後に、弥勒菩薩に従ってこの世にまいり、私の歩いた跡をたどりたい」といわれたという。

大師が弥勒菩薩を信仰されていたことは、高野山麓にある九度山慈尊院に本尊として安置されていることからもうかがい知れる。

 後に、大師の弟子真然僧正は、常楽寺に金堂を建立し、祈親法師は講堂・三重塔・仁王門など増築したが、天正の兵火で焼失し、万治二年に再建し、文化十五年に現在地へ移建された。

大日寺から鮎喰川を渡り、寺の創設した養護施設の常楽園を経ると、まもなく常楽寺がある。

 

 

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