ピピのシネマな日々:吟遊旅人のつれづれ

歌って踊れる図書館司書の映画三昧の日々を綴ります。たまに読書日記も。2007年3月以前の映画日記はHPに掲載。

ペルセポリス

2009年01月17日 | 映画レビュー
 知っていそうで全然知らないイラン現代史がよくわかるアニメーション。

 監督マルジャン・サトラピの自伝をそのまま映画にしたという作品。イラン革命に翻弄される少女の成長物語がロックミュージックとともに描かれる。王政による言論弾圧、1978年のイラン革命、その後のイラクとの戦争、イスラム原理主義による支配、などイランの政治的弾圧により、祖父と叔父が処刑されているマルジの将来を案じた両親により、彼女はウィーンへと留学させられる。この映画は、ヨーロッパを放浪するマルジの異文化との出会いと葛藤の物語。

 波瀾万丈の主人公の半生には感嘆するやら同情するやら、しかし彼女が精一杯その時々を生きている様子には共感する。失恋しては落ち込み、異文化の無理解に憤っては野宿生活。けれどマルジはめげない、あくまでも立ち直る。つらさを思い切り経験したら、「イランに帰ってもいい?」と両親の胸に飛び込むのだ。彼女には帰る故郷があり、暖かく迎えてくれる家族がいる。このことがどれほどありがたいか、今、帰る家をなくして派遣村で正月を迎えねばならない派遣切りされた労働者たちのことを思うと、なんという彼我の違いだろうと思う。

 おばあちゃんが毎朝ジャスミンの花を摘んでブラジャーの中に偲ばせているというエピソードが印象的。わたしも真似してみようと思った(けどジャスミンがない)。このおばあちゃんが大変魅力的。自由闊達でしっかり者、厳しくも優しい祖母の言葉がいつもマルジを支えていた。「人は公正に生きなければならない」とマルジを叱咤激励する。そんな言葉に支えられるマルジは反骨精神を培い、宗教原理主義がはびこるイランの新しい政治・社会・教育に反発する。 

 この映画は、予告編を劇場で見たときにその単調で素朴な絵柄が気に入らなくて(何しろ描き込みすぎの日本アニメに慣れているもので)スルーしてしまった作品だけれど、思ったよりはかなり面白かった。寓意性が高い単純な線と色が様々に変化して、意外にも表情豊かであることに気づかされる。

 そして何よりも、この物語が今もなお生きて日々葛藤を繰り返しているマルジャン・サラトピ監督そのものを描いているだけに、なにかのオチがあるわけではなく、「そして人生は続く」ところが印象深いラストだ。マルジの視点が西洋的であり、その視線は日本人にはなじみ深いだけにすんなりと理解できるのだが、イスラム教徒の目から見るとまた違う見方になるのだろう。だからこそこの映画がイラン国内ではなくフランスでフランス語によって製作されたという意味を考えざるをえない。今なおサトラピ監督は異邦人でありディアスポラであり続けるのだろうか。

 革命、処刑、戦争、性差別、言論弾圧、といった重いテーマを扱いながらも、マルジの明るく元気なキャラクターによってたいへんテンポのよい作品になっている。マルジの一家は元王族であり、裕福である。貧しいイランの女性にはこのように西洋世界へと飛び出す機会もない。豊かさがマルジに自由を教えたとも言える。貧しければ自由もない。

 声優が豪華であったことに後から気づいたのだが、カトリーヌ・ドヌーヴとキアラ・マストロヤンニが母娘出演していたとは!(レンタルDVD)
 
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ペルセポリス
PERSEPOLIS
フランス、2007年、上映時間 95分
監督・脚本: マルジャン・サトラピ、ヴァンサン・パロノー、製作: マルク=アントワーヌ・ロベール、ザヴィエ・リゴ、音楽: オリヴィエ・ベルネ
声の出演: キアラ・マストロヤンニ、カトリーヌ・ドヌーヴ、ダニエル・ダリュー、シモン・アブカリアン、ガブリエル・ロペス