ピピのシネマな日々:吟遊旅人のつれづれ

歌って踊れる図書館司書の映画三昧の日々を綴ります。たまに読書日記も。2007年3月以前の映画日記はHPに掲載。

ミスター・ロンリー

2008年08月31日 | 映画レビュー
 アイデンティティの虜囚であることをやめ、なりたい自分になりきって生きることを選んだ不器用な人間たち。けれど、結局他者の中に自分の生きる道は見つからなかった。という、お話。

 ストーリーやテーマに惹かれて見たけれど、ここまでつまらないとは思わなかった。あまりのくだらなさに途中ところどころ早送り。

 マイケル・ジャクソンになりきって生きる男とマリリン・モンローとして生きる女が出会い、物まね芸人たちを集めてスコットランドの古城で共同生活を送る。史上最大のショーを目指す彼らはしかし、ショーの失敗に意気消沈。
 一方、その話とはなんのつながりもなく、航行中の飛行機から誤って落ちたけれど奇跡のように助かった尼さんの話が並行して描かれる。このサイドストーリーの結末もまた予想がつくのだが、映画全体に色濃く不条理劇の香りが漂う。しかし、ここまで散漫に演出されると退屈にもほどがあり、まともに見ていられない。

 というわけで、時間の無駄映画でした。まあ、マイケル・ジャクソンの物まねがちょっと面白かったぐらいかな。あ、そうそう、ヴェルナー・ヘルツォーク監督が神父役で登場していたのでした。これは後から知ってびっくり。(レンタルDVD)

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ミスター・ロンリー(2007)
MISTER LONELY
イギリス/フランス、2007年、上映時間 111分
監督: ハーモニー・コリン、製作: ナージャ・ロメイン、脚本: ハーモニー・コリン、アヴィ・コーリン、音楽: ジェイソン・スペースマン、ザ・サン・シティ・ガールズ
出演: ディエゴ・ルナ、サマンサ・モートン、ドニ・ラヴァン、ヴェルナー・ヘルツォーク

ONCE ダブリンの街角で

2008年08月30日 | 映画レビュー
 男女二人が力を合わせて曲作りに励むという展開は「ラブソングができるまで」と同じなのに作品のテイストはまるで違う。その理由は、この映画がダブリンの就労困難層の若者を主人公としているからだ。「デート」したくても、「仕事があるの」と女に断られてしまう男。彼女はチェコ移民で、街頭花売りや家政婦をして糊口をしのいでいる。今時花売り娘なんているのかと驚くが、ダブリンにはほんとにいるのだろうか。一方の男は、もはや若者とは言い難い年になってもまだメジャーデビューを夢見ながら毎日街頭に立つストリート・ミュージシャン。今日もやっと稼いだ小銭をけちな泥棒に危うく盗まれるところだった。 

 というように、映画のトーンはかなり暗くて、身につまされるような貧困層の暮らしが映し出される。しかし、名も無きストリート・ミュージシャンのオリジナル曲は確かに覚えやすくメローなラインが親しみやすい、ヒットしそうないい歌なのだ。日本人にはものすごく親しみやすいので驚くばかり。日本のフォーク&ポップスと同じような曲作りは、「これ、パクリちゃうのん?」と思うほどだ。

 一方の女はチェコからの移民で貧しい暮らしをしているのにもかかわらずクラシックのピアノ曲を弾けるということは、かつてはそれなりの生活をしていたことを彷彿させる。映画は、彼らの過去についてはほとんど描かない。ただ、彼には別れた恋人がいて、いまだに未練のある彼女のことを彼は歌っている、ということだけが観客に知らされる。いっぽう、女のほうもまだ若いのに子どもがいて、夫とは別居中であることが本人の口から徐々に語られる。 

 街で偶然出会って、音楽という共通項をもった男と女は果たして恋人になるのだろうか? 女には夫がいるのに? 男には別れたとはいえ、まだ心を残す女性がいるというのに? この二人はこの先どうなるのだろう。微妙な距離を保ちつつ、けれど、確かに心と心を通わせていく男と女。その関係には信頼や優しさが満ちている。だが、男はメジャーデビューを目指してロンドンへと旅立つのだ。 

 物語は結末を描かない。すべてが宙づりのまま、若者たちの不透明な未来を観客の想像力にゆだねたまま、アイルランドの不安定な現状とかすかな希望がほの見える未来を映し出す鏡のように幕を閉じる。

 この映画は、限りなく低予算で作られたドキュメンタリータッチの作品だ。独特の暗さと音楽の心地よさを漂わせている。若い女が掃除機を引きずって街を歩くシーンなど、驚くようなユーモアのセンスにもあふれていて、なかなか小気味よい。しかし、ちょっとした佳作、といった程度の域を出るものではない。(レンタルDVD)

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ONCE ダブリンの街角
ONCE
アイルランド、2006年、上映時間 87分
監督・脚本: ジョン・カーニー、製作: マルティナ・ニーランド
出演: グレン・ハンサード、マルケタ・イルグロヴァ、ヒュー・ウォルシュ、ゲリー・ヘンドリック、アラスター・フォーリー

レナードの朝

2008年08月28日 | 映画レビュー
 事実に基づく難病ものには弱い。病と闘う患者本人、家族、医者のそれぞれの苦悩や思惑、誤解、葛藤が大きなドラマのうねりを生み出し、感動をもたらすからだ。

 この映画の時代は1969年。精神病院に入院している重症の脳炎の患者たちは数十年も「意識不明」の状態で、彼らの人生の時間を止めたままだった。そんな患者を何人も抱える精神病院に新しく雇われた医者は臨床の経験がない偏屈ドクター・セイヤー。重症の昏睡状態だったレナードにパーキンソン病の新薬を投与してみたら、驚くべき効果が現れ、ついに30年ぶりにレナードは昏睡から目覚めたのだった。意を強くしたセイヤー医師は他の患者にも新薬の投与を試み、患者たちは次々と目覚めていった――

 舞台は病院の中だけに限られているので、外の世界の様子はほとんど画面では描かれない。だが、時代背景と時を同じくしてか、目覚めたレナードがやがて「自我」を持って病院側に抵抗を始め、患者たちを煽動してアジテーションする場面はまるで若者の叛乱のようだ。

 レナードたちが1920年代に発症した「脳炎」というのはかつて「眠り病」と呼ばれていたという。ちょうどその頃、日本でも「脳炎」「眠り病」が流行して新聞紙上をにぎわせていたが、それと同じ病気なのかどうか興味がわいた。病気そのものについての説明はほとんどないため、詳しいことは映画を見てもよくわからない。ただ、セイヤー医師が非常に熱心に患者に対して根気よくつきあう姿が感動的に描かれる。臨床の経験がない学究肌の医師であったことが、新しい治療への情熱や好奇心を生む要因であったのかもしれない。

 積極的な治療に躊躇する病院上層部を説得して実験的な治療を試みるセイヤー医師の熱意や努力には頭が下がるが、いっぽうでそれは「人体実験」の危険を持つのだ。そして、残酷な結末が待っている。医学の倫理というのはこのような微妙な問題の上に成り立つ。医者の学問的探究心、好奇心、患者を救いたいという熱意、功名心、病院経営上の経済論理、さまざまな要因がからまりあい、奇跡も起これば悲劇も起きる。

 この映画が作られた1990年当時、まだなおセイヤー医師が脳炎患者の治療のために粉骨砕身しているという事実は本当に心を打つ。それだけに、1969年に起きた奇跡のような劇的な<目覚め>を期待するプレッシャーに押しつぶされないことを願う。

 痙攣するレナードを演じたロバート・デ・ニーロの演技には鳥肌が立つくらいだが、それを受けて立つセイヤー医師ロビン・ウィリアムズの柔らかで穏やかな表情がまた映画に独特の温かみを与えている。(レンタルDVD)

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レナードの朝
AWAKENINGS
アメリカ、1990年、上映時間 120分
監督: ペニー・マーシャル、製作: ウォルター・F・パークス 、ローレンス・ラスカー、原作: オリヴァー・サックス、脚本: スティーヴン・ザイリアン、音楽: ランディ・ニューマン
出演: ロバート・デ・ニーロ、ロビン・ウィリアムズ、ジュリー・カヴナー、ルース・ネルソン、ジョン・ハード、ペネロープ・アン・ミラー

腑抜けども、悲しみの愛を見せろ

2008年08月27日 | 映画レビュー
 無茶苦茶後味悪いっていうか、主人公がたまらんキャラクターだけど、これは時代を象徴する人物なのでそのすごさが他人事ではない。っていうことで、映画的にはあんまり面白くないけどインパクトがあった。んー、訳の分からん評価ですな~。

 最近の話題本に『となりのクレーマー』という新書があるが、自意識が肥大した時代には勘違い人間が大勢登場してクレーマーだらけになって困ったことになる。この映画の主人公もそんなクレーマー時代の申し子のような人間だ。彼女の究極のわがままと根拠のない自尊感情はおそるべきクレーマー達と同じ精神構造から生まれている。 

 この映画でキーとなる人物は兄嫁だろう。一家の中で一人浮いている異様なお人好し人間で、暗い過去を持つ明るい性格というのがかえって暗い。自意識しかない主人公和合澄伽(わごう・すみか)はわかりやすいし、姉すみかの横暴に耐える妹清深(きよみ)の暗い憤懣もまた理解はできる。後妻の連れ子である兄の秘めた欲望もわかるし、周りの人間のわかりやすい欲望はそれぞれに理解はできる(共感はしないが)。

 しかし、謎なのは兄嫁の待子である。待子を演じた永作博美が印象に残ったのは本作が初めてかもしれない。今年38歳だなんて知らなかった。とてもそんな歳には見えないすごい童顔なので、30歳過ぎまで処女で見合いによって結婚した初な苦労娘、という設定も似つかわしくない。ほとんど化粧っ気なしで演じているため、永作の素の童顔ぶりが浮き彫りになるのだろう。その初そうな表情の下で多くのことに耐えているけなげな新婚妻を妙演している。しかしこの兄嫁、ほんとうに「けなげ」なだけだろうか? ここが不可思議だ。

 女優を目指して田舎から上京し、売れないまま両親の葬儀のために帰郷したすみか。売れないのを妹のせいにして、自分は女王様気取り。妹のきよみは姉に虐待された鬱憤をホラー漫画を描くことによって晴らす。そんな暗い一家を鏡のように映す漫画がすごい迫力でなかなかに怖い。誰の絵だろうと思って公式サイトを見てみたら、「呪みちる」というカリスマ的人気を誇るらしいホラー漫画家が描いているそうだが、わたしはまったく知らないので新鮮だった。あんな恐ろしげな漫画をほんとうに中学生や高校生が描けたらそれこそ怖いです。 

 いろいろあって勘違い女のすみかは結局勘違いしたまま、自分のダメさを知る。でもこの女、自分に才能がないことに気づいてもきっとそれを認めずまた勘違い街道をまっしぐらに生きるのだろう。いっぽうで自分の才能に気づいた妹のすみかは軽やかに飛び立つ。残された兄嫁はアルカイックスマイルのような不思議な微笑みを満面に浮かべている。

 げにおそろしきは兄嫁ではなかろうか? 童顔のまま中年になった無垢な兄嫁は、自分の周りで起きるすべての怒りや悲しみの発露を笑って受けとめる。彼女もまた勘違いしたまま自意識を閉じこめて生きるのだろう。この対比的な女二人の自意識がするりするりとすれ違っていくのがこの映画の不可解さであり、後味の悪さだ。つまり、この二人の自我がぶつかることはない。ぶつからない以上、二人に「自己変革」の兆しは見えない。他者との出会いと葛藤によって自己が変わって行くという弁証法的な契機がないのがポストモダン的といえようか。この点でもこの映画は時代を象徴している。しかし、単に象徴するだけではその先が見えないし、何か新たな発見があったともいえない。インパクトのある映像と演出で最後まで観客を引っ張るけれど、いまいち充実感や満足感にひたることができないのはそのせいかもしれない。

 それにしても主役の佐藤江梨子、うまいのか下手なのかよくわからない演技だったけど(なにしろ演技が下手な女優というキャラクターですから)、わたしは一目見て工藤夕貴と見間違えたわ。ひょっとしてご親戚? え、違う?(レンタルDVD)

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日本、2007年、上映時間 112分
監督: 吉田大八、プロデューサー: 柿本秀二ほか、原作: 本谷有希子『腑抜けども、悲しみの愛を見せろ』、脚本: 吉田大八、音楽: 鈴木惣一朗
出演: 佐藤江梨子、佐津川愛美、永作博美、永瀬正敏、山本浩司、土佐信道、上田耕一

ハムナプトラ3

2008年08月26日 | 映画レビュー
 舞台をエジプトから中国に移したっていうのは、北京オリンピックを意識してのことでしょうかね、やっぱり。それとも、西洋からの「オリエンタリズム」(@エドワード・サイード)の視線がもはやエジプトでは事足りず東進した結果、中国まで行き着いたということかも…? と、ちょっとうがってみるけど、まあ、要するに今は中国が世界の注目を集めているから、という単純な理由に過ぎないのかも。

 この夏、家族そろっての映画鑑賞はこの作品。で、わたしはこれ、「インディ・ジョーンズ4」より面白いと思った。子どもたちはインディのほうがいいと言うから、その評価の違いは奈辺にありや? ばかばかしさではインディも本作もあんまり変わらないのだけれど、インディで寝たわたしも本作では寝なかったということは、観客を退屈させない演出の工夫が本作のほうが上ということですね。

 インディ・ジョーンズの最新作が緩急をつけない単調な演出だったのに比べれば、本作は肉体が直にぶつかり合うカンフー・アクション、銃撃戦、集団戦、カーチェイス、とヴァージョン豊かで、まったく飽きることがなかった。しかし、前作までにあったばかばかしくも爆笑できるシーンが減ったことは残念。とかいいながら、実は前作も前々作もほとんど覚えていなかった(^_^;)。

 それに比べてY太郎はシリーズ前作をよく覚えていて、「飛行機のパイロットは前は黒人だったのに」とか、いろいろ違いを指摘していた。やっぱり親はもう記憶力がほとんど残っていないため、どんな作品も新鮮な目で見ることができますなぁ。って、それはいいことなのか悪いことなのか?!

 本作ではロケ地が万里の長城だったりヒマラヤ山脈だったりして、いきなり雪男が登場するけど、そこはそれ、これも愛嬌だからと笑ってスルー。で、相変わらず図書館が重要な要素を占めていて、永遠の命を与えられる古代の知恵の謎を解く鍵が世界最古の図書館にあるということになっている。図書館司書なら誰もが知っているはずの、図書館史の講義で必ず登場する「世界最古の図書館」たるメソポタミアの文書館(粘土板書庫)とはちっとイメージが違うけれど、まあ、近いものがありますな。

 余談ですが、映画には意外と図書館がよく登場する。「なんで?」と息子たちに訊かれたけど、答えは簡単ではなかろうか。脚本家は脚本を書くためには図書館を大いに利用しているはずだし、とても身近な存在のはず。映画にはよく図書館が登場するため、映画好きの図書館員たちのあいだでは図書館映画のメーリングリストまであるのだから。
 

 閑話休題。本作はどうせオバカ映画なんだから、この際もっとバカさ加減を発揮して欲しかったが、そこが不満ではある。ユーモアの部分でこれまでの作品に見劣りする。また、家族共同体の危機に対して主人公たちが親としての役割をめぐって口論するシーンの浅薄さが鼻についた。しかし、インディより退屈しなかったので、この夏休みの娯楽作としては十分合格です。


 そうそう、イザベラ・リョン、若くてかわいい! これからヒットする女優でしょう。

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ハムナプトラ3 呪われた皇帝の秘宝
THE MUMMY: TOMB OF THE DRAGON EMPEROR
アメリカ、2008年、上映時間 112分
監督: ロブ・コーエン、製作: ショーン・ダニエルほか、製作総指揮: クリス・ブリガム、脚本: アルフレッド・ガフ、マイルズ・ミラー、音楽: ランディ・エデルマン
出演: ブレンダン・フレイザー、ジェット・リー、マリア・ベロ、ジョン・ハナー、ラッセル・ウォン、リーアム・カニンガム、ルーク・フォード、イザベラ・リョン、アンソニー・ウォン、ミシェル・ヨー

眉山 -びざん-

2008年08月24日 | 映画レビュー
 松島奈々子が娘で、母は宮本信子。末期ガンの母と一人娘の葛藤と愛情を描いた作品。未婚の母として妻子ある人の子どもを生んだ龍子こと「神田のお龍さん」のきっぷのよさがいきなり画面にぶつかるように登場する場面、あまりに芝居がかった宮本信子の台詞回しに思わず腰が引けたが、これが実はお龍さんの趣味たる人形浄瑠璃の語り口調がそのまま発露したものと納得すれば違和感は消える。 

 物語は母の許されざる恋と娘の生まれたばかりの恋が並行して描かれる。中高年観客にとっては若者の(といっても既に娘も32歳)恋よりも長い年月を耐えてきた母の恋のほうがずっと胸にしみる。

 プロットじたいはまったく陳腐なものであり、特にドラマティックな場面もないのだが、演出の間合いがいいため、物語にわしづかみにされて思わずのめり込んでしまう。とりわけ、父と娘が出会う場面は、ものすごい緊張感に息が詰まるほどだ。何も盛り上がらない。むしろ、抑えに抑えた父と娘の感情が互いを見つめ合う視線のからみで激突するのみで、台詞はいたって淡々と展開する。松島奈々子がちょっと力みすぎているのが気になるが、受け手になる夏八木勲が父としての抑えがたい愛情と驚愕を精一杯静かに演じたことが印象的。この静かな緊張感みなぎる場面でわたしはぽろぽろと涙をこぼしてしまった。

 若き日の父の恋文を読み、そこに描かれた心躍る想いの数々を娘はどのように受け止めただろうか? 母へ当てた父の恋文。「君と別れてすぐにこの手紙を書いています……いつも通る神社の道も、君と一緒に歩けばまったく違って見えます」という情熱のほとばしる手紙をいつまでも大事にとっていた母が形見として娘に遺そうとしたその思いを、娘はどのように受け止めただろうか。父を知らずに育った娘は一目父に会いたいと願い、母が末期ガンであることを知らせたかった。

 映画のクライマックスは阿波踊り。「踊るあほうに見るあほう、同じあほなら踊らにゃ損、損」。この踊りがこれほどまでに迫力あるものとは思わなかった。劇場で見ていればさぞやその迫力にため息が出たであろうに、DVDで見たのは実に残念。しかしそれでもなおやはり迫力とバリエーションのある踊りの数々には圧倒された。これ、高知のよさこいとどっちがすごいのだろう?

 非日常的な祝祭の場では何が起こっても不思議はない。祝祭空間では奇跡も起きる。ドラマを盛り上げるためにしつらえられた設定も、年に一度の阿波踊りというクライマックスの時にあっては観客を納得させるような偶然の邂逅もまた生まれる。いやそれは決して偶然ではない。求め合う魂と魂が阿波踊りの夜にひととき火花を散らすように出会ったことは、引き寄せ合う愛の強さが年月の流れにも勝ったということの証左なのだ。

 頑なに仕事に生きてきた娘も早や32歳になった。気丈な母とのかすかな葛藤や、他者を寄せ付けないような仕事人間ぶりが描かれた巻頭と見違えるように彼女は柔らかく美しくなる。母の病気と父の存在を知った娘は、我知らず父と同じ職業の男に恋をして、彼の前に自分を開いていく。娘は自らが恋することによって母の恋をもまた理解する。母と娘の愛を描いて静かに静かに幕を閉じるこの物語は、眉山という徳島の小高い山を背景に、そこに生きる人の「故郷への思い」を通奏低音に展開する。江戸っ子の母が眉山の麓で生きて死ぬことを選んだのは、そこが愛する人の故郷だったから。故郷とは、必ずしも生まれ育ったところを指すのではなかろう。死ぬまで江戸っ子の言葉をしゃべっていた母が、それでも徳島の人間としてそこに骨を埋めたことは、ひとえに愛ゆえだった。離れていても、会えなくても、何十年経っても、愛は消えない。

 今まで宮本信子を美人女優だと思ったことはなかったのだが、この映画ほど美しい彼女を見たことがない。齢を重ねてここまで美しくなれるというのは希有なことだ。犬童監督が実に美しく撮っている。というか、撮影監督の腕がいいのか。宮本信子の存在と演技に感服の2時間だった。

 いつか本物の阿波踊りを見てみたい。あのクライマックスの興奮を直に体験したい。いったいどのようにロケをしたのか、裏話をぜひとも知りたいという欲望にそそられた、そのような作品だった。(レンタルDVD) 

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眉山 -びざん-
日本、2007年、上映時間 120分
監督: 犬童一心、原作: さだまさし、脚本: 山室有紀子、音楽: 大島ミチル、
出演: 松嶋菜々子、大沢たかお、宮本信子、円城寺あや、山田辰夫、黒瀬真奈美 、永島敏行、金子賢、本田博太郎、夏八木勲

燃えよ!ピンポン

2008年08月23日 | 映画レビュー
 予告編はすごく面白かったのに、本編がこれほどつまらないとは。予告編倒れの映画その1。クリストファー・ウォーケンがあの顔でどんなコメディアンぶりを見せてくれるのかと期待したが、面白くもなんともない。

 
 ”BALLS OF FURY”ってブルース・リーの「ドラゴン怒りの鉄拳」のパロディのつもりだろうけれど、オリジナルの面白さをどこにも生かしていない、パロディにもなってないってば! カンフーと卓球の組み合わせというのはそれなりに面白かったけど、やっぱり卓球って地味なのよね、豪快さに欠けるから映画がチマチマと小さくなってしまう。

 笑わそうとするネタはいっぱい仕込んであるのに、爆笑できるような場面がない。金はかけたらしいけど、いったいどこに? と失笑せざるをえない。期待はずれもいいとこ。おばか映画は好きなジャンルなのに外されてしまうと単なるばかばかしい映画に成り下がる。「オバカ映画」と「ばかばかしい映画」とは似て非なるもの。うーん、こうなったら元祖オバカアクション「ハムナプトラ3」を見に行かねば。(レンタルDVD)

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燃えよ!ピンポン
BALLS OF FURY
アメリカ、2007年、上映時間 90分
監督: ロバート・ベン・ガラント、製作: ロジャー・バーンバウム、脚本:トーマス・レノン、 ロバート・ベン・ガラント、音楽: ランディ・エデルマン
出演: ダン・フォグラー、クリストファー・ウォーケン、ジョージ・ロペス、マギー・Q、ジェームズ・ホン

スターシップ・トゥルーパーズ2 

2008年08月22日 | 映画レビュー
 うちの男の子たちが「スターシップ・トゥルーパーズ2」のDVDを見るぞ~と高らかに宣言していたけれど、「ふん、そんなしょうもないもん、見ぃひんわ」と鼻先で笑っていたわたくし。しかし、やっぱり映画が始まるとつい気になって、思わず参戦。で、とうとう最後までみてしまいましたが…

 S次郎(中学3年)が思わず途中で「なんやこれ、いつのまにか「エイリアン」になってるがな」という代物。Y太郎は「これ、『遊星からの物体X』のパクリやな」とも笑っておりました。前作をまぁ~ったく覚えていないため、ストーリーの続き具合は一切わからないけれど、前はもっとシニカルでブラックユーモアというか、戦争批判とか権力批判の視点を内在させていなかったっけ? 今回はそんなものがかなり陰をひそめている。そもそも、宇宙空間で正体不明の虫の化け物たちと戦うのになんであんな少数の軍隊しか送り込まないわけ? しかも、重火器をほとんど持っていませんよ。わからんなぁ~。ま、人類が圧勝するなら映画としては面白くないわけだから、このぐらいハンディがあっても話を面白くするにはいいんだけれど…

 兵士たちの半数近くが女性で占められていて、昨今のハリウッド映画の男女共同参画ぶりを表していて興味深い。しかし、最後は母性礼賛に終わるというオチはいかがなものか。まあとにかく90分程度の短い作品ですから、その短さが何よりもよかった、という程度のくだらないB級作。とはいえ、B級作というのは意外と居眠りせずに見られるから不思議です。「『エイリアン』の劣化コピー」という息子達の評価がもっとも的確。(映倫 R-15) (レンタルDVD)

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スターシップ・トゥルーパーズ2
STARSHIP TROOPERS 2: HERO OF THE FEDERATION
アメリカ、2003年、上映時間 92分
監督: フィル・ティペット、製作: ジョン・デイヴィソン、原作: ロバート・A・ハインライン、脚本: エド・ニューマイヤー、音楽: ジョン・モーガン、ウィリアム・T・ストロンバーグ
出演: リチャード・バージ、コリーン・ポーチ、エド・クイン、エド・ローター、
ケリー・カールソン

あの日の指輪を待つきみへ

2008年08月21日 | 映画レビュー
 アイルランドのベルファストでアメリカ軍兵士の結婚指輪が50年ぶりに見つかったという実話を知った脚本家のピーター・ウッドワードが書き上げた本を、老匠アッテンボローが余裕の演出で作り上げた反戦映画。

 きっちりとオードソックスな感動ものとして作り込んであるのだが、やっぱり老人が作った映画だと思わせる古くささが感じられて、特に巻頭がもたもたするため、わたしはうっかり眠り込んでしまった。もうちょっとシャキシャキした演出にしてほしいわぁ。だが、10分ほどして気を取り直して目覚めたわたくし、あとはしっかり最後まで見ておりました。で、見終わったらやっぱり良くも悪くもアッテンボローだと納得の作品。アッテンボローの映画は確かに皆それぞれそれなりの感動作なのだが、「生涯の感動作」というほどにはすぐれた作品ではない。

 さて、物語は1991年、年老いて病死した男チャックの葬儀の場面から始まる。彼の妻エセルは夫の葬儀だというのに教会の外でたばこを吸っているではないか。娘にもなじられ、古くからの友人ジャックにもたしなめられるエセルだが、一人ふてくされている。エセルは葬儀以来、酒浸りの生活。「わたしの人生は21歳で終わったのよ」と娘に告げるエセルは50年前を回顧していた。それは1941年、彼女の恋人テディは出征直前にエセルと結婚式を挙げ、自分にもしものことがあればエセルを頼むと親友二人に告げて飛行機で出撃した。永遠に帰らぬ人となったテディを思い続けたエセルはしかし、テディの親友チャックと結婚して娘をもうけたのだった。もう一人のテディの親友ジャックがその50年の日々、じっとエセルを見守り続けていた。

 そんなある日、アイルランドから一通の国際電話が。エセルの名前が彫られた指輪をベルファストの丘から掘り出したという少年の電話だった。それをきっかけに、エセルは50年前の愛と向き合うことになる…



 実話ベースとはいえ、かなり数奇な運命をたどった指輪の物語で、ドラマティックこの上ないのだが、にもかかわらずどうしてもかったるい演出にイライラさせられる。何よりも不満なのは、老エセルをシャーリー・マクレーンが演じているというのに彼女のよさがちっとも引き出されていない。ようやくラストシーンに至ってシャーリーらしい闊達さと小憎たらしさが見られて魅力的だったが、それまでのキャラクターに問題がある。いっぽう、老ジャックを演じたクリストファー・プラマーが渋くて素敵な老人だ(わたしはクリストファー・プラマーとマックス・フォン・シドーが見分けがつかないのだが、この二人が似ていると思うのはわたしだけ?!)。若いジャックを演じたグレゴリー・スミスもイケメンでよかった。

 指輪が見つかった1991年のベルファストといえばIRAが独立戦争の最中だったわけで、映画でもIRAの爆弾テロが大きな意味を持つ。50年前に戦争で死んだ米軍兵士と、50年経ってもまだ「戦争」をやめない国で死んでいく兵士。この悲劇がいつまでもなくならないことへの悲しみが老エセルの口から漏れる。「テディもこうだったのかしら」と。

 物語は、50年の時を超えて亡き人の思いをようやく知るエセルが、死者との約束から解き放たれる明るさに満ちて終わる。そのとき、50年の愛を封じ込めてきたジャックの慟哭がわたしの胸を揺さぶった。50年の純愛に涙せずにはいられない。4人誰もが真剣に人を愛していながら、その想いが互いに届かなかった悲劇も、元をただせば戦争のせいなのだ。3人の男に愛されたエセルは幸せ者のはずだが、その愛の深さを彼女は知らなかった。一番可哀想なのはエセルと愛のない夫婦生活を送ったチャックだろうか? いや、彼も一人娘を授かって大切に慈しみ育ててきたのだから、決して不幸な人生ではなかったはずだ。

 50年。50年は長い。50年の間、死者を愛し続けたエセルが頑なな心を解き放った瞬間、新たな愛が芽生える予感にまたわたしは涙する。いくつになっても幸せを求めてもいい。いくつになっても人生はやり直せる。やはり老監督だからこそ描ける愛の世界なのかもしれない。

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あの日の指輪を待つきみへ
CLOSING THE RING
イギリス/カナダ/アメリカ、2007年、上映時間 118分
製作・監督: リチャード・アッテンボロー、製作: ジョー・ギルバート、脚本: ピーター・ウッドワード、音楽: ジェフ・ダナ
出演: シャーリー・マクレーン、クリストファー・プラマー、ミーシャ・バートン、スティーヴン・アメル、ネーヴ・キャンベル、ピート・ポスルスウェイト、ブレンダ・フリッカー、グレゴリー・スミス、デヴィッド・アルペイ、マーティン・マッキャン

セックス・アンド・ザ・シティ

2008年08月19日 | 映画レビュー
 パープルローズさんが試写会の招待状を当ててくれたので、久しぶりに二人で映画鑑賞。

 テレビシリーズのファンかどうかでかなり評価が分かれるんじゃないかと思われる映画。わたしはテレビ未見、一方、一緒に見たパープルローズさんはテレビシリーズの大ファンで、DVDを3回も見たという剛の者。予習しないとわからない映画ではないかと不安に思ったわたしだけれど、試写会で配られたリーフレットを読み、またパープルローズさんの丁寧な解説を聞いてから鑑賞したのでまったく違和感なく物語に入って行けた。たとえそのような解説がなくてもこの映画はかなり親切にいろいろと説明が加えられているので、テレビ未見の人も安心して見られます。

 NYのセレブでおしゃれな女4人の物語だけれど、中心人物はライターのキャリー(サラ・ジェシカ・パーカー)で、彼女のナレーションでお話は進む。巻頭、まずは女4人の紹介が手短に述べられ、ここで笑いながら4人のキャラをしっかり頭に入れることができる。10年越しの恋人がいながら結婚には無縁のキャリアウーマン・キャリー、弁護士稼業に忙しく息子の子育てに疲れて夫とは倦怠期というミランダ、駆け出し俳優の年下の恋人をプロモートするためにロスに移住した色欲中年サマンサ、いくつになってもお嬢様気質が抜けないセレブな人妻シャーロット。

 で、映画は40歳になったキャリーがとうとう結婚するということになって、その式のためにあれやこれやと騒動が持ち上がる、という展開。他の3人はというと、ミランダの夫が浮気して別居。サマンサは恋人のために操をたてて大好きな自由奔放セックスも我慢し欲求不満が爆発しそう。シャーロットだけは「毎日幸せよ」という生活。

 異様に仲の良い女4人はやたらとリッチでやたらとおしゃれで、こういう映画を見ている日本のOLや奥様たちとはおよそかけ離れたNYセレブの生活を楽しんでいる。で、4人のキャラが立っていてしかもスピード感あふれる演出なので、とても楽しく見ていられる。だが、挙式を前にして浮き足立つキャリーに対して、マリッジ・ブルーに陥る恋人ビッグ。二人の挙式は暗礁に乗り上げ、物語の雲行きはあやしくなり…



 まあ、何があっても女4人の団結の力はすごい。なんでここまで仲が良いのか理解できないけれど、(というか、そもそもなんでそんなにホイホイとメキシコへいきなりリゾートできたりするわけ? 仕事はどうするのよ、仕事は! 子どもは!)とにかくお互いに慰めあいぶつかり合い、互いを思う気持ちを忘れない。これほどの友情が4人の間で成立するという摩訶不思議さにうらやましいと思うと同時にこれが成り立つだけの経済的豊かさが彼女たちにあるわけで、平均的日本人が見たら口あんぐり開けているしかないわな。こういう映画を見て自己投影できるっていうのは幸せな証拠かも。あるいは、そういう形で自己物語を消費せざるを得ない辛い現実があるってことかもしれない。かく言うわたしは、日常生活に疲れた働く主婦ミランダにもっとも親近感を覚えた。

 主役が4人存在する映画というのはファンのキャパが広がるため、大ヒットにつながる可能性が高い。これはシリーズもののテレビ作品としてはきわめてまっとうな路線であり、大正解だ。4人の話が散漫にならずにつねにキャリーを中心に収束していくために、群像劇の面白さも存分にいかしつつ中心点がぶれないため、ドラマの吸引力が高い。4人のキャラが立っているので感情移入もたやすく、女性ファンを獲得しやすいお話である。

 ま、ともかく、お話はお気楽なコメディかと思いきや一転シリアスな失恋ものに…。あ、いや、なかなかそう簡単にはシリアスドラマになったりしない。シャーロットの「下ネタ失敗談」には大爆笑。おまけに、50歳を迎えたサマンサが4人のなかでも一番の色気ムンムンでものすごい性欲をむき出しにする元気さにたじたじ。わたしも同じ50歳。とても同い年とは思えません(^_^;)

 そんなこんなでなんやかんやでけっこうドキドキはらはらさせられる展開で、予備知識のないわたしにとっては先の見えない展開がスリリング。2時間余りをたっぷり楽しませていただきました。

 で、結局のところ、ブランドよりも中身が大事、と説く映画でありながら、やっぱり観客を惹くのはブランドものオンパレードのファッションの数々なのだから、自己矛盾しているよね。



 ところで、ニューヨークの図書館が登場。立派な建物のここはかの有名なNY公共図書館だろうか? キャリーが借りた図書を延滞して延滞料を支払っていたのが印象的。ニューヨークの公共図書館は市立ではなく私立である。市民や企業の寄付によってまかなわれる私設図書館だ。運営は寄付金でまかない、公共の(つまり、誰にでも利用可能な)図書館として存在している。今度わたしたちが開設しようとしている図書館「エル・ライブラリー」はまさにそのような図書館を目指している。あ、余談ですが。


 そうそう、試写会の司会をしていたのが毎日放送のアナウンサー八木早希さん。モデルさんみたいに綺麗な人ではありませんか! 会場からやんやの拍手を受けておりました。


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セックス・アンド・ザ・シティ
SEX AND THE CITY
アメリカ、2008年、上映時間144分
監督・脚本: マイケル・パトリック・キング、製作: サラ・ジェシカ・パーカーほか、製作総指揮: トビー・エメリッヒほか、衣装デザイン: パトリシア・フィールド、音楽: アーロン・ジグマン
出演: サラ・ジェシカ・パーカー、キム・キャトラル、クリスティン・デイヴィス、シンシア・ニクソン、クリス・ノース、ジェニファー・ハドソン、キャンディス・バーゲン

ダークナイト

2008年08月17日 | 映画レビュー
 これは今年最高の娯楽作だ。もはや娯楽作としての域を超えた、複雑なプロットと何重にもひねった正義と不正義の相克が現代社会の矛盾を突く。先頃急死したヒース・レジャーが演じたジョーカーの史上最悪の極悪人ぶりも恐ろしい。

 前作「バットマン ビギンズ」が中途半端に「正義と暴力と復讐の三すくみ」を描いたのに比べると、本作はその重大なテーマをさらに徹底的につきすすめて考え練り上げた作品。アクション娯楽作でここまで踏み込んで倫理の問題を問うた作品はそうそうないのではないか? もともとクリストファー・ノーランという監督(兼脚本家)はかなり知的なゲーム好きと見た。「メメント」のあのアイデアマンぶりには驚嘆したし、「プレステージ」で魅せたマジシャンぶりといい、バットマンシリーズで追求している社会倫理の問題といい、現代社会について真面目に考えている監督である。まだ40歳にもならない監督が、ここまでの作品をものしたことには驚嘆のほかはない。9.11以後の世界を描かずにはいられない昨今のハリウッド監督たちのなかで、ここまで深くテーマを掘り下げ、しかも大ヒット作を作ったというのは並大抵の手腕ではない。小難しい芸術作ではなく、このような子どもでも見られる娯楽作において暴力の連鎖の恐ろしさと復讐の空しさを説き、なおかつ大衆の善意への信頼がまだ失われていないという救いをわかりやすく描いたことは特筆すべきではなかろうか。



 などと、のっけから絶賛の嵐のようなレビューを書いてしまったが、これを読んで嫌がおうにも期待値が高まりすぎるとがっかりするかもしれないので、少しテンションを下げてみよう。

 もともとバットマンは、ダーク・ナイト(dark night だと思っていたら、 dark knight だった)という、闇に生きる存在だ。彼は悪人を成敗する正義の味方ではあるけれど、超法規的措置をとるため、結局のところその天誅はしょせんは私刑に過ぎない。しかも、市井の名も無き一市民がバットマンに変身するわけではなく、大富豪が「メセナ事業」として身体を張ってバットマンに変身するわけで、そもそものバットマンの出来(しゅったい)からして「由緒正しく権力と金力のもとに生まれた」という血筋を持つ。こういうのを見ながら思わず「そんなに金があるなら、うちの図書館に寄付してください。毎年1000万円くれるだけで維持できるからぁ!」と心の中で叫んでしまったわたしって、最近「寄付お願い」モード全開状態(^_^;)。スパイダーマンがさえない青年の変身した姿であるのと対照的に、バットマンはもともと貴族である。だからバットマンの精神は「ノーブレス・オブリージュ」なのだ。

 で、本作ではその「ノーブレス・オブリージュ」の精神を発揮するのはひとりバットマンだけではない。新たに登場した輝けるヒーロー、正義の味方・デント検事(アーロン・エッカート)もまた犠牲的精神を持つ高潔な人間だ。デント検事は正義が服を着て歩いているような人物で、ゴッサム・シティの住民からは「光の騎士」(White Knight)と尊敬を集めている。あまりの爽やかぶりにわたしのようなひねくれた人間は「なんかあるんじゃないの」と裏を読みたがるものだが、ま、このデント検事がどうなるかは見てのお楽しみ。

 本作ではバットマンことブルース・ウェインの幼なじみの女性とデント検事との恋の三角関係も興味深くストーリーを引っ張る。彼らの愛情がまたジョーカーには人を弄ぶ対象となるのだ。ジョーカーは理屈なき悪人である。人を不幸に陥れるのが大好き。人の心を弄び傷つけるのが嬉しくてたまらない。その邪悪な目つき、邪悪な笑い、邪悪なねっとりとしたしゃべり方。これ以上気色悪い奴はいない、というヒース・レジャーの怪演は各種映画賞総なめものの熱演だ。看護婦の扮装でヒョコヒョコと歩きながら病院を爆破するシーンなんてまさに絶品。 

 最初に書いたように、この映画は社会倫理について真正面から取り上げ、観客をも巻き込んで考えこませる優れた作品であると同時に、アクションシーンでも観客を堪能させるメリハリの利いたカメラの動きとバットマンの新兵器「バッドポッド」のかっこよさなどエンタメ的見所も満載している(本作における「倫理ゲーム」については社会学の教科書に載っているゲーム理論を思い出す)。

 ジョーカーに対峙するバットマン、デント検事、そしてゴードン警部補。この3人がそれぞれに協力しつつジョーカーを追い詰めようとするが、まんまとジョーカーの手に落ちてしまう。ジョーカーはバットマンとは表裏一体の存在であり、バットマンがいる限りまたジョーカーのような悪の権化はなくならないというアポリアを抱えたまま物語はねじれを加速する。ジョーカーのような邪悪な敵を倒すには、殺すしかないのか? しかしそれでは復讐の連鎖にすぎないのではないか? バットマンはどうすべきなのか、そしてわたしたちはどうすべきなのか? 物語のテーマをすべて「9.11以後」という言い方に流し込みたくはないけれど、いやがおうにもその問題を考えずにはいられない。ラストシーンに漂う深い不条理感は、これからもバットマンが闇の騎士として「悪と正義」の間を永遠にさまよう宿命を痛感させて悲哀たっぷり。この夏、必見のアクション大作です。

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ダークナイト
THE DARK KNIGHT
アメリカ、2008年、上映時間 152分
監督: クリストファー・ノーラン、製作: チャールズ・ローヴェンほか、製作総指揮: ベンジャミン・メルニカーほか、脚本: ジョナサン・ノーラン、クリストファー・ノーラン、音楽: ジェームズ・ニュートン・ハワード、ハンス・ジマー
出演: クリスチャン・ベイル、マイケル・ケイン、ヒース・レジャー、ゲイリー・オールドマン、アーロン・エッカート、マギー・ギレンホール、モーガン・フリーマン

40歳の童貞男

2008年08月16日 | 映画レビュー
どうでもいいような話をよくぞ2時間引っ張ったと思うけど、これ、本編以上に特典映像が面白かった。

 40歳まで童貞できてしまった男アンディは、フィギュアとテレビゲームを集めまくるオタク男だが、根は真面目で案外ロハスなのだ。何しろ運転免許も持ってなくて自転車通勤しているんだからね。

 アンディが童貞だと知ってしまった彼の同僚3人のおせっかいが面白いが、この同僚たちがどうしようもなく下品で下ネタばかりしゃべりまくるのにはちょっとうんざり。それに対して女性を尊重しているアンディは好感度高し。

 この映画、ネタはいろいろと面白く、それぞれ瞬間芸的には笑えるけれど、だからどうしたという空虚感があり、シニカルさや批評性に欠ける。ま、一番面白かったのは特典映像についていた未公開カット集で、アンディが美人ニュースキャスター相手に妄想にふけるシーンなんて最高。それから、監督のコメンタリーでわかったんだけれど、意外とこの映画はアドリブが多い。アドリブであれだけ次々面白いセリフが出てくるというのは役者に力があるということですな。

 ま、お気楽に見られる下ネタコメディということで。教訓的なところは、やっぱり愛のないセックスはいけません、ということですね。(レンタルDVD)(R-15)

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40歳の童貞男
THE 40 YEAR OLD VIRGIN
アメリカ、2005年、上映時間 116分
製作・監督・脚本: ジャド・アパトー、製作: ショーナ・ロバートソンほか、製作総指揮: スティーヴ・カレル、音楽: ライル・ワークマン
出演: スティーヴ・カレル、キャサリン・キーナー、ポール・ラッド、ロマニー・マルコ、セス・ローゲン、エリザベス・バンクス

狼少女

2008年08月15日 | 映画レビュー
 泣いてしまいましたっ。少年が転校生少女との出会いと別れを経験して少し大人になる、切ない佳作。

 さて物語は…
 昭和50年ごろ(たぶん)、小学4年生の明が住む町に、見世物小屋がやって来た。明は興味津々だけれど、その演(だ)し物である「狼少女」が実は同級生の秀子が演じているという噂が立つ。秀子は家が貧しく、毎朝新聞配達をして家計を助けるけなげな少女だったが、貧しさゆえにクラスの虐められっ子だった。ある日、美しく勝気で正義感の強い金持ちのお嬢さんが転校生としてやってきた。彼女の名前は留美子。美しくおしゃれな留美子に淡い恋心を抱く明だった。留美子は虐められている秀子をかばうやさしく強い少女だ。三人はいつしかすっかり仲良くなるが……

 少年が経験するのは、淡い初恋と別れ、そして両親の不和。様々な思いが去来し、短い期間に10歳の明はその小さな胸に多くのことを詰め込んでいく。見世物小屋があの頃まだあったとはちょっと驚きだけれど、オイルショック直後ぐらいを時代背景にしているようだから、地方の郊外へいけばまだそういうものもあったのかもしれない。

 ここに描かれているのは、ありがちな物語。両親の不和の原因は、妻が外に働きに出たこと。少女が虐められる原因は、家が貧しいこと。転校生が憧れの目で見られるのはお金持ちの美しいお嬢さんだから。教師が居丈高なのは子どもたちのいろんな事情を知りながらそれを咀嚼できない若さがあるから。そして、少年が切ないのは初恋が一陣の風とともにやってきて風と共に去ったから。彼が小さな胸のなかに納めきれない人生の真実の一つを知ってしまったから。

 そしてそしてわたしが泣くのは、こども達が精一杯、<今>を生きて輝いているから。ありがちなお話はすべてがリアルで、ほんとうはそんな話なんてわたしも経験したことがないのに、それでも胸に突き刺さるのは、ここに描かれた子ども心が、<知りたくなかった真実>を一つずつ知っていくことによって失う子ども時代への惜別の情と大人への階梯を昇る切なさに満ちているから。


 大野真緒ちゃん、いいですねぇ~、うまいし綺麗だし、この先、いい女優になれるのではないでしょうか。(レンタルDVD)

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狼少女
日本、2005年、上映時間 106分
監督: 深川栄洋、エグゼクティブプロデューサー: 横濱豊行、松澤亜椰子、脚本: 大見全、小川智子、音楽: 崎谷健次郎
出演: 鈴木達也、大野真緒、増田怜奈、大塚寧々、利重剛、手塚理美、馬渕英里何、なぎら健壱、田口トモロヲ、西岡徳馬

ハリウッドランド

2008年08月13日 | 映画レビュー
 見終わって一週間経っていないのに既に記憶がほとんど残っていないという存在感希薄な映画。レビューを書こうにも内容を思い出すのに四苦八苦。やむなくいろんなサイトを回って映画のストーリーをおさらいしてから書くことにします。
 

 というわけで、いくつか調べて思い出しました(^^;)。

 そうそう、これはハリウッドでは公然の秘密だったらしいけど、スーパーマン俳優はMGMの重役夫人の愛人だったわけで。

 1950年代にTVでスーパーマンを演じて人気絶頂になったジョージ・リーブスが、結婚式の三日前に自殺した。謎の自殺とされ、様々な憶測を呼び、未だに真相は解明されていない。この事件の真相を追った作品、ということになれば「ゾディアック」と同じように実際の未解決事件を追う探偵(「ゾディアック」は新聞記者だった)が主役となる。だが作品の出来がかなり違う。「ゾディアック」のように事件そのものに魅入られて破滅していく「追跡者」の悲哀や怖さがこの「ハリウッドランド」にはない。物語がするすると進んで何も引っかかるものが感じられないのだ。事件の真相を追う探偵にフィクションの人物を配置して彼の家族問題を織り込むなどストーリー的な工夫は感じられるが、こちらに迫ってくるものがない。探偵シモを演じるのがエイドリアン・ブロディだからいかにも情けない頼りない感じがそこはかとなく漂い、この男には真相究明なんて無理だろうと思わせる。そして、その通りに結局は藪の中の真相は相変わらず。

 TVの子ども向け番組でスーパーヒーローとなった男には映画の出演依頼はやってこない。ジョージ・リーブスの焦りや苦悩はなるほど描けてはいるが、それもいかにもありきたりである。唯一の面白さはやはりジョージと年上の愛人トニーとの関係だろう。こういう醜聞が見ていて興味をそそる(て、わたしも下世話なこと(^_^;))。映画界のドンを夫に持つ裕福なトニーが愛人ジョージのために仕事も家も買い与える。そのことを知っていながら夫はトニーを溺愛しているかのようだ。しかも自分も日本人女性を愛人として囲っている。このけったいな夫婦がハリウッドを象徴するのだろう。色欲と金欲と虚飾の世界でのし上がっていくMGMの重役の貫禄やうさんくささがなかなかよかった。

 ダイアン・レインがトニーを演じているのだが、かなり老け役に挑戦していて、美しいけれどどっちかというと「老婦人」に近い印象を受ける。ジョージ・リーブス役のベン・アフレックも熱演しているが、わたしは彼が苦手なのであまり魅力的に思えなかった。

 とにかく演出にぴりっとしたところがなく、謎解きの面白さも特になく、脚本にも秀逸さを感じることができない。かといってそうボロカスにけなすほどひどい出来でもないので、それなりに楽しむことはできた。という、中途半端な作品です。(レンタルDVD)

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ハリウッドランド
HOLLYWOODLAND
アメリカ、2006年、上映時間 126分
監督: アレン・コールター、製作: グレン・ウィリアムソン、脚本: ポール・バーンバウム、音楽: マーセロ・ザーヴォス
出演: エイドリアン・ブロディ、ダイアン・レイン、ベン・アフレック、ボブ・ホスキンス、ロイス・スミス

団塊ボーイズ

2008年08月12日 | 映画レビュー
 あ、なんとディズニー映画であったか。どうりで毒がない。団塊世代の中年男たちがはちゃめちゃ暴れ回る痛快毒毒しいお話かと期待したのに、お子様も安心映画でございます。それに、主役の男4人は団塊世代じゃないし。なんかタイトルと中身に齟齬がありますなぁ。

 いい年をしたおじさんたちがハーレーを駆って街を練り歩く、もとい、練り走る(こういうのをなんて言うんだっけ? なんとか走り? つるんで走ること、あー、忘れた)冒頭のシーン、これが実にハーレーが美しくて良い。これほどまでに使用感がないきれいなバイクってあり?

 で、なんだかんだと個人の事情はいろいろあれど、おじさん4人は西海岸目指して道標なき旅に出た! というロード・ムービー。もっとはちゃめちゃにいろんなことがあるかと思いきや、さにあらん。しかし、それでもディズニーの安心映画にしては精一杯頑張ったのかもしれない。ゲイネタについては失笑ものであり、これはいかがなものかと思うような笑いであるが、そのほかも、ライダーたちの生態がいやに真面目でおとなしい。男たちそれぞれのストレスの事情についてはほんとにありがちな話ばかりで、しかもその描写がさらりさらりとあっさりしているため、身につまされるようなことがない。全編これ、あっさりときれいで、ディズニーの安心映画そのもの。しかし、その安心無害映画にもかかわらずちゃんと退屈しかけたところで山場を作ってくれたりするからディズニー侮るまじ。

 まあ、最後の最後までリアリティのないおとぎ話だなぁ、これでは40点。と思っていたら、最後にいきなり点数アップの場面が! ここでやっと合格点に達しました。ま、未見の方のために書かないでおきます。


 ハーレー好きにはいいかもしれませんが、せいぜい退屈しのぎ程度のお話でしかありませんので、そこのところは期待せずに見てそこそこ、という作品。(レンタルDVD)

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団塊ボーイズ
WILD HOGS
アメリカ、2007年、上映時間 99分
監督: ウォルト・ベッカー、製作: マイク・トーリンほか、脚本: ブラッド・コープランド、音楽: テディ・カステルッチ
出演: ジョン・トラヴォルタ、ティム・アレン、マーティン・ローレンス、ウィリアム・H・メイシー、マリサ・トメイ、ジル・ヘネシー、レイ・リオッタ、ピーター・フォンダ