ピピのシネマな日々:吟遊旅人のつれづれ

歌って踊れる図書館司書の映画三昧の日々を綴ります。たまに読書日記も。2007年3月以前の映画日記はHPに掲載。

結婚帝国女の岐れ路

2004年07月30日 | 読書
 上野千鶴子と信田さよ子の対談。

 わたしはずっと上野千鶴子ファンだったし、今でも好きなんだけど、どうも最近彼女の割り切り方についていけないものを感じるようになってきた。

 特に本書を読むとそう感じる。なんでもかんでも上野さんみたいに「いやなら別れたら」とか「なんでそんな男と一緒にいるのよ」とかすっきりいかないのが世の中で、その上、「今の三十代は親のインフラにパラサイトできる最後の稀有な世代で云々」などと簡単に世代論で一掴みにものごとを論断しないでほしいと思ってしまう。

 わたしなんて、三無世代だけど、自分じゃぜんぜん同世代の人たちになじめないと思っていたし、だから「今の若者は」とか「最近の30代は」などと世代でくくられるのがとっても嫌だったのだ。

 社会学者はマクロの話をするけれど、そこからこぼれる例外的な一人一人をどうしてくれるのよとわたしなんかは言いたいわけで、そうなるとそこは心理学者が拾ってくれるわけだ。ところが心理学の心理還元論がまたわたしには癪に障るわけで。

 となると、本書のような社会学者と臨床心理士との対談は、そのニッチを埋めるいいものになるはずなのだ。

 本書の対談が行われたのは2002年。発刊が2年遅れたので、「結婚の条件」や「負け犬の遠吠え」に出遅れてしまったのが、販売戦略的にはちょっと痛い。内容的にはかなりかぶるが、本書は対談だけに話がどんどんずれていくため、「結婚の条件」ほどにはきっちりとした分析をやったという印象が残らない。

 それに、特に前半は上野さんの個性が出すぎて、読んでいて違和感を感じてしまう。むしろ、後半、話題がドメスティック・バイオレンスとそのカウンセリングに入っていくあたりのほうがずっとおもしろかった。

 信田さよ子さんは、クライアントの生育暦を探っていくフロイト式のカウンセリングをしないという。そして、なぜDV男から女が逃げないのかという理由を分析している。その内容を上野さんの言葉を借りれば

 DV被害者の女性が、「どうして夫から逃げないのか?」というもっともな疑問に対して、「明日から生活が成り立たないから」という経済的な要因や、「暴力におびえきって自分からなにかをする力さえ奪われているのよ」といった無力化を挙げる通俗的な解釈に対して、わたしはずっと違和感を持ってきたが、彼女はそこに、当事者のプライドのゲームという主体的な関与をあげて説明してくれた。被害者は主体的にそこに留まるのだ、と。(p284)


 本書は、信田さよ子というよき対談者を得たことが最大の成果だ。



実尾島(シルミド)事件関係本を読み比べる(1)

2004年07月21日 | 読書
 映画「シルミド」はいまいちの出来だったが、それでもおもしろく見ることはできた。おもしろい、というより、なにしろ実話だから、ずしんと来るものがある。

 映画の感想は既に「シネマ日記」に書いたが、今度はこの事件関連の本が何冊も出ているので、興味を持って読んでみた。いずれも映画の上映に合わせて今年の春に刊行されたものばかり。

 まずは生き残った訓練兵の証言、『実尾島:生存者キム・バンイル元小隊長の証言』(ファンサンギュ著;蔡七美,沢田信恵,藤田優里子訳. ソフトバンクパブリッシング)。

 これは、訓練兵の生き残りキム・バンイル氏の証言を、住宅管理士というプロのライターではない人が書き綴ったという異色の本。証言者本人が書き下ろせばいいところだが(たいがいゴースト・ライターがついてるけど)、なぜ、プロの物書きではない人が書いたのかが不思議だが、どうやら、この著者ファン・サンギュは、実尾島事件にからめて、自分の父親のことを書きたかったようだ。

 本書の初めの部分に、ファン・サンギュの父の従軍日記が掲載されている。著者の父は朝鮮戦争に参戦し、激戦地の38度線高地の奪取戦を戦って生き残った。この734高地の戦いは、先日観た映画「ブラザーフッド」(映画の感想はシネマ日記にあり)の記憶も生々しく蘇る。ただ、兵士の日記としては、戦闘場面の生々しさよりも、戦意高揚のプロパガンダのような言葉ばかり並ぶのは読んでいて気持ちのいいものではない。

 その父が、除隊後は軍事教練の教師として勤めていたのだが、南北雪解けの時代には職を解かれて苦労したらしい。

 そんなこともあって、著者の立場は鮮明である。本書は徹頭徹尾、反共・反北朝鮮の視点で描かれている。

 本書は、実尾島事件の生き残りであり、かつ、どうやら偶然生き残ったというよりは、訓練兵たちに心優しく接したために難を逃れたらしいキム・バンイル氏の人徳を称える内容にもなっていて、<できる限り偏りなく事件の真相を描く>という姿勢には欠けているが、やはり証言には当事者でなければ語れない迫力がある。

 映画には描かれていない細かいエピソードもふんだんに登場し、映画以上に凄惨な出来事も描かれていて、酸鼻を極めるようなリンチ・過酷な訓練の様子も目に浮かぶ。

 ただし、ニュースソースが明らかになっていなかったり、参考引用文献が少なくて、史料的価値には疑問がある。


 次に城内康伸著『シルミド:「実尾島事件」の真実』(宝島社)

 本書は東京新聞ソウル支局長だった記者の取材によるドキュメンタリーだ。ファン・サンギュ本に描かれているのと同じエピソードもかなり含まれていて、内容は重複する部分が多い。ただし、同じエピソードでも微妙に書かれていることが違ったりする部分もある。

 本書は、日本人が書いているだけに、日本の読者によくわかるように事件の背景解説も丁寧だし、当時の政治情勢についてもコメントがあるので、たいへんわかりやすい。また、文章がうまいので、泣かせる部分もあり、ファン本よりかなりお奨め度は高い。

 本書を読めば、なぜ実尾島の訓練兵たちが反乱を起こしたのか、その理由がよくつかめるし、事件全体の流れを裁判過程に至るまできちんと描いてある。
 さらに、後日談として映画「シルミド」の制作裏話まで書いてあるのはたいへん興味深い。

 また、シルミド部隊だけではなく、いわゆる北派工作員の実態をほかにもいろいろと描いているところも興味をそそられるし、その実態は読めば読むほど心胆寒からしめるものがある。分断国家ゆえの悲劇が読者の胸に迫るドキュメンタリーだ。


増補版には写真が増えた

2004年07月16日 | 読書
 ようやく『敗北を抱きしめて 増補版』上巻読了。こんなにおもしろい歴史書も珍しい。これは超お奨め品だ。

 bk1にはたくさんの書評がついているので、もういまさらわたしの分は投稿しない。

 この本は翻訳が大変だったろうと思う。日本語文献をよくぞこれだけ読みこなしたとジョン・ダワーに対する畏敬の念を覚えると同時に、日本語文献を英語で引用してある文章を元の日本語に翻訳(というか、戻す)作業はかなり骨が折れたに違いない、と訳者たちにも敬意を表しておきたい。

 なにしろ出典が多いし、入手しにくい文献もけっこうあるだろう。それをいちいち原典にあたって元の文章を見つけ出すなんて、至難の業だ。

 徹底的にサブカルチャー資料をあたって社会史を下から積み上げた著者の労力は大変なものだし、単に資料を大量に渉猟したというだけではなく、歴史家の視点がすぐれている。偏りなく社会各層に目をやり、イデオロギーの対立点は鮮明に描いてみせるし、何より文章が実によみやすくおもしろい。訳もこなれている。

 わたしなんて、読んでいてなんども胸が詰まって涙が出そうにもなった。かといって決して感傷に流れるといった筆致でもないのだ。こういう歴史書も珍しい。
 
 で、下巻を読む前にちょっと寄り道して漫画を読もう。
楳図かずおの『洗礼』。
わたしより先に次男が1,2巻を読んでしまったのだが、「続きを買ってあげようか?」と親切に申し出てやったのに、そっけなく「いらん」だって。怖すぎたのかしらん。