ピピのシネマな日々:吟遊旅人のつれづれ

歌って踊れる図書館司書の映画三昧の日々を綴ります。たまに読書日記も。2007年3月以前の映画日記はHPに掲載。

パンズ・ラビリンス

2007年10月28日 | 映画レビュー
 スペイン内戦を舞台にしたファンタジー。

 スペイン内戦を知らない日本の若い世代はこの映画をどう見るのだろう? 劇場は若者で満席だったのだが、彼らはこの映画のどのように見たのか、わたしはそのことに興味がある。映画がはねた後、このファンタジーを単純にそのまま受けとめたかのような発言をする若者がいたが、彼にとって、デートで見たこの映画は単にファンタジーを消費した2時間に過ぎなかったのだろうか。


 童話が大好きな少女オフェリアは、再婚して身重の母と一緒に山奥ヘやって来た。そこは美しい母が再婚した相手、フランコ軍のビダル大尉がゲリラと戦っている拠点だった。残酷な軍人である義父は、母のお腹にいる子どもを男と決めつけ、「自分の名前を付けて、この聖なる地で息子を生み育てる」と公言する。いかにも独裁政権の軍人という風情の義父を好きになれないオフェリアは、彼女の目の前に現れた妖精に導かれ、牧神パンに出会う。パンは言う、「あなたは本当は地下の王国の王女さま、けれど自分が王女であることを忘れてしまっている。地下の王国では国王と王妃があなたの帰りを待っておられるのだ。王国に戻るには、三つの試練に耐えねばならない」と。

 オフェリアが出会った妖精も牧神パンも不気味な姿をしている。そして、彼女がこれから試練に出会うたびに現れる奇怪な妖怪や魔物たちもまたねばねばと気持ち悪い蛙だったり目玉のない妖怪だったりする。その不気味さは、現実の世界で繰り広げられている内戦の暴力と恐怖をそのまま写したかのようだ。

 彼女にとっては恐ろしげな義父と母の再婚は受け入れがたいものなのだろう。軍の駐屯地に働く女性メルセデスと医者が実はパルチザンの協力者であることを知ってしまっても、そのことを決して口外しない良い子なのだ。この映画ではフランコ軍とパルチザン軍は善悪の対立としてものすごくわかりやすく描かれている。残虐な正規軍と粗末な装備の反乱軍。スペイン内戦についての背景説明はほとんどないが、誰が見ても悪者は正規軍のほうなので、オフェリアが新たに父となったビダル大尉になつかないのは当然といえる。

 オフェリアが与えられた三つの試練というのはそれほど難しいものではなさそうに思えるが、そこはやはり子どものこととて、彼女はその試練をかいくぐることができない。「決して何も食べたり飲んだりしてはいけない」と言われているのに、おいしそうな果物があれば思わず食べてしまう。禁じられているにもかかわらず、オフェリアは泣きながら言い訳をする。「ぶどう二粒ぐらいは食べてもいいと思ったの」。「そのぐらいはいいと思った」「これぐらいなら禁じられていると思わなかった」というのはよくある言い訳のパターン。こういうのはいけませんね、肝に銘じましょう。

 残酷なシーンが多く、思わず目をつぶってしまった場面もあるので、お子たちと見るには注意が必要。大人も残酷なのが苦手な人は要注意。わたしは異界の者たちの造形の気味悪さが苦手なのと物語の単純さに物足りなさを感じたので満点をつけるわけにはいかないが、ラストの切なさには心を打たれた。オフェリアを演じたイバナ・バケロちゃんが愛らしく演技もうまいので、とてもよい。(PG-12)


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EL LABERINTO DEL FAUNO
メキシコ/スペイン/アメリカ、2006年、上映時間 119分
監督・脚本: ギレルモ・デル・トロ、製作: アルフォンソ・キュアロンほか、音楽: ハビエル・ナバレテ
出演: イバナ・バケロ、セルジ・ロペス、マリベル・ベルドゥ、ダグ・ジョーンズ、アリアドナ・ヒル

バッドサンタ

2007年10月28日 | 映画レビュー
 これはケッサク! 差別コードネタのブラック・ユーモアぶりには大笑い。こういうコメディが最近の流行なのか、けっこうきわどい差別ネタを見かける。いいのかなぁ~?


 毎年クリスマスシーズンになると黒人の「小人」の相棒と一緒にデパートでサンタクロースに扮する仕事を続けているウィリーは、飲んだくれのどうしようもないぐうたら人間。彼らの本当の仕事は金庫破りなのだ。そして今度こそ足を洗うと言っていたウィリーだが、やっぱり今年もその「仕事」以外にはなにもすることがない破滅的生活。

 今年雇われたデパートでは、下ネタの下品な言葉を連発して小心者の売り場責任者にお小言を食らうが、いっこうに意に介さないどころか、「おれたちを解雇するのか? 小人を解雇? 不当解雇だ」と脅しにかかる。

 で、この、差別用語の言い換えとか障害者差別を逆手にとった脅迫とか、ブラックユーモアがキラ星のごとくに登場する。政治的に正しくないギャグを連発するのがここのところ流行っているのか、ハリウッドでこの手の映画が増えたんじゃなかろうか? 実に挑発的である。最近のブラックユーモアは権力を嗤うというより、弱者差別の方向を向いているようであまり品のいいものを感じない。しかしこれはたいへん微妙な話で、大阪市でも右翼団体が職員を脅して公金(私金も)横領していたし、「弱者」「被差別者」の腐敗・権力化が目に余ると、こういう諧謔も生まれてくるのだろう。

 ビリー・ボブ・ソーントンはこういう役がはまり役だと思う。地でやってんじゃないかと思えるぐらいだ。で、そのどうしようもないサンタにすっかりなついてしまう苛められっ子がけっこう可愛くて、面白い。実際こういう子どもっているよなぁと思わせる、質問連発の鬱陶しい子ども! サンタと坊やの丁々発止が実に愉快だ。

 しかし、下品なエロネタ満載のこの映画も結局最後はホロリとさせるところは、ハリウッドの教訓コードを破ることが出来なかったということかな。

 ま、笑わせてもらいました。思ったほど毒は強くなかったけど、やっぱり子どもには見せられません(^_^;)。(レンタルDVD)(PG-12)


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BAD SANTA
アメリカ、2003年、上映時間 91分
監督: テリー・ツワイゴフ、製作: サラ・オーブリーほか、製作総指揮: イーサン・コーエン、ジョエル・コーエン、脚本: グレン・フィカーラ、ジョン・レクア 、音楽: デヴィッド・キティ
出演: ビリー・ボブ・ソーントン、トニー・コックス、ローレン・グレアム、バーニー・マック、、ジョン・リッター、ブレット・ケリー

鉄コン筋クリート

2007年10月28日 | 映画レビュー
 お正月にNさん母娘と一緒に鑑賞。何がが言いたいのかさっぱりわからなかったけれど、映像の爆発力はすごい。アニメはもう行くところまで行ったね。


 既視感の強いアニメだと思っていたら、案の定「MIND GAME マインド・ゲーム 」を制作したSTUDIO 4℃が担当していた。「ベルヴィル・ランデブー」にも似ていると直観したが、やはり「ベルヴィル」の影響を受けているという。ということは、とんがった画風の、好き嫌いがはっきり分かれそうな絵だということだ。背景の細密画ぶりには文句のつけようもなく、夢の場面のイメージの縦横無尽さも見事。何より導入部がよかった。孤児シロの瞳の大アップから入ってすっと画面が切り替わるあたりは、アニメらしい。とにかく全編アニメらしい作品で、絵には文句なし。シロとクロという孤児たちの超人的パワーと身体能力はアニメならではの表現力に支えられているし、「宝町」という、どこかで見たようなしかし決してどこにも存在しない街並にも懐かしさがこみあげる。

 ストーリーは、宝町を支配するヤクザがこの町を地上げして遊園地を作ろうとしている、その利権がらみの話にクロとシロという浮浪児が立ち向かい、そこに警察が介入して、というヤクザ暴力アクションもの。と書いてしまうと違うなぁ~と思う。映画の途中でちょっと寝てしまったのでよくわからない部分もあるのだけれど、ヤクザがヒットマンを放ったり、警察が浮浪児であるシロをかくまったりといったお話で、やたら暴力が横溢する世界なので、暴力シーンが延々続くとわたしは疲れて眠くなってしまった。

 はぐれ者達が主役となる物語の中では警察が心優しい正義の味方であり、権力や体制から逸脱している存在であるはずのシロという不思議な少年を警官たちが暖かく見守るという逆転現象が起きる。しかし、そこはそれ、シロは決して権力に飼い慣らされたりしない。

 しかしこれ、やはりわたしにはよくわからない。ストーリーを追ってもよくわからないし、そこを無視して感覚的に感じるままに我が身を委ねてもやっぱりわからない。制作者たちの意図がどこにあるのか、それを読もうとしたのだが、やっぱり理解不能。任侠映画のようでもあり、そうでもなさそうであり…。でも、映像には間違いなく力があったので、よしとします(^^;)。

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日本、2006年、上映時間 111分
監督: マイケル・アリアス、アニメーション制作: STUDIO4℃、原作: 松本大洋、脚本: アンソニー・ワイントラーブ、音楽: Plaid
声の出演: 二宮和也、蒼井優、伊勢谷友介、宮藤官九郎、大森南朋、岡田義徳

ジャスミンの花開く

2007年10月28日 | 映画レビュー
 B級。なんじゃこら。

 歴史も家族の愛憎も男女の感情のあわいもすべてが表層をなぞっただけ。チャン・ツイィのファン以外は満足できないだろう。よくこんなひどい作品ができたものだ。

 チャン・ツイィよりも、彼女の母親役ジョアン・チェンのほうがよっぽど美しいと思った。
 チャン・ツイィが祖母・母・娘の三代にわたって一人三役を演じ、そのツイィが成長した姿をジョアン・チェンが演じるため、キャラクターの演じ分けが難しい。ジョアン・チェンも祖母と母を二役演じるわけで、このダブルキャストは失敗だね。(レンタルDVD)


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茉莉花開

中国、2004年、上映時間 129分
監督・脚本: ホウ・ヨン、製作総指揮: ティエン・チュアンチュアン、原作: スー・トン音楽: スー・ツォン、イン・チン
出演: チャン・ツィイー、ジョアン・チェン、チアン・ウェン、リィウ・イエ、ルー・イー

トランス・ポーター2

2007年10月28日 | 映画レビュー
 これは正月に家族揃って自宅で鑑賞した作品。

 「うっそ~」「ありえねぇ~!」という絶叫がこだまする、お正月ウハウハ荒唐無稽アクションムービー! お屠蘇を飲んだ後に家族そろって笑って見るにはちょうどいい映画ですね。といってもわたしは酒を飲まなかったのでありました。運転手だからね(ちぇっ)。

 今度のブツは少年。フランクの仕事は大金持ちのご子息の学校への送り迎えであります。して、そのご子息が誘拐されてしまったから困った。フランクは必ず救い出すと坊やに約束し、やっぱりちゃんと救い出すのでありますが、問題はその坊やが誘拐犯に謎のウィルスを注射されてしまったということで。強力な感染力によって坊やだけでなく保菌者の吐いた息を吸った人間にも感染し死に至るのだという。そういうとんでもないウィルスを発明した人間たちが仕掛けたのは果たして……

 謎のウィルスだの解毒剤だの、そういう話はどうでもいいことで、辻褄が合わないのは当たり前。そんなことより、殺人が大好きなエロっぽいお姉ちゃんが出てきて、これがまた骨の上には筋肉しかついていない細い身体を無意味にさらけ出すところが笑える。「なんで銃をぶっ放すのにいちいち服を脱ぐわけぇ?」と我が家の家族は大笑い。「それはもう、観客サービス以外にはないでしょう」。

「『ダイ・ハード』と『007』のパクリやなぁ」と呟くのは長男Y。「あの人、ブルース・ウィリスみたいやなぁ、特に頭が」と感嘆しているのは次男S。ついでに言うと、エイトマンなのよね、なにしろ弾よりも速く動きます。

 今回もまたカーマニア垂涎の高級車を惜しげもなくカーチェイスに使い、破壊する。わたしはさっぱりわからないんだけど、さすがにうちの男の子たちは「あれはアウディ」とか「あれがランボルギーニやぞ」とか言っていた。さんざんカーチェイスで無茶苦茶したはずなのに相変わらずピカピカの新車状態なのが驚き。わたしなんてカーチェイスやったことないのに車は四隅をこすっています。で、この車が空を飛ぶわ、ビルとビルを飛び跳ねるわ、ビルの隙間を綱渡りみたいに走るわ、とにかくありえねぇ~のオンパレード。カンフーの技も見せてくれます。とにかく怒濤の88分、アクションまたアクションでありました。

 頭はちっとも使わないし、なんの捻りもない幼稚な話で、一週間後にはさっぱり内容を忘れていたけど、面白かった。(レンタルDVD)


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THE TRANSPORTER 2
フランス/アメリカ、2005年、上映時間 88分
監督: ルイ・レテリエ、製作・脚本: リュック・ベッソン、音楽: アレクサンドル・アザリア
出演: ジェイソン・ステイサム、アレッサンドロ・ガスマン、アンバー・ヴァレッタ、ケイト・ノタ ローラ

アイ ウォント ユー(I Want You あなたが欲しい)

2007年10月28日 | 映画レビュー
 ”9 Songs”でウィンターボトム監督のエロぶりにぶっとんだけど、この映画を見て確信した。この人、すけべです。

 この映画はわたしの期待したものとちょっと違った。最初のうちこそ、ウィンターボトム色が出ていて枯れたようなざらついたような渋い色の景色が広がっていたのだけれど、だんだん暗い場面ばかりになってくると、ストーリーもひたすら暗さを増していき、後味の悪さが広がっていった。

 かつての殺人事件の真相が明らかになっていく過程は決してサスペンスの様相を呈していない。それよりも、母の自殺によって口がきけなくなった少年の孤独の描き方が秀逸だ。口のきけない彼は自分の耳にするものを録音するのだ。「耳にする」というよりは<盗聴>なのだが、彼が耳をそばだてたその内容は姉の情事であったり憧れの女性デート場面であったり。その録音テープを使っていたずらをしてみたりするのが彼の小さな楽しみだ。

 殺伐とした波止場の風景や、姉と二人きり、世間から見放されたように暮らす少年のわびしい生活や、だだっ広い屋敷に一人暮らしのヒロインの孤独や、そういった点描はそれなりに表現力を感じさせるウィンターボトムなんだけれど、心に響いてくるものがない。それは、過去の殺人事件に至った過程がきちんと説明されていないのと、ヒロインの心理が観客の同情をそそるほどには描き切れていないからだろう。無意味に多いセックスシーンにも違和感がある。

 ウィンターボトム監督の作品ではやはりもう少し人の心の絆ややさしさについて描いたもののほうが好きだ。あるいは「CODE46」みたいに切ないのがいいね。(レンタルDVD)(R-15)


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I WANT YOU
I Want You あなたが欲しい(ビデオ)
イギリス、1998年、上映時間 87分
監督: マイケル・ウィンターボトム、製作: アンドリュー・イートン、脚本: エワン・マクナミー、音楽: エイドリアン・ジョンストン
出演: アレッサンドロ・ニヴォラ、レイチェル・ワイズ、ルカ・ペトルシック、ラビナ・ミテフスカ

プルートで朝食を

2007年10月28日 | 映画レビュー
 これは楽しい! でもIRAがらみの爆弾テロが4回(3回?)も起きるというすさまじい映画。

 パトリックはアイルランドのとある教会の前に捨てられていた男の子。教会付属学校へ通うけれど、教会の教えとは相容れない感性の持ち主で、子どもの頃から女装好き。長じてとうとう女として生きていくことになった。これはそんなパトリック=キトゥンのやたら明るい回想だ。保守的なカトリックの多いアイルランドで生き難いはずのパトリックは、常に明るく楽しく、何の悩みもないかのように振舞う。心に浮かぶのは見たことのない生みの母の姿。女優に似ているという美しい母はロンドンへ行ったと聞きつけて、彼も大都会ロンドンへ旅立つ。

 旅の途中で様々な人々に出会い、あるときはバンドのボーカルメンバーに、またあるときはマジシャンの助手に、またあるときは覗き屋の風俗嬢にと行く先々で姿を変えていく陽気なパトリック。軽快な音楽に乗せて腰をくねらせ女声でしゃべるけったいなパトリック。わたしはキリアン・マーフィーの女装がいまいち好みでなかったのでちょっと見ていてつらかったけど(ガエルくんの女装のほうがいいっす)、キリアンの一枚脱皮したこの演技には拍手です。

 IRAの爆弾闘争も中絶を禁止しているアイルランドの法的問題もトランスジェンダーへの差別もいっしょくたにシャッフルしてぶっ飛ばしてしまう力技の映画。最後にパトリックの父親が懺悔する場面の面白さに教会の保守主義への批判が込められていて、ブラックユーモアぶりを堪能させてもらった。

 爆弾だの放火だの粛清だのとやたら血なまぐさくもデインジェラスな場面が頻発し、そのたびにコメディ路線から転がり落ちそうになるのだが、どういうわけか最後は希望に満ちている。年末最後に軽快な気分にさせてもらった。同じアイルランドの独立闘争を描いてもケン・ローチのやたら暗い「麦の穂をゆらす風」とはここまで印象が異なることに驚きだ。もちろん本作のテーマはそこにはなく、IRAの闘争は背景に押しやられているのだが。このあたりの描写の中途半端さに若干不満も残った。

 プルートは冥王星のこと。はぐれものの冥王星で朝食を、というタイトルどおり、IRAの闘争にも教会の教えにも真面目に耳を貸す気のないポストモダンでトランスジェンダーな若者の軽やかな母探し(=自分探し)逃走記、といったところか。一見の価値あり。でも女装男が嫌いな人にはダメかも…(レンタルDVD)


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BREAKFAST ON PLUTO
アイルランド/イギリス、2005年、上映時間 127分
製作・監督・脚本: ニール・ジョーダン、原作: パトリック・マッケーブ、音楽: アンナ・ジョーダン
出演: キリアン・マーフィ、リーアム・ニーソン、ルース・ネッガ、ローレンス・キンラン、スティーヴン・レイ、イアン・ハート

映画のようには愛せない

2007年10月28日 | 映画レビュー
 ストーリーはまるで「フランス軍中尉の女」のリメイクのような内容。主人公たちが出演する映画が19世紀時代劇というのも共通している。女優が芸達者というのも共通している。けれど、わたしにはこの作品のほうが面白かった。なぜだろう? 「フランス軍中尉の女」に比べると主人公達が若く、彼らの恋愛駆け引きが青い。その青さが微笑ましくも痛い。

 劇中劇の悲恋と現実の役者たちの恋愛の行方が交差し、嫉妬やいらだち、諍いがそれぞれの物語が進むうちにどんどん影響を与え合っていくように見える。観客には徐々に映画の中の現実と虚構の境界がなくなっていくのだ。映画製作の場面を描いた自己言及映画は映画ファンの好きなジャンルの一つだろう。そもそもそういう映画ファンには美味しい舞台設定の上に、誰もが身に覚えのありそうな恋愛の強情や意地張りや嫉妬が描かれていくと、すっかりのめりこんでしまう。

 しかしこれ、面白いことに「フランス軍中尉の女」と逆の結末を迎えるのだ。劇中劇は悲恋に終わり、演じた役者たちの恋は…まあ、なかなか一筋縄ではいかないみたいだけど、ハッピーエンドと言ってもいいだろう。「フランス軍中尉の女」では役者たちがダブル不倫だった。そういう恋愛にハッピーエンドはやはり赦されないのだろう。一方、「映画のようには愛せない」のほうは若い役者どうしだったから、彼らには未来があるのだ。

 主役二人が美しいです。いいですね、こういうのがやはり恋愛映画の醍醐味。(レンタルDVD)

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LA VITA CHE VORREI

イタリア/ドイツ、2004年、上映時間 125分
監督: ジュゼッペ・ピッチョーニ、製作: リオネッロ・チェッリ、脚本: リンダ・フェッリ、ジュゼッペ・ピッチョーニ、グァルティエロ・ロゼッラ
出演: ルイジ・ロ・カーショ、サンドラ・チェッカレッリ、ガラテア・ライツィ、ファビオ・カミリ、アントニーノ・ブルスケッタ、カミッラ・フィリッピ

パッチギ!LOVE&PEACE

2007年10月28日 | 映画レビュー
 これは5月末の出張の折にシネマ・メディアージュお台場で見たのだけれど、なんと! 映画人生初体験のたった一人の観客。わたしがいなければそれでも上映したのだろうか? わたし以外に観客がいないという寂しい体験だったが、映画館のど真ん中で一人座っているという超贅沢な時間も味わわせてもらった。

 前作のような青春の弾けた魅力がないので、井筒監督らしさに欠けているのでは? 全編に漲る勢いとか青春の切なさやバイタリティがないのは「パッチギ」的には精彩を欠くと言える。その代わりに親子の情愛をたっぷり描いたという点で、観客支持層が上がったのではなかろうか。

 前作は1969年の京都が舞台、本作は1974年の東京へと変わる。アンソンとキョンジャの兄妹一家はアンソンの息子で6歳のチャンスの病気を治すために江戸川の朝鮮人コミュニティに引っ越してきた。元京都の不良高校生いま国土館(国士舘にあらず)大学の応援団長たちと深夜の列車内で乱闘を演じたのが縁で国鉄マンと知り合いになったアンソンは、すっかり国鉄マン(馘首されたので元国鉄マン)佐藤くんを気に入り、自分達のコミュニティの一員のように歓迎する。やがてアンソンと佐藤青年はチャンスの治療費を捻出するためにヤミの仕事に手を出すようになり、キョンジャは芸能界入りして頭角を現すようになるが…

 今回の筋立ては大きく二つの時制からなる。現在(1974年~75年)の東京と、1944年の済州島だ。戦時下に徴兵を逃れて南の島へと脱走するアンソンの父の苦労が描かれるのだが、これがどうにも中途半端で現在とのつながりが悪い。井筒監督は予算が多くなって嬉しくて派手なシーンをドンパチ入れたかったのかもしれないが、戦争映画としてのリアリティが迫ってこない。もちろん、本作も筋立ては波乱万丈で最後まで観客を飽きさせないし、キムラ緑子のような芸達者な役者の演技を味わわせてもらってとてもよかったのだが、後味の爽快さは前作ほどにはない。朝鮮人差別の根強く残る芸能界の裏話や、「紅白歌合戦は在日がいなかったら成り立たない」という台詞にも見られるような、「在日の多い芸能界」という話題もそれなりに興味深いが、わたしにとってはなんら目新しい話ではなくむしろ講演会などで使い倒したネタなので、「今更なぁ~」と思ってしまう。ラストに待ってましたとばかりに展開される乱闘シーンもとってつけたみたいだし。

 決して悪い映画だとは思わないし最後までずっと退屈もしなかったから別にいいんだけど、やっぱり前作を越えることはできなかったね。ちと盛り込みすぎですよ、監督。在日朝鮮人差別の問題を真っ正面から取り上げようとした前作に続いてまたしてもなんだけど、意欲はわかるが、前作よりさらに真っ正面勝負だったような気が。ま、でも、芸能界のタブーを描いたという点で評価すべきだと思います。

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日本、2007年、上映時間 127分
監督: 井筒和幸、製作: 李鳳宇、脚本: 羽原大介、井筒和幸、音楽: 加藤和彦
出演: 井坂俊哉、中村ゆり、西島秀俊、藤井隆、風間杜夫、キムラ緑子、手塚理美、米倉斉加年、馬渕晴子、村田雄浩、ラサール石井、杉本哲太、麿赤兒、寺島進、国生さゆり

幸せのレシピ

2007年10月27日 | 映画レビュー
 ラブコメとしては元ネタの「マーサの幸せレシピ」よりよくできています。さすがにハリウッド映画はこの手のものはうまい。

 実を言うと、わたしは料理映画が大好き。料理がおいしそうな映画には点が甘い。で、もちろんこの作品でも高級フランス料理がおいしそうだったのは言うまでもないのだけれど、それよりもイタリアンの副シェフ・ニックがプライベートに創ったピザがおいしそうでたまらんかったわ。

 オリジナル作品「マーサの幸せレシピ」との比較をしながら見ようかと思ったのだけれど、オリジナルの細部は全然覚えていなかった。おぼろげな記憶をたどると、オリジナル作品では主人公のシェフ、マーサが他者に心を開かない意固地な女性として描かれていて、その点がかなり強調されていたと思う。つまりはテーマは恋愛と同時に他者とのふれあいという、より普遍的なものなのだ。その点、今回のリメイクではシェフのケイトがかなり自己主張の激しいよくしゃべる女になっている。この辺がドイツとアメリカの文化の違いか。精神科医とのやりとりも面白く、セラピーの途中で医者に新作料理を食べさせるなんていう話は笑えていい。この笑えるエピソードはオリジナルにもあったもので、この映画の笑わせどころやよくできている部分はほとんどオリジナルのアイデアだ。元ネタがよくできているのだね。

 ストーリーは恋愛映画の常套を踏んで、彼と彼女を最初は反目させながらいつの間にか恋人にさせて、かと思うとまたまたいがみ合わせて観客をやきもきさせる、という定石どおりの展開。もちろん最後はハッピーエンドだから安心して見ましょう。

 この映画が新しい時代の流れを的確につかんでいると思えるところは、ケイトが血のつながりのない「家族」を築き上げていくという点だ。亡姉の一人娘、8歳のゾーイを引き取って育てることになった独身女のケイトが四苦八苦するところは、子どもを持ったことのないキャリア女性がいきなり子育てすることになる苦労をたくみに描いている。血の繋がりがないと書いたけれど、ゾーイはケイトの姪だから、もちろん血の繋がりはある。問題はケイトの「パパ」になる人物だ。これがケイトのシェフとしての立場を危うくするかもしれない、新入りの副シェフ・ニックというところがミソね。ニックはケイトを尊敬していて、あくまで彼女の後ろに控えていようとする。この映画では上昇志向に煽られて肩肘張って生きているのは女のほうで、男はのびのびと脱力して心優しく生きているのだ。しかも、最後にはケイト、ニック、ゾーイという三人の関係が対等になる。これがとても微笑ましくいい感じ。

 アビゲイルちゃんは「リトル・ミス・サンシャイン」でも達者な芸を見せてくれたけど、今度もすごくうまい。いい感じです。アーロン・エッカートはシェフには見えなかったけどなぁ~。

 
 美味しい水牛モッツアァレラ・チーズとバジルのピザをつまみにワインが飲みたくなりました。

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NO RESERVATIONS
アメリカ、2007年、上映時間 104分
監督: スコット・ヒックス、製作: ケリー・ヘイセン、セルヒオ・アゲーロ、製作総指揮: スーザン・カートソニス、脚本: キャロル・フックス、音楽: フィリップ・グラス
出演: キャサリン・ゼタ=ジョーンズ、アーロン・エッカート、アビゲイル・ブレスリン、パトリシア・クラークソン、ボブ・バラバン

リトル・ミス・サンシャイン

2007年10月27日 | 映画レビュー
 一家全員が「負け組」という家族のロードムービー。

 祖父:ヘロイン中毒のスケベ爺。
 父 :9段階の自己啓発理論をひっさげて出版界にデビューを狙う。
 母 :働く主婦。今日もディナーは店で買ってきたフライドチキン。
 兄 :パイロットになることを夢見て、「いっさいしゃべらない」という願掛けをしている15歳。
 妹 :夢はミスコンテストでの優勝。ダンスの練習に余念がない9歳。
 伯父:アメリカで一番有名なプルースト研究者。同僚に恋人を奪われて自殺未遂。

 というファンキーな一家。一家の娘オリーブが幸運にも「ミス・サンシャイン」コンテストに出場できることになり、家族全員でおんぼろ車に乗ってカリフォルニアまで出かけることになったが…。この車、彼らは「バス」と呼んでいたけれど、要するにワゴン車ね。クラッチが故障していてエンジンがかからない。止む無く全員で車を押すことになり、スピードがついたところで飛び乗るというスリルとアクションいっぱいのシーンに大笑い。

 予想通り前途多難な一家の旅は、次々と降りかかる難事件に何度も挫折しそうになる。ミスコンのエントリー締め切り時刻に間に合うのかっ!?

 このファンキーな一家は変人ぞろいでおまけに全員が自覚のない負け組。「負け組になるな!」と自己啓発セミナーで絶叫する講師のパパ、あんたが負け犬なんだよ。扱いにくい長男は思春期真っ最中の15歳、家族なんて大嫌いだと紙に書いて(口を利かないと決めている偏屈だから)反抗する坊やであります。

 ロードムービーの途中で起きる様々な事件というのがけっこう予想外のことだったりしてハラハラ度は高い。で、普通だったらオリーブはぎりぎりミスコンに間に合って並み居る美少女たちを押しのけて優勝してメデタシメデタシになるはずなんだけど、これがそうでないところがこの映画の面白さ。最後のコンテスト場面なんて正直いって白けました。あれはあんまりだね。寒かったわ(^_^;)。で、そういう「寒さ」がこの映画のねらい目であります。

 オリーブを演じた子役アビゲイル・ブレスリンがとっても可愛い。お腹がぷっくり出た幼児体型でダサイ水着を着てミスコンに登場する場面なんてもう、笑いをとってるとしか思えない。

 笑って笑って最後は「へぇ~、サクセスストーリーからいかに逸脱するかという話ね」と納得して終わるけっこう教訓じみた映画でした。そこそこ楽しい。(PG-12)

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LITTLE MISS SUNSHINE
アメリカ、2006年、上映時間 100分
監督: ジョナサン・デイトン、ヴァレリー・ファリス、製作: アルバート・バーガーほか、脚本: マイケル・アーント、音楽: マイケル・ダナ
出演: グレッグ・キニア、トニ・コレット、スティーヴ・カレル、アラン・アーキン、ポール・ダノ、アビゲイル・ブレスリン

長い散歩

2007年10月27日 | 映画レビュー
 かつて共同体が生きて機能していたころは、一つの家庭で子どもを世話できなければ隣近所が代わる代わる養育したものだ。それと同じことをしようとすると、今や「誘拐」騒ぎになる。これは、隣家の児童虐待を見かね初老の男が幼い少女を連れて旅する道行きの物語。 

 元校長だった安田松太郎はアルコール依存症だった妻を亡くし、娘には憎まれている。妻の死後、自宅を去って小さな安アパートに引っ越してきた。舞台は愛知県と岐阜県。両県のロケで撮影された本作は、岐阜の山並や廃校になった校舎や寂れた山村がしっとりと美しい。安田という男の過去について映画は多くを語らない。時折フラッシュバックで描かれるその家庭生活はわびしくとげとげしいものだった。妻への悔恨と贖罪の気持ちを抱いている安田は、隣家で虐待されている少女が気になって夜も眠れない。母親とその情夫に育児放棄され暴行される少女は、幼稚園や保育所にも通わせてもらえず、一人裸足で遊ぶ。

 鬼母の高岡早紀がうますぎて怖い。地でやってんのちゃう? 映画の前半は子どもが虐待されている場面をじっくり見せる。こんな役をやらされて、子役の心の傷にならないのか心配になるぐらい高岡早紀は怖いし、子役もうまい。とにかく作品全体に描写が丁寧で、とてもわかりやすい。親に虐待されて心を閉ざしている幸(さち)という少女が安田に「おじいちゃん」となつくようになるまでさほど時間もかからない。実際の被虐待児の場合、虐待を受けた年月の倍ぐらいの時間がかかってやっと心の傷から立ち直るのだという。だから、映画の中で二人が心を通わせるようになるのは早すぎるのだが、しかし、映画として見ている分には、むしろ遅く感じる。というのも、いつも背中に天使の羽をつけているサチと安田じいちゃんは決して手を繋がないからだ。不自然なくらい二人は手を繋いで歩かない。そして、やっと手を繋いだとき、二人は走る。走る走る、とても老人とは思えない速さで走る。「手を繋ぐ」というたったそれだけの行為が傷ついた子どもにはとても困難なことなのだ。それは二人が追いつめられなければできない行為だったことが悲しい。

 話の展開じたいはありがちだし予想もつくのだが、ここに一人、意外な人物が登場して物語が急転直下する。それが「ワタル」という青年だ。ワタルを演じた松田翔太、目ぢからのある役者で印象深いのだが、いったい誰なのか、新人かなと思ってパンフレットを見たら、松田優作の次男だとな。

 祖父と孫という疑似家族の道行きに新たに青年が加わって、孤独な3人が仲良く旅を続ける。もう今や家族は機能していないのだから、新たな形の家族を作ることを考えないと、子どもたちはどんどん傷ついていくのではないか? 虐待するほうの鬼母だって傷ついているのだから。映画はそのような視点/主張を盛り込んでいるのだが、現実には法律の厚い壁があるのだ。

 子役が可愛い、とっても可愛い。泣かされました!

 愛知県が舞台で、なんか見覚えのある風景も映るのだが、ひょっとして名古屋のテレビ塔かもしれない。ところで高岡早紀と松雪泰子の見分けがつかないのはわたしだけ?(^^;)(←と書いてDISCASにレビュー投稿したら、「乳のでかいのが高岡早紀」だと「こんちゃん」さんに教えてもらいました)。

 2006年度モントリオール国際映画祭最優秀作品賞を受賞。

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日本、2006年、上映時間 136分
監督: 奥田瑛二、製作総指揮: 西田嘉幸、脚本: 桃山さくら、山室有紀子、音楽: 稲本響
出演: 緒形拳、高岡早紀、杉浦花菜、松田翔太、大橋智和、原田貴和子、木内みどり、津川雅彦、奥田瑛二

クリムト

2007年10月27日 | 映画レビュー
 この映画は無意味にカメラをぐるぐる回しすぎるので、目が疲れてしまう。クリムトの幻想的で退廃的なムードを出そうとした映像はそれなりに工夫があるのだけれど、どうも意図がよくわからない。ばしっと決まっていない。

 ウィーンのカフェで若きヴィトゲンシュタインがつかみ合いの喧嘩をしている場面とか、デカダンな雰囲気は面白かった。

 死の床にあるクリムトのもとをエゴン・シーレが訪れる場面から始まり、一転、回想シーンへとつながるつかみはなかなかいい感じ。しかし、20世紀初頭のウィーンのパーティ会場の場面で、人物二人の会話を回転で映したものだから途端に気分が悪くなった。演出上の必然性を感じないカメラワークだ。回想シーンは死を目前にしたクリムトの見る幻想のようでも夢のようでもあり、映画が進むにつれてだんだん摩訶不思議な世界へとねじれていく。

 モデルになった女性の身体に触れなければ彼女の絵が描けないといい、町のあちこちに子どもを作るという放縦な性生活を送ったクリムトは、梅毒に罹る。彼が見る回想は梅毒が脳に回った妄想かもしれない。クリムトにとってのファム・ファタール(運命の女)たる正体不明のモデル「レア」に一目惚れして彼女と密会するが、彼女を求めるクリムトの気持ちが混乱を招くのか、謎が謎を呼ぶがゆえにクリムトが求め続けるのか、レアの正体は物語が進めば進むほどいっそう謎が深まり、その行動は支離滅裂になる。凝った映像がシュールな場面を次々と見せてくれるけれど、それがクリムトにとってどのような意味をもたらしたのかわたしにはよくわからない。

 この映像の懲り方については評価が分かれそうだ。好きな人にはすごくうけると思うけれど、わたしには「狙いすぎ」と思える。しかも微妙に外している。

 クリムトの裸体画モデルの女性たちが物静かに全裸で闊歩する不思議な雰囲気の映画だが、クリムトの何を描きたかったのがよくわからない。この映画を観てもクリムトの伝記的な事実についてはほとんどわからないし、彼が何に苦悩し何を求めていたのか、判然としない。もう少しクリムトの絵も見せてほしかったし。クリムト展があればすぐに走って行きたい気分にはなったが。(R-15)(レンタルDVD)

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KLIMT
オーストリア/フランス/ドイツ/イギリス、2006年、上映時間 97分
監督・脚本: ラウル・ルイス、製作: ディエター・ポホラトコ、音楽: ホルヘ・アリアガータ
出演: ジョン・マルコヴィッチ、ヴェロニカ・フェレ、サフロン・バロウズ、スティーヴン・ディレイン、ニコライ・キンスキー

親密すぎるうちあけ話

2007年10月27日 | 映画レビュー
 ルコントらしい作品。ほんと憎いわ。「仕立て屋の恋」なんかに比べると緊張感はいまいちだけれど、しゃれています。


 精神科医と間違えて税理士の事務所のドアを開けてしまった美しい人妻。彼女の親密すぎる打ち明け話にのめり込んでしまった税理士は…

 この映画、かの「仕立て屋の恋」のヒロインサンドリーヌ・ボネールを15年ぶりに起用したルコント監督の作品だ。「仕立て屋の恋」と同じく、美しいヒロインに惹かれていく冴えない男、という組み合わせ。ルコントにはこういう組み合わせが多いのはなぜなのだろう。この組み合わせは、女性を男性の上位に置く。女性に優越感を味わわせることができるのだが、その一方で、実はそんな美しい女が醜男に惹かれていくことに男の側の快感がある。ルコントの捻れた欲望が表れているのではなかろうか。

 この映画には法外な報酬を取る精神科医への批判も込められている。精神科医でなくてもプロのセラピストでなくても、「聴く耳」さえ持っていれば、充分セラピストの役目を果たすことができるのだ。精神科医でないと判っても女は男のもとへ毎週通い続け、親密すぎる打ち明け話を続ける。

 いつしか女を真剣に愛してしまう税理士だが、彼の純情は女を強引に口説くことなどできない。歯痒い歯痒い恋がやがて終わる…。だがしかし…!

 ここにも肉体的にストイックな恋情が描かれている。人妻の赤裸々な告白にたじろぎながら、恋に心を躍らせる中年の税理士。彼が日々の鬱屈や別れた妻との奇妙な友情の中で徐々に人妻に惹かれ気持ちを深めていく様子がじっくり描かれていてけっこうスリリングではある。

 ま、好みは分かれるかもしれませんが、男性より女性に受けそうな映画。(レンタルDVD)

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CONFIDENCES TROP INTIMES
フランス、2004年、上映時間 104分
監督: パトリス・ルコント、製作: アラン・サルド、製作総指揮: クリスティーヌ・ゴズラン、脚本: ジェローム・トネール、音楽: パスカル・エステーヴ
出演: サンドリーヌ・ボネール、ファブリス・ルキーニ、ミシェル・デュショーソワ、アンヌ・ブロシェ、ジルベール・メルキ

ブロークン・フラワーズ

2007年10月27日 | 映画レビュー
 人生の謎には答なんてない! いかにもジャームッシュ!

 20年前に別れた女からある日突然手紙が届く。「実は、あなたと別れた後で妊娠に気づいたの。一人で生んで育てました。その息子は今19歳。父を捜す旅に出てしまったわ。あなたを訪ねていくかも」

 住所も名前も記されていない手紙の差出人を捜す旅に出た初老の男、ドン・ジョンストン。探す相手は4人に絞られた。親友が調べてくれて、現在の住所もわかった。さて、彼女たちの反応やいかに?!

 ドン・ジョンストンは決して笑わない。ほんの少し唇の端を持ち上げることはあっても、声を出して笑うことがなく、いつも不機嫌な仏頂面をしている。しかも、ひねくれ者だ。なんでこんな男がもてまくって「ドン・ファン」などと呼ばれたのかさっぱりわからない。

 で、訪ねた相手の一人目がシャロン・ストーン。老けたとはいえ、まだまだイケてます、姉御さま。再会するなりいきなり「ドニィ?」と言って破顔となり、たちまち抱きついて「久しぶり!」だなんて、そんなこと! おまけに彼女の娘は母親似のべっぴんさんで、中年男の前で平気で全裸ってそんなバカな! そのうえ久しぶりに会った中年男女はたちまちベッドインってそんなバカな! とにかくこの旅はドン・ジョンストンにとっては美味しいことずくめ。なのに彼は相変わらず不機嫌な仏頂面。んなバカな!

 二人目は夫と二人で不動産業を営む女性。彼女も戸惑いながらもやっぱりドンを歓待してくれる。むしろ彼女の夫がドンを歓待するのだけれど、どうにも話題が盛り上がらない夕食となる。ここでもやっぱりドンは仏頂面。こういったシーンでのジャームッシュの演出はまさにジャームッシュ節です。どうにも気まずい雰囲気の間合いの入れ方。これ、ほかの監督にはできないんじゃないかというぐらいのものすごいタイミングのとりかただ。見ているほうが気まずくなるぐらいの切ないリズム。

 三人目は動物と会話できるという博士。彼女の不思議な診療所を訪ねていくが、ここでもやっぱりドンは不機嫌。四人目はド田舎という風情の森の奥に入ったところに住む女性。彼女がいちばん不機嫌にドンを迎え、悪い想い出が蘇るのか、ドンに怒りをぶつける。

 で、けっきょく彼の息子を生んだ女性が誰なのかはわからずじまい。ところがここに怪しげな若者が現れて…
 

 すっとぼけた雰囲気はいかにもジャームッシュなのだが、ここにはきちんとストーリーがある。その点が「ストレンジャー・ザン・パラダイス」なんかと違うところだ。人生の謎に立ち向かうのが過去の自分との再会=過去の恋人との再会というあたりが初老にさしかかった男の発想しそうなことなのかもしれない。といってもそもそもそれはドンのオリジナルな考えではない。それに、昔の恋人に20年ぶりに会いにいくというのはかなり勇気の要ることだ。わたしならやりたくないね。この旅を「中年の自分探し」と見立てたくなるところなのだが、そうはいかないところがジャームッシュらしい。やはり「自分探しの旅なんてナンセンスなんだよ」。そう言いたげです。

 とにかく最後まで目が離せない作品で、最後が「あ、やっぱり」と思わせるところがいい。けっこうお奨め作です。

 ところで、作中にかかるエチオピア音楽の旋律が日本の古い歌謡曲か民謡みたいに聞こえるのはわたしだけ?(レンタルDVD)


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BROKEN FLOWERS
アメリカ、2005年、上映時間 106分
監督・脚本: ジム・ジャームッシュ、製作: ジョン・キリク、ステイシー・スミス
出演: ビル・マーレイ、ジェフリー・ライト、シャロン・ストーン、フランセス・コンロイ、ジェシカ・ラング、ティルダ・スウィントン、ジュリー・デルピー