ピピのシネマな日々:吟遊旅人のつれづれ

歌って踊れる図書館司書の映画三昧の日々を綴ります。たまに読書日記も。2007年3月以前の映画日記はHPに掲載。

4分間のピアニスト

2007年11月24日 | 映画レビュー
 サントラほしい。買おうかなぁ。やはり圧巻はラストの演奏シーンです。見事! この演奏シーンをもっと見たいのに、ほんとにあのシーンは4分もあったのかしら?

 物語の舞台は女子刑務所。殺人を犯した歳若い囚人ジェニーが収容されているところだ。ここはかつてナチスの収容所があったところで、この刑務所にはピアノを教える年老いた女教師トラウデがいた。トラウデはジェニーの才能をひと目で見抜き、彼女に本格的にピアノを教えることを決意する。刑務所長には、「ジェニーの才能はスバ抜けている。コンクールに出せば必ず優勝する。そうすればあなたの名誉にもなる」と言いくるめて。 

 ジェニーは暴力的で破壊的な性格をしていて、大柄な男の看守にまで暴行を加えて重傷を負わせるような人間だ。荒れすさんだ表情でいつも人を睨みつけている。ハンナー・ヘルツシュプルングは無名の新人だが、このジェニーをよくぞここまで、というぐらい存在感たっぷりに演じている。ジェニーを演じたのが美人女優ならここまで迫力あるピアニストに見えなかったと思う。ぼさぼさ頭のボーイッシュなジェニーの雰囲気がよく出ている。ところが、後でパンフレットに載っているハンナー・ヘルツシュプルングの写真を見て驚いた。素の彼女はもっと愛らしく清楚な雰囲気の女性なのだ。女優ってやっぱりすごい。

 すさんだ女囚と頑固な老教師は、実はともに悲しい過去を秘めていた。エゴのぶつかりあいのような二人のレッスンだったが、諍いながらも音楽を通して二人はやがて心を寄せ合うようになる。いつしかジェニーは自らの傷をトラウデに語るようにまでなる。一方、トラウデの過去はフラッシュバックで観客に知らされる。ナチス崩壊の直前、彼女は愛する人を処刑された。その悲しみが塗り込められたこの刑務所を戦後も離れることができなかったのだ。

 愛を失い愛に飢えた悲しい女たちの物語はどこへ向かうのだろう。ジェニーはコンテストの決勝の日、罠に嵌められ外出を禁じられてしまった。一計を案じたトラウデはジェニーをなんとかコンテストに出場させようと…


 クラシック音楽しか認めないトラウデと新しい自分の音楽を求めるジェニーとのぶつかりあいはいつも強引なトラウデの勝ちだった。しかし、最後にジェニーが自らを解放するその瞬間こそが素晴らしい。この映画はかなり強引な設定で進むし、説得力のない部分や説明不足も目立ち、そのうえ主役二人の個性が立ちすぎてなかなか素直に入り込めない部分もある。しかし、もろもろの欠点のすべてがラストシーンで一掃されてしまう。圧巻の演奏シーンが終わった後のジェニーの不敵な笑いがカタルシスを呼ぶのだ。

 映画だけでは満足しきれなかった部分はサントラを聞いて補うことにしよう。ちなみに、ピアノを弾いているのはドイツ在住の日本人ピアニストだ。

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VIER MINUTEN
ドイツ、2006年、上映時間 115分
監督・脚本: クリス・クラウス、製作: アレクサンドラ・コルデス、マイク・コルデス、音楽: アネッテ・フォックス
出演: モニカ・ブライブトロイ、ハンナー・ヘルツシュプルング、スヴェン・ピッピッヒ、リッキー・ミューラー、ヤスミン・タバタバイ

僕のニューヨークライフ

2007年11月24日 | 映画レビュー
 ウディ・アレンの二代目みたいな若い劇作家が主人公。売り出し中のコント作家ジェリー・フォークを演じるジェイソン・ビッグスがウディ・アレンそっくりの早口でどもりながらしゃべるのも面白いし、そのジェリーがウディ・アレン演じる老作家ドーベルを異様に敬愛しているというのもなんだか笑える。全体の印象は、「ウディ・アレンの自己言及映画」。ニューヨークの風景がとても綺麗に撮れていて、撮影監督に拍手です。

 ギャグがすべて自虐ネタのユダヤもので、会話に出てくる内容がドストエフスキーだのカミュだのの純文学や哲学。こういうのを面白がるのは(ヘタレ中流)インテリと相場が決まっているから、受ける層は限定されていて薄い。精神分析に対する強烈な皮肉やホロコーストの被害者意識に凝り固まるユダヤ人を嗤うユーモアセンスといい、わたしにはどんぴしゃ。

 おまけに、クリティナ・リッチ演じるアマンダというイカレタ女の賢そうでいて軽薄なところも他人事とは思えず嗤ってしまう。

 これといって大きな山場もなく時間が過ぎるが、洒脱な会話の間合いやセックスに関する過激な会話の内容に感心したり驚いたりしているうちに、あっという間にラストへ。会話のテンションがずっと高いために、飽きが来ないのだ。老人と若者という妙な作家コンビの会話が可笑しくて、見ようによってはゲイかもと思えるような雰囲気がさらにいっそう可笑しい。ウディ・アレンのコメディの中ではかなり好きな部類です。(レンタルDVD)

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ANYTHING ELSE
アメリカ/フランス/オランダ/イギリス、2003年、上映時間 112分(PG-12)
監督・脚本: ウディ・アレン、製作: レッティ・アロンソン、撮影: ダリウス・コンジ
出演: ジェイソン・ビッグス、クリスティナ・リッチ、ウディ・アレン、ストッカード・チャニング、ダニー・デヴィート

マンダレイ

2007年11月24日 | 映画レビュー
 「ドッグヴィル」の続編。ドッグヴィルを去った後のグレースの行動が描かれるので、前作を見ていないと導入部はなんのことかわからないし、途中もやはりわかりにくいと思う。セットの作り方も演出もまったく前作を踏襲しているが、「ドッグヴィル」ほどのあくどさや気分の悪さはない。「ドッグヴィル」でトリアー監督の毒に慣れたせいなのか、全体としてはおとなしめの印象を受けた。おそらく「ドッグヴィル」は個々人の内面の醜さに迫るものがあったのに、今回は「民主主義と自由」という制度についての批判が描かれているため、比較的冷静に距離を置いて見られるのだろう。

 あ、そういえば民主主義と自由といえばどこかの政党の名前ではないか。なるほど、この映画を観れば民主主義と自由をナイーブに国是とする政治思想の浅薄さと脳天気さが透けて見える。

 アメリカ大嫌いなトリアーが再びアメリカを舞台に描いた三部作の二部作めの時代は1933年。ドッグヴィルを去ったグレースが父であるギャングのボスと高級車で通りかかったのはとある農園。そこはいまだに奴隷制度が生きていた。70年前に廃止になった奴隷制が生きる農場では、「ママ」と呼ばれる白人の雇い主が危篤となっていた。奴隷たちに同情した正義感の強いグレースは彼らを救い解放するためにここに残ることにする。そしてグレースは黒人奴隷たちを教育し始め、彼らに民主主義と自由と自立を教えていくのだったが……

 グレース役がニコール・キッドマンからブライス・ダラスに変更になったので多少違和感があるのだが、役者が若返った分、グレースの青臭い正義感ぶりが強調される。無知な黒人たちを啓蒙しようとする「善意」の人の無垢な罪が露わになる瞬間のグレースのキレかたが悲痛だ。所詮彼女の民主主義は暴力を背景にしているのだ。父の権力と父の暴力と父の保護を後ろ盾にした砂上の楼閣。トリアー監督のアメリカ嫌いはますます絶好調。今度は民主主義すら嘲笑の対象になった。そしてグレースが黒人に惹かれていき、主人と奴隷の関係が逆転するクライマックスの怖いこと! トリアー監督にかかったら自由も平等も博愛も何もかも、近代的な美徳がことごとく無意味な地平に落とされてしまう。

 「ドッグヴィル」ほどの衝撃も新鮮味もないけれど、やはり「ドッグヴィル」を見た以上は押さえておきたい続編です。(レンタルDVD)

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MANDERLAY
デンマーク/スウェーデン/オランダ/フランス/ドイツ/アメリカ、2005年、上映時間 139分(R-18)
監督・脚本: ラース・フォン・トリアー、製作: ヴィベク・ウィンドレフ、音楽: ヨアキム・ホルベック
ナレーション: ジョン・ハート
出演: ブライス・ダラス・ハワード、イザック・ド・バンコレ、ダニー・グローヴァー、ウィレム・デフォー、ジェレミー・デイヴィス、ローレン・バコール

スパニッシュ・アパートメント

2007年11月24日 | 映画レビュー
 これは楽しい!

 ハイテンション・コメディを堪能しました。画面分割や早送りにかぶせる独白もまた粋で、若者の持つ可能性やパワーを表現するにはぴったりの作風だ。舞台をスペインのカタロニア地方にしたことも大正解。ここはスペインの中でも異邦人の町であり、そこに文字通りの異邦人7カ国の留学生達がハウス・シェアする。お国柄・人柄の違いがぶつかり合いいがみ合い喧嘩もするけれど、いざ鎌倉となれば一致団結する微笑ましさ。

 今、ヨーロッパはこの映画のように坩堝状態になっているし、日本も以前に比べればずいぶん坩堝に近づきつつある。グローバリゼーションの深化がハイブリッドな社会を創るのはもう時代の流れなのだ。と同時に、グローバリゼーションが地域ナショナリズムを強化するという二面性をも持つことが面白い(鈴木謙介『<反転>するグローバリゼーション』参照)。

 主人公はフランスからの留学生、グザヴィエ。空港で恋人と涙の別れを経験したけれど、スペインで同じクラスにちょっと美人の学生がいるとちょっかいを出したくなる、という浮気者。それだけではなく、空港で知り合ったフランス人医師の新婚の妻にも惹かれてみたり。勉強も大事だけどアヴァンチュールもやってみたいという、いかにもありそな若者だ。

 バルセロナに留学してきた6人の仲間と一緒に大きなアパートメントの一角に住む。せっかくの大きな住居なのに、学生たちがてんでに汚すからいつも散らかっている。7人のハウスメイトはイギリス、ドイツ、イタリア、スペイン、フランス、デンマーク、ベルギー出身。いかにも学生、いかにも青春。昔の学生寮を思い出してとっても懐かしかった。もちろん住居の雰囲気はかなり違うのだけれど、あの怠惰な雰囲気、勉強に励みながら遊びも一生懸命という感じが学生時代を彷彿させる。

 バルセロナの青空と太陽が眩しい。建物の鮮烈な色彩が魅力的だ(アントニ・ガウディばかりなのだろうか?)。ヨーロッパの行く末を占うかのような本作はとても興味深い。こんな混沌状態の若者達が20年後、どんなヨーロッパを作ってくれるのだろう?

 グザヴィエは留学の最後に近づいて、突然神経の失調状態に陥り、「フランス語がわからない」と言い出す。母国語が理解できないという記憶障害は何を意味するのだろう? 彼にとってはもはや祖国で待っている安定した公務員の道は考えられないという前兆ではなかろうか。最後にグザヴィエは「離陸」する。その疾走に快哉。青春はこうでなくちゃ。(レンタルDVD)

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L' AUBERGE ESPAGNOLE
フランス/スペイン 、2002年、上映時間 122分
監督・脚本: セドリック・クラピッシュ、音楽: ロイク・デュリー
出演: ロマン・デュリス、ジュディット・ゴドレーシュ、オドレイ・トトゥ、セシル・ドゥ・フランス、ケリー・ライリー、クリスティーナ・ブロンド、ケヴィン・ビショップ、クリスチャン・パグ

プラハ!

2007年11月24日 | 映画レビュー
 ヨーロッパ映画とは思えない明るくサイケデリックなミュージカル・ラブコメ。まさに時代は68年、おまけに音楽はほとんどすべてアメリカンポップスのナツメロばかり。女の子達の服装は超ミニスカートにホット・パンツという、まるで68年のアメリカ映画そのままのような軽さ。だが、ミュージカルの出来はアメリカものに敵わない。歌も踊りも学芸会に毛の生えた程度の安っぽさには苦笑してしまう。その上、わたしはいけ好かない男子学生の顔が気に入らないのでますます不愉快になる。

 バージンを早く失いたくてウズウズしている女子高校生3人と、脱走兵3人の恋のさや当てゲーム。そこに冴えない男子学生3人もからむ。歌ありダンスあり、女子高生の父親のロマンスもあり、社会主義批判のブラックユーモアあり、なんでもありのごった煮。

 最初のうち、これはどうしたものか、もう早送りしてやろうと思ったのだけれど、辛抱してずっと見ているうちに、最後に「あ、やっぱりプラハの春なんだ」と思わずにはいられない切ない結末。ドタバタぶりには疲れたけれど、最後までズルズルと見てしまいました。(レンタルDVD)

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REBELOVE
チェコ、2001年、上映時間 110分
監督・脚本: フィリプ・レンチ、音楽: ヤン・カルーセク
出演: ズザナ・ノリソヴァー、ヤン・レーヴァイ、ヤロミール・ノセク、アンナ・ヴェセラー、ルボシュ・コステルニー、アルジュヴェタ・スタンコヴァー、
マルタン・クバチャーク

彼女を信じないでください

2007年11月24日 | 映画レビュー
 「嘘から出た真実(まこと)」というのはラブ・コメではよくあるパターン。そしてハッピーエンドというのもまったくパターンどおり。しかしこのパターン踏襲映画、かなり面白い。伏線がぴたっと決まるところなんて爆笑できるし、オバカ映画のようでいて脚本はかなり緻密に練られている。最初に撒いておいた種がうまく収穫されたというすっきり感があるのだ。

 刑務所から仮釈放されたヨンジュ(キム・ハヌル、ちょっと天地真理に似ている)が、たまたま列車内で出会った若者が大切な指輪を掏られるところを目撃してしまったばっかりに、いらぬ疑いがかからぬよう、その若者に指輪を取り戻してやろうとする。しかしこれがとんだ行き違いになって、チェ・ヒチョルという田舎の町長の息子の家にまで行くはめに。そこでまたいろんな誤解が錯綜して、ヨンジュはヒチョルの婚約者だということになってしまう…。

 誤解が誤解を生んでとんでもない状況へと走りだし、刑務所から出所したばかりという過去を隠したいヨンジュが適当なことを言えば言うほど誤解は大きくなり、そこへ帰ってきたヨンジュが言い訳をするとさらに事態はややこしいことになり…。という話がテンポ良く回っていくコメディ。隠れテーマは田舎の跡継ぎ問題と家族愛。仕込まれたネタの一つずつはかなり面白くて笑える。

 笑って笑って最後はほろっとさせられて、なかなかお得感のある映画です。最後がちょっと冗長かな。(レンタルDVD)

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韓国、2004年、上映時間 115分
監督: ペ・ヒョンジュン、脚本: チェ・ヒデ、パク・ヨンソン、音楽: チョ・ヨンウク
出演: カン・ドンウォン、キム・ハヌル、ソン・ジェホ、キム・ジヨン

マッチポイント

2007年11月24日 | 映画レビュー
 セクシーな女によろめいた男は優しく凡庸な妻との生活に厭きたらず、激情にかられて女と密会を繰り返す。やがて女からは妻と別れるように懇願され、しかし、妻を失えば仕事も財産も失ってしまう男は追いつめられて…

 とまあ、あまりにもありがちなストーリー。それでも最後までちゃんと引きつけられていたからやはりよくできていると思う。この凡庸なストーリーのどこに捻りを入れるのだろう、という期待が最後の最後まで生きているからだ。

 妻も愛人も失いたくない強欲な男、アイルランドからロンドンに出てきた立身出世を夢見る野望の男は望み通りに成功への道を着実に歩いている。それもこれも上流階級の妻と結婚したおかげだ。不思議なことにこのサイテー男にすっかり感情移入してしまうのだから、映画というのはよくできたもので。

 男にすれば、子どもを欲しがる妻も鬱陶しいし、妻と別れろと執拗に迫る恋人も鬱陶しい。けれど実はどちらも愛しているからこれまた難儀なのだ。男にとっては自分こそが被害者だ。女は我が儘で自分を困らせ自分に義務を押しつけてばかりいる。正しくハリウッド的ミソジニー(女嫌い)映画の伝統を守っていますね、ウディ・アレン監督。

 しかしこれ、かつてヘイズ・コードが生きていた時代ならば決して作ることができなかった物語だ。ハリウッドの自主規制コードにひっかかる、不倫もの。なんで今頃こんな物語を? まったく無関係な隣人を巻き込む「軍事行動」への皮肉をいいたかっただけなのだろうか、アレンは?

 運さえよければ、そして金と社会的地位があれば、悪人が生き延びてしまう、もはや「正義」なんて存在しない社会をシニカルに描きつつ、観客自身の倫理観も試されている。いずにれにしてもちょっと本作へは期待が大きすぎたようです。(レンタルDVD)

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MATCH POINT
イギリス/アメリカ/ルクセンブルグ、2005年、上映時間 124分(PG-12)
監督・脚本: ウディ・アレン 、製作総指揮: スティーヴン・テネンバウム、
出演: ジョナサン・リス・マイヤーズ、スカーレット・ヨハンソン、エミリー・モーティマー 、マシュー・グード、ブライアン・コックス、ペネロープ・ウィルトン

ピアノを弾く大統領

2007年11月24日 | 映画レビュー
 「アメリカン・プレジデント」そっくりなお話だけど、こちらはよりいっそう現実味のないファンタジーだ。大統領の娘が手に負えない不良少女だからって父親の大統領に宿題を課すような女性教師が本当に存在するか? 警護の者達を巻いて遁走する二人はいいけれど、そんなことして、あーた、大統領としての責任感皆無やんか。白バイで進路をふさいで路線バスを止めてしまうなんて、いくらなんでも公私混同も甚だしいで。などといろいろ突っ込みたい「ありえねぇ~っ」映画です。

 ま、これは韓国民が大統領に抱くひとつの理想や憧憬を作品にしてみた軽いお話。これまで長らく独裁が続いた韓国でこんなふうにカジュアルな大統領が好まれるようになったということですね。昔なら考えられないような映画が作れるようになったということは韓国が「成長」した証左。それに引き替え日本じゃ天皇や皇太子の恋愛ものは絶対映画にはならないね。

 とにかくチェ・ジウが可愛い。冬ソナのときより良い感じ。(レンタルDVD)

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韓国、2002年、上映時間 93分
監督・脚本: チョン・マンベ、
出演: チェ・ジウ、アン・ソンギ、イム・スジョン

ふたりのベロニカ

2007年11月24日 | 映画レビュー
 イレーネ・ジャコブ! なんて美しい! しかしわけがわかりません。

 難解な映画というのには種類があって、例えばアンゲロプロスが訳わからないのは観客の教養が試されているから。タルコフスキーが難解なのは解釈の多義性を含んでいるから。リンチが難解なのは夢の世界の幻影をそのままに差し出すから。そしてこの映画はそのいずれとも違うようだ。

 そもそも、ポーランドとフランスで、まったく同じ日に同じ名前の同じような音楽の才能を持った女性が生まれるなどというありえない設定からして、この映画を寓話の世界のものにしている。ファンタジーだと思えばわけが解らないのもしかたがないのかもしれない。だが、ファンタジーではあってもこの世界に必ず足が着いている、その感覚が映画のどこかにあって、それが観客に不思議な気持ちをもたらす。たとえばベロニカの美しさはどうだろう。顔かたちといい、その滑らかで豊かな胸といい、この世のものではないかのような美しさだけれど、彼女のベッドシーンにはなにやら生々しい現実感がある。

 ポーランドでは、労働者たちがデモ行進をしている広場にフランスからの観光客であるベロニカがやって来る。その姿を見つけたポーランドのベロニカは思わず自分とそっくりな若い女性を凝視する。その場面にしても非現実的なはずだけれども、ポーランドの激動を画面に繰り入れることによって現実世界への足場を残している。

 だがこの映画、とにかくいったい何がいいたかったのか、さっぱりわからないということだけは動かない事実のようだ…(^_^;)。(DVD)

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LA DOUBLE VIE DE VERONIQUE
フランス/ポーランド、1991年、上映時間 97分
監督・脚本: クシシュトフ・キエシロフスキー、製作総指揮: ベルナール・P・ギルマン、撮影: スワヴォミール・イジャック、音楽: ズビグニエフ・プレイスネル
出演: イレーヌ・ジャコブ、フィリップ・ヴォルテール、サンドリーヌ・デュマ、ルイ・デュクルー

アレクサンダー大王

2007年11月24日 | 映画レビュー
 はっきりいって、この映画の4時間近い時間は忍耐の時間だった。だが、その忍耐の途中で少しずつ気づいたこと、ラストに至って確信したことがある。これはすごい映画なのだ。あらゆる既成の映画のどれにも似ていない、アンゲロプロスの「型」を前面に押し出した、歌舞伎の「型」のような一種の形式美に徹底して拘泥して作られた一大叙事詩なのだと。見終わったら感動に包まれている、こういう映画も珍しい。

 アンゲロプロスのいつもの長回しが「旅芸人の記録」ほどには緊張感を生まず、冗漫感を醸し出してしまうことが最初のうち少しいらいらしてしまったが、群衆劇の場面での徹底した演劇的演出をロングの長回しで見ているうちに、かつて2000年以上前に屋外で演じられたギリシャ演劇とはこのようなものであったのかもしれないな、と思い始めた。

 ストーリーはいたって単純だ。「旅芸人の記録」のような時間軸の交錯もない。

 1900年の大晦日、刑務所を脱獄した「アレクサンダー大王」と呼ばれる義賊の頭たちが、貴族と外国人(イギリス人)を人質にとって故郷の北ギリシアに帰る。「アレクサンダー大王」は本名も知られていない孤児だったが、長じて、母親代わりに育ててくれた若く美しい女性と結婚する。だが結婚式を終えたばかりの花嫁は地主の陰謀で殺されてしまうのだ。アレクサンダー大王の素性については物語がかなり進んでからでないと明らかにされない。アレクサンダー大王は人質を盾に、政府に対して仲間の釈放と身代金を要求する。彼らの故郷は「先生」と呼ばれる指導者のもとに共産制コミューンが作られていた。イタリア人アナキストたちも加わって、その村では私有財産制が否定されていた。アレクサンダー大王は政府の密使との協議を行う一方、コミューンへの不満が募って次第に暴虐の限りを尽くすようになる…

 ストーリーの展開は遅く、ほとんど台詞もないため、物語全体を把握するのはかなり苦労する。ワンシーンワンカットを多用した演出では、「死んだ時間」が長く、カットを割らないために人物の動きは緩慢で、そこには「時間の節約」がない。上映時間の長さに比べれば、語られていることは少しの言葉で説明できてしまうようなことだ。ゆったりと進む時間の中にたゆたうように写しだされる北ギリシャの寒村の様子は侘しく、この政治的寓話に暗く陰鬱な表情を与える。小川の流れ、暗い空、雪の冬、いずれもギリシャの裏面史を語るに相応しい風景が続く。

 義賊がイギリス人を人質にとった事件は実際に19世紀後半に起きたことだそうで、また「アレクサンダー大王伝説」というのも中世からギリシャに伝わる民間伝承だそうだ。

 新年の夜明けとともに太陽を背にアレクサンダー大王が白馬にまたがり登場する威風堂々たる映画的な場面と、最後にアレクサンダー大王が「消えて」偶像だけが残る場面との対比が見事だ。その寓意には様々な解釈が可能だろう。彼の思うように事態が運ばないことへの怒りやいらだちがあるということは推測できるが、アレクサンダー大王の内面が何も描かれないため、なぜ彼が殺戮に走るのか観客にはまったくわからない。

 理解を超える寓意性に満ちた政治劇を見た、それも枯れた色彩の寂しい風景と共に、民衆の心情の悲劇性をしみじみと感じながら。「理解を超える」と書いたが、ここに描かれたのは20世紀が懐胎してきた思想の実践と壮大な無の悲劇そのものだ。それを、このような手法で描くことも可能だったのだ、と観客に示したアンゲロプロスはやはり並大抵の監督ではない。(DVD)
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O MEGALEXANDROS
ギリシャ/イタリア/西ドイツ、1980年、上映時間 208分
監督・脚本: テオ・アンゲロプロス、製作: ニコス・アンゲロプロス、音楽: クリストドゥス・ハラリス
出演: オメロ・アントヌッティ、エヴァ・コタマニドゥ、グリゴリス・エバンゲラトス