ピピのシネマな日々:吟遊旅人のつれづれ

歌って踊れる図書館司書の映画三昧の日々を綴ります。たまに読書日記も。2007年3月以前の映画日記はHPに掲載。

ブレイブ ワン

2007年11月08日 | 映画レビュー
 これは簡単に評価が下せない作品。それだけ考えさせられるということで。ジョディ・フォスターの演技力には相変わらず震撼させられる。

 この作品を見て思い出すのは池田浩士さんの死刑廃止論だ。池田さんは、「私的報復としての仇討ち」を決して否定しない(注、現在もその論を維持しておられるかどうかは未確認)。近代国家は人民から仇討ちの権利(そういう権利があるとしての話だけれど)を奪い、死刑を国家の独占権とした。この映画の主人公エリカは、その仇討ち権を自らの手に取り戻そうとしたわけだ。つまりは、私的報復は許される、という立場だ。ところが、この映画はそう単純なものではなく、復讐について軽々に是とする判断を下しているようにも思えない。


 で、その物語は…。結婚間近の幸せの絶頂にいたエリカとその恋人は、ある夜、通りすがりの暴漢たちに襲われ、婚約者は死亡、エリカは重傷を負って三週間意識不明となる。エリカはラジオのDJをしている。彼女はDJといっても音楽番組を担当するわけではなく、街の音を拾いながらエッセイを朗読する、知的な番組を担当していた。傷から癒えてようやく番組に復帰したエリカは、さめやらぬ恐怖心から、不法に銃を所持することになる。ある深夜に立ち寄ったコンビニに押し入った男を防衛心から思わず銃殺してしまったエリカは、その夜から別人になってしまう。自分の罪に恐れおののきながらも、悪人たちを処刑する「処刑人」となったエリカに、一人の黒人刑事が近づいてくる。心優しい「法の番人」マーサー刑事はやがて連続「処刑犯」をエリカではないかと疑い始める…

 アメリカ映画でありながらニール・ジョーダンが監督した、ということに惹かれて見にいった映画。銃社会アメリカへの批判をこめつつ、それでもやはり復讐へと走る被害者への同情も忘れない、複雑な物語をジョーダンは複雑なままに呈示した。だからこそ、「問題作」だと思う。エリカは最初、自衛のために銃を使用する。しかし、次からは自分が「正義の代理人」であることを自覚し、処刑人となるのだ。それは許されるのか? エリカ自身も迷い恐れおののく。「もう戻れない」。彼女のハスキーな声は絶望的にそう呟く。

 最近のアメリカ映画はエスニシティに敏感だ。エリカの婚約者はインド系。彼女を追いつめつつも友情を交わす刑事は黒人。夫に銃殺されるスーパーの女主人はヒスパニックか? ニューヨークのさまざまな民族・文化を映す鏡は、そこでの問答無用の暴力をも映し出す。異なる文化・出自の人々が相容れないとき、そんなにも簡単に銃を手にしてしまう。銃を持つことで落ち着きを取り戻し、自分でいることができるとは、なんという病んだ社会だろう。もはやエリカは後に戻れない。もう彼女には二度とこれまでのような幸せな日々を夢見ることはできないだろう。有る意味で、それまでの「脳天気」ともいえる幸せな日々こそが砂上の楼閣であったのかもしれない。わたしたちは自分が不幸に遭わなければ社会問題には無自覚なままなのかもしれない。そういう小市民の幸せにも警鐘を鳴らした作品といえるだろう。とにかく後味はよくない。そして、重く肩が凝る。悲しい映画だ。(R-15)

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THE BRAVE ONE

アメリカ/オーストラリア、2007年、上映時間 122分
監督: ニール・ジョーダン、製作: ジョエル・シルヴァー、スーザン・ダウニー、製作総指揮: ハーバート・W・ゲインズ、ジョディ・フォスターほか、脚本: ロデリック・テイラー、ブルース・A・テイラー、シンシア・モート、音楽: ダリオ・マリアネッリ
出演: ジョディ・フォスター、テレンス・ハワード、ナヴィーン・アンドリュース、メアリー・スティーンバージェン、ジェーン・アダムス

ヨコハマメリー

2007年11月08日 | 映画レビュー
 被伝者を登場させない伝記映画という手法は新しい流行の兆しなのだろうか? これも「ボビー」と同じく、肝心のヨコハマメリーへのインタビューなどは出てこない。メリーさんをめぐる人々の証言によってヨコハマメリーとは誰だったのかという問いへ答えていく趣向だ。だから、彼女のことを知りたいと思う観客には物足りない作品なのだ。むしろメリーさんの晩年のパトロン兼友人兼「息子」であったシャンソン歌手永登元次郎がこの映画のもう一人の主役と言えそうだ。露出度でいえばはるかに元次郎のほうが高い。ゲイである元次郎という人の生き様もまた興味深いものがある。

 「パンパン」と言われた米軍相手の売春婦だったメリーさんは、敗戦後の横須賀を生き抜き、その町で「皇后陛下」と呼ばれ、横浜へと移り住んで白塗りババアの異名をもらう老娼婦となって街に立ち続けた。1995年、74歳のときに突然横浜からいなくなったメリーさんはいったいどこへ消えたのだろう? 

 芝居の題材にもなった(「横浜ローザ」)ヨコハマメリーという稀有な女性の戦後史について、この映画では彼女の行きつけのクリーニング屋や飲み屋の人々や写真家や舞踏家の証言によって組み立てていくのだが、結局のところ、ヨコハマメリーという女性については謎のままだ。

 最後に、養老院にいるメリーさんの知的な横顔が映る。もはや白塗りおばけではなく、美しく上品な化粧をほどこした老婦人としてにこやかに小さな体を丸めて椅子に腰掛け、上機嫌で元次郎の歌を聴いているのだ。見た目の面妖さに街行く人をぎょっとさせるような妖怪じみたヨコハマメリーという老婆が、この養老院では一人のふつうの老女として生きている。そのことのほうがむしろ不思議な気もする、横浜の名物であったメリーさん。この映画の完成後に亡くなったというが、彼女の胸の中を知る人はいない。 

 本人が醸し出すインパクトの強さに比べて作品じたいの強度は低い。ドキュメンタリーとしては成功しているとは言えないと思うがどうだろう。(レンタルDVD)

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日本、2005年、上映時間 92分
監督: 中村高寛、プロデューサー: 白尾一博、片岡希、音楽: コモエスタ八重樫、福原まり、テーマ曲: 渚ようこ 『伊勢佐木町ブルース』
出演: 永登元次郎、五大路子 、杉山義法