ピピのシネマな日々:吟遊旅人のつれづれ

歌って踊れる図書館司書の映画三昧の日々を綴ります。たまに読書日記も。2007年3月以前の映画日記はHPに掲載。

インランド・エンパイア

2007年11月19日 | 映画レビュー
 「マルホランド・ドライブ」と同じくハリウッド内幕ものだけれど、リンチの勝手気ままな一人よがりぶりは突出している。観客なんて完璧にほったらかしです。ほったらかされたわたしは睡魔と戦うこと3時間、久しぶりに自分を誉めてやりたい忍耐映画と遭遇した敬虔な気持ちに陥った(笑)。

 いちおうストーリーを書いておくとですね…。って、無駄、無駄。でもまあ、書いておこう、自分のメモのために。落ち目女優のニッキーが射止めた主演の映画は実はポーランド映画のリメイクで、もとの映画は主演二人が殺されてしまったので結局完成しなかったいわきつきのものだと、撮影が始まってから知る。今更そんなことを知ってもどうしようもない主役たちは、映画のストーリーと同じく不倫の仲になってしまい、主演男優のデヴォンは、ニッキーの夫から「妻と寝る男は報復を受ける」という意味の隠然たる脅迫を受ける。やがてニッキーは映画の役と現実との区別がつかなくなり…

 ハリウッドでは、主演男女優たちがいい仲になるのはよくある話で、それを題材にする限り、どこにも新鮮味はない。ただ、役者が映画にのめりこむあまり、撮影が終わってからもこっちの世界に戻って来られない、ということはありえるだろう、と納得はできる。

 だから本作も、映画にのめり込んだ人間たちの悲劇として受けとめるなら、十分その意図は伝わる。しかし、このなんの脈絡もないシーンごとのつなぎといい、観客を全く無視して進む(進んでいるのか、元に戻っているのか?)展開といい、リンチの自己満足が過ぎるのではないか? わたしは、突然「ロコモーション」の歌と踊りが始まった瞬間に、「ああ、これはお遊びなんだ」と思った。リンチ監督のお遊びにつきあってもいいと思っているコアなファンならいいけれど、わたしのような<次回作に期待する一ファン>に過ぎない人間には、苦痛以外のなにものでもない。

 「マルホランド・ドライブ」でやめておけばよかったね。


 で、結論をいえば、この映画を映画館で見てよかった。映画館なら3時間ですむけれど、もし自宅でDVDで見ていたら睡魔に負けて都合6時間ぐらいかかって見ただろう。時間節約になってなによりです。ひたすら忍耐の3時間、よくぞ耐えたわ!


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INLAND EMPIRE
アメリカ/ポーランド/フランス、2006年、上映時間 180分
監督・製作・脚本: デヴィッド・リンチ
出演: ローラ・ダーン、ジェレミー・アイアンズ、ハリー・ディーン・スタントン、ジャスティン・セロー、ナスターシャ・キンスキー、ウィリアム・H・メイシー、裕木奈江

河童のクゥと夏休み

2007年11月19日 | 映画レビュー
 江戸時代の河童が石に閉じこめられて化石のように生きながらえ、偶然、現代の小学生上原康一に発見され、蘇生されて飼われることになる。河童は人間の言葉をしゃべり、たちまち上原家の人気者に。だが、河童の存在をかぎつけたマスコミが殺到して…


 江戸時代の河童がタイムスリップのように現代に蘇る。クゥと名付けられたその子河童は目の前で父親を人間に斬り殺されていた。人間を恐れていたクゥだったが、康一一家の優しさに触れて元気を取り戻す。このクゥが、今の人間が失ってしまったような心性を持ち続けているのが新鮮だ。何かというと「義理がある」「恩人だ」とか、「迷惑をかけるわけには参りません」と礼儀をわきまえてあくまで謙虚なのだ。

 クゥと康一が二人だけで岩手の山奥へ旅する様子なんて、母親が心配して涙ぐむところまでとてもリアルで親としては見ていてぐっとくる。クゥが仲間を捜して河童伝説のある岩手の山村へでかける場面で、康一と二人で川を滑空するように泳ぐ場面の瑞々しさと爽快感はこの映画でも白眉のシーンだ。

 河童のクゥは康一少年の前に現れた一夏のまれびと。クゥが来る前と去った後では少年はすっかり成長している、というありがちな構造の物語だけれど、クゥの性格がとてもいじらしいのと、上原一家の気持ちの優しさや、康一の妹ひとみの幼いだだっ子ぶりが可愛くて、心がなごむ。

 多摩川のタマちゃんですらあれほどマスコミが騒ぎ、人々が押しかけたのだから、ほんとに河童が現れたりしたらどれほどの大騒ぎになるかと思うと、情報社会はいいことばかりではないとつくづく思う。もう河童が生きられるような世界ではないのだ、この国は。異界の妖怪達と人間が共存していた時代はもうとうに失われた。クゥはマスコミに追いかけられ人間がひしめく街を逃げまどう。クゥの「もう一人」の友達が康一の飼っている犬。この犬がまた老成した大人なのである。人間以外のものの性格がとてもいい映画だ。

 少年の一夏の冒険に淡い初恋やイジメ問題をからめ、家族や友を思う気持ちをじっくりと描いた本作は、さすがに原恵一監督の作品だ。クレヨンしんちゃんの「オトナ帝国の逆襲」と「戦国大合戦」で大人を感涙にむせばせた路線の延長線上にある。とはいえ、前記2作よりはぐっと子ども向けに作られている。なんともいえない日本風の木訥とした絵柄にもほっとさせられる。

 河童ですら人間と友達になれるんだ、どうして人間どうしが理解し合えないことがあるだろう? 異なる者との共存、少なくとも異質なものを好奇の目で見ない/排除しない、ということがどれだけ大切なことか。子どもたちがこの映画からそのことを学んでほしい。

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日本、2007年、上映時間 138分
監督・脚本: 原恵一、原作: 木暮正夫、音楽: 若草恵
声の出演: 田中直樹、西田尚美、なぎら健壱、ゴリ、冨沢風斗、横川貴大