ピピのシネマな日々:吟遊旅人のつれづれ

歌って踊れる図書館司書の映画三昧の日々を綴ります。たまに読書日記も。2007年3月以前の映画日記はHPに掲載。

酔いどれ詩人になるまえに

2007年11月04日 | 映画レビュー
 原作も大して面白いと思わなかったが、映画になるといっそう退屈。「キッチン・ストーリー」のベント・ハーメル監督の手にかかると、原作にあったきっぱりとしたスピード感がのっぺりと間延びさせられてしまう。

 チャールズ・ブコウスキーの自伝的原作は、作家を目指す若者がひたすらぐうたらに暮らす毎日が描かれている。仕事はすぐにクビになり、女を次々ひっかけてはセックス三昧、朝から酒びたりで小銭をためてもすぐに使い果たしてしばしばホームレスにもなる。そんな生活の繰り返し。それはもう驚くべき単調さで同じことを繰り返すのだ。ブコウスキーの若いころを反映した主人公ヘンリー・チナスキーは反省も前進もしない人物だ。しかし、これは若者だから許されるのであって、映画では原作よりずっと歳を食ってしまっているから、チナスキーのぐうたらで惨めったらしい中年男の汚らしさばかりが強調される。せっかくの男前マット・ディロンが汚れ役をやっているというのに、ほんとに汚れているだけなんだな、これが。

 恐るべき自堕落の循環世界を生きているチナスキーの終わりなき日常に驚嘆しつつも呆れつつも軽蔑しつつもなぜかその出口のない世界にどこか明るさや希望があるのは、チナスキーが将来は立派に作家として大成するからなのだ。原作でも映画でももちろんそんなことは描かれない。だが観客は知っている、このぐうたら男が50歳を過ぎて作家になるということを。ポイントはここです、つまり、たんなるぐうたら男には未来がないが、「書くこと」にだけは執念を燃やし続けたある意味「努力の人」にはちゃんと未来がやってくる、ってこと。

 原作のたくさんのエピソードを映画はそぎ取ってしまったために、<何の反省も前進もない繰り返し>が生む面白さがなくなってしまった。この物語はこの「繰り返し」がミソなのだが、その面白さ、独特さがなくなったのは減点。

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FACTOTUM
アメリカ/ノルウェー、2005年、上映時間 94分
製作・監督: ベント・ハーメル、製作総指揮: クリスティン・クネワ・ウォーカー、原作: チャールズ・ブコウスキー 『勝手に生きろ!』、脚本: ベント・ハーメル、ジム・スターク、音楽: クリスティン・アスビョルンセン、トルド・グスタフセン
出演: マット・ディロン、リリ・テイラー、マリサ・トメイ、フィッシャー・スティーヴンス

グッド・シェパード

2007年11月04日 | 映画レビュー
 娯楽性を徹底的に削いだ重厚な政治史劇。エンタメ性はまるでないというのに、おまけに3時間近い長尺というのに、まったく退屈しないどころか、エンドクレジットが始まった瞬間に、「え? もう終わり?」と思わせる作品。ただし、アメリカ現代史を知らないと理解できない作品であり、二重スパイが入り乱れる展開にはかなりの理解力が必要。というわけで、若者には受けない作品でしょう。じっさい、見に来ていたのは老人と中年ばっかりでした…

 本作は、CIA創立の歴史を、その前史であるOSSの諜報活動を描くことから始める。グッド・シェパード=「善き羊飼い」は、新約聖書の言葉。「わたしは善き羊飼いである。善き羊飼いは羊のために命を捨てる」。その通り、国のためには命も家庭も犠牲にする覚悟を決めた寡黙な男の物語だ。

 主人公のエドワード・ウィルソン(マット・デイモン)があまりにも寡黙なために彼の内面がほとんど描かれていないのがエンタメ作ととしては致命的だ。ゆえにヒット作とはなりえない。しかし、それがためにかえってその描かれていない心理を数少ないセリフとウィルソンの眼差しから読み取るという映画通好みの楽しみはある。しかし、もう少し彼の心理や、妻クローバーの心理を描いてもよかったのではなかろうか。特に、妻クローバーの苦しみは伝わりにくい。アンジェリーナ・ジョリーという強い女のイメージがある女優が演じているだけに、彼女に同情するのは難しい。

 CIA創設に隠された個人の悲しみや家族の犠牲といった、ある意味ありがちな出来事はこの映画を通じてよく理解できる。それに、確かに興味深く面白い作品ではあった。しかし、それ以上に突き抜けるものを感じなかったはどういうわけだろう。

キューバ危機の前史たるピッグス湾事件から始まるこの映画は、CIAが暗躍したことで知られる事件を虚実を交えて描く。キューバ危機といえば、いくつかの映画を思い出すが、特に印象に残っているのがオリバー・リードの「JFK」だ。ピッグス湾事件もキューバ危機も大統領暗殺の引き金となったという示唆が「グッド・シェパード」からも窺える。


 とにかく、とても面白い政治史劇であったことは間違いない。しかし、にもかかわらずどこかで何か物足りないものを感じるのはなぜだろう? おそらく、もう一度見ればその謎はとけるのだろう。ひょっとしたら、隙のない脚本と演出にこそ問題があるのかもしれない。あまりにもきちんと作られ過ぎていることがわたしの不満の一因だとすれば、それはないものねだりのわがままな映画ファンの戯れ言ということかも。

 仕事一筋の男が犠牲にしたはずの家族が、結局のところ、彼の一番大切であったはずの国家の大事にあたって重大な足かせとなったところが大いなる皮肉だ。そして、愛とはかくも悲しいものであること、これが切ない。父の愛、息子の愛、夫婦の愛、それぞれがすれ違い、互いの愛を求めながらも手にすることができず、国への愛がその全てを飲み込んでなおもそこからとりこぼすものがあったという、非情な物語。見応えは十分ながらも、少々の覚悟が必要な硬派作品。


 久しぶりに見たジョン・タトゥーロがえらく老けてしまっていたのには驚いたが、彼が主人公の部下役で登場して、主役を食うぐらいに印象深い役を演じている。

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THE GOOD SHEPHERD
アメリカ、2006年、上映時間 167分
製作・監督: ロバート・デ・ニーロ、製作総指揮: フランシス・フォード・コッポラ、脚本: エリック・ロス、音楽: ブルース・フォウラー、マーセロ・ザーヴォス
出演: マット・デイモン、アンジェリーナ・ジョリー、アレック・ボールドウィン、タミー・ブランチャード、ビリー・クラダップ、ロバート・デ・ニーロ、マイケル・ガンボン、ウィリアム・ハート、ジョー・ペシ、ジョン・タートゥーロ

あるいは裏切りという名の犬

2007年11月04日 | 映画レビュー
 渋い! とにかく渋すぎる。もう少しウィットに富んだ台詞とかユーモアがあればなぁ。あ、ユーモアはあったわ! ダニエル・オートゥイユが実娘と共演しているのだが、父と娘が交互にアップで写る場面ではあまりにそっくりなので笑ってしまった。

 久しぶりにハードボイルドなおフランスのフィルム・ノワールを見た。原題の「36云々」というのはパリ警視庁の住所番地。この物語はかつて親友どうしだった警官たちがやがて互いにライバルとなり密告と陰謀で敵同士になるという暗いもの。巻頭すぐの深夜のどんちゃん騒ぎなんて、ヤクザの乱痴気騒ぎかと勘違いしたほどいかれているのだが、これがなんと警官の送別会だったから驚き。パリ警察の看板を建物の壁からひっぺがしてくるなんて、とんでもない警官達です。

 警察が犯罪組織とつるんでいるなんていうのはどこでも事情は同じなんだろう、だからこの映画に描かれている警察と情報屋との裏取引とか、警察内部の組織対立なんていうのは別に珍しい話でもない。奇想天外な展開はないしユーモラスな場面もほとんどないし台詞はいかしてないし。ところが、雰囲気がとっても渋くていいので、ついつい魅入られて最後まで見てしまった。ダニエル・オートゥイユが仲間を大事にする正義感溢れる警官レオで、ライバルのジェパール・ドパルデューが権力欲の強いドニ。かつて親友で同じ女性を愛したけれど、その彼女は今、レオの妻になっているということになっているけど、これがわかりにくい。映画の中ではそういう話はほとんど出なくて、ほんの一言台詞でさらっとわからせたり、ドニがレオの妻にふと送る視線で観客にそれと知れるという憎い作りになっている。

 警察ものが好きな人には雰囲気を楽しむということでお奨めできるでしょうが、まあ、可もなく不可もなくといった印象でした。あ、そうそう、レオの妻役を演じたヴァレリア・ゴリノ、とっても可憐な中年女性の雰囲気が可愛くてよかった。(レンタルDVD)

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36 QUAI DES ORFEVRES
フランス、2004年、上映時間 110分
監督: オリヴィエ・マルシャル、製作: フランク・ショロほか、脚本: オリヴィエ・マルシャル、フランク・マンクーゾ、ジュリアン・ラプノー、共同脚本: ドミニク・ロワゾー、音楽: アクセル・ルノワール、エルワン・クルモルヴァン
出演: ダニエル・オートゥイユ、ジェラール・ドパルデュー、アンドレ・デュソリエ、ヴァレリア・ゴリノ、ミレーヌ・ドモンジョ、フランシス・ルノー、オーロル・オートゥイユ ローラ

存在の耐えられない軽さ

2007年11月04日 | 映画レビュー
 公開当時に見たときにはこの作品にあまり良い感じを持たなかった。トマシュが単なる女たらしにしか見えなかったからだろう。最近になって原作を読み、随分違う印象を受けた。トマシュとテレーザだけの物語ではなく、サビーナとその愛人フランツの物語も大きな部分を占めていたのだ。それに、原作のほうが政治劇の雰囲気が強い。トマシュにしてもかなり意志の強い男のように感じた。

 今般、DVDで再見すると、原作よりもかなりエロティックな雰囲気になっているので驚いてしまった。こういう話だったのか…! なんだか格調高い文学作品が女性の裸を売り物にする映画になってしまったような気がする。この映画の女性達は脱ぎっぷりがいい。それに皆素晴らしく背中の線とお尻が美しい。 

 ただ、やはりこの映画は原作がもつ厳粛さや幻想性を失っていると思う。映画と原作は全然別物だ。どちらかを選べと言われたら原作の方をお奨めしたい。ただし、映画は女優達の魅力で持っているのでそれなりに見応えのある作品になってはいるし、ラストシーンは映画のほうが余韻があってよい。
 

 どうしてもこの作品をコメントするのに原作を離れることができないのがやっかいだ。

 この作品のジュリエットはとても愛らしい。確か、彼女はこの映画でブレイクしたのではないかしら。トマシュの愛人サビーナ役、レナ・オリンも美しい。彼女は目に力のある女優だ。

 遅ればせながらストーリーについて少しだけふれると、これは1968年、プラハの春を背景に、一組の夫婦の複雑な愛の軌跡を描いている作品。反体制知識人たる医者トマシュとその妻とのエロティックなお話。トマシュは反体制知識人という堅物っぽくは描かれていない、単なる女たらしの浮気者ともとれる。このあたり、原作とは多少イメージが異なっている。(DVD)

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THE UNBEARABLE LIGHTNESS OF BEING
アメリカ、1988年、上映時間 173分
監督: フィリップ・カウフマン、製作: ソウル・ゼインツ、製作総指揮: ベルティル・オルソン、原作: ミラン・クンデラ、脚本: ジャン=クロード・カリエール、フィリップ・カウフマン、撮影: スヴェン・ニクヴィスト、音楽: レオシュ・ヤナーチェク
出演: ダニエル・デイ=ルイス、ジュリエット・ビノシュ、レナ・オリン

さらば、わが愛/覇王別姫

2007年11月04日 | 映画レビュー
 素晴らしい。悲しすぎる物語。同じように中国現代史を背景にしていても、駄作「ジャスミンの花開く」となんたる違い。

 薄幸の少年小豆が母に捨てられ京劇の一座に預けられる場面からして息を呑む。後はひたすら小豆が辛い修行時代を送り、殴りに殴られて…という「おしん」物語。彼を助けてくれる兄的存在の石頭少年の優しさと逞しさが際立つ。二人の少年時代の描写が優れているために、このあと半世紀に及ぶ彼らの交流のさまざまな場面が観客の心に容易に入り込んでくる。少年時代の二人が京劇の「覇王別姫」の舞台を見て感涙にむせぶ場面はとりわけ印象深い。「こんな役者になれるなら、いくらでも殴ってくれ」と言う台詞にこそ、彼らの後々生涯続く演劇への執念と愛着を表すのだ。

 豪華絢爛な舞台衣装、音楽、緩急自在なストーリー展開、どこをとっても大河物語に相応しい演出だ。少年たちが長じて、小豆は“程蝶衣”という女形、石頭は“段小樓”という役者になり、京劇のスターとして栄華を誇る場面の高揚感は素晴らしい。小楼が女郎の菊仙を妻に娶るときから、蝶衣の苦しみが始まる。兄と慕う小楼に、蝶衣は兄弟の感情を越えた愛情を抱いていたのだ。レスリー・チャンの演技が素晴らしく、かしげた首、流し目、指先一本ずつのしなやかさや柔らかさ、その艶めかしさには目がくらむ思いだ。

 やがて日本軍の侵攻、日本の敗戦、国共内戦、共産党政権樹立、文革、と激動の時代がやって来る。京劇スターたちも時代の波に翻弄されていく。圧巻は文革の場面。京劇の役者たちが文化の破壊者として批判され、自己批判を迫られる場面の悲惨さには目を覆いたくなる。権力におもねり仲間や妻を裏切っていく小楼もまた憐れな被害者には違いない。

 この映画は1993年の制作だ。文革批判の映画ならいくらでも許される時代に作られた作品だけあって、こういう場面の描写は容赦ない。そもそも映画の巻頭は四人組批判の科白から始まるのだ。むしろ本作は時の共産党政権の意に沿うように作られたものではなかろうか。

 日本でもそうだが、もともと伝統芸能を担う者たちは社会の底辺出身者だ。歌舞伎しかり、狂言しかり。京劇も、その「養成所」にいる少年たちは捨て子であったり親に売られた子どもたちのようだ。芸で身を立てる以外には道のない彼らの生き様には、わたしたちの想像を超える執念があるのだろう。

 美しい絵巻物を見るような、そして胸掻きむしられる悲劇に酔う映画。カンヌ映画祭でパルムドールは当然か。カンヌの審査員たちはこういうエキゾチックな映画に弱いしね。

 でもやっぱりチェン・カイコーの映画では「黄色い大地」のほうが名作だと思う。(レンタルDVD)

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覇王別姫
香港、1993年、上映時間 172分
監督: チェン・カイコー、製作: シュー・ビンほか、脚本: リー・ピクワー、
音楽: チャオ・チーピン
出演: レスリー・チャン、チャン・フォンイー、コン・リー、グォ・ヨウ

子ぎつねヘレン

2007年11月04日 | 映画レビュー
 子どもと動物が頑張っている映画に弱い人向け。子どもとキタキツネが可愛いです。

 ヘレン・ケラーのような三重苦に苦しむ可愛い子ぎつね。懸命に世話する少年。愛らしくしっかり者の少年は母に放置されて赤の他人の家に預けられている。とくればもう、涙でぐちょぐちょ物語です(わたしは泣かなかったけど)。しかも子ども向けにとてもわかりやすく創られており、ときどき狐が人間をばかしたりして、まるで御伽噺のようでもあり。

 この映画には実は深いテーマが流れている。重い障害を負った動物は安楽死させるべきなのかどうか。ひいてはそれは人間の場合にも当てはまる疑問だろう。親に捨てられたも同然の子どもが親からはぐれた子ぎつねを懸命に育て介護する姿は感動的だ。少年がキツネが必ず治ると信じているのだが、現実は厳しい。もう治らないと分かったときの少年の言葉がいじらしい。

 北海道の雄大な風景にも癒される映画です。(レンタルDVD)

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日本、2005年、上映時間 108分
監督: 河野圭太、製作: 久松猛朗、原作: 竹田津実、脚本: 今井雅子、音楽: 西村由紀江
出演: 大沢たかお、松雪泰子、深澤嵐、小林涼子、吉田日出子、藤村俊二