日々の恐怖 6月17日 フォーク
数年前の夏、家族で行った旅行先でのことだ。
早朝、カタンという音で目が覚めた。
何か窓に当たったような気がして、窓を開けてベランダに出ると、フォークがひとつ落ちていた。
フォークはパンダの絵が描いてある小さな子供用のもので、柄の部分にひらがなで名前が書いてあり、その上にセロテープが貼ってあった。
俺と同じ名前だった。
母に見せると、俺が保育園時代にお弁当用に使っていたものに似ており、字は母の字のように見えるという。
俺は全く覚えていない。
母も、当時から今までこのフォークをどうしたのか全く覚えていない。
父は知らないと言った。
なんでこれが家から遠く離れたここにあるのかさっぱり説明がつかない。
それに、十数年前のものにしてはいやに綺麗だった。
なんとなく気味が悪いので、スプーンはそのホテルに置いてきた。
帰るとき、フロントで封筒を手渡された。
昨日の深夜にフロントを訪ねてきた男が、俺の名前と部屋番号を告げ、
「 これは彼のものなので渡してください。」
と頼み、すぐに去っていったという。
普段着だが小綺麗な印象の初老の男性だったという。
聞く前に立ち去ってしまい、男の身元はわからないとのことだった。
封筒の中身はスプーンだった。
朝のフォークと同じデザインの、対になるようなものだった。
やはりおれの名前がセロテープの下に記してあった。
ゾッとしてそれ以上はなにも聞く気になれず、捨てておいてくれと頼み、フロントに置いてきた。
もう、それは母には伝えなかった。
全く脈絡もなくよくわからない話だった。
フォークとスプーンに関しては、一生懸命考えたが思い出せない。
ただ、母がひっくり返したアルバムのなかの一枚に保育園時代、遠足の昼食時に撮った一枚に、それらしいフォークをもっている俺の姿が写っていた。
祖父母が持って来たとも思えない。
片方の祖父母は同居していたがもう亡くなっている。
もう片方の祖父母は遠方で今も健在だが、家とは非常に仲が悪くて、少なくとも俺が産まれてからはそちらに行ったことはない。
まさか、今頃それを持って来るとも思えないし、俺自身あのフォークとスプーンになんの思いれもない。
両親の話では、昔の写真のフォークは引越しのときにでも無くなったんだろうとのことだった。
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