日々の恐怖 6月18日 キャスター付きベッド
友人の介護士が、同僚の女性介護士Mさんから聞いた話しだそうだ。
この話の舞台となるMさんが以前勤めていたという施設だが、群馬県に実在する営業中の老人ホームであるため名前を伏せさせていただく事をご容赦願いたい。
Mさんがその施設に勤め始めて2年程の事だった。
その頃入居していた、夜間徘徊のある重度の認知症の女性Sさんが亡くなったという。
夜間徘徊と一口に言っても、個人個人で違いはあるが、Sさんの場合、必ず深夜には廊下へ出て、どこへ行くでもなく彷徨っていたようだ。
Sさんが亡くなった晩、ちょうどMさんは夜勤として老人ホームで勤務を行っていたのだが、その晩に限ってなぜかSさんの姿は廊下にはなかった。
ほとんど習慣化したSさんの深夜散歩が見えず、Mさんは妙な不安を感じ、Sさんの居室へと様子を見に行く事にした。
MさんがSさんの居室へ近づいた時だった。
するりと、音もなく居室の引き戸が開いたのだ。
“ あ、もしかしてSさんかな・・・?”
そう思い、Mさんが声を掛けようとした時だった。
居室から顔を覗かせたものに、Mさんは腰を抜かしそうになった。
それはキャスター付きのベッドだった。
Mさんをさらに驚かせたのは、そろりそろりとその姿を廊下へと出て来るベッドの上には、Sさんが就寝時のままの姿で横たわっていたからだった。
まず、ベッドのキャスターは常日頃ストッパーがかけてある為、動き出すような事は絶対にない。
それ以前に、居室自体が傾いてでもいなければ、スットパーが外れていたにしてもベッドが勝手に動くはずなどなかった。
それなのに、Mさんが唖然と見つめるその目の前で、まるで誰かがベッドを押しているかのように廊下へ出て、どんどんと廊下を進んで行ってしまうのだ。
さすがのMさんも、たまらずにもう一名の夜勤職員に泣きついたそうだ。
二人でSさんのベッドの行方を探すと、居室前の廊下から一つ曲がった何も無い廊下にSさんのベッドはぽつねんと止められていた。
気味が悪いのは当然二人共だが、大切な利用者を寒い廊下に放り出しておくわけにもいかず、えっちらおっちらSさんのベッドを居室へと戻したのだが、居室でSさんの状態を確認した夜勤職員は、Sさんが既に冷たくなっている事に気付いたのだそうだ。
その後わかった事だが、Sさんはどうやら就寝直後には亡くなっていたらしい。
何故ベッドが勝手に動き出したのか、それはさすがに謎のままだ。
童話・恐怖小説・写真絵画MAINページに戻る。
大峰正楓の童話・恐怖小説・写真絵画MAINページ