木更津で整体、カイロで肩こり、腰痛、スポーツ障害の自然療法の専門家が施術するCCRKです

【拳骨日記】カイロプラクティック・コンディショニング・ルーム・Kの日々の臨床現場を通して医療のあり方を診療日記にしました

No 1070 身体との会話36

2010-07-30 | スポーツ障害
手前味噌になるが、今回から数回に分けて8月に行われるAM臨床研究会内容について補則的に説明する。

機械論から有機論への入り口までご案内します。・・というテーであるが、そのテーマを「スポーツ障害」という題材で症例ごとに機械的な治療方と有機的な治療法を比較しながら、AM治療に応用して、よりAMの臨床効果を高めようというものである。

現代医学はスポーツ障害にしてもそうだが、一般的にはまず診断名をつけることから始まる。どうしてこうなったか? それには社会的な背景がある。現代医学は世界共通の土俵で議論、研究が必要になってくる。

世界共通の認識が世界どこでも同じ診断名であれば治療を受けられる。誠に持ってすばらしい世界共通の科学的な医療理念である。日本で受けた診断書を提出すると、海外でも同様の薬や治療を受けられる。病気でも海外旅行に行くことができる。

また、診断名をつけることによって薬を処方したり、処置ができる。薬価基準を設け、治療技術や検査方法によっても料金が設定されている。効率のいいシステムである。このような背景から現代医学はエビデンスのもとに医療が行われている。

最近では、現代医学のお医者さんも保険点数では理想的な治療ができないと自由診療を打ち出している先生もいる。保険診療の枠組みで行うことの難しさや、矛盾を感じているのかもしれない。

診断がつくと今度は、処置である。この処置も診断名に従って行う為、症状の応じて変化を与えることの制限がある。例えば、脳卒中の患者さんのリハビリも期間と点数制で行う為、治る治らないは関係ない。もう少し時間をかければ改善できるものでも期間や点数が制限する。

よって、治療の制限がある。更に、スポーツ障害のように原因が機能障害であり、例えば下半身の機能が肩、肘に影響して野球肩を発症しても、肩の治療以外は保険治療では認められない。とにかく痛い患部のみの治療となる。原因がそこではないのに・・・・

次に、結果の患部を治療するが、その処置は患部の症状の軽減をするための処置である。炎症がおきていれば炎症を抑える飲み薬やシップ薬。炎症は押さえられるだろうが原因が解決していないので再発する。原因の機能障害を治療することは保険診療ではできないしくみである。

拳骨


★ 第4回 AM臨床研究会開催のお知らせ ★

日時 8月22日

開場 日赤 小会議室

募集人数 先着15名

参加資格 AM国際、国内認定者のみ(ベイシック、アドバンスどちらでも可能)

テーマ

「AMを応用したスポーツ障害に対するアプローチ」

(神経筋反射を応用したAMの効果的な使い方) 

機械論的治療から有機論的な治療へ

申し込みの受付が始まりました。少人数制です、申し込みは、お早めにお願いします。

こちらから申し込みができあmす。IDとパスが必要です。

http://www.activator.gr.jp/#Anchor-4712






No 1069 身体との会話35

2010-07-27 | AMCT治療
道具使用の脳内表現は道具を扱うものにとって非常に興味のある研究である。この研究結果から単に言葉で道具といっているが、感覚としては道具ではなく、まさに手の一部、いや身体の一部である。

したがってアクティベータ器も単なる道具としか捉えていないとすると、手の一部どころか自分の身体としての感覚的な働きは失っているということである。それゆえ技術も上達しないだろう。

では道具を身体の一部として扱うようにできるようになるにはどうしたらいいか? これは理屈では到底説明できないものである。研究結果のように脳が道具を身体の一部のように感覚として捉えるいには、やはり感覚を磨く必要がある。

実践で数多く扱うしかない。数多く扱って五感で脳に学習するしかない。最終的には脳が五感情報をどのように取り入れて、どのように学習【可塑性】するかによる。

感性を理屈で考えようとすると機械的なメカニズムでつじつまが合わないと理解できなくなってしまう。科学やエビデンスなどの追求も当然必要である。その追求が現在の最先端の技術革新につながっている。医療業界もその恩恵にあずかっている。

対極に有機的な考え方も必要である。この場合は考え方というより有機的な感じ方のほうがピンと来るだろう。「有機的な感じ方」しっくり来る。

どうしても医療は現在医学を中心というより、それ以外は医療ではないような分け方をしている。現代医学以外は補完医療、代替医療などと現代医学とは一線を引いた分け方である。

この代替医療も国家資格や認定とか統一された教育基準がなされ、その教育も現代医学の教育になってきている。その影響か筋骨格系の代替医療は現代医学の考えと同じになっている。

もちろん施術も現代学の手法と同じで物療療法、患部治療、リハビリ等・・そんなものは現代医学の医療機関で十分である。代替医療は現代医学の不足分を補うのではなく現代医学とは違った観点から医療を診ていくべきである。

医療学校の基礎教育が現代学ありきの教育だから致し方ないが、せめて臨床を継続して行くのなら臨床の現場で感じている矛盾を解きほぐすべき方向に向かっていってほしい。

さて、手前味噌になるが「機械的治療から有機的治療へのご案内」というテーマでAMを応用して、身近なスポーツ障害を題材にしてAM臨床研究会で、機械的な治療法から有機的な治療法への移行するきっかけを掴んでもらえたらと思っている。是非参加されたし。


拳骨


★ 第4回 AM臨床研究会開催のお知らせ ★

日時 8月22日

開場 日赤 小会議室

募集人数 先着15名

参加資格 AM国際、国内認定者のみ(ベイシック、アドバンスどちらでも可能)

テーマ

「AMを応用したスポーツ障害に対するアプローチ」

(神経筋反射を応用したAMの効果的な使い方) 

機械論的治療から有機論的な治療へ

申し込みの受付が始まりました。少人数制です、申し込みは、お早めにお願いします。

こちらから申し込みができあmす。IDとパスが必要です。

http://www.activator.gr.jp/#Anchor-4712






No 1068 身体との会話34

2010-07-26 | カイロプラクティック
画像がありましたのでアップしておきます

<「理解する」研究>道具使用の脳内表現

 道具でものを触るとき、我々は道具を持っている手そのものというよりも「道具の先端」で感じがちです。例えば、ボートの漕ぎ手はオールで水をつかむ感覚を、オールを握る手というよりもむしろ視界の外にあって見えないはずのオールの先にありありと感じるといいます。我々が日常生活で箸や鉛筆を使うときにも、やはり箸や鉛筆の先端で触っているという感覚があるのではないでしょうか。このような体験に関する記載は、神経科学の文献でも比較的古くまで遡ることができます。もちろん、哲学の恰好の考察対象であることは言うまでもありません。しかし、これらはすべて主観的な体験に関する記載で、科学の俎上に載せるには、我々の主観を裏付ける客観的な証拠が欲しいところです。道具で何かを触る際に、我々の脳は本当に「道具の先端」で感じているのでしょうか。

 最近我々は、「腕を交差すると主観的な時間順序が逆転する」という現象を発見した。用いたのは、閉眼した被験者の右手と左手にそれぞれ1発ずつ刺激を与え、その順序を答えさせるという簡単な課題です。腕を交差しない場合【図1の○印】は、誰でも右手と左手の刺激時間差が0.1秒あれば確実に正解することができました。腕を交差しても【図1の●印】、刺激時間差が1秒を越えると、やはりほぼ確実に正解することができました。ところが、驚いたことに、刺激時間差が0.3秒以内の場合には、時間順序判断が逆転しました。図1の例ではほぼ完全に逆転し、グラフはN字状になりました。一方、右手単独、あるいは左手単独の刺激の場合には、どちらの手を刺激されたかの判断を誤ることはありませんでした。つまり、我々の発見した現象は、左右の手の単純な取り違えでは説明できません。手の空間配置が、時間順序判断を劇的に変化させたと結論できます。この現象は、一見すると道具の先端の知覚とは無関係です。しかし、手に棒を持った途端に、道具の先端の知覚を検証するのにうってつけの実験系を提供したのです。

 今度は手そのものではなく、手に持った棒の先端に刺激を加え、時間順序を判断させます。その際に、腕を交差することなく棒だけ交差したら、棒の先に与えられた刺激の時間順序は逆転するのでしょうか。もし刺激を「手」そのもので感じているなら、逆転しないはずです。なぜなら、手の位置は交差していない状態のままだからです。一方、逆転傾向があるなら、棒の先に与えられた刺激は、「手」ではなく棒の先の出来事として処理されていることになります。

 図2を見てください。眼を閉じた被験者の、棒を交差しないときにはS字型の判断が、交差によってN字型に劇的に変化しました。手を交差させずに棒を交差するだけで、時間順序が逆転したのです。このようにして我々は内観報告に頼ることなく「触覚が手から道具の先端に移る」ことを示すことに成功しました。

 感触を脳に伝える起点となるセンサーは「手」の皮膚にあることを考えると、「棒の先」で知覚されるのは、驚くべきことです。脳にはセンサーからの情報を、センサーの現実の位置にとらわれずに、道具と対象が相互作用する道具の先端に即座に関連付ける能力があることを示す成果です。現在、我々はこの能力が及ぶ道具の範囲を調べ、さらに道具を操るロボットの開発に役立てることができるよう、脳の中の機構解明に取り組んでいます。


出典:AIST: 産業技術総合研究所 さんのホームページより

詳しく知りたい方はサイト内を探してください。


拳骨



★ 第4回 AM臨床研究会開催のお知らせ ★

日時 8月22日

開場 日赤 小会議室

募集人数 先着15名

参加資格 AM国際、国内認定者のみ(ベイシック、アドバンスどちらでも可能)

テーマ

「AMを応用したスポーツ障害に対するアプローチ」

(神経筋反射を応用したAMの効果的な使い方) 

機械論的治療から有機論的な治療へ

申し込みの受付が始まりました。少人数制です、申し込みは、お早めにお願いします。

こちらから申し込みができあmす。IDとパスが必要です。

http://www.activator.gr.jp/#Anchor-4712





No 1067 身体との会話33

2010-07-20 | AMCT治療
残念ながらデーターが消えてしまいました。

道具は身体のどこで感じているのか面白い研究です。

テキストだけご紹介します

AIST: 産業技術総合研究所 さんのホームページより

詳しく知りたい方はサイト内を探してください。



<「理解する」研究>道具使用の脳内表現

 道具でものを触るとき、我々は道具を持っている手そのものというよりも「道具の先端」で感じがちです。例えば、ボートの漕ぎ手はオールで水をつかむ感覚を、オールを握る手というよりもむしろ視界の外にあって見えないはずのオールの先にありありと感じるといいます。我々が日常生活で箸や鉛筆を使うときにも、やはり箸や鉛筆の先端で触っているという感覚があるのではないでしょうか。このような体験に関する記載は、神経科学の文献でも比較的古くまで遡ることができます。もちろん、哲学の恰好の考察対象であることは言うまでもありません。しかし、これらはすべて主観的な体験に関する記載で、科学の俎上に載せるには、我々の主観を裏付ける客観的な証拠が欲しいところです。道具で何かを触る際に、我々の脳は本当に「道具の先端」で感じているのでしょうか。

 最近我々は、「腕を交差すると主観的な時間順序が逆転する」という現象を発見した。用いたのは、閉眼した被験者の右手と左手にそれぞれ1発ずつ刺激を与え、その順序を答えさせるという簡単な課題です。腕を交差しない場合【図1の○印】は、誰でも右手と左手の刺激時間差が0.1秒あれば確実に正解することができました。腕を交差しても【図1の●印】、刺激時間差が1秒を越えると、やはりほぼ確実に正解することができました。ところが、驚いたことに、刺激時間差が0.3秒以内の場合には、時間順序判断が逆転しました。図1の例ではほぼ完全に逆転し、グラフはN字状になりました。一方、右手単独、あるいは左手単独の刺激の場合には、どちらの手を刺激されたかの判断を誤ることはありませんでした。つまり、我々の発見した現象は、左右の手の単純な取り違えでは説明できません。手の空間配置が、時間順序判断を劇的に変化させたと結論できます。この現象は、一見すると道具の先端の知覚とは無関係です。しかし、手に棒を持った途端に、道具の先端の知覚を検証するのにうってつけの実験系を提供したのです。

 今度は手そのものではなく、手に持った棒の先端に刺激を加え、時間順序を判断させます。その際に、腕を交差することなく棒だけ交差したら、棒の先に与えられた刺激の時間順序は逆転するのでしょうか。もし刺激を「手」そのもので感じているなら、逆転しないはずです。なぜなら、手の位置は交差していない状態のままだからです。一方、逆転傾向があるなら、棒の先に与えられた刺激は、「手」ではなく棒の先の出来事として処理されていることになります。

 図2を見てください。眼を閉じた被験者の、棒を交差しないときにはS字型の判断が、交差によってN字型に劇的に変化しました。手を交差させずに棒を交差するだけで、時間順序が逆転したのです。このようにして我々は内観報告に頼ることなく「触覚が手から道具の先端に移る」ことを示すことに成功しました。

 感触を脳に伝える起点となるセンサーは「手」の皮膚にあることを考えると、「棒の先」で知覚されるのは、驚くべきことです。脳にはセンサーからの情報を、センサーの現実の位置にとらわれずに、道具と対象が相互作用する道具の先端に即座に関連付ける能力があることを示す成果です。現在、我々はこの能力が及ぶ道具の範囲を調べ、さらに道具を操るロボットの開発に役立てることができるよう、脳の中の機構解明に取り組んでいます。



拳骨



★ 第4回 AM臨床研究会開催のお知らせ ★

日時 8月22日

開場 日赤 小会議室

募集人数 先着15名

参加資格 AM国際、国内認定者のみ(ベイシック、アドバンスどちらでも可能)

テーマ

「AMを応用したスポーツ障害に対するアプローチ」

(神経筋反射を応用したAMの効果的な使い方) 

機械論的治療から有機論的な治療へ

申し込みの受付が始まりました。少人数制です、申し込みは、お早めにお願いします。

こちらから申し込みができあmす。IDとパスが必要です。

http://www.activator.gr.jp/#Anchor-4712







 

           




No 10656身体との会話32

2010-07-15 | AMCT治療
アートかサイエンスか、あるいは哲学か? カイロプラクティックを議論するときに必ずでてくるものである。いずれも重要な課題です。この三つが融合し自然治癒力をもたらします。

この自然治癒力もサイエンスで語るのは難しい。カイロプラクティックそのもの難解なものである。これゆえに西洋医学と同じ土俵にあがってがっぷり四つに組むのは難しい。西洋医学もアートや哲学はありサイエンスだけでは解決できない。

ある世界的にも有名な日本の心臓外科の例をあげると、他のドクターでは解決できない手術を意図も簡単に行ってしまう。簡単に行うことの裏には傍からみるようなものではないのだろうが・・・1ミリ、2ミリ、0.0・・グラムの力加減で生死を分けることになるだろう。

この心臓外科がこれほどまでに名医と言わしめるものは何か? もちろんマジック的なオペ技術である。その技術の裏には道具を扱う技術が飛びぬけている。道具を使いこなす技術がずば抜けてい優れていることがある。

また、道具を自分の手になじむようにメスや挟みなど特注である。あるいは加工して自分の手になじむように作り変える。手術中には予期せぬ出来事が起こる。この予期せぬ出来事に臨機応変対処できるかが名医たるゆえんである。

マニュアルどおりのことしかできないのであれば普通の人である。知識(サイエンス)だけでは予期せぬことに対応できない。哲学やアオートがあり、更にそれらをもとに刻々と変化する生命の営みを感じ、今なにをしなければならないかを理屈でなく感性で対処していく。

カイロプラクティックや手技療法かは、ややおもすると技術(アート)にのめりこんでしまうことがある。自分を客観的にみてみるとよくわかる。患者様をその酔いしれた技術に無理やり当てはめて自己満足に浸る傾向にある。反省する必要がある。

話がずれてしまいそうなのでもとに戻す。道具を使いこなすのはアートの部分であるが、これは傍から見た目のことである。使いこなす、身体の一部として扱う。これらは熟練者ほど手になじんでいる。傍から見ると道具を使っているようには見えない。傍人からは道具を道具として目に入らない。

ここまでになるのには、アートの裏づけに知識や哲学があり、更に臨機応変な対応ができる感性が培われている。一朝一夕ではできない。技術を学ぶものはそれなりの覚悟がいる。カイロプラクティックのテクニックも同じである。

サイエンスや哲学の重要性が必要性とともにアートの部分で大切なのが感性である。この感性は体感的なものや思考的な部分である。机上で学ぶものではない。学べない。理屈ではない。この感性、感じるものは何か? 

これを科学的に解明してみようといった研究が行われた。道具を使って行うことが身体のどこで感じているのか、そんな研究である。

拳骨



★ 第4回 AM臨床研究会開催のお知らせ ★

日時 8月22日

開場 日赤 小会議室

募集人数 先着15名

参加資格 AM国際、国内認定者のみ(ベイシック、アドバンスどちらでも可能)

テーマ

「AMを応用したスポーツ障害に対するアプローチ」

(神経筋反射を応用したAMの効果的な使い方) 

機械論的治療から有機論的な治療へ

募集方法、参加費などの詳細内容は近日中にメルマガでご案内いたします








No 1065 身体との会話31

2010-07-05 | AMCT治療
規格を統一して、常に安定した質を供給することは、社会的に認知されることになる。                          まして世界的規模で展開するのであれば、その統一性は重要なカギになる。

トヨタ社が世界的な自動車ブランドになったのも、優もなく、不可もない。という万民向けの安定した、安全性や低燃費、品質を長年保ってきたからである。最近はバッシングも含めて不具合を指摘されてアタフタしているが。

カイロプラクティックのテクニックも安定性や再現性で品質を保つ為に、機械やコンピュータを使った検査&矯正器具が出回っている。AM以外である。AMの器具に類似した??(パクリものらしき??)矯正器具も出回っている。

また、AM矯正器具をメソッドを無視して如何様にも使っているカイロDrがいることも事実である。それも、本場米国である。日本にも負けじとAMの器具を捻じ曲げて使っている先生もいる。You Tubeで検索すると面白いように、さまざまな使い方をしている。どうみてもAMI本部でそんな使い方は教えていない。

安定した質を供給できることは患者側からみれば、安全性はもちろん世界中どこでも受けられる利便性も加わる。現に、アリゾナにある本部にも紹介したり、豪州でAM治療を受けて日本でもAMを受けたくて来る外国人もいる。カイロプラクティックの治療を受けたいのではなくAMを受けたくてやってくることに意味がある。

器具の質の安定はいいのだが、そこはやはり人間が扱うことには変わりはない。同じ品質の器具を使えば、皆同じ結果が出るかというとそうでもない。品質+技術が必要である。この技術は人間がやることであるから、差が出るのは当然である。

この技術の差を埋めるのが、セミナーや日々の臨床で築き上げるしかない。ここで重要なことは、器具を自分の手の一部になっているかということである。「人馬一体」(この例えでいいか?)になって、器具を自分の手の一部のように無意識に操ることができるか重要である。

イチロウ選手は「バットはバット(道具)として意識していない。」と言っている。体の一部と化したバットだからこそバットコントロールも思いのままにできるのではないかと思う。アクティベータ器もこのように身体の一部として同化し無意識で扱えると、おのずと結果が出る。

こんな研究もある。人間は道具を使っているときに、手で感じるというよりも道具の先端で感覚的なものを感じていると思う。箸、鉛筆を使っているときは、やはり手で道具を使っているという感覚より箸や鉛筆の先端が接触していると感じている。はたして、脳は道具は単なる器具として認識しているか、あるいは体の一部として認識しているか・・次回紹介する。

拳骨


第4回AM臨床研究会開催のお知らせ

日時:2010年8月22日

開場:日赤 小会議場(2階)

テーマ「AMのスポーツ障害へのアプローチ」

(神経筋反射を応用した有効的な検査・治療)

募集人数 15名

受講資格

AM国際、国内初級、上級認定者のみ

現在は申し込みは受け付けていません。

詳細はメルマガで案内いたします