今日(1月19日)の研究会では
「子爵加納久宜全集」より
第5編 自叙伝記をあらためて読みました。
子爵 清浦奎吾閣下題字
子爵 加納久宜 述
小松謙堂 編
加納久宜しく全集
発行所 子爵加納久宜遺稿集刊行会
今年は一宮町の町制120周年です。
町としても、
「一宮町制120周年記念事業」
の取り組みが始まりました。
大正初期に、『日本の模範町村』と称された一宮町
当時の加納久宜町 . . . 本文を読む
私たちは、一昨年3月から
「加納久宜 鹿児島を蘇らせた男」を
読み進めるところから、
加納久宜元一宮町長のことを
調べ始めました。
その中で気になることが
いくつも出てきました。
「赤十字幻灯講演」「信用組合」などなどもそうです。
加納久宜鹿児島県知事(明治30年ごろ)は、
特に『教育』と『産業振興』に
業績が顕著だといわれます。
最初に取り上げたテーマに
『産業振興』の農業分野でいえ . . . 本文を読む
赤十字情報プラザ様から
「日本赤十字幻燈説明書(明治29年訂正)」の
追加の2枚が年明けに届いていましたので、
それを、打ち込みました。
・『西南戦争』における『博愛社』のこと
・明治19年に万国赤十字へ加盟したこと
などが書かれていました。
自分としては、
核心の部分だと関心をを持っていた部分だけに
感激しました。
というのは、
加納久宜鹿児島県知事(明治30年ごろ)が、
地方巡視に行っ . . . 本文を読む
『日本赤十字幻燈演述』(明治29年訂正版)は
石黒忠悳氏の『緒言』から始まっている。
誰が演説しても、
『幻灯講演』の趣旨や経過を正しく伝えたい
という思いからだろうと理解する。
なお、結びから、
明治二十四年の初版とはその内容が変わってきていることがわかる。「二十七年迄は幻燈演述の下段即ち後半は外国の事例を述べて見聞に供せしも、今は全く自国の近き事例を述べて尚お余れるに至れり(明治二十九年十 . . . 本文を読む
日本赤十字社 情報プラザから届いた
『明治二十九年訂正 日本赤十字幻燈説明書』の
冒頭には
明治二十四年八月付けで『日本赤十字社社長 子爵佐野常民』の
『小引』がある。
このことから
『日本赤十字幻燈説明書』には、
・『明治24年版』初版
・『明治26年訂正版』(『版権登録之證』)
・『明治29年訂正版』
・『増訂赤十字幻燈演述』(『懐旧九十年』)
など、複数のシナリオがあることがわかる。
ま . . . 本文を読む
赤十字情報プラザ様より
昨年末に届いた
『明治二十九年訂正 日本赤十字幻燈説明書』
東湖委員筆記
のコピーを
正月を返上して読んでみましたが
自分の浅学を痛感しています。
目次をご紹介します。
日本赤十字幻燈説明書
東湖委員筆記
明治二十九年訂正
(*1)「幻燈」は「幼燈」と表記されている。
赤十字幻燈目次
一 石黒男爵
上段
二 ナイチンゲル嬢
三 ヂユナント氏
四 赤十字旗と . . . 本文を読む
明治三十年ごろ 加納久宜鹿児島県知事は、 積極的に地方行政の視察をし、 その際、『赤十字幻灯講演』を行ったそうだ。 昨年暮れに、 日本赤十字社に問いあわせたといわせたところ、 早速、 赤十字情報プラザ(東京都港区芝大門)から 関係資料が届きました。 ・『版権登録之證』コピー ・『赤十字幻灯説明書』コピー 当時の幻灯機なども、同プラザで見られるそうです。
『版権登録之證』 訂正赤十字幻燈演述 . . . 本文を読む
加納久宜元一宮町長
(明治45年65歳~大正6年70歳)は、
鹿児島県知事
(明治27年47歳~明治33年53歳)
を、6年9ヶ月を務めた。
西南戦争での疲弊が残る鹿児島県を立て直す基礎をつくり、
今でも「一に西郷、二に加納、三に島津」と
鹿児島県民の評価は高いと聞く。
その業績は多岐にわたるが、
「教育」と「勧業」に特徴づけられるそうだ。
その間
日本赤十字鹿児島支部長としても
活躍してい . . . 本文を読む
明治時代のことです。
加納久宜鹿児島県知事は、地方を視察をする度に
訪問先で夜に「赤十字幻灯講演」を行っていたそうです。
伝染病予防のためには、
保健衛生に対する正しい科学的な知識の普及が急務であった
という背景もありました。
昨年の末に、日本赤十字社に相談したところ、
『赤十字情報プラザ』(東京都港区)に、
当時の幻灯講演用の幻灯機などが常設展示してあり、
平日なら、いつでも見学できることを . . . 本文を読む
城南信用金庫の前身の大崎信用組合の業務開始は
大正8年(1919年)10月です。
今年がちょうど90周年です。
そして、その模範とし(後に合併し)た、
入新井信用組合の創設者の加納久宜が亡くなったのは、
大正8年(1919年)2月26日です。
別府の麻生氏の別荘で療養中のことです。
直接は指導を受けられなかったとはいえ、
その「高邁な理想」については、
受け継ぐことができたのであろうと、理解き . . . 本文を読む
昨日(28日)小原白梅育英基金の事務局から
関連する資料を同封した手紙が届きました。
大森駅周辺の地図(記念石碑、石灯籠、加納様記念碑等の位置)
と闇坂(くらやみ坂)の紹介
小原鐵五郎氏の著作の一部コピー
「貸すも親切貸さぬも親切」東洋経済新報社(*1)
「わが道ひと筋」日本工業新聞社(*2)
「小原鐵五郎伝」金融タイムス社(*3)
『産業組合運動の先覚者であり、入新井信用組合の生みの親であ . . . 本文を読む
日本赤十字社と並行して、
(財)小原白梅育英基金にも問い合わせをしていました。
Webで検索している間に、この基金を知りました。
小原鐵五郎氏は、
世のため人のために貢献する有為な人材を育成するために全財産を遺贈し、
この基金を設立したそうだ。
さらに検索すると、その語録といい、行動といい、
加納久宜氏と共通点があるように感じました。
そして、事務局は城南信用金庫にあるという。
加納久宜 . . . 本文を読む
一宮町が「全国の模範町村」と称された当時の
加納久宜町長のことを調べ始めて2年が経とうしています。
そろそろ、外部の方々と連絡を取って
情報を集め始めることにしました。
ひとつには、日本赤十字社のルートです。
明治27年1月から33年9月まで、つまり、鹿児島県知事のときに、
第4代の日本赤十字社鹿児島県支部長もつとめています。
「教育」と「勧業」などに力を入れ
西南戦争で疲弊した鹿児島県を立 . . . 本文を読む
今日24日の
「おらがまち探検隊~文化財保存体験編~」では、
町の史跡「加納久宜公の墓」の清掃活動をしました。
雑草も生え、
今月の強風のためか、
枯れ枝もたくさんありました。
折れて倒れた太い枝、
後日切ることになりました。
日差しもあり暖かく、
ごらんのようにきれいになりました。
石灯籠は、鹿児島県から送られたものです。
町のHPよりおらがまち探検隊~文化財保存体験編 . . . 本文を読む
第19回加納久宜研究会で
「農村の改良」に収めれれている
「献芹迂言(完)」に目を通しました。
(大正書院)大正2年8月15日
(目次)
第一章 余の町村的信念
第二章 町村經營者の覺悟
第三章 町村教育の獨立
第四章 町村風紀の改善
第五章 後代の町村民
即現代青年者處世の修習
第六章 町村民の經濟機關
第七章 町村農事の改良
第八章 地主會
第九章 青年の . . . 本文を読む