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短文


我是三四六岁 
(旅の相棒募っています 乙女)

唐詩 my セレクション 7

2021年03月17日 18時03分40秒 | 日記

                   
《雨过山村》  王建

雨里鸡鸣一两家,竹溪村路板桥斜。

 妇姑相唤浴蚕去,闲着中庭栀子花。

山村に雨が降ってきて 鶏の鳴き声がある家から聞こえている。

竹溪村の山路の坂に板きれの橋が斜めに掛かっていた。

嫁さんとお母さんが「お蚕さんを水浴びさせよう」と呼び合っていた。

庭にはクチナシの花が忙しさをよそに咲いていた。

初めこの詩を読んだときにクチナシを見つけて香しく惹かれた。が再度読むと、蚕を水に浴びさせることが書かれていて、当時のある地域では、蚕が蛹になる前に水に浸かわせて汚れを落とすのだろうか(?)、と想像している。

蚕を育てる時は、数週間の間桑の葉を棚に敷いて大きな蛹へと養蚕する。農家では、夜寝静まった時にさわさわと桑の葉を食べる音さえ聞こえる、と聞いたことがある。とても忙しい時期で、この詩にあるようにクチナシが香り良く咲いているのさえ、気づかない農家の繁忙期でもある。ちょうど雨が降ってきたので、頃合いを見つけて女同士が声を掛け合い、川に蚕の水浴びに出かけるのだろうか。と風俗を想像して楽しんでいた。

韓国でも養蚕を尊ぶ儀式があったようだし、皇室でも現に皇后が特別な蚕を育てている。

そして、中国から蚕の密輸を命じたのは、ビザンチン帝国のテオドラ王妃で、二人の僧侶が杖の中に蚕の卵を隠し持ち運んだそうだ。ブルサは絹製品の産地だったように思いだす。古い都市で、円形状の建築物には市場があって、古書店もあった。 ちょっとネットで訪ねるのも楽しみです。

と、知る楽しみは身銭と行動と記録を繰り返し、そのうちに都市が新たに発展していく。

唐詩 my セレクション 6

2021年03月13日 15時26分35秒 | 日記
李商隐 《嫦娥》

云母屏风烛影深,长河渐落晓星沉。
嫦娥应悔偷灵药,碧海青天夜夜心。

衝立の向こうから差し込む蝋燭が、飾りの雲母に陰りを帯びさせ、ほの暗い。
銀河も微かに見えるほどで、明けの明星も降りてきた。

不老不死の薬を密かに手に入れた嫦娥は悔やんでいるに違いない。
月の宮に住み、青い海と空にひとり御遣いし、心は毎夜震えている。

この詩で神話を知りました。ファンタジーともいえる中国の仙女の登場です。西王母が最高の至高神で、息子が后裔。その妻がこの詩の主人公に当たる。嫦娥は西王母が息子に与えた不老不死の薬をくすねたために月の宮に追いやられてしまった。(夫后裔が離れ離れになってしまった妻嫦娥を見るために月に供え物をしたのが、月見の由来になるそうです。)
当時は道教が盛んになったようで、唐王朝で女性もその傾向に進んだようだが、入道するや、厳しくて通常の恋愛にも支障を及ぼしたようです。

李商隐の見た社会や、宮中に置かれた婦人の心情をこの詩に託して読むのも、作者の温かみではないか、と独断で楽しんでいます。


 霜月

初闻征雁已无蝉,百尺楼高水接天。(楼高 一作:楼南 / 楼台)
青女素娥俱耐冷,月中霜里斗婵娟。

というのもあり、雁が南に飛びたち、セミの声も聞こえなくなる晩秋、
高い楼にのぼれば、遠く彼方まで見える。海と空がひとつに交わっている。
霜の女神・青女と月の女神・素娥=嫦娥は寒さを耐え、綺麗な玉に劣らない美を競っている。

晩秋にもなると高楼からの眺めは秋の色から冬へとかわり、遠くの方まで透き通った大気で見遥かせる。高台に昇るとこのようにイマジネーションで遊べるのでしょうか。女神の競いを誘うなど、浮世に楽しみを生ませてくれます。
味がある人だと感じました。

意味は独断です。