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《雨过山村》 王建
雨里鸡鸣一两家,竹溪村路板桥斜。
妇姑相唤浴蚕去,闲着中庭栀子花。
山村に雨が降ってきて 鶏の鳴き声がある家から聞こえている。
竹溪村の山路の坂に板きれの橋が斜めに掛かっていた。
嫁さんとお母さんが「お蚕さんを水浴びさせよう」と呼び合っていた。
庭にはクチナシの花が忙しさをよそに咲いていた。
初めこの詩を読んだときにクチナシを見つけて香しく惹かれた。が再度読むと、蚕を水に浴びさせることが書かれていて、当時のある地域では、蚕が蛹になる前に水に浸かわせて汚れを落とすのだろうか(?)、と想像している。
蚕を育てる時は、数週間の間桑の葉を棚に敷いて大きな蛹へと養蚕する。農家では、夜寝静まった時にさわさわと桑の葉を食べる音さえ聞こえる、と聞いたことがある。とても忙しい時期で、この詩にあるようにクチナシが香り良く咲いているのさえ、気づかない農家の繁忙期でもある。ちょうど雨が降ってきたので、頃合いを見つけて女同士が声を掛け合い、川に蚕の水浴びに出かけるのだろうか。と風俗を想像して楽しんでいた。
韓国でも養蚕を尊ぶ儀式があったようだし、皇室でも現に皇后が特別な蚕を育てている。
そして、中国から蚕の密輸を命じたのは、ビザンチン帝国のテオドラ王妃で、二人の僧侶が杖の中に蚕の卵を隠し持ち運んだそうだ。ブルサは絹製品の産地だったように思いだす。古い都市で、円形状の建築物には市場があって、古書店もあった。 ちょっとネットで訪ねるのも楽しみです。
と、知る楽しみは身銭と行動と記録を繰り返し、そのうちに都市が新たに発展していく。