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短文


我是三四六岁 
(旅の相棒募っています 乙女)

篤き想い

2011年10月31日 08時34分44秒 | my 徒然

電車の空いている席に座った。慌て気味に乗ったので髪留めが気にかかり、手を当てると、髪からするりと落ちた。

隣に座っていた高校生が座席に落ちたのを、とっさに拾ってくれた。

「ありがとう」といい、それから彼らの会話が耳に入り始めた。

話題は介護だった。本当に感心し、思わず「おしゃべりが耳に入って、こんなに若い人が・・・」と感激を伝えた。

おしゃべり相手は、もうひとりの男子と隣の女子だった。介護専門の学校に入るためのグループ面接があったらしい。

女子は、新潟からやってきてお兄さんのところから面接に臨み、趣味で舞いを習っているそうだ。

ヘルパーの厚い本も知っていて、10年以上前に出合ったスピリッツを高める教習本もにわかのおしゃべり材料になった。

当時、若いイケメン・イケガールが仕事に就いていて、実習に感激したのを思い出した。

身近な同年代の女性も、同じようにヘルパーの講座をまるで素敵な教本のように語った。実習体験はとても貴重だった。

車いすに座って機械浴を待つ女性や痴呆患者に触れ、PPKがいちばんだろうと、思った。

男子高校生の母親も祖母も介護に関わっているらしい。

「家族って駄目なんですよ」と、言葉を思い出した。幸せだと必要性はわからなくて、困ったことがおこると揺れ動く。生命に関わると、ひととき、ひとつに繋がる要因にもなりうる。

介護も、家族だと、どうにも無理があるから、こうした関係者のお世話が好ましいのでしょう。

「会社でパソコンを打つよりも、実際に人の役に立ちたい」と、述べた高校生の声は、篤くとどき、とてもすがすがしかった。 

将来を支える人材にエールを送っている。

 


メディアにおける個人の尊厳

2011年10月25日 19時51分22秒 | ニュースを読んで

NHKが放送視聴料を値下げすると発表。先週、街頭で署名を行ったときに、NHKの不満を一緒に話していた。

http://blogs.yahoo.co.jp/g7152g55s/8843977.html

洋服の色など、詫びにはなりません。邪だよ、チェックカントリーなどと、一方的なコミュニティ基準にしかすぎないでしょう。 サブリミナル ? サブミナナリウル!

昨日も、夜の番組で、不愉快な言動が投げかけられていた。 一般視聴者は、何を示唆しているか、わかっている。

その場限りの言動とはいえ、過去の一時点の「か」の喪にある個人的心情など、10年経って変わりうるのに、そのまま登場者の声を使って放送関係者が責任の所在を回避すべく番組が音声で返していた。

まるで、蔑みやらけんか腰だ。それが、画面から届けられているのが、視聴者には伝わってしまうのだ。

さて、民放で、勝手に放った、身勝手な放送行為は? 

視聴者・近親、さえ心理加担になるともなりかねない問題を配慮しただろうか、かつて伝えたこともあった、放送側の身勝手さによる影響を。

放送倫理に欠如が見られるから、街頭の一般人間の声にさえ上がるのです。

それに並んだ民放は、どのように・・・・

勝手にしていて、共通項番組を作ってあげたから見てくれと身内おねだりされたり、詫びもみてくれとおねだりされ、ばかばかしいにもほどがある。

と、不愉快な面だけを連ねた。 1000万はどうしたか!いったいだれが何の権限があってあのように放ったのだろう。本当に横暴だ。コマーシャルやらオコネでも回っているのかしらん。

因みに、私が当時服用した薬 抗鬱薬は、攻撃性に影響あると判明し、入院した場合に保障が適用されるようだと後になって判明しました。

文字の中でも今とは違った精神状態の一片もあるのは、確かです。

曲解したり、AGAIN?・読者を変えて巧みに個人的問題回避を策略していたようにも思えます。それが、メディアにおける優位性だと胃竹田家らしいようにも感じる一面も多いに見受けられます。

だから、「情報操作にまどわされるな」となるのです。私たち庶民は、どれだけの真実を知りうるのでしょう。本当に本当の問題は、言わないようですね。

 ノーベル平和賞が実は、xxだったとか、後になって伝えられました。それもメディアから。 目が疲れるので、いろいろと購読は、好き勝手にしています。

まあるくなりましょう! でも、病だったら無理だから、仕方ないでしょう。 応援したのにという発意だったら、お詫びします。

心づもりはあったけれど、記事を読むと、その必要がないのだとわかりました。

 

 


いけずなときが本当に多い あさいち

2011年10月19日 09時14分34秒 | ニュースを読んで

だけれど、sexに向き合い、画期的だと思う。この分野に向き合うのは、自分の人間性に向き合うことでもあり、とかく同性や年長者は大抵が

不謹慎な声を発しがちにある。他人の性にたいして、異性でも同性でもがとかく蔑んでしまう話題でもあり、公然ととりあげるのは、救いの話題だと思う。

「か」を書くためにいろいろと読んでわかったのは、執筆家や文豪でも、初婚を遂げた人はあまりいないと、感心したことでした。

独身シングルや既婚者女性が他人の性のトラブルを卑下することのないような社会になってほしいですね。

講演会を聞き、山本直英さんの本を読んだことがあります。

「どうしてこんなことをしているの・・」とさぐる本の内容に、結婚してお互いを愛するのをさりげなく書いていたように思いだします。

それまで文字で育てられた絵空事ばかりではない、本質に迫った話題でした。

番組名が利用されて被害があったらしいのは、軽いと感じさせる面を対象年代がはらんでいるのではないでしょうか。親密性やらさわやかさ、8時台では、なんともかんとも。

けれど、年代では、子供の教育費もかかえた更年期(男女とも個人差はあるものの、若返ったり、落ち込んだりします)が始まる頃かもしれないから、十分メディアが支えてあげるといいでしょう。経験しないとわかりません。(陣痛の方がまだ短くて楽だったわねえ。) 

http://blogs.yahoo.co.jp/g7152g55s/3488125.html

学校の先生でも、同じように能力が落ちます。子供たちは大人の生物的変化を知りようがありません。それでいろいろなところでぶつかったり、不満も起きるでしょう。不完全な部分を受け止めあいましょうよね。

更年期には、夫婦でも、それをお互いに受け止めるのが難しい時期にさしかかります。自分の変化を受け止められないのだから、仕方がありませんよね、幸年季ととなえつつ。

初潮はお赤飯があったけれど、閉経には、いったい、誰が何を祝ってくれるでしょうか。教育費もあるけれど・・・・・

ああ、そうね、ファッション プリティ ラブリー トリップ作戦がいいのかもしれません。 鬱の谷が消えた頃、そう思えればいいわねえ。あちこちお出かけもいいわね。

 

 

 


どうにもたまらない・・・・のは、

2011年10月18日 15時18分31秒 | 旅行

NYでの店内のダストボックスです。けれど、気楽にNYに慣れました。

肉に付け和えのフライドポテトも一生で食べたことがないくらいお皿にのってきました。飲み物の残りも食べ残しもプラスチックも紙も全部ひとまとめで、大らかに受け入れてくれます。 

そして、テイクアウトが大抵の店でできるようです。

夜中に音で気付いたのですが、巨大なトラックがやってきて道路脇に置かれた大袋(ゴミ)を積んでいきます。道路の片側ずつ回収し、数時間後に別の片側をドラックが回収していきました。

それにしても、残りの飲み物はごみ袋で持っていかれるまで、どうなったのでしょう。 余計なおせっかいをしてしまいました。缶や瓶は別だろうと思うのですが、家庭ではどうなっているのでしょう。

もうひとつたまらないのは、チップの要求でした。 カードの方が、速やかで防犯上は良いだろうと、大抵の場所で用を足しました。

が、勘定書きの下にチップの欄があります。さるミュージアムで昼食を食べた後に、サインをすると、おねだりがありました。

チップの割合など冊子にも書いてあったけれど、何のためにカードを使っているのか、私の意味をなさない先方のお声に、多いにだまって不満になりました。

ささやかな昼食を注文したから運んでくるのは、ウェイトレス(ウェイター)として、当たり前の業務じゃないんの?!(自分で取りに行っても良かったけれど、少々悪たれラルフ )

また、別のレストランでは、同じようなチップの欄があったけれど、好ましいお誘いがありました。”It's up to you”と、フェアーな声でした。  

ランチぐらいの額にチップを載せてわざわざお札を探させるなんて、丁寧がすぎます、カード社会に ・・・・

さもなくば、チップとしての顧客サービス具合をお客に書いてもらい、トータルを店が合計すればいいんじゃないのん。そうすれば、一度でカード決済ができます。

(メトロカードのように、チップカードでも用は足せるかもしれません。) 

http://en.wikipedia.org/wiki/Tip_(gratuity)    慣習だとわかっていても、国際ルールではないですね。 チップが従業員の給料とも関わるなんて書いてあるけれど、

そんなことは、一旅行者として責任を負うことでもないと思いますが、危険と噛みあわせになるとすれば、ほどほどにしますが、社会の仕組みをどう捉えるものやら。