
バースデー記念として、2月28日に封切りになったばかりの映画「親鸞 人生の目的」を川崎で見てきました。当初計画していた旅行がキャンセルとなったため、急遽映画鑑賞に振り替えたものである。この映画には、前から注目していたが、親鸞研究の第一人者、高森顕徹氏によるベストセラー書籍「歎異抄をひらく」「人生の目的」を原作に、浄土真宗の宗祖・親鸞の青年時代を中心にその人間味あふれる苦悩と葛藤を描いたアニメ映画である。
まず映画のオープニングシーンで、親鸞聖人の教えのテーマソングともいわれる「恩徳讃」の曲が流れていたのが印象的であった。歌詞は「如来大悲の恩徳は、身を粉にしても報ずべし 師主知識の恩徳も、骨を砕きても謝すべし」である。
4歳で父、8歳で母を亡くした松若丸(後の親鸞)は「やがて死ぬのになぜ生きるのか」という疑問の答えを仏教に求め、わずか9歳で出家し比叡山(天台宗)に入る。出家の得度式にあたって、「明日ありと 思う心の仇桜 夜半に嵐の 吹かぬものかは」という無常の歌を詠んだ話は有名だが、映画でもしっかりと取り上げていた。この歌の意味は、「今美しく咲いている桜を、明日も見ることができるだろうと安心していると、夜半に強い風が吹いて散ってしまうかもしれない」ということで、自分も明日どうなるかわからないから式をすぐにやってほしいという趣旨である。
10年の仏道修行を経て19歳になった親鸞は修行に行き詰まり、聖徳太子廟を訪れ、夢のお告げを受けたが、廟からの帰り道に、関白・九条兼実の娘である玉日姫に出会う。修行にもかかわらず煩悩を消し去ることができず、比叡山では女人禁制だが、玉日姫のことを忘れられず、20年に及ぶ修行に絶望して比叡山を下りる。京都の町で法然上人に出会った親鸞は、「煩悩あるがままで救われる」という彼の教えによって苦悩の解決の道を知ることになる。当時僧侶は、「肉食妻帯」は認められていなかったが、彼は、法然上人の勧めに従い、それを打ち破り、肉も食べ、結婚もしたのである。
親鸞の教えが映画のそこかしこに散りばめられていたという印象である。人生は荒波の絶えぬ海に例え、難度の海で、そこに浮かんでいる丸太や板切れは、お金や財産、地位、名誉、仕事、家族、健康、趣味、生きがい等で人間はそれらを頼りに生きているともいえるが、いずれも「続かない幸せ」であり、いつひっくり返るかわからない代物である。丸太や板切れは海に浮かんでいるから、風や波に悩まされたり、運よく、それに乗ったり、掴まったりしても、くるくる回転して失ったり、裏切られたり、海水を飲んで苦しんだり、溺れかかったり、溺死したりする人もすごい数にのぼる。空と水しか見えない海で、押し寄せる苦しみの波に翻弄されながら、丸太や板切れ求めて、必死に泳いでいるのが我々である。そんな幸せではなく、「絶対の幸福」を求める必要があると親鸞は教えている。
また、親鸞の三大諍論という法然門下の380余人の法友の間での3つの論争の内、「体失・不体失往生の諍論」エピソードが紹介されていた。「行不退」か「信不退」かで論争したが、「念仏を唱えていれば往生できるという「行不退」説を本土の法友が取ったが、信心の方が重要だという「信不退」を主張したのは、法然、親鸞含め4人だけであった。他にも大悲の願船とか後生の一大事とか親鸞の教えがふんだんに出てくるので、ワクワクする思いであった。
杉良太郎が親鸞の老年期の声で声優に初挑戦していたが、それなりに説得力があった。親鸞の教えのアニメ映画化としては、「なぜ生きる 蓮如上人と吉崎炎上」「歎異抄をひらく」に続くシリーズ第3弾となるが、全てを見たことになる。また、映画のエンディングソングとして「ハナノカオリ」という曲が流れていたが、メロディも歌声も素晴らしく、心安らかになるエンディングとしてはピタリであった。歌手は、朝川ひろこさんという人で、癒しのBGM音楽となっているようである。人生を真剣に考えたい人にはお勧めしたい映画である。人生観が変わるかも。。。
映画の公式サイト: https://shinran-life-movie.jp/
エンディングソング「ハナノカオリ」: https://www.youtube.com/watch?v=dyyG8udEZUI
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