団塊の世代、約600万人の内、206万人余りが今年、新たに75歳を迎える見込みで、団塊の世代のおよそ68%が後期高齢者になるとのことで、介護保険料の見直し論議が活発になっているようである。また、2年後の2025年には団塊の世代の全員が75歳以上となり、日本の人口の2割を後期高齢者が占める見込みというから高齢化社会まっしぐらである。自分もまさに団塊の世代なので、厳しい現実が待っているものと覚悟している。
世代(generation)というのは、基本的に30年と理解していたが、実際はいろいろ多様的に使われているみたいで、日本では、最近の分類は次のようになっているようである。
概ね
団塊の世代 1947~1949年生まれ 70代
新人類世代 1956~1964年生まれ 60代
バブル世代 1965~1969年生まれ 50代
ロスジェネ世代 1970~1984年生まれ 40代
ミレニアル世代(Y世代) 1981~1996年生まれ 30~40代
Z世代 1996~2011年生まれ 20代
α世代 2012~2023年生まれ ~10代
Z世代の前にゆとり世代というのもあり、分類は固定的に一つではないようである。我が家の3世代は、団塊とロスジェネとα世代のようであるが、誰がネーミングを付けているのであろうか?日本では、団塊の世代は堺屋太一さんが付けたという話は承知しているが、今の若者を代表するZ世代や次のα世代の名付け親はどうなっているのであろうか? 調べて見たら、「Z世代」というのは、アメリカが発祥で、X世代に次ぐ世代ということでZ世代となったようである。マスコミでもよく耳にするが、Z世代の若者は、デジタルネイティブ、SNSネイティブ、スマホネイティブであるといえるが、今はその次のさらに若い世代を、ギリシャ文字の最初からとって、α世代というようである。
プレジデントオンラインの最新の記事によると外食業界では、マクドナルドが一人勝ちであるというが、そのTVコマーシャルも目を引く。最近、「選んだ道を正解にしていくしかないよ」という言葉が響くマクドナルドサムライマックのテレビCMが気に入っている。堺雅人さんと岸谷五朗さんによる会話であるが、大人の背中を押すこの言葉が印象的である。「大人を楽しむ、おいしさ」ということからか、自分で選んだ道を正解ししていくしかないよ」という言葉はなんとも重いというか、自分で選ぶ道には責任も伴うというなんとも大人の印象である。何のコマーシャルか忘れるくらい心に響いたインパクトのあるメッセージで、いつまでも脳裏に残る。
CMにあるように誰の名言かはわからないが、「正解を選ぼうと悩む」より、「選んだ道を正解にする」という考え方に同感する。どんな選択をしても、自分が選んだ道なんだから、これを自分なりに正解していく考えで物事にのぞめば、気が楽になれる。過去は変えられないが、現在と未来は変えていけるということである。「タラレバ」からの脱皮である。
我々は、日々選択の繰り返しである。受験、就職、結婚等大きなものから、毎日何を食べるかという小さな選択まで、選択の連続である。タラレバも頭をもたげることもあるが、まさに、「自分で選んだ道を正解にする」という前向きな考え方で行きたい。これは、相田みつをさんの「しあわせはいつも自分のこころがきめる」という言葉とも相通じるものがある。
サムライマックのテレビCM: https://youtu.be/_2nNf7wX6jo
ついに2022年も大晦日を迎えてしまった。大晦日には近くのお寺で1867年のパリ万博にも出展されたことがある由緒ある梵鐘で除夜の鐘を突くことが恒例だったが、コロナで2年間中止となっていたものの、今年は3年振りに復活するようである。世界的には、ロシアのウクライナ侵攻という暴挙で世界中から顰蹙を買ったが、狂乱した独裁者は反省の様子もなく、地球上からの退場が望まれる。コロナも相変わらず猛威を奮っており、収束の灯りはまだ見えていない。国内的には、安倍元首相が自因自果で凶弾に倒れたのも痛ましい出来事であった。物価も上がりっぱなし、円安、株価下落と良くないニュースの方が多かったような気がする。
個人的には、年末にコロナが我が家にも来てしまったので、例年とは大分異なる年末年始とならざるを得なくなっている。この1年を振り返ってみると、良いことと良くないことが混在した1年であったような気がする。我が家の十大ニュースも完結だが、良い方は、3年ぶリの海外旅行で子供家族の住むタイに旅行できたこと、結婚記念日旅行として、お伊勢まいりができたこと、ラジオの投稿が二度も読まれたこと等があげられるが、良くない方は、コロナ感染、足首の骨折等で、悲喜こもごもといった感じである。できれば、今年は除夜の鐘をたたき、煩悩に悩まされることなく、新年に望みをかけたいところである。
大晦日といえば、毎年思い出されるのは、1999年(50回の節目)の紅白歌合戦の奇跡的生観覧の実現、翌朝、飛行機からニューミレニアムの初日の出を拝んだこと等激動の年のことである。あれからもう23年経つのだから、年も取るわけである。今の紅白は知らない歌手も多く、全く面白くないので、他の局に浮気することになる。今年は3年連続で幸福の木(ドラセナ)に花が咲き、大晦日に特異な臭いを出し始めた。幸福の木といっても、いいことばかりではないのが現実である。一生分の運は1999年に使い尽くしたので、今は何も期待せず惰性で気楽なものである。
今年一年お世話になりました。良いお年をお迎えください。
毎週日曜の朝は、6時20分から文化放送の鎌田實×村上信夫「 日曜はがんばらない」を必ず聴いている。12月25日の放送では、「この1年を振り返って」というテーマで投稿が呼びかけられていたが、またもや気軽に投稿したものが幸運にもオンエアされるという嬉しい出来事が起こった。今年は、3年振りの海外旅行で子供家族の住むタイに旅行したことと毎年「我が家の十大ニュース」を作っていることを紹介したが、「我が家の十大ニュース」という切り口が番組スタッフの目に留まったのであろう。
事前の連絡などは勿論ないので、番組を聴いて初めて知ったが、村上信夫さんが投稿文を読みあげてくれ、鎌田先生が相槌を打ってくれたので、またもや嬉しい思いをした。家族の十大ニュースは毎年12月に1年を振り返って、家族にからむ十大ニュースを1~10位までリストしているが、それを36年も続けていることが褒められ大変恐縮した。2度目の採用だったので、前回のようにradikoのタイムフリー機能を使って、その音声をパソコンにダウンロ-ドし、YouTubeを作成した。YouTube にしておけば、いつでも知人に紹介することができるので、大変ありがたい機能である。今年二度にわたって、投稿が読み上げられ、思わぬクリスマスプレゼントとなった。
「日曜はがんばらない」放送分(約1分): https://youtu.be/oVUDINQei0s
11月12日の朝日新聞の記事で、白木みのるさんが2年前に亡くなっていたことを知った。白木みのるさんのことは、我々世代の人しか知らないかも知れないが、テレビの創成期時代、「スチャラカ社員」(1961-67)や「てなもんや三度笠」(1962-68)で一世を風靡したタレントである。身長が140㎝であったようだが、小人ということではなく、ごく普通で何の違和感もなかった。
「てなもんや三度笠」は、毎週日曜夜の18時からの30分番組でほぼ毎週必ず見ていたので、珍念役の白木さんの姿が目に焼き付いている。前田製菓の提供であったので、「あたり前田のクラッカー」のコマーシャルも忘れられない。記録によると309回も放送されたが、そのほとんどが白黒放送であったようである。主役の藤田まことさんも2010年に亡くなっているので、時代の流れをひしと感じる。
白木さんは、その後実業家としても活躍していたそうであるが、久しぶりに白木みのるさんの名前を耳にして、当時の映像を見直してみたが、本当に懐かしい思いを抱いた。
「てなもんや三度笠」主題歌: https://youtu.be/IkqOw1Rdc3k
1965年のクレージーキャッツとの共演: https://youtu.be/Y7b-bSvr3no
白木みのるさんの生涯: https://youtu.be/kFcuAGN4jMA
昨年12月に発売された「60代からはソロで生きる」という副題のついた「ちょうどいい孤独」(鎌田實著)という本を図書館で予約していたが、順番が回ってきて目を通す機会を得た。日曜朝の文化放送のラジオ番組「日曜はがんばらない」で紹介されていたもので、そのタイトルに惹かれた。
コロナ禍以降、「孤独」が一種のブームになっていて、「ぼっちキャンプ」「孤独のグルメ」「ソロ活」「ソロ立ち」といった孤独にまつわる言葉がマスコミを賑わしている。鎌田氏は、「孤独を癒す」ではなく、「孤独を楽しむ」ことを薦め、「孤独に」生きるではなく、「孤独を」生きる、即ち、「望んで得る孤独」を薦めている。著者は、「孤独」の楽しさ、素晴らしさを提案しているが、孤独のプラスを強調する高尚な「孤高」ではなく、普段は誰かとつながっていながら、「ひとりでいたいときにはひとりを楽しむ」ことができる「ちょうどいい孤独」を楽しむことを提案している。自分の人生観と符合するところが大なので、力強い後押しをしてもらった気がする。
目次を見れば、大体の趣旨が見えてくると思うので、目次を記してみる。(一部略)
第1章◎「ちょうどいいひとり時間」は人生を変える
「ソロで生きる力」を磨く時代
高齢者の三割は友達がいない
人間は「ひとりでいたい」欲求を持つ存在
「孤独力」を磨けば「孤立」は招かない
孤独には魅力がいっぱい
執着を減らして「ソロ力」を上げる
孤独の醍醐味は個人の価値に気づくこと ……
第2章◎群れない、束縛されない「ソロ活」のすすめ
「ブレない生き方」を追求する「ソロ立ち」
コロナ禍で「自分との付き合い方」を学ぶ
人生は思い通りにならない。だからこそ思い通りに生きればいい
誰にも「自分時間」を邪魔させない
人生という「ひとり芝居」がある
孤独と不安をごちゃ混ぜにするな
第3章◎さびしいという孤独感を減らして「孤独力」を上げる
孤独は本物の伝染病
人生強者の「孤独のすすめ」に騙されない
家族がいても孤独や孤立のリスクはつきまとう
結婚しても孤独感はつきまとうこともある
「ひとりでいる力」は離婚を減らす
第4章◎家族や集団の中でこそ「ソロ精神」を発揮しよう!
老いの孤独を遊ぶ
ひとり時間で人生の軌道修正
孤独は人間の本能
他人と比べなければ「さびしさ地獄」に落ちない
新しいことにチャレンジして自分を見つめる
誰かといたいときにだけ、誰かといればいいのだ
自分と向き合う技術を磨く ……
第5章◎「老いの坂」を下りるスキルをどう身につけるか
孤独をしっかり生きている。でも「励まし」は欲しい
人生の最後の最後は「個人戦」
ちょっとだけ人のために動いてみる
「誰かといるのに孤独」なのは危険がいっぱい
誰でも「孤独名人」になれる
ひとり力を鍛える健康ソロ活
いくつになっても潜在的な欲望がうごめく
「PPH(ピンピンヒラリ)」は「ソロ立ち」の基本
死の怖さから早く自由になろう
心を許せる誰かがいれば、人間は生きていける ……
第6章 略
菊谷隆太さんによる「仏教に学ぶ幸福論」というお気に入りのユーチューブ講話があるが、ほぼ毎日配信されているため、時間的にとてもすべてをフォローすることはできない状況にある。すべて為になる話ばかりであるが、8月24日に「一度きりの人生をどう生きるか~仏教の教え」という講話の中で、10枚のコインのことが触れられていて、興味が惹かれた。仏教の教えのポイントについては、下記の14分の講話を是非聴いてみてほしい。人生は選択の連続であるとか、人生は一度きりで、常に一方通行で戻れないということが印象に残る。井上陽水さんの「人生が二度あれば」という歌も頭をよぎる。歌の中に出てくる「父」の年をとっくに超えてしまったが。。。
あるフランスの哲学者によると、人間は生まれた時に10枚のコインを手にして生まれてくるが、そのコインを一体何に使うかというのは、その人その人に委ねられているという。一生で10枚を使うことになるが、自分の場合、人生のコインをどう使ってきたかを振り返ると、もうすでに10枚は使い切った感がある。年齢的にはあと1-2枚残っていてもいいところだが、全く残っていないかも。。。10枚を使い切った時、人生を振り返って、どう使ってきたか、後悔なく満足できる使い方をしてきたかを考える必要があるが、幸いにも自分の場合、答えはイエスと言える確信があると感じている。
10枚のコインの使い道
- 志望の大学に入学
- 志望の会社に入社
- 生涯スポーツとして卓球を愛好
- 結婚
- 子供の誕生
- マンションの購入
- ドイツ勤務を経験
- 陸上競技関連国際業務を経験
- 定年後カナダの大学へ留学
- 海外旅行100ヵ国達成
コインの使い道は幸運にも間違っていなかったと確信しているが、後はない感がある。版画家、相田みつをさんの「しあわせはいつもじぶんのこころがきめる」という言葉がすぐに頭に浮かぶ。大好きな言葉であるが、まさに自分の心が決めるという納得感に満ちている。石原裕次郎が歌う「わが人生に悔いなし」も実感する今日この頃である。長かろうと短かろうとわが人生悔いなしの境地である。
「仏教に学ぶ幸福論」から「一度きりの人生をどう生きるか」: https://youtu.be/Mw542Gik9gE
「人生が二度あれば」井上陽水: https://youtu.be/8nuJl6t7Jzg
「わが人生に悔いなし」石原裕次郎: https://youtu.be/YnhIDLdxzAE
区のシルバー成人式の案内状が妻に届いた。5年前に出席したが、20歳の成人式とは異なり、異様な雰囲気で人間ウォッチングとしては、最高の場である。一か所の会場に同じ年齢の人々が集まることになるので、ついつい出席者の人間ウォッチングをしたくなる。思ったより若く見える人もいれば、老けた印象の人もいる。男性は、ほとんどが白髪か禿あがった人達である。概して、女性は、間違いなく事前に美容院に行っており、着飾っていることもあって、若々しく見える印象である。20歳の時は、皆同じような印象だが、シルバーともなると個人差が大きいのに驚きを隠せない。男性は一人で来ている人も多い印象を受けたが、女性はほとんどが軍団で同窓会の雰囲気である。和服の人も少なくなく、晴れの舞台としては、うってつけともいえる。
5年前のイベントでは、落語の催しがあったり、特売品の販売もあったが、印象に残ったのは、区長挨拶の「きょういく」と「きょうよう」の話しであった。シルバー世代では、教育や教養ではなく、今日行くところがある「きょういく」と今日する用事がある「きょうよう」が大事だと言う。これは、多胡輝さんが使った言葉であるようだが、名言であり、今でも、心に留めて実践している。車椅子で参加した人もいたし、病気で出席できない人もいることを考えると、出席できただけでも、感謝すべきことであろう。区では30年前からこのイベントをやっているようで、なかなかのものである。
人間ウォッチングといえば、陸上競技のマスターズ大会を思い出す。どのスポーツにもマスターズいうか年齢別の大会あるが、陸上競技の場合、5歳毎の年齢カテゴリーで競うことになる。参加者は全員5歳ごとの年齢別カテゴリーのゼッケンを着用しているので、ゼッケンを見るだけで、その人の年齢カテゴリーがわかってしまう。つい、ゼッケンと風体・顔立ちを比較して見てしまう。年齢より若く見える人もいれば、老けて見える人もいる。女性の場合、若作りの人も多いが、ゼッケンからバレバレなので、年齢との比較をするのも楽しみの一つで、まさに、人間ウォッチングである。皆、運動をする位だから、そこそこ若々しく見えるが、ゼッケンと風貌の落差が妙に面白く感じていたのは自分だけであろうか?