ごろりんブログ

雫石鉄也のブログ

千の夢

2021年03月23日 | 本を読んだで

 岡本俊弥       自費出版

 小説を書くのに人生経験が必要だろうか。いわゆる早熟の天才というヤツで若いころから文才を発揮し早くに作家デビュー、実社会を経験せずそのまま成長して巨匠といわれる人もいる。はたまた半村良のように、さまざまな職業を経験して人生経験をたっぷり積んでから作家になる人もいる。
 かようなことを考えるに、作品に人生経験が表れることがある。この作品集はその典型だろう。著者は大学の工学部を卒業後、某大手電機メーカーに就職。研究開発部門に長年勤務していた。この作品集の各作品は、上記のような著者の人生体験がなければ生み出されてなかった作品であろう。「カイシャ」なるものと、そこに所属する「カイシャイン」が生み出す物語だ。これは著者や筆者(雫石)が長年ご厚誼を賜った故眉村卓氏の薫陶もある。
 冒頭に掲載されている表題作「千の夢」を特に興味深く読んだ。この作品では、本人たちは売れる気まんまんの新製品を開発して売り出す。ところが客観的に見てとても売れそうにない。ははあ、アレだなと思ったしだい。
実は小生、若いころコピーライターの経験がある。著者が勤務していた某大手電機メーカーのPR誌の編集を担当したことがあった。このメーカーは日本の電卓のさきがけともいえるメーカーで、電卓とその派生商品を多く発売していた。その中で「さんすう博士」という商品を発売した。小学生が算数の勉強ができるという機械だ。クライアントの商品なので広告のコピーを書いたが、「これは売れないだろうな」と思った。その通りであった。先駆的な商品をあまた生み出す先進的なメーカーであったが、そういう失敗もする。そのあたりが外国の企業の軍門に下った一因ではないか。
たぶん著者は「さんすう博士」のことが頭にあって、「千の夢」を書いたのではないだろうか。

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