ごろりんブログ

雫石鉄也のブログ

受信側転移ゲート建設

2021年03月20日 | 作品を書いたで
 目覚めは先輩たちから聞いていたほど不快ではなかった。十二年間眠っていた。夢を見ない眠りである。地球でひと晩眠ったのと変わらない。ここでのひと晩は十二年だが。
 目が覚めてもすぐに起きあがってはいけない。足もとからバーが上がってきた。頭の上まであがり、足もとまでもどる。これで身体のスキャン終わり。鼻と口に密着していたマスクが外れる。手首と足首に巻いてあった医療用端末も外れる。
「健康状態は良好です。要治療箇所はありません」
 若い女性の声が聞こえる。スピーカーがどこにあるか判らない。ごく優しく耳に聞こえてくる。
「一四〇〇から会議です」

「みんな、けっこうな目覚めだったようだな」
 議長席に座った吉崎隊長がいった。十二年ぶりに聞く、人の生の声というわけだ。十一人いる。この人数で、この星に受信側転移ゲート設置の調査をしなければならない。
 宇宙服なし。.マスク、ゴーグルといった防護装備なしで大気圏内で人間が活動可能。生命が存在する確率八五パーセント。その生命が知的生命の確率三〇パーセント。この星に関してこれだけのことは判っている。
 会議は短時間で終わった。この星に到着して、十一人の先遣隊全員が初めて顔をあわせた。それぞれの担当業務の確認と、今後の大まかなスケジュールを確認して会議は終わった。
 私は先遣隊の資材担当者として、明日からの本格的な稼働に備えなければならない。とりあえず、地上走行車のチェックだ。三台のうちの二台を使う。明日は八人が建設予定地の下見に行く。
 各種測定機器、測量用機器、八人分の食料も用意しなくてはならない。
 船から、地上走行車で三時間走る。草原に着く。そこがこの星の受信側転移ゲート建設予定地だ。
 地球から五光年は日帰り圏となった。今は六光年に範囲を拡大すべく、受信側転移ゲートを各所に設置しているところだ。転移ゲートの設置が完了すれば地球からは、瞬間移動で目的地まで移動できる。しかし、新設の転移ゲートを設置するには、転移はまだできないから、旧来の亜光速恒星船で目的地まで移動しなければならない。とうぜん人員は冷凍睡眠で恒星間旅行をする。
 少人数の先遣隊が建設予定の星に先乗りする。その星の地質、気象など自然環境などを調査する。そして最も重要なことは、その星の生命体に関する調査である。今回、この星には生命体が存在することは確認されている。
 問題は、それがどういう生命体であるかだ。知性があるかないか。知性があれば文明を築いているか。彼らとコミュニケーションは可能か。彼らはわれわれ地球人にどういう感情をいだくであろうか。そして、これが一番のキモなのだが、ようするに彼らは、転移ゲート設置に反対するか賛成するか。と、いうことだ。
 船の横腹が開いた。開口部から金属の板が出てきて地面に接触する。斜めの板に乗って地上走行車が二台出てきた。この二台に六人と二人で分乗する。
 私と私の部下の宮本の二人が乗る二号車は運搬車だ。計測機器、工具治具、それに八人分の食料を積んでいる。建設予定地に一ヶ月滞在する予定だ。
 船を出発して二時間。遠景に頭が平たい低い山。茶色い砂が延々続く。それ以外何もない風景だ。いくら走っても同じ風景だから移動しているようには思えないが、各計測器に表示される数字は、確実に目的地に近づいていることを示している。
 先を走っている一号車がスピードを落とす。
「休憩する」
 一号車の吉崎が連絡してきた。二台の走行車を並べて停めた。八人全員、車外に出る。 空気が薄い。少し息苦しい。地球であれば3千メートルの高地といったところか。
「高木、みんなにコーヒーを淹れてくれ」 マグカップを八つ並べてコーヒーの粉を入れる。コンロに火をつける。なかなか着火しない。酸素が薄いのだ。
 三〇分ほど休んで出発した。それからの風景も同じである。茶色い砂が延々と続く。少しも移動した気にならない。山も丘も見えない。ゆるいカーブを描く地平線が見えるだけ。
 砂漠である。船は砂漠の真ん中に着陸したわけだ。目的地の近くに着陸すれば良いが、目的地は知的生命がいる可能性がある。彼ら(彼女ら?)を刺激したくない。
 受信側転移ゲート建設に際して、最も気をかけなければならないことは、現地の生命体との関係だ。
 その生命体が知性にあるないに関わらず、危害を加えてはいけない。その生息環境は変化させてはならない。
 知的生命体が存在するのならば、なんとか意思疎通を試み、受信側転移ゲート建設の意図を伝える。こちらの意図が判って、了承してくれるのなら、それにこしたことはない。もし彼らが受信側転移ゲート建設に異をとなえれば、彼らの承諾を得るまで説明説得を行う。どうしても承諾されなければ、最悪、別の建設地を再設定しなくてはならない。
 ナビゲーションのカーソルがポイントゼロを指した。目的地に到着した。
 遥か遠景にが山ある。それ以外はずっと地平線まで平原が広がっている。
 人間の背丈より高い木はない。ところどころに低い木が見える。地面は小石まじりの砂地とコケのような植物がまばらに生えている。 
 ここに一ヶ月間滞在する。その一ヶ月で、地質、気象、生態などのこの地の基礎的なデータを収集する。それをいったん船に持ち帰り、記録分析する。
 その基礎的なデータを元に十一人で会議して、ここに受信側転移ゲートを建設すべきかどうか結論を出す。本来なら地球の本省にデータを送って、指示をあおぐべきだが、タキオン通信でやりとりしても往復二十四年かかる。
 可否会議の結果を、少し遅れて地球を出発したゲート建設隊本隊に連絡する。可なら一年以内に本隊が到着。受信側転移ゲートを建設する。否なら本隊はその場所で待機。われわれ先遣隊は次の候補地に向かう。
「では基本的には、この惑星ホトヤマの候補地点Aで受信側転移ゲート建設の方向で進む」吉崎がいった。続けて、最も重要な指示を出す。
「では、ゲート建設を前提として今後は行動する。で、一番大きな問題だが、知的生命体の存在を確認することだ」
 候補地点Aには生命は存在する。植物は豊富にある。地球のバクテリアに似た微生物も多種多様確認された。
 この惑星は、地球に似た大変に豊富な生命が棲息する星だということだ。大型の動物はまだ確認されていない。しかし、こういう環境だと、大型の動物が存在するのは、まず、間違いないだろう。
「それでは一ヶ月後に」
 私は宮本を残して船に戻る。
 地上走行車の運転席に座る。船まで私が運転する。地質学者のカーターと気象学者の若月が同乗する。この三人は、船に残る三人と交代する。

 今日は完全フリーの日である。船の留守を預かる私たち三人は日没までの時間を自由に使うことができる。適当な時間に調査隊と連絡を取ることだけが仕事で、あとはまったくの自由時間。
 起床。やはり船での睡眠は快適だ。調査地点現地のテントは狭くて寒い。
 カーターと若月はまだねている。まだまだ起きそうにない。
「おはようございます。こちら異常なしです」「はい。了解しました」
 三人のうち最初に目を覚ました者が連絡業務を行うことになっている。たいてい私が行う。一日の三回連絡をするが、昼と夕方はまだ寝ている二人が行う。
 コーヒーを沸かす。三人分だ。今日は船から少し離れて探検に行こうと思う。確か、ここから数キロの所に小さな湖があるはずだ。 三人分のコーヒーが沸いた。ちょうど二人は目を覚まして起きてきた。
「おはよう。コーヒー淹れたよ」
 三人でコーヒーとトーストの朝食を食べる。この三人であと七日この船の番をするわけだ。
「オレ、スピーダーを使うけど」
 一人乗りのスピーダーは五台有る。うち三台は、候補地調査隊が持って行った。残る二台のうち一台は故障中。私が使えば二人はスピーダーを使えない。べつだん用はないと思うが、いちおう断っておく。
「いいよ」
「どこへ行くのか知らないけど、気をつけて行けよ」
 船から二〇分も飛ぶと、その湖に着いた。林の中にきれいな水をたたえた湖がある。向こう岸の遠景に低い山が見える。
 スピーダーをとめて湖畔に立つ。美しい。たいへんに美しい。ここが地球を遙かに離れた異星とは思えない。地球にもこんな風景はあまり残っていないだろう。数世紀前の地球の風景がこんな所で見られるとは思わなかった。
 足もとには背の低い草が生えている。ところどころに、私より背の高い植物がある。
 湖水に足をつける。ひんやりとして気持ちがいい。水温は摂氏一〇度ぐらいだろう。少し汲んで容器に入れる。持ち帰って詳しく分析しよう。
 湖面を見る。非常に透明度が高い水で、湖底までよく見える。水草が繁茂している。
 不思議だ。動くモノといえばゆらゆらしている水草だけで、泳いでいるモノは見えない。 そういえばこの星に着陸して以来、動物は見たことはない。植物は豊富にある。植物に意志はあるのか。もしあるとすれば意志疎通を図る必要がある。 
 この星は地球そっくりの星だ。大気の組成はほとんど同じ。楽に呼吸ができる。気温は今いる地点で摂氏二〇度前後。植物が豊富に存在し、今のところ危険な生物は確認されていない。
 この星にワープ航路の受信側ゲートを設置する予定である。受信側ゲートが完成すれば、送信側のゲートの建設も計画されている。この星は中継地点となるわけだ。
 これだけの環境の星だ。リゾート地として売り出してもいいのではないか。
 私がいま座っているのは湖岸から少し離れたところだが、私と湖岸までのあいだに、少し気になる植物が生えている。
 高さは私の腰ぐらい。細長いひょろひょろとした棒状の植物だ。先端はぷくっりと膨らんでいて穴が開いている。柔らかい棒の先端に楕円形のラグビーボールがくっついたモノのようだ。それが群生していて、ゆらゆらと揺れている。
 近くに寄って観察する。先端の穴から空気を吸い込んでいるらしく、わずかに空気の流れを感じる。
 植物に見えるが動物の可能性もある。そいつが湖岸のかなり広範囲に生えている。動物だとしても知性があるようには見えない。採集して船に持ち帰り分析したいところだが、もし知的生命体であったら、生命を奪うことになる。それは絶対に避けたい。とりあえず動画を撮影する。
 明日、調査隊から三人が帰ってくる。その三人と入れ替わりに、私たちが現地に行く。現地でさらに三〇日ほどの調査をして、受信側転移ゲート建設の、その地点の可否の結論を出す。

 住居は軽金属で組み立てた仮設のハウスだ。入り口で吉崎が待っていた。
「ごくろうさん。また一ヶ月つきあってくれ」
「はい。隊長、あと一ヶ月でケリつけるんですね」
「そうだ」
「あれから何か判りましたか」
「うん、おかしな岩があるんだ。あす見に行く。きみも同行してくれ」
 その岩は円筒形で、先が少し細くなっている。直径は十メートル、高さは二十メートルほど。キャンプから七キロ。なにもない砂漠の真ん中にとつぜん立っている。
「確かにおかしな岩ですね。風もあまり吹かない、水も流れないこんな場所で。浸食でできたのではないでしょうね」
「おかしなのは形だけではない」
「なんですか」
「見ていれば判る」
 小一時間ほど経った。とつぜん岩の先から液体が噴出した。粘性の高い液体のようだ。ドロドロと岩肌を伝って流れ落ち、円筒形の岩のまわりの地面をうめた。真っ黒でコールタールのようだ。
「マグマですか」
「マグマではないだろう。温度は摂氏五〇度前後だ」
「なんですか」
「わからん。昨日サンプルを採取して分析中だ」
 流れ出た真っ黒い液体は、円筒岩の周辺にたまる。粘性が強いから遠くまで流れない。黒いドーナツ状の固形物として岩を取り囲んでいる。それは金属ではなく有機化合物のようだ。 
「分析の結果が出た。ある種の有機物だ」
「なんですか」
「食べ終わってからいう」
 夕食が終わった。吉崎が口を開いた。
「うんこだ」
「は」
「うんこ!」
「そうだ。だから食事前にはいえなかった」
 分析の結果、生物の排泄物ということが判った。
「動物ですか」
「だと、思われる」
 状況が大ききく変化した。この星には動物が存在する。そいつと意思の疎通が可能ならば、そいつの意思を確認するする必要がある。そいつが、ここに受信側転移ゲート設置を嫌がるのならば、計画を考えなおさなければならない。まず、その動物がどこにいるかを探らなければならない。
「あの円筒形の岩が排泄口ならば、口がどこかにあるはずだ。口と排泄口があれば消化器官もなければならない」
 私は、湖のほとりのあの植物を思い出した。
「船の近くに小さな湖がありますね」
「うん、あるな」
「あそこに奇妙な植物があるんです」
 船へ戻った。倉庫に入る。Eの棚の二段目。確か医療用のマイクロ発信器があるはずだ。ナノサイズの発信器で血管内に注射して追跡して血流を調べるためのモノだ。まだ使用していない。在庫は充分にある。一パック取り出す。棚のディスプレイの在庫数が一つ減って表示される。
「いまから発信器のパックを開ける」
 無線機で円筒岩にいる生物学者のオラフにいった。
「よし。受信機のスイッチをいれた」
 その棒状の植物の風上に立ってパックを開けた。発信器と同時に、目視用に薄く色をつけた煙も流す。そのエノキダケかチンアナゴかという不思議な生き物は、前回に来た時と同じようにゆらゆら揺れている。
 煙が、その細い棒の先端に向かって流れた。すうっと先端から吸い込んだ。マイクロ発信器もいっしょに吸い込んだということだ。
「いま、発信器を吸い込んだ」
 三〇分たった。
「オラフ、反応はあるか」
「ない」
 ここが「生き物」の「口」で、あの円筒岩が排泄口であるなら、途中に消化器系があるはずだ。と、いうことは「身体」があり、そして「頭脳」もどこかにあるだろう。
「生き物」ならば、「知性」を持っている可能性がある。そうであるなら、なんらかの形で意志の疎通を図らねばならない。
 この星に受信側転移ゲートを造る。そうなれば多くの地球人がここへ来る。他の星への移動の中継点となるだろう。あるいは、これだけの環境の星ならば、ここに定住する人も多いだろう。この星の原住民にとって、少なからぬ影響を受けることは考えられる。
 転移ゲート網建設計画で最も大切なことは、現地の生命体に影響を及ぼさないこと。現地の環境を可能な限り損なわないこと。転移ゲート建設の最優先の条件である。
「こちらオラフ。反応があった」
 これで、こちらのチンアナゴと円筒岩がつながっていることが判った。口と排泄口の確認はできた。この二カ所の距離は二五〇キロ。この体長をもつ「なに」かが地面の下にいるわけだ。モノを摂取して排泄する。こいつは動物である。こいつの意思を確認する必要がある。消化器の存在は確認した。こいつは動物だ。動物なら「脳」があるはずだ。
 二五〇キロの長さを持つ動物。われわれが知っている限りでは、そんな長大な動物はいない。口が有り、肛門がある。だとすれば途中に栄養を摂取する器官があり、その栄養を全身に巡らせる循環器があって心臓があるはずだ。そしてそれらを司る脳がどこかにある。
「この動物とのコミュケーションをとろう」
 吉崎がいった。
 生き物とコミュニケーションをとろうとすれば、こちらからなんらかの手段で情報を発信しなければならない。
 どういう手段、というか、音、光、いかなる媒体でもって情報を伝達するかだ。
 また、こちらから情報を発信して、相手がそれを受信し、こちらの意思を理解したとして、それをどういう形で返信してくるかだ。
 
「震度計は」
「感度ありました。ごく微弱です」
「よし、そのまま計測しろ」
 四分経った。
「感度は」
「ありません」
 さらに五分。
「感度あり」
 そこにいた者全員が拍手した。ハグしあっている。
 この地に人工物を造る。OKなら二度、NOなら一度反応してくれ。そういうサインを送っていた。 
 一年後、受信側転移ゲート建設の本隊がこの星に到着する。