Dr. Mori Without Borders / Mori-san Sans Frontieres

森 一仁が医学・国際政治経済金融・人文教養教育など関心問題を国際的・学際的に考える。

失語症・時間・神秘体験② ~時間はヨコ向き~

2007-06-29 05:11:06 | 基礎生命医科学:基礎医学・生物科学
前回は「ウェルニッケ失語症」について話した。ここで気になる事がある。ちょっと引用してみよう。「左の側頭葉障害による失語症を示した例で時間のfactorを考慮して、ゆっくりしゃべると理解力が高まる例があり、失語症での時間のfactorが議論になっている。」失語症と時間との関係、これが語源的に興味深いのである。

以前論じた事であるが、ウェルニッケ野の場所は厳密に定まっていないものの、脳の「側頭葉」であることだけは間違いがなさそうである。一般向けに記しておくと、脳は領野といって52の領域に区分されている。これは細胞や細胞によって作られている組織の「かたち」を顕微鏡で調べておこなわれたとされている。ブロードマンという地道で根気強い人間の努力があって、わたしたちは現在この領野の地図を利用することができるのだ。

なかでもウェルニッケという人は言語に関する脳の中枢に名前が付けられているのであるが、このウェルニッケが指摘した言語中枢が問題となっていたのである。諸説紛々あるのだが、厳密にはウェルニッケ野は未だに定まっていないからである。脳の側頭葉といってこめかみの奥辺りに広がっている部分にあることは分かっているだけなのだ。これは脳神経外科学でも神経内科学でもきちんとした書籍ほど明快に記載している。「この辺りですよ。」とだけ。

さてこの側頭葉は英語で「TEMPORAL LOBE」と言う。医学用語・医学英語ではTEMPORALとは時間的なことがらを表現する時に使われる。空間的なことがらを表現するのにSPATIALと言うのに対して時間的なことがらをTEMPORALとも言うのである。

するとおかしな符号が浮かび上がる。側頭葉と言うことばの葉に相当するのが「LOBE」であるのだが、「TEMPORAL」と言う言葉がすでに含まれている。「失語症での時間のfactor」についての理解が深まったのは最近であろう。もともと側頭葉は時間の経過と何か関係がある事を先人達は知っていたのか?それともタテとヨコと言う表象としての言語の深層には、時間・空間表現を隠喩する何かがもともとあったのであろうか?

ヨコと時間。確かに時間論を考える時に、時間は流れとして考えられる。そして物理学でも数学でも時間を横軸に表記する。過去は左側に、未来は右側に記載される。歴史学の絵巻物をみてもみなそうだ。歴史年表の多くは左から右へと「ヨコ」に記載されている。タテに表現する場合には、ヨコとのつながりを意識してのことが多い。読書もお経も巻物もヨコである。

ウェブサイトぐらいがタテのスクロールで時間を意識する。もっとも長すぎるタテスクロールは好まれないから、ページ変更をしながら読むスタイルが一般的であるように思う。これとて、左右の矢印のついた「戻る・進む」ボタンで時間がヨコ向きに表現されていることになる。

脳の側頭葉「TEMPORAL LOBE」は「時間葉」であるのかも知れない。

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