【特別対談】若田部昌澄vs高橋洋一(前篇)
いま日本は増税を選択すべきか経済成長こそが問題解決の近道日本とギリシャは状況が全く違う
いまユーロはギリシャ問題を解決できずに、経済危機的な様相を呈しており、アメリカでも景気再後退の懸念が強まっている。そういう状況下で、野田政権がまず震災の復興財源として、増税を決定した。さらに、社会保障の財源として、消費税の引き上げをどうするかついても、本格的な議論が始まる。今回は、経済成長重視派の二人の論客に、この増税路線が経済政策として、妥当なものであるどうかについて、語り合ってもらった。第1回目ではなぜ済成長が必要なのか、日本の財政状況は、果たしてギリシャと同じように、危機的な状況にあるのかどうかについて検証する。(撮影/宇佐見利明)
経済成長がなければ
いま抱えている課題の解決は難しい
――最初に、大変基本的なことですが、なぜ経済成長が必要かについて、お二人の意見を聞かせてください。世界的にみれば、日本はもう十分豊かなので、経済成長は必要ない、定常的な社会を前提にして、課題の解決に取り組むべきだという、根強い意見があります。
若田部 経済成長が必要ないという主張は、本当に考えられない話です。まず日本は十分に豊かになっているというけれども、実際にはいま日本は貧しくなっている。貧困層も増えている。というのは、やはり名目GDP(国内総生産)が停滞しているからです。名目GDPは簡単にいうと1年間の国民が得る給料や配当などの合計額。それが停滞しているのだから、貧困層が増えていてもおかしくない。
もう少し具体的に経済成長をしないと何が問題なのかというと、まず『オークンの法則』という経験則がある。アーサー・オークンはかなり前に亡くなった、 アメリカの新進気鋭の経済学者で、この法則は実質経済成長率と失業率の間の相関関係をとってみると、経済成長率が高いほうが、失業率が低いというものです。
これは非常に頑強に成り立っている経験則です。だから、それでいくと日本のように経済成長率が下がると、それによって失業率が高まり、所得が減って、貧しくなるというのが、一つ目の問題ですね。
名目成長率についていうと、それが上がらないと、例えば日本のように財政が破綻するような方向にいかざるを得ない。財政の状況は、基本的には政府の債務残高を名目GDPで割ったもので計るので、分母であるGDPが増えないと改善しにくい。社会保障サービスなども、基本的にきちんと政府に税や社会保障の保険料が入ってきて、成り立つものなので、GDPという原資が増えないところでは、社会保障サービスを維持しようとしても難しいですね。
さらに、最近、根強くある意見としては、原発事故の影響もあって、経済成長のために原発が必要なら、経済成長は必要ないと、成長そのものを否定するようなものもある。ただ、これは誤解で、もちろん経済活動のためにはエネルギーが必要だけれども、経済成長と原発は、具体的には何も因果関係ない。
同様に、地球温暖化問題で、経済成長を追いかけると、温暖化ガスであるCO2がいっぱい出て大変だという人もいます。これも、本当にCO2を削減するためには、技術革新が必要です。経済成長と技術革新は深く関係しているので、経済成長と環境問題というのも密接に関連している。
最後に指摘しておきたいことは、経済成長はもういらないと言っている人たちは、お金持ちからおカネをぶんどってくれば、みなが豊かになるというふうに考えているように見えるのですが、逆にいうと、それは政治に期待し過ぎており、富の分配問題はそのようなことでは解決できないと思います。はっきり言えば、社会の対立が激化するだけで、そこで一番割を食うのは弱者です。この点は強調しておきたい。
高橋 全部言われちゃって(笑)。いろんな社会の問題があるとき――当たり前だけれども、経済全体のパイが大きくなったほうが、物事の解決は楽だということです。パイが大きくならないときに、何かをやるというのは、極めて大変。
高橋 若田部さんに付け加えるとすれば、例えば、経済とは直接には関係ない国際関係にしても、実は日本は経済力をとったら何も残らない。経済力がないと、国際関係ではいろいろな面でひずみが出しまって、本当に一番まずい場合は、戦争みたいなことにもなりかねない。
経済力があれば、喧嘩はおカネで解決できることもある。いまのような状態では、おカネで解決しようとしても、なかなかそれができないでしょう。例えば、北方領土の問題は、おカネで解決できる可能性があった。ロシアの方から見ても、自分の領土の端っこだから、おカネで解決しようと思うかもしれない。
若田部 北方領土がいちばん返ってくる可能性があったのは、ロシアがやっぱり経済的にメタメタだったときですね。あの時は非常に可能性があった。今はもう無理だと思いますが……。
高橋 日本は外交力が云々されるけれども、やはり外交にとっても経済力というというものは、ものすごい大きな力。はっきり言って経済力というものは暴力ではないから、なんだかんだいっても、暴力を行使するよりはいい。私はそう思っている。おカネは人を傷つけません。これはプリンストン大で習ったことです。
財務省は税収の弾性値を
低く見積もり過ぎている
高橋 財政再建の話だけでいっても、みんなが各国の財政再建の事例を研究したハーバード大学のアルベルト・アレシナを持ちだして、財政再建がうまくいのは歳出カットが7割で、増税が3割だとか、自分の主張に都合のよい部分だけを使っている。しかし、アレシナの研究の本当の根っこの部分には、財政再建に一番、影響力があるのは経済成長だというのがある。それを前提としつつ、その中で歳出カットと増税のどっちがいいのかという議論なんですね。
逆に、経済成長しなくなると、何をするにも本当に苦しくなる、だから、経済成長を高めて財政再建しようというのは、けっこう簡単です。はっきり言えば、放っておいてもなんとかなってしまう。
若田部 経済成長でGDPが増えて、税率は同じでも税が増収になるからですね。
高橋 そう。増収でなんとかなる。日本でいえば、簡単な計算をすると、5%強の名目成長すると、実はプライマリー収支(※)はゼロになる。だから、歳出を少しカットするとすれば、名目成長率が4%程度で財政再建は達成できる。こんなに簡単な話は、めったにない。しかし、経済成長しなかったら、何をやってもほとんど効果がない。
若田部 与謝野(馨・前経済財政担当大臣)さんが、菅政権の最後のころにいくつか報告書を出しましたね。その際に、景気が回復してきたら、増税に踏み切るべきだというような話があった。その時に、内閣府の人が民主党の議員さんたちのところに来て、レクチャーがあったということなんですが、ある議員さんが「じゃあ、デフレのもとでも増税をしてもいいんですか。成功例はあるのですか」と聞いたら、「いや、そんな例はありません。というのは、戦後、デフレに陥った先進国はこれまでないから」と。(笑)。
高橋 デフレに陥ったときに、増税を考える必要はない。経済がノーマルになってからでないと、増税は考えられない話です。
若田部 戦前であれば大恐慌など、デフレのさなかに増税やって失敗した例がいくらでもある。
高橋 財務省は増税が好きなんですね、確かに。なぜかと言われたら、職業病としかいいようがないくらいです。役所の中では、増税を実現したやつが偉いとか、評価が高くなるから、仕方がない。
でも、本当に増税しようと思ったら、一番、簡単な戦略は、すごいインフレにして、経済が過熱してしまうので、「冷や水かけろ」ということで増税することです。ただ、経済がピンピンに元気になると、税の自然増収ががっと増えて、増税そのものの必要がなくなってしまう。とすると、財務省にとっては、大変になっちゃうわけ。
(※)プライマリーバランス(収支) =政府の歳出(支出)から債務の償還・利払い費を除いたものと、歳入(収入)から国債発行などによる収入を除いたものの収支。これが黒字なら債務は減り、赤字なら債務は増える。
高橋 過去15年間の税収弾性値(名目GDPが1%伸びたら、税収は何%伸びるかを示す数字)は、税制改正による増減税を無視すると、平均で4。財務省はいつも1.1という低めの数字で計算している。財務省の連中は、みんな本当は税収弾性値がこれより高いことを知っている。なぜなら、成長率が高まると実は法人税収がすごく増える、赤字から黒字になって、税金を納めるようになる企業が増えるから。それをみんな知っているのだけれど、黙っているんですよ。
IMFもOECDも
国際機関のポストを押さえる財務省
若田部 なるほどね。ただ、国際的な機関、例えばIMFの対日審査報告でも、財政再建のために「増税はやはり必要だ」という意見は強いですね。あれもやはり、財務省からのインプットが効いているということなんですか。
高橋 だってIMFには専務理事と理事がいて、その下にスタッフがいて、対日審査は実質的にほとんど財務省の出身者で仕切っている。だから、対日審査報告書自体は、実質的にほぼ日本人が書いているといってもいい。IMFにとっても変なことを言って空振りするくらいだったら、その国の人に書かせたほうが無難でしょ。日本はIMFにかなり出資しているし、おカネもかなり出しているから、IMFはけっこう日本の言うことを聞かないといけない。
一方、OECD(経済協力開発機構)は、お金の関係がIMFに比べると薄いから、どちらかというと自由なんですよね。特にこれまでは、日本人のトップである事務次長に外務省出身の人がついているので、現地スタッフにやらせているから、ときどき財務省から見るととんでもない、国際的にみれば、普通の意見が出てきちゃう。
若田部 しかし、今度は財務省の玉木林太郎財務官が、OECDの事務次長になりましたね。
高橋 財務省はIMFの副専務理事のポストもちゃんと押さえているし、ラインもしっかりある。今度は、OECDのポストを押さえたので、たぶんIMFと似たような報告書が出ると思いますよ。
ユーロ、アメリカ、日本は
問題の本質が異なる
――国際的な話が出たのでお伺いしたいんですが、ユーロの財政危機や米国の政府債務上限問題などが起こった結果、景気対策よりもいまは財政再建に焦点が当たっています。ギリシャみたいになりたくなかったら、日本も早く財政再建に取り組まねばならないという主張については、どう考えますか。
若田部 やはりイメージ操作が、すごいと思いますね。ユーロ、アメリカ、日本に共通しているテーマは、経済危機へどう対応するかということだけれども、三者は全然状況が違う。まずユーロの場合、ギリシャは過去何回もデフォルト(債務不履行)を起こしている「札付き」のデフォルト国なので、あの国がユーロ圏に入ったということ自体が、まずは間違いです。
次に、共通通貨ユーロという仕組みが、各国の金融政策の自律性がなくなるような、言ってみれば、現代版金本位制ということです。それは1930年代の大恐慌の時に、経済危機がやってきたにもかかわらず、各国が金本位制の維持にこだわったがゆえに、対応するのは財政政策一本しかなかったというのに似ている。
金本位制では金と自国通貨の交換レートが決められていたので、大不況が来たのに思い切って金融を緩和できなかった。緩和するためにマネーを沢山刷ると、金に対する自国通貨の価値がさがってしまうから、金との兌換が維持できなくなる。金本位制のもとでは金融政策の自律性がなかったのです。
ユーロで起こっていることは、ユーロという共通通貨圏となったために各国の金融政策の自由がなくなったことです。このため対応を財政に頼らざるをえないが、財政がもともとひどく傷んでいるというか、でたらめだったギリシャがまずダメになり、それにつられてあそこも危ない、ここも危ないと類推が広がっていくというストーリーですね。だから、それはユーロが抱えている構造的といえば、構造的な問題としか言いようがない。
アメリカの場合は、リーマンショック以降の今回の経済危機は、経済の各部門が多くの不良債権を抱えて傷んでいる、いわゆるバランスシート・リセッションなので、回復に時間がかかる。それに対応するには、財政と金融政策の両方をやるしかないのだけれども、いまは回復の踊り場みたいな感じになっているという段階で、政治問題化しているということでしょうね。
若田部 だから、アメリカの場合は、全く対応できないということではないが、ティーパーティーとそれにつられた共和党右派の政治的な人たちが、財政赤字を政治化している。その意味では、アメリカはまだまだ財政危機を云々する段階には至っていないと思います。
高橋 ギリシャというは、過去200年の歴史をみると、デフォルト確率50%の国ですからね。だから、確率からいえば、ギリシャは2年に一度デフォルトしているので、最近10年間デフォルトがなかったということの方が、奇跡的なんですよ。
デフォルトしなかった確たる理由はなくて、恐らくユーロに入れてオリンピックで景気がよかったから。そういうのは、ドイツ人から見たら腹立たしくて仕方ない。ドイツなどの国々は真面目なので、国民は「なんで自分たちの税金で、あんな国を助けなきゃいけないのか」と思う。
企業でいえば、ギリシャはほとんど「粉飾決算」でユーロに入学させてもらった。これはまずい。粉飾して入った「不正入学」なんだから、1回退学してもらうというのが当たり前なんだけれども、それがユーロの政治的なメンツでできないだけでしょう。
経済学的な視点では対応はけっこう簡単。マンデルのいう最適通貨圏(ユーロ経済との連動性と経済構造の柔軟性)の条件をどう計算しても、ギリシャは満たしていない。で、はっきりいえばギリシャは1回退学。退学させると世界はものすごい経済危機になるというのだけれども、退学させないほうがもっと大変になるし、また問題になる。
若田部 経済学的にすっきりとした対策はそれしかないでしょうね。
高橋 一度、退学して旧自国通貨であるドラクマを発行する、そうするとドラクマはものすごい通貨安になる。結果的には、ドラクマが安くなるのでギリシャ国債を持っていた人は、結局、実質的な債権カット、ギリシャから見れば債務カットになるというのが、自然です。
例えば、1ユーロ・1ドラクマで始まったとすると、すぐに1ユーロ2ドラクマになる。おカネを貸している債権者から見れば、ドラクマの価値が2分の1になったわけで、実質的にユーロ建て50%の債権カットしたのと同じになります。一方、ドラクマはすごく安くなるから、それで国際競争力が回復して、経済も回復に向かう。こうした経済原理の基本に反して、人為的に何とかユーロを維持しようするから、すごく大変なんですね。
若田部 ギリシャはそれでいいかもしれないが、ギリシャ国債を沢山持っているドイツやフランスの銀行は、大きな損失をこうむりますよね。
高橋 いずれにせよ、ギリシャのデフォルトは不可避です。ユーロのままデフォルトで債務をカットされるか、ユーロ離脱でドラクマが下がってユーロ建て価値が目減りするかで、どっちでも同じです。はっきりいってその前に、ECB(欧州中央銀行)が、損失負担に耐えられるよう、金融機関に自己資本の充実を指導しなかったところに、大きな問題がある。
日本の国債も危ないというのは
大いなる誤解に基づいている
――日本政府の債務残高は、今年度末でGDPの約200%になるといわれており、先進国中で最悪の状態。ギリシャは対岸の火事ではなく、日本が財政危機に陥るまでには、それほど時間的な余裕はないという根強い議論がありますが……。
高橋 日本ではギリシャ国債と同じように日本国債も危ないと、よく言われるが、これほどの誤解はありません。私はいつもCDS(※)で説明しているのですが、ギリシャ国債のCDSのレートのは50%を超えています。
言わば保険料に当たるスワップレートが、50%を超えているということは、2年間、保険料を払うと元本と同じか、それを超えてしまう。つまり、マーケットは2年分は保険料を払わないよ、1年以内にはギリシャはデフォルトになると予想しているわけです。
(※)CDS(クレジット・デフォルト・スワップ)=債務者がデフォルトした時の損失をカバーするための保険に似た取引のこと。スワップレートがCDSの言わば保険料に当たり、倒産確率が高いと見込まれるほど、レートは高くなる。
高橋 これに対して、日本のレートは1.1%程度。イギリスはおおよそ0.9%でしょう。フランスは1.7%、イタリアが4.2%くらいだから、マーケットはG7の中では、フランスとかイタリアのほうが、日本よりまだ危ないとみている。ポルトガルみたいな国は、10%を超えているけれども、これはデフォルトの確率が10年に一度ということだから、これくらいの期間があれば、いろんな対策が打てる。
アメリカも格下げがあったけれども、CDSのレートは依然として世界一低い。0.5%くらいですから、デフォルトする確率は200年に1度。200年といえば、アメリカの国家財政は、つぶれないとみているのと同じです(レートは10月12日現在)。
だから、いまアメリカで財政再建が注目されているのは、経済的な合理性の問題ではなくて、要するに、民主党政権を攻撃したいという政治的な意図ですね。そういう、ポリティカルな話とエコノミックな話は、分けて考えないといけない。
若田部 しかし、長期金利にしてもCDSのレートにしても、急に跳ね上がることもあり得ますよね。
高橋 あり得ます。あるけれども、例えばアメリカなら0.5%が、上昇したとしてもせいぜい1%以内ですよ。それで、その間にいろいろと対応策も打てる。日本の、特に財政再建至上論者は、財政再建にすぐ取り組まないと長期金利上がって、逆に成長を阻害するというけれども、たまに金利が上がったり下がったりするのは当たり前のことです。
若田部 財務省の方は、長期金利が上がると、税収の増加より、国債など負債の利払い費の方が増えて、財政赤字は縮小しないと言っています。
高橋 いや、あれも財務省の方便です。確かに、最初1~3年は利払いの方が大きくなる可能性はある。ただ、国債は長期の固定金利なので、市場の金利が上がっても、利払いの金利は急激には上がらない。
しかも、財務省は税収弾性値1.1で計算するから最初1~3年は利払いの方が大きくなるけれども、弾性値を4くらいで計算したら、あっという間に税収の方が大きくなる。百歩譲って、1.1で計算したところで、3年目以降の利払いの増加と税収の増加を比べると、税収のほうが大きくなります。
高橋 結局、彼らは自分たちの半径1~2メートルの財政の世界でしか、物事を見ていないから、財政赤字は増税で埋めるということになる。いま経済全体が失業を抱え低成長を続けている中で、増税したらどうなるのか、減収になる可能性が高いのがわからない。むしろ成長率を高めれば増収になるのに、どのような効果が出るのか経済全体を見ていないからわからない。
若田部 しかし、彼らにいわせれば、現状では高い名目成長率を前提にすることはできないから、低い名目成長率という「慎重なシナリオ」で考えるべきだと……。
高橋 デフレでなく物価を少しインフレートすれば、名目成長率は上げることができますよね。でも、財務省や日銀 も、デフレでなく少し物価をインフレートするということを、国民に考えさせないようにしているでしょ?
若田部 結局、物価をインフレートしないという点では、財務省と日銀の共犯関係になっている。ということは、や はりインフレーションを起こすことができるのか、それによって名目成長率が上げることができるのかという問題に行き着きますね。(続く)