(今日は31日分です)
5月1日(火)
約束した立ち退き期限まであと1ヶ月。 間に合わないかも・・・(弱気)
バイト(新宿)。今日と今度の土曜日は臨時に9時間。
地元のスーパーで、お赤飯と小さな梅酒のパックを買った。あとは疲労回復に良いというメカジキ。59年と366日目の夜はこんな感じで終わった。
連休前の予報よりも明日はかなり天気は悪そうだ。
5月2日(水)
数日前には今日の天気が大きく崩れるとは言っていなかったので非常に残念である。雨で今日の予定は大幅に変更せざるを得ないようだが(即行こうと思っていた年金関係で、区役所とか年金事務所とかは中止・・・)、その分家で少し余分に寝たし、いくらか休養になったので、これも良しとするか。
ネットで部屋探し。
夕方5時、出発。
梅ケ丘駅から小田急線に乗り、千代田線の根津駅、雨の中少し歩くが谷中墓地へ。
「お陰様で今日還暦を迎えることができました」 自分が4才の時に亡くなった母に報告。
根津駅に戻り、改札口の駅員さんに訊いた。
「ここから六本木に行くには、日比谷で乗り換えた方が良いですか? それとも霞ヶ関で乗り換えた方が良いですか?」
「ここ(改札口の目の前の車両)で乗って、六本木で前の方なら霞ヶ関、後ろの方なら日比谷が良いです」
「六本木は後ろの方なので、ということは日比谷ですね。どうも有難うございます」
スラスラと答えてくれた駅員さん、すご~い!
DOKKEN六本木以降、たま~に六本木に来ることはあってもチャリなので、地下鉄の駅を利用するのは何年振りだろうか。(5年振り?) 六本木駅の改札口前ってちょっと迷いやすいような気がする。ほんの一瞬、あれ?どっちだっけ?状態。
今日の集合場所は、DOKKENが六本木にあった時期に、夏木マリさんがプロデュースして六本木にオープンした某うどん屋。超特大の器が有名。今は押すな押すなの人気店だが、開店した当初は比較的空いた時間帯もあったので、10回ほど来たことがある。
なぜ集合場所をここにしたかというと、自分はメタラーだから夏木さんには元々特に興味があったわけではないが、ある時偶然に夏木さんと自分とが生年月日が同じということを知ったため。
つまり夏木さんも今日で「ろくまる」。
皆で飲んだり食べたり喋ったりで楽しく過ごしたけど、最後の〆はやはりうどん。うどんの玉は1~3玉まで0.5玉きざみで注文できる。他の人が1玉~1.5玉で注文したのに、何故か自分は2玉・・・
今日は雨の中、Yさん、Kさん、N美さん、Eさん、どうも有難うございました。とても楽しい還暦誕生日の思い出ができました。
夜中、NHKでたまたまAKB48の内の何人かが出演していて、それぞれ楽器を手にしてバンド形式で演奏している映像が流れた。 実はさっきの集まりでもAKBは学芸会のノリという話が出たばかり。
自分は楽器は弾けないし、歌も下手だから、人のことをとやかく言う資格はないかもしれないし、彼女たちはそれなりに頑張って努力もしたんだろうけど、それにしてもやっぱり学芸会のレベルだなあ・・・
韓国のグループの方が一本筋が通っている気がする。
5月3日(木・憲法記念日)
昼前に起きたが、夜中から今に至るまでずっとザンザン降り。
3時からスーパーのバイト。
特になし。
5月4日(金・みどりの日)
結局5月の2日から今日までみっちり雨。 5月に入ってからの部屋探しはネットでのみ。立ち退きまであまり時間がないのに、4日が過ぎた。
夕方からスーパーのバイト。
焦っていて不安な気持ちだが、他には特になし。
5月5日(土・こどもの日)
そういえば「こどもの日」は正式には「こども」? 「子供」? それとも「子ども」? 「子供」かな・・・
暖かい。
バイト(新宿)、今日も臨時に9時間。
夜、チャリで帰る時も全然寒くない。有り難い。
5月6日(日)
夕方から雷かもしれないという。
今日は久し振りに外で部屋探し。代々木の不動産屋へ。1軒、ちょっと気になる部屋あり。帰り道に寄って、建物の外から様子を見てきた。
完全に気に入ったわけではないが、完全にダメだという程度でもない。明日にでも中を見せてもらおうかな・・・ 迷うな・・・ 立ち退き期限のこともあるしな・・・
家に帰ると、筑波では風雨でかなりの被害らしい。帰宅直後の午後3時過ぎ、世田谷の方も雷とともにザザーっとやってきた。外で遭遇しなくて良かった。どうやら雹(ひょう)も降っているようだ。カラカラと屋根が音を立てている。 が、雷
雨は家にいたほんの少しの間だけ。直ぐに収まった。
あまり時間がないがブログを少しやろうかなと思ったら、前回やったブログのまだ未公開の下書きが、保存されていなかった。かなりガッカリ・・・ やる気失くした・・・
スーパーのバイト。
世間で言うところのゴールデンウィークはこうして終わった。
5月7日(月)
代々木の不動産屋から電話あり。昨日自分が外から見た若林5丁目の物件の中身を、今日自分一人だけで見に行くことになった。
チャリで10分は掛かってないと思う、現地に着いて不動産屋に電話をし、鍵の隠し場所と暗証番号を教えてもらう。部屋の中は合格点の80点にはちょっと足りない。75点。
でもタイムリミットは迫っているし、ここを保留にしたまま他を探していたら、その間にここが無くなっちゃうかもしれないし、そもそもここの管理会社の審査が受かるかどうかも分らない。
不動産屋に電話して、書類を作ってもらい管理会社に申し込んでもらうことにした。60才だと審査も厳しいだろうな・・・
一応申し込みはしてもらうことにしたが、より良い部屋探しは諦めることはない。2軒の不動産屋に寄る。
スーパーのバイト。
ユーロがまたジリジリと安くなっているようだ。分かってはいたことだが・・・
5月8日(火)
申し込んだ部屋の審査のため、区役所に証明書を貰いに行く。
実家に行くときは、そのために仕事の休みを取って夕方から夜にかけて尋ねるのだが、ここのところあまり休んでもいられない日が続く。今日は1時に顔を出して、昼ご飯をご馳走になった。「部屋の方は昨日1軒申し込んだところ・・・」 両親もタイムリミットを気にしている。
バイト(新宿)、4時間。
5月9日(水)
新宿へ行く前に代々木の不動産屋に寄り、必要な証明書を提出。
バイト(新宿)、9時間。
5月10日(木)
今日は雷もあるかもとのこと。早く出掛けることにしよう。
誕生日当日に早速行こうと思っていて、雨のために中止した年金事務所での年金受け取り手続き、その後も連休だとか引越しのことだとかで延び延びになっていたが。今日は行ってこよう。
ただし今日は提出書類の確認のみ。
帰り、区役所で住民票を貰う。それと都営住宅の申込書も貰った。今までは都営住宅の申込書は青山の東京都の住宅供給公社まで行って貰ってきていたが、区役所にも置いてあって良かった。
急にゴロゴロときて雨。時間的余裕がないのでレインコートで完全武装し、急いで戻ってきた。
3時からスーパーのバイト。
5月11日(金)
代々木の不動産屋に行って、ちょっと打ち合わせ。年収を若干だがつじつまが合う程度の範囲内で引き上げた。
住民票を持って年金事務所に寄り、受給の手続き。
60才になると、①厚生年金の特別支給分(皆が60才になる頃には貰えなくなっているはず。60才から貰えるのは今年度中に60才になる人が最後で、その後は徐々に年令が繰り下がっていき、最終的には65才にならないと厚生年金は貰えない))と、②国民年金の老齢基礎年金(本来は65才からだが、手続きをすれば、減額されるが60才で貰えなくもない)が貰える。
国民年金については60才で貰うかどうかずっと迷っていたが、なるべく65才までは貰わないで働こうと思う。
不動産屋から電話あり。どうやら管理会社の審査にパスしたようで、来週の月曜日には契約とあいなった。
今回の物件は75点で、合格点の80点にはもう一息だったが、それでも自分としてはそれなりに頑張ったつもりだ。タイムリミットも近いし、ここら辺で手を打とう。
保証人を引き受けてくれた息子にも連絡をした。
5月12日(土)
代々木の不動産屋に寄って仲介手数料を払ってきた。
バイト(新宿)、4時間。
今日はいつもより早めに寝た。しかもいつもは柱に寄りかかったままいつの間にか寝ちゃって、3~4時間経ってからようやく横になってうずくまるというパターンなのだが、今日は最初から横になって寝た。非常に稀なことである。
5月13日(日)
朝7時起き。
自分が昔から関わっている某国際援助団体の会員の中の有志が集まって作っている東京の会が、渋谷区のスポーツセンターで行われるバザーに出店するというので、開始時間前の手伝いをしようと思ってやってきたが・・・
駐車場はもぬけの殻・・・ 何か変だなあ・・・ 1週間間違えた・・・ 来週だ・・・ 早起きして損した・・・
まだ8時、家に帰るしかない。帰ってまたウトウト。
ブログを少々。 実に久し振りだ。忙しかったし、やり出すとすぐ寝ちゃうし、挙句の果ては上書き保存忘れで萎えちゃうし・・・
スーパーのバイト。
録画しておいた「平清盛」と「イ・サン」を観てから早目に寝る。
5月14日(月)
区役所で住民票。(またですか?)
三軒茶屋の三菱銀行で、新しい部屋の管理会社への振込をしようと思ったのだが・・・
部屋の仲介をしてくれた代々木の不動産屋からメールしてもらっていた振込先は、
東京UFJ銀行 渋谷支店 普通□□□□ 振込先(管理会社名)
であった。銀行は多分三菱のことかな? 金額は? 金額がない・・・
いい加減だなあ・・・ 再メールをもらった。(ここまでのメールの話は昨日の話)
再メールで確認しておいたのに振込出来ない。
管理会社に直接電話。結果は、
三菱~銀行 渋谷支店 普通△△△△ 振込先 金額
この他に損害保険料¥15000の振込先として
三菱~銀行 世田谷支店 普通□□□□ 振込先 ¥15000
何だよ、損害保険料を今日振込むようにとは仲介不動産屋からは聞いてないよ。
しかも支店と口座番号がゴッチャになっている。 ということは¥15000のことも仲介不動産屋へは話が行っていたのは明らか。
こんないい加減なところでずっと部屋を探していたのか・・・
そもそも今回の物件は自分で探しだしたものだ。でも今まで色々とやってもらっていたからという理由で、代々木の不動産屋に話を持っていって仲介を頼んだ。部屋の内見だって自分一人でやった。
今まで世話になったし、まあ、良いか・・・
三軒茶屋の三菱銀行で振込を2つ済ませてから、部屋の契約のためすぐ近くにある管理会社へ。実はここはかなりの大手でしっかりしたところ。社員もしっかりしていて信頼できそう。従って契約までの説明も法令に則りかなり丁寧だ。
説明も1時間余り経って、「設備の概要」の説明に入った。 その時、「あの、ケーブルテレビは入れますよね?」と確認すると・・・
今回の部屋探し、いくつか絶対条件があって、その一つがケーブルテレビが既に入っているか、さもなくばケーブルに入っていいと大家さんが許可してくれるところというのがあった。だから、勿論代々木の不動産屋にはそれを確認してもらってから話を前に進めたのだが、どこでどう間違ったか知らないが、管理会社としては大家さんの許可はとってないという。
従って、今日の契約に関わる諸説明と契約は一旦中止というか保留というか・・・ 管理会社を通じて大家さんの返事待ちとなった。もっとも、大家さんの許可は勿論必要だが、そもそもケーブルを部屋まで引っ張ってくるのが技術的に可能かどうかを先ず調べなくてはならない。
管理会社の方で全部やってくれるとはいえ、結構大変な作業になりそうだ・・・ もし上手くいかなかったら・・・ タイムリミット・・・
家に帰って、ウトウトしたあとブログ少々。
スーパーのバイト。寝不足気味の日が多く何となく疲れている。小さなミスがチョコチョコ。
5月15日(火)
ブログをやろうと思ったが、起きた直後から既に体がついていかない・・・
天気に不安があるがチャリで出掛ける。
バイト(新宿)、4時間。
沖縄本土復帰40年。そうかもう40年ですか。あれは自分が大学に入学してすぐの時だ。
色々と伝わってくる事からすると、沖縄の人たちの苦悩は40年経ってもほとんど何も解決してないように思える。
EU。 ギリシアの議会選挙で緊縮政策反対派が勢力を伸ばし、連立政権が出来ずゴタゴタしている。 フランスの大統領選挙ではやはり緊縮反対・積極財政を掲げる大統領が誕生した。
ということで、EUの混乱はまだまだ続きそうで、つまりは日本を含む全世界は相変わらずタイトロープの上で安定した将来を見い出せずにいる。
ちなみに、自分は常々消費税率は16%(国税)と言い続けている。まあ、消費税だけでなく、所得税や法人税など他にも色々あるので、消費税率引き上げだけで全てを解決させてしまうというのは確かに乱暴かもしれない。ただ、今の社会保障と税の一体改革における消費税率10%(国・地方合計)では、現在の日本が抱える財政問題を解決することはとても出来ない。
このまま財政問題を放置しておけば、早晩、日本発の信用不安が起こることは必至である。
EU諸国やアメリカなどよりもかなり多い対GNP比200%にものぼる借金を抱える日本が、何故信用不安を引き起こさないかの理由として、日本では国債の引き受けの殆どが国内であり海外の割合が低いということ、そしてまだ消費税率を引き上げる余地が残っていること、などが挙げられているようだ。 (実際IMFなどは毎年のように日本に消費税率の引き上げを提案している)
だが例えば今日本の貿易収支は赤字基調となりつつある。いずれ経常収支も赤となるようだと日本の国債の格付けは一気に下がることも有り得る。そうなれば一瞬の内に日本の安全神話が崩れるなんていうシミュレーションだって十分考えられる。
今、野田が泥を一身に被って‘一体改革’を行おうとしている。自分に言わせれば、自公は自分たちが悪役になるリスクを最小限にして、しかも言いたいことを言っている。そういう意味では野田は可哀そうだとも言える。
もし近い将来‘一体改革’が成案に至ったとしても、まだまだその先(財政改革)がある。今の‘一体改革’などは‘ほんの些細なこと’にしか過ぎない。
この先泥を被る勇気のあるのは、誰だ?
5月16日(水)
朝、母から電話。「部屋の方、どうなっているのよ」 「いや・・・、それがケーブルテレビのことでちょっと引っかかっちゃって・・・」 母からすれば恐らくケーブルテレビなんてどうでもいいことだろう。 「審査自体は通っているし、お金も全部払っているから、今月中には引越できるから、大丈夫だから」
大丈夫、 ・・・だと思う・・・
バイト(新宿)、9時間。
5月17日(木)
2月の医療費の戻りの請求書郵送。 4000円ほどだが貰っておこう。
都営住宅空家募集の申込書郵送。
空家募集、東京都全体では年に何千戸か空き室が出てるようだが、申し込みはアパートごとの申し込みで(かつ複数のアパートは申し込めない)、都心のアパートだと募集個数が1~2戸というのも少なくない。募集がないアパートもある。
だが中には近所の2~3のアパートを一緒にしてひとつのグループとして募集する場合もあり、また大規模なアパートもあるので、募集が5~6戸とか20戸などというのが無くもない。ただ当然ながら応募は増える。
そして都営住宅というと一般的には築40年とか50年とかいうのが多い。
今まで8年近く10回以上は申し込んできたと思うが、「老婆」のこと、それに募集戸数の多さからずっと新宿区の戸山ハイツを申し込んできた。
今回は同じ新宿区内でも、募集戸数は戸山ハイツの3分の1くらいだが、築10年くらいの'新築(?)’アパートを申し込んでみることにした。こちらも恐らくかなりの人気で、倍率は相当高いと思われるが、どうせ当たらないのならどこを申し込んでも同じだ・・・
あっ、それと今回から高齢者(60才以上)ということで番号は7つ貰える。それでも倍率100倍は下らないと思う。1年に2回の募集として100倍なら確率的には50年の内に1回当たる計算だ。
折角番号を7つ貰っても、当たらないだろう・・・
ブログ少々。ウトウト。
3時からスーパーのバイト。最近の疲れがたまっている感じ。
お客様がレジに持ってくるカツオのたたきが美味しそう。しかも半額シール。この半額シールが貼られると割りと短時間で売り切れてしまう。レジがちょっと暇になった瞬間、30秒ほど'職場放棄’して自分用に一つ確保してきた。今夜はカツオだ。
仕事が終わり店内で買い物をしていたら、メバチマグロの刺身が美味しそう。しかも半額。何故か‘半額’には弱い。何故か買わないと損した気分になる。さっきカツオを確保しておいたが、明日の朝用にメバチマグロも買っちゃえ。両方で350円だし・・・
夜中、1時間ほど雷雨。
5月18日(金)
朝9時過ぎ、部屋の管理会社から電話あり。業者に来てもらって調べた結果ケーブルテレビを入れることは可能とのこと。大家さんもOK。保留にしていた賃貸契約のため三軒茶屋の管理会社へ。やっと契約終了した。肩の荷がおりた感じだ。
ホッ。
何本か電話。勿論実家にも。
今、指輪が売れているのだとか。5月21日の金環日蝕の日にプロポーズをする男性が多いのではないかということのようだ。 今回の金環蝕は何年振りだったか忘れたが、毎年のようにあれば指輪の売上がもっと増える。内需拡大につながるし、結婚する人が増えれば、子供が生まれる。少子化対策にもなる。経済的波及効果も更に増える。
金環蝕をもっと増やせ!・・・ ・・・
そうだ! 思い出した。過去に何回かあったアメリカ・カナダの大停電。その時には出生率が上がったとかどうとか・・・ ほとんど有効な対策がなされない中で少子化対策として最も有効なのは停電だ!
スーパーのバイト。
5月19日(土)
何本か電話。(電話・電気とか)
バイト(新宿)、4時間。
5月20日(日)
先週の日曜日に1週間間違えてしまった渋谷スポーツセンターでのバザーに行ってきた。が、途中かなり急いでいたので無理して道路の段差を乗り越えようとしたら、チャリのフラットタイヤをやってしまった。いけないのは分かっているが、他に交通手段のないところなので、やむを得ず、ぺちゃんこのタイヤのままコトコト音を立てながらスポーツセンターに辿り着いた。既に何人か来ていてバザーの準備を丁度始めるところであった。
バザー開始前の準備をしたあと、歩いて近所の自転車屋を探してみた。スポセンのすぐ近くには10年ほど住んでいたので大体の土地勘はある。日曜だが1軒やっているところがあった。
バザー準備用の買い物もしてグル~っと近所を歩いて廻ってスポセンに戻ってきたのだが、歩くのってチャリに乗るときとは使う筋肉を違うのか、とに角疲れた。早起きのせいもあるのかもしれない。
しばらくしてチャリを持っていったが、すぐには出来ないというのでチャリは預けてまた歩いて戻ってきた。疲労が増す・・・
再々度、バザー会場。1時過ぎ皆に挨拶をして会場を離れる。チャリを受け取ってから三軒茶屋へ。ちょっと細かいことで管理会社に寄ったのだが・・・
こちらから頼んだ事ではないのだが、管理会社がケーブルテレビの導入を大家さんに推めた結果、マンション全体でケーブルテレビが見られるように工事をすることになったらしい。こちらとしては面倒が半分で済むし、何よりも工事費用が要らなくなった。非常に有り難い。
クタクタになって家に戻ってきた。
スーパーのバイト。眠い。今日は格段に眠い。休憩時間中のテレビのニュースで、大相撲の優勝はモンゴル出身の旭天鵬だったらしい。もう何10場所もない日本人の優勝か、それとも長年の苦労の末の旭天鵬の初優勝か。日本人じゃなかったのは残念だが、それでも旭天鵬の涙には思わずこちらももらい涙。心から祝福したい。
「日食メガネ、ありますか?」 「申し訳ありません・・・」 (自分だけでも何人かに訊かれた)
家では録画しておいた「平清盛」(劇中、オーケストラ ヴァージョンの「タルカス」掛かる)と「イ・サン」を観るも最後まで持たず・・・
5月21日(月)
金環日蝕。目が覚めたが特に興味なし。それよりもっと寝ていたい。
「老婆」の入管関係の手続きもそろそろ。区役所にちょっと行ったが引越しが済んだあとの方が良さそうだ。
今まで住んでいたところは、井の頭線の東松原と小田急線の梅ケ丘のほぼ真ん中。今度の新居は小田急線の南側で梅ケ丘が最寄駅ではあるが、距離的にはむしろ東急世田谷線の若林の方が近い。若林駅を利用することは今のところあまり多いとは思えないが、若林駅の周辺やマンションまでの道とかをチャリでじっくり廻ってみた。
ちょっと気が早かったかな・・・
実は引越しが決まる前から、5月27日(日曜日)は空けておいて欲しいと息子には頼んでいた。が、よく考えてみたら、お金はたっぷりと用意をしているのだが、車のこともあるし、荷物の多さのこともあるし、手伝いの人のこともあるし、結構面倒である。業者を頼んだ方が総合的には面倒が無いような気がしてきた。
ネットで、引越し代金見積り無料紹介というのを開いてみた。どこからどこへ引っ越して、荷物はどんなのがあって・・・ そんなことを入力したら、ある引越し業者から電話が掛かってきた。
相手と話しながら荷物を色々と確認している最中、電話の子機を片手で持って部屋一杯の荷物の山の中を調べていたら、足が滑って荷物の中に倒れ込んでしまった。と同時に何故か電話も切れてしまった。なかなか這い上がれないでしばらくもがいていたが、何とか脱出して電話を待っていたら電話あり。
「あっ、どうも。さっきは済みません」 「えっ?」 最初とは違う業者からの電話であった。どこでも良いや。最初の業者には申し訳ないが、取りあえずこっちの話を聞いてみよう。
大雑把には訊かれたが、荷物についてあまり細々としたことは訊かれなかったし、引越し予算として5万を予定していたがそれよりもある程度低かったし、荷物が多すぎて2往復することになっても、その金額でOK、追加料金は貰わないと言うし、たとえ少しくらい高くても後で多少の融通が利くかもしれないと思ったので、さっさと決めてしまった。
スーパーのバイト。
5月22日(火)
まだ引越しの荷造り等準備はほとんどしていないが、ほんの少しだけゴミを出した。あまり露骨に大量に出すと持っていってくれないという話も聞いたことがあるので、少しだけ。
PCにはその後色んな引越し業者から見積りが来ていた。電話も2~3あって、昨日決めた業者の金額よりも1~2万も安いのがいくつかあったが、全然後悔していない。ちゃんと仕事をしてくれたらそれで良い。
バイト(新宿)、4時間。
いよいよ今日、スカイツリーが開業した。
昭和33年(1958年)、日本一高い建造物、日本電波塔、通称東京タワーが完成した。東京タワーが完成してからどのくらい経ってからかは覚えてないが、そんなに時間が経ってない頃、小学1年生になるかならないかの頃に、父に連れられて東京タワーに登った記憶がある。
それから30年ほど経ってから‘デート’で再び東京タワーに行ったことがあった。当時、勤めていた会社は社員10人ほどの小さな会社であったが、近所のある雀荘の場代は会社が持ってくれていた。(その頃はサラリーマンといえば麻雀は必須科目に近いものがあった)
その雀荘のママ(70代)が会社の社長に会いにやって来た。養女にしたい中国人がいるが、今のままでは養女には出来るが日本に住むことは出来ないので、何とか会社の社員にしてくれないかという。社長から、「おい、増田、何とかしろ」ということで、台湾と取引を予定しているので中国人が必要というような書類を作ったが、外国人に対してはなんせ今より圧倒的に厳しい時代、入管の審査はあっさり却下されてしまったようだ。
そこでママが目をつけてお鉢が回ってきたのが、この自分。自分は当時既に離婚していてフリー。日本人の配偶者がいるならば入管も在留許可を与えざるを得ないらしい。そこでママからその中国人に会ってくれと頼まれた。あわよくば自分とその中国人とをくっつけちゃおうということだ。あまり気が進まなかったが、取りあえず会ってデートで行ったところが東京タワーだったということである。
その後その女性がどうなったかは知らないが、東京タワーに登ったのは自分の人生ではこの2回である。
さてそんな思い出のある東京タワーだが、開業して高さ日本一となった後、日本一でなくなったり、また日本一に復帰したり・・・ そして東京タワーはまたも日本一の座を降り、今回はその座をスカイツリーに譲ることとなった。
恐らく東京タワーが今後日本一に復帰することはないだろうが、このレトロな昭和の匂いのする建造物はこのまま出来るだけ長く生き残って欲しい。
スカイツリーが日本一の座を明け渡すのはいつであろう。
5月23日(水)
バイト(新宿)、9時間。
特に無し。
5月24日(木)
ユーロ安。対円100円を割った。まあ、予想範囲内。
大阪の橋下の入れ墨調査に関するニュース。自分にもタトゥーがあるので引っ掛かるところがある。
橋下は「入れ墨をやりたいのなら、個性を全面的に表現できるような民間企業に行けばよい。ファッションだから許せという見解には全くくみしない」
更に入れ墨を申告した職員に対しては、「原則は消してもらう。昔に色々な事情で入れ墨をし、やり直そうと思っている人は別」とし、従わない場合は‘免職’の可能性もあるとのこと。
ファッションのどこが悪いの? 腕にケロケロケロッピのタトゥーを入れたことのどこが悪いの? 何故消さなきゃならないの? なぜクビにならなきゃならないの?
ファッションが悪いのなら、みんな丸刈りで人民服でも着ればいい。装飾品も一切無し。
橋下の考えの根本は「入れ墨=悪・反社会的」という考えに基づいているとしか思えない。人間を型にはめようという間違った考えに基づいている。
タトゥーはファッション。橋下はファッショ(独裁的)。
2020年のオリンピックに立候補している5都市が書類選考で3都市に絞られたという。残ったのは東京、イスタンブール、マドリッド。 イスタンブールにしてあげたらどうかなと個人的には思う。
3時からスーパーのバイト。
帰宅。相変わらず引越しの準備やってない状態。なのにブログなんかやっている。
5月25日(金)
昼、臨時ニュースのテロップが流れた。朱鷺(トキ)が巣立ったという。朱鷺ってそんなにまで重大ニュースかな? そうか、何ていったって「ニッポニア ニッポン」だからな。
今日テレビで、こまどり姉妹の話題が出た。(本人たちは出演してないが)
皆さんはこまどり姉妹をご存知でしょうか? 自分が小学校低学年の頃から活躍している双子の民謡出身系演歌歌手である。つい最近、お姉さんだか妹さんだか亡くなられた双子姉妹のデュオ、ザ ピーナッツとは恐らく同じ頃のデビューじゃないかな。いうなれば「演歌版ザ ピーナッツ」である。
もう70才は超えていると思われるが、そのこまどり姉妹、現在でも現役で活動しているらしい。あまり歌謡番組とかにも出ないし、若い人はあまり知らないかなと思っていたら、数年前にドキュメンタリー映画が公開されて以来、何故か若い人にも人気があるらしい。彼女達の歌だけじゃなくて、彼女たちの過酷とも思えるドラクロワ(ドラマティックな苦労話し)が感動を呼んでいるらしい。若い人から見て2人は「かっこいい」のだそうだ。
こまどり姉妹の映画を観た人によると、やはり数年前に公開されたアンヴィルのドキュメンタリー映画はどちらかと言えばコメディ・・・ かどうかは知らない。(両方とも観た人なんていないだろうな、恐らく。 でも自分は機会があればこまどり姉妹のドキュも観て、‘日本人唯一’の両方とも観た人間になりたい)
ブログ更新。(ブログなんかやっている場合じゃないだろ。明後日、引越しだぞ!) 一区切り付けた。
スーパーのバイト。
相変わらず引越しの準備何もしていない。
5月26日(土)
雑誌や缶カラを外に出した。
昼、三軒茶屋の管理会社に新居の鍵を貰いに行った。新しい部屋の天井には照明器具がついていない。前に住んでいた人の私的所有物だったようだ。明日、引っ越ししたあと日が暮れたら、真っ暗になっちゃうということだ。三茶の声優ストアーで・・・ そのセイユウじゃない・・・ 取りあえずLEDの電気スタンドを購入。(¥4980)
スタンドを新しい部屋に置いてから、一旦アパートに帰宅。
バイト(新宿)、4時間。
帰宅。食事して、ブログ用の下書きをノートに書いて・・・ 11時を過ぎた。さて、そろそろ引越しの準備を始めるかな・・・ 引越しの業者が来るのは明日の朝9時。間に合うかな・・・ 徹夜になるかなあ・・・ 少しやったけどすぐに疲れてきた・・・
2時半、限界だ・・・ 一眠りして残りは朝だ・・・ 目覚ましをかけて6時に起きるつもりが、気が付いたら7時半だ・・・ 引越し屋さん、なるべく遅く来て頂戴・・・
9時ピッタリに来た・・・ 正直言ってこちらは荷物をダンボール箱に入れる作業がまだ終わってない・・・
2人の作業員は実に手際よくダンボール箱をトラックに積んでいって、部屋の中はDVDを入れた紙袋を中心に、ダンボール10箱分くらいの荷物が残った。
「最初のお約束により、持っていくのはダンボール箱に入った荷物だけなので、あとは持っていけません」
それはどう考えても困る。紙袋に入っていれば何とか大丈夫だと思っていたのだが・・・
こちらでやるにしても、ロードレース タイプのチャリではリュックに入れて運ぶにはあまりにも荷物の残り数が多過ぎる。息子に頼むにしても(車)、30日の夜までお互いの都合が付く日は無さそうだし・・・ 困った・・・
「いろいろな業者さんから電話やメールが来て、正直言ってオタクはかなり高い金額だったけど、もし荷物の量が多くて1回で運びきれなくて2往復になったとしても追加料金は一切貰わないということだったので、お願いすることにしたんですよ。こっちもダンボールに入れてなくて申し訳なかったけど、何とか紙袋のまま持っていってもらえたら助かるんだけど・・・」
言ってみるもんだ。 黙ってトラックから予備のダンボール箱を持ってきて、紙袋など残った荷物をどんどんダンボールに詰めてくれて、トラックに乗せてくれた。有難いと思ったと同時に、多少高い見積でも万が一の時には多少の無理・融通がきくだろうという思惑が当って、内心まんざらでもなかった。
11時、リュックで持っていける多少の物を除いて全てトラックに積み込んだ。いよいよ新居に向け出発。こちらはチャリで大急ぎで多分5~6分、先に着いた。トラック、なかなか来ない。20分くらい経ったかな、やっと来た。もしかしたら途中で一服してたのかもしれない。今日はちょっと動くと結構暑いからな。
どんどん荷物を運び入れる。昨日までの部屋と同様、寝る場所が辛うじて確保出来たくらい、新居の方も荷物で埋まった。荷物の量は基本的には前とほとんど変わってないので、まあ、当たり前といえば当たり前だが・・・
引越し屋を見送りに道路に下りた時、向かい側の家から物凄い怒鳴り声で夫婦喧嘩。
「いや、分かってない。あれだけ言ったのに、お前は何も分かってない」 赤ん坊はワンワン泣いているし・・・ とんでもないところに引っ越してきたか?
業者さんに、あの、これ、ほんの少しですけど昼食の足しにして下さい、と言って若干のものを2人分手渡した。それこそ普通の2倍くらいの代金を払ったかもしれないくらいではあったが、予定外、予算外の箱詰めをやってくれたお礼だ。気は心、先方も喜んでくれた。
12時、昨日買っておいたお弁当を前のアパートに置いてきてしまったのに気がついた。チャリで取りに行く。
その時改めてアパートの部屋を見回すと・・・ いや~、荷物は99.9%無くなったが、それにしてもまだいろいろなゴミが散乱している。いくら取り壊すとはいえ、明け渡しの日までにある程度は片付けておかないと・・・
新居で弁当を食べる。
そうだ、新居の案内を。
今度のところは、3階建ての2階、いわゆるワンルームタイプの、いわゆるマンション。部屋の広さは5~6畳で、ベランダが2つ。住所は世田谷区の若林5丁目で、道路の向かいは梅丘3丁目だ。小田急線の梅ケ丘駅から徒歩12分くらいかな。東急世田谷線も利用できる。世田谷区役所の北側5~6分のところで国士舘大学も近い。
弁当を食べつつ、荷物の山を眺めつつ、思った。 前のアパートに引越ししたのが5年あまり前、それから一度も引越し荷物を片付けたことはない。しかも途中でDOKKEN BARが閉店して、その荷物も全部持ち込んだ。 それら全てを今度はこの新しい部屋に持ち込んだ。 一体いつになったら片付くのか・・・ というより片付くことはないかもなあ・・・
引越しの時には付き物、あれはどこに入れたっけなあ・・・
母から電話。「どう?」 「うん、昼くらいに終わった」
頼んでいた東京ガスが来た。これで今夜のシャワーはOK。
いつも通りスーパーのバイト。行きたくないけど・・・(普通だったら仕事休んでもおかしくないだろ) 今まではスーパーまで徒歩4分。今日からはチャリで10分くらいかな。 当然のことながら眠い。今までで一番眠い。もう時間が経つのが遅いのなんのって・・・
シャワーカーテンやトイレカバーなど買って帰る。照明はないが、昨日、電気スタンドを買っておいたので、何とか。
「あなた! 食事にしますか? それともお風呂?」 「うーん、風呂にするか」
・・・という会話はないが、先ずシャワー。そうしないと食事中、いや、下手すると食事前に寝ちゃうこと必至。
いや~、それにしても今まで随分長い間ネットカフェなどのシャワーを利用してきたが、実に久し振りの自宅シャワーで、考え深いものがある。その分家賃も上がって心配だが・・・
録画しておいた「平清盛」と「イ・サン」を観ながら食事。
細い隙間に確保した寝るためのスペースで、これも何年ぶりだろう、ちゃんと足を伸ばして横になれる。「イ・サン」を観ていたが、当然最後まで観終えることはなかった・・・
こうして新居第1日目は終了した。
5月28日(月)
朝7時40分起床。昨日引っ越したばかりだが、今日は「老婆」と一緒に色々とやらなければならない事がある。
9時、世田谷区役所。色々引越しに関わる手続き。ほんとに色々あったので2時間ほど。
昼、品川の入管。こちらの方は逆に思ったより早く終わったがそれでも2時間余り。
渋谷に戻ってきた時、空は黒い雲に覆われて、とてもヤバイ雰囲気。
東急の新玉川線に乗り、三軒茶屋で東急世田谷線に乗り換え。この乗り換えの時若干(2~3分)歩く。物凄い雷雨でしたね。1年間の内でも滅多にない土砂降りだ。乗り換えの時には雨に濡れることはないのだが、この豪雨じゃ、世田谷線に乗って若林駅に着いても、家まで歩いて帰るのが難しいくらいの大雨だ。
世田谷線に乗ろうと思ったら切符売り場がない・・・ キョロキョロしていたら電車が発車してしまった。 世田谷線は全線均一料金(190円)なんですね。世田谷線に乗ったことが無いわけじゃないけど、もう大昔のことだったので忘れてました。チャッチイ改札口に料金箱が置いてあるだけ。それにしても190円は高いと思う。というか、そもそも同じ東急電鉄なのに、世田谷線だけ料金が別というのは、何かおかしい気がする。渋谷から同じ東急で4駅しか乗らないのに、340円(だったかな?)はやはり高いと思わざるを得ない。
などと思っている間に、あれだけ物凄かった雷雨が大分おさまってきた。2駅乗って若林駅に着いた時には雨はすっかり止んでいたので、ホッとした。
ほんのちょっとだけ家に戻り、チャリでスーパーのバイト。眠い。
5月29日(火)
今日も昨日に引き続きかなり早起き。前のアパートの片付け&ゴミ出し。
床に散らかっている紙くずを45リットルのゴミ袋に詰めたのが3袋。それと寝袋をクルクルと巻いたのが一つ。
懐かしいですね。この寝袋は、六本木DOKKENが‘自宅’になっていた時期に使っていたものだ。
取りあえずこれらはいつゴミ収集車が来てもいいように、先にゴミ収集場所に出しておいた。
9時、4袋目を詰めている時にゴミ収集車が来てしまった。大急ぎでゴミを全部詰めて、作業員さんに「お願いしま~す」
やれやれ、何とか間に合った・・・
・・・と思ったら、台所にゴミ袋が一つ残っていた。隣の収集場所まで走っていって、「済みませ~ん、これもお願いしま~す」
今度こそ、やれやれ。
とはいえ、まだ本が10冊くらいと、ビンや缶カラが多少残っている。(更に若干の荷物も) これらは別の日に新居に持っていくしかない。
ちなみに、白状すると、もう既にスーパー横の回収所には持っていったのだが、部屋のあちこちに転がっていた何年分かの空のペットボトルが、全部で150本ぐらいはあったかな・・・
ほんの少しして、NTTの職員。ひかり用のルーターの回収に来てくれた。
郵便局で転居届だか、転送届だかを出す。
紙袋一つ分の荷物を持って、新居の方に戻ってきた。
今日のように引越し前の家で色々とやり残したことをする場合は、引っ越し先が近かったというのは結果的に良かったと思う。
まだ新居の方の片付けは何もやってない。というか出来ない。あれはどこに入れたっけ・・・
区役所に行って、昨日入管で不備だった証明書をもらう。
今日は引越し後初新宿。通勤は5分くらい余分に時間が掛かったかな。
バイト(新宿)、4時間。タイムカードの打刻忘れ。1年振りにやってしまった。連日の無理が原因かな・・・
原宿の100万円均一。 諸雑貨。
今日も昨日のような激しい雷雨の予想があったが、そうならなくて良かった。ただ、気温は低めだ。チャリだと、首の後ろがやたらと寒い。
6月1日から円と人民元の直接交換が東京と上海の外為市場で出来るようになるという。今まではドルが間に入っていたので、それが無くなれば手数料が少なくなって多少は‘お得’となる。
ちなみに前にも言ったかもしれないが、テレビなどで使われる人民元という言葉は日本独自の言い方だと聞いている。中国国内では人民幣(レンミンビ、RMB)。 通貨の「元」は紙幣には「圓」と印刷されている。圓は円の古い字。 従って、円を¥と表すのと同様、圓も¥である。テレビに映る中国の街の中で、「¥100」などと書いてある場面が出てくると一瞬「エッ? ここは日本?」と思ってしまう。
もう月末は直前。来月の録画予定表作成を急がなくては。
5月30日(水)
バイト(新宿)、9時間。
家で、録画予定表の続きをやり出したが、即寝。
夜中2時半~朝5時、録画予定表の続き。
明日(というか今日)も滅茶苦茶ハードな日となりそう。
5月31日(木)
早起き。
チャリで前のアパートに行く。ゴミやら荷物やらを新居に運び(チャリがグラグラする・・・)、再び前のアパートへ。
「竹屋~、竿竹ッ」
前のアパートの10メートル手前で物干し竿を積んだ小さなトラックとすれ違った。そうだ、新居のベランダに物干し竿が必要だ。が、今は車を止めて話をする時間はほとんどない。「4メートルの竿が2本で1000円」のテープのセリフが耳に残るも、テープの音は次第に小さくなていった。
アパートの部屋の中で「まあ、いいか・・・」と思っていたら、そのテープの声が再びブロックをぐるっと回って戻ってきた。案外安いんだなと思って、若干後悔していたので、外に出て車を止めた。
新居の住所とピッチの番号とを告げ、時間を打ち合わせて、最後に
「4メートルが2本で1000円って言っていたけど、そんな感じで良いんですよね」と念をおすと、
「そんな安いのはない。一番安くて1本3980円」 まさに手のひらを返したように豹変した。
「全然違うじゃないですか」
「それが嫌なら時間の無駄だ」 それ以上何も言わず、さっさと車をバックさせて行った。
最近2年くらいはやらなくなったが、赤坂でDOKKENをやっていた頃までは、道でタバコを喫っているヤツとかにはよく中指を立てたものだ。今日はそのトラックに向けて久し振りに中指を立てた。時間を無駄遣いさせられたのはこっちの方だ。
もし値段を確認しないであのまま彼がやって来たなら、トラブルになったかもしれない。
物干し竿売りなんて接触する機会は滅多に無いかもしれないが、皆さんも気を付けた方が良い。
再びゴミを背中と両手に持ち、フラフラしながらチャリで新居に運ぶ。
約束の時間である11時を5分ほど過ぎて、再々度前のアパートへ。
アパートの大家さんの代理人さんと会う。部屋の中を確認して(と言っても、ゴミは片付けたが、どうせ取り壊すので、たとえフスマが破けていようと何も問題はない。2人とも土足だし・・・))、書類にサイン・押印して、鍵を渡して、アパートの明け渡しは完了。
確約書で約束した明け渡し期限の5月31日ギリギリになってしまったが、これで一安心。
ホッ。
1週間で立ち退き料が振り込まれてくるそうだ。
今日の予定はあと、月末の支払いが残っている。あまり時間がないから、区役所は明日で良いや。
DOKKENが閉店したあとは万券が財布の中に入ってることは滅多に無かったのだが、最近は色々と支出が多いから多少のものは常に持ち歩いていた。更に、今日は家賃は払わなくてよい。古い方は今日明け渡しちゃったし、新しい方はこの間の賃貸契約の時に払っちゃったし、だからその分今日の月末の支払い金額は少なくて済む。
つまり遠くの銀行で現金の引き出しをする必要は無いし、コンビニのATMも使わなくて良いから手数料も無いし。今日は東松原の銀行と郵便局だけで、支払いが出来る。しかもスーパーもすぐ近くだからそのままバイトに行けば時間も節約。
月末の支払い。郵便局では来月の録画予定表をT美さんに郵送もした。
それにしてもず~っと忙しかったし、寝不足が続いた。かなり疲れが蓄積している。
3時からスーパーのバイト。疲れているけど1時間の残業。
帰宅。明日はゆっくり寝ていよう。