goo blog サービス終了のお知らせ 

ドジ男の自転車旅行

自転車の旅を写真付きで書きます。

第15日 バガン(イラワジ川の船旅)

2018-02-21 22:52:28 | Myanmar (Inle Bagan) ミャンマーバックパック
2018年2月1日(木)晴れ 18.1~28.6℃

Mandalay-船-BaganーGuesthouse
8,571歩 宿:Shwe Na Diゲストハウス(15ドル/日ツインルーム、エアコン、朝食付き)

バガン行きの船は7時に出港であり、6時半には乗船するように言われていたので5時45分に荷物を持って受付へ行きチェックアウトを告げました。
受付の男性はワーカーに部屋の冷蔵庫を確認に行かせた後、宿泊料を支払えと言い料金を印刷したシートを出しました。
Booking.comの書類には1月22日にクレジットカードから引き落とすと書いてあったので「よくチェックしろ!1月22日にカードから支払われているはずだ。」と強く言いました。しばらくパソコンを調べていた受付の男は「金を出せ」とは言わなくなった。どうもこのホテルは信用できない。

「バガン行きの船着場までバイクタクシーを呼んでくれ」と言うと「タクシーか?」と聞く。
「ノー、ノー、タクシじゃなくてバイクでいいんだ!」とアクセルを吹かすハンドルの真似をしたら、仕方ないなあ・・・という様な態度で、部屋をチェックしてきたワーカーに合図した。
道路に居るバイクタクシーに声を掛けるのでなく、従業員の個人のバイクで送らせるらしい。
船のチケットを買ったホテルの従業員なら町のバイクタクシーより間違いなく船乗り場に連れて行ってくれるだろうから安心だ。
彼のバイクの後部座席に座って川沿いの道を南に走った。
6時10分、かなり走って船着場に着いたので記念写真を撮り、黙って2,000チャットを出したら彼は金額をチェックもしないでポケットに入れた。
もし「いくら?」と聞いたら正直に2,000チャットと言ったのだろうか?事前に相場をきいておいて良かった。




乗船時刻ではなかったが、チケットをチェックした係員は「乗っていい」と言うので坂を下りて船に乗った。空にはスーパームーンの月が輝いていた。船員が「この船でなく、次の船だ」と教えてくれた。川岸には3艘の船が係留してあり、真ん中の船が今回のバガン行きだった。船室よりデッキの方が良さそうだったので2階のデッキに行くと既に1人の客が椅子に座っていた。


しばらくするとフランス語を話すグループ、英語を話すグループなどが乗り込んできて6~7割のデッキ席が埋まりました。
定刻の7時に出航した時、まだ寒かったので乗船客の服装は皆冬服でした。


船着場は昨日自転車でインワへ向かって走った時、金色のアヒルが舳先に付いた大きい船の係留してある場所でした。
(出港時に撮った「MGRG Express」の係留された同型の船の後方に金色の舳先が見えていました)




7時30分、朝食としてゆで卵、バナナ、パンとコーヒーが出ました。


7時50分、2本の橋(ヤダナボン橋、The Inwa Bridge)を潜りイラワジ川の支流のマイイットンジ川の先に、2日前に自転車に乗って散策したインワのお寺が見えました。気温は18.1℃。


インレー湖の宿ジプシー・インの食堂で出会った台湾の呉さんが乗っていました。


広い川を船は蛇行しながら進みます。水深の浅い所を避けているのでしょう。東南アジアの川下りは今回が2回目です。2年前にラオスのファイサーイからルアンパバーンまでのメコン川をスローボートで2日かけて下った事がありました。メコン川と比べるとイラワジ川は川幅がとてつもなく広いです。時々仏塔が見えますが、流れは緩やかで景色の変化が殆どありません。途中で少数民族の人を乗せたり降ろすことも無いちょっと退屈な船旅です。






デッキの3列前の女性2人が日本語で話していました。日本人男性と3人旅行の様でした。声を掛けてみると1年の1/3をボルネオで過ごす神奈川の小林夫婦とそのお友達でした。自己紹介で自分は関西生まれであり、茨城で仕事をしていた事があると話したところ、「その茨城の工場にコンピュータ部門の課長のSを知らないか?」と言われました。入社した会社の部門長だった人とその人は親しい仲だったそうです。世の中は狭い!ボルネオのゴルフ場は1ヶ月で4,000円。世界一プレー費が安い国だそうです。
ボルネオでの様子をホームページで紹介されています。http://koba.sakura.ne.jp




11時30分、昼食が配られました。上品な味です。


午後2時には「Coffee ready!」と掛け声があり、コーヒーか紅茶を船室へ取りに行って飲みました。刻んだココナツを乗せた餅は美味しくて何個もお代わりしました。コーヒーも2杯飲みました。気温27.6℃


船の警笛が鳴ったので、「何だろう?」と川面を見るとマンダレーに向かう船をすれ違いました。


午後3時の気温は28.6℃。乗船客の服装も夏服です。


午後4時半にバガンに着きました。


小林さんご一行は迎えに来たホテルの車に乗って行かれましたが、私と台湾人の呉さんはタクシー運転手の呼びかけを振り切って歩いてゲストハウスまで行きました。呉さんは今日の宿を予約していなかったので一緒に私が泊まるShwe Na Diゲストハウスまで行って空室を聞いたところ満室でした。「泊まれないので他を捜す」と彼は出て行きました。夕方に着く初めての町で宿を予約しないなんて呉さんは度胸があるなあ・・と思う。


Booking.comで予約したシングルの部屋は103号室のツインベッドルームでした。バス・トイレは共用です。17時10分チェックインしました。


荷物を部屋に置いて食事に出かけました。地元飯にしようとゲストハウスの近くのレストランに入りマンダレーで食べた、おかず乗っけご飯だろうと思って惣菜のトレイの中のポークを注文しました。


テーブルに並べられたお皿を見て、「ここはカレー屋さんだったんだ」と知りました。ミャンマーの文字は全く読めないから失敗もある。


食べ終わって「いくら請求されるんだろう?」と思っていたら、2,000チャットでした。

103号室は受付とトイレへの出口の中間の1階の部屋。夜9時頃までは人の声が聞こえましたが、夜は静かでいい宿です。

今日の船旅は42USドル。バスでは8,000チャットで来れるのだから贅沢な移動手段です。飛行機の様な荷物の制限が無くて、バスの様に揺れないから、時間がある人には良い交通手段だと思います。



第16日 バガン(オールドバガンと人形劇)

2018-02-20 23:40:57 | Myanmar (Inle Bagan) ミャンマーバックパック
2018年2月2日(金)晴れ 16.5~29.1℃

Guesthouse-オールドバガン-GuesthouseーレストランーGuesthouse
39Km 17,838歩 宿:Shwe Na Diゲストハウス連泊

朝食は6時から10時。6時半に食堂に行きました。ミャンマーの宿は全て食事付きです。泊まった初めての朝、どんな食堂でどんな料理が出てくるのか楽しみです。自分で取りに行くのでなく見えない台所から給仕の若い男性が運んでくれます。卵焼きとパンとコーヒー、ジュース。揚げたものも。


バガン観光1日目。レンタサイクルを2,000チャットで借りて効率よくオールドバガンのお寺を巡りたい。eバイクが一般的な様だけど、チャリダーとしてはここで距離を稼ぎたいからペダル式の普通の自転車。ママチャリを借りましたがバスケットも荷台もありません。ペットボトルを荷台に縛る為に日本からゴムロープを持ってきましたが不要でした。シート高さを調整したはずでしたが、上げ足りないのでゲストハウスを出発して数百メートル走った場所で停まってサドルを上げようとネジを緩めて作業していたら、自転車が倒れない様に支えてくれる人が居る。えっ??と思ってよく見ると近くに停めていた馬車の御者に人だった。困った人を見ると黙って手を差し伸べるミャンマーに人って親切だなと思いました。
近くを頭に荷物を乗せた女性が通って行ったので思わずシャッターを切りました。東南アジアのグラビアに出て来そうな、とてもいい雰囲気を醸し出しているように見えました。


今日の目標はオールドバガン地区のお寺の制覇。7時半にゲストハウスを出発して約5Km走り①タラバー門に着きました。気温は16.5℃。


ここからがオールドバガンです。先ず高台に登って全体を見渡したいので②Shwegu Gyi Phayaへ行きました。先に登っていた現地の人とツーショットを撮ったつもりでしたが台湾からの観光客でした。


西の方向には考古学博物館の屋根とゴドーパリィン寺院が見えます。


何気なく(たぶん北西方向)取った仏塔群が自分の写真の中では最もバガンらしい風景だと思います。


お寺の中では砂絵やお土産を売っていましたが、自分用の小さいタナカを300チャット(25円)で買いました。


次のお寺は③Thatbyinnyu Phaya。地元の参拝者がお坊さんと写真を撮っていたので一緒にお願いしました。自転車はバスケットが無いのでカメラやウインドヤッケは黒い色のカメラマンベストのポケットに入れ、貴重品はショルダーバッグに入れて観光しました。


タビニュ寺院は塔頂部までの高さが61mあり、バガン随一の高さです。回廊の開口部正面に規則正しく仏像が祀られています。




2016年8月24日午後5時に発生した震度6.8の地震で被害を受けた様子が写真で展示されていました。


お寺の前の土産物の売り子の一人は日本語が話せて「(10枚セットの絵葉書を買って。パンツはどうですか?日本人の墓地に案内します」など押し売りしようとしますが「もう買ってしまった」と嘘を言って逃げました。


次のお寺は④Mahabodhi Temple。高い塔は何層にも装飾を施したレリーフで覆われており、インドの寺院を模したものだそうです。


9時30分、気温は22.5℃まで上がってきました。⑤Gawdawpalin寺院です。


こんな太いタナカの木をお寺の前で売っていました。


夕日が綺麗だという川沿いの⑥Bu Phaya。


⑦Shwesandaw Phayaはここからの夕日が有名だから塔の台座に登ることを楽しみに訪れましたが、昨年10月の集中豪雨により壊れたので上がれないという警告文があり登れなくて残念でした。




この寺の前で土産物を売っているモモさんという名のオバサンが熱心にパンツを勧めるのでカミさんのお土産に買ってもいいか?と思ったけど本人の色の好みを聞かないと喜んでもらえないので宿に帰ってカミさんと連絡が取れたらまた買いに来ると約束してしまった。パンツは仕入れているのでなくてミシンを2台持っていて自分で縫うそうです。だから孫の土産にするなら指定のサイズで仕上げるよと言ってくれました。ヤンゴンでは4000チャットを値切ってやっと3500チャットでしたがここは3000チャットです。


土産売りのモモさんが⑧Shinbinthahlyaungの寝仏を案内してくれました。


11時過ぎ、⑨Ananda Templeに入ろうとしたら靴を脱ぐ場所で入域料を求められました。船着場でも宿でも徴収されていなかったので25,000チャットを支払いました。これは5日間有効です。




さすがにバガン最大でもっともバランスの取れた寺院というだけあってとにかく広い!中の4体の仏像を見て回っていた入口が何処だったか判らなくな一瞬迷子になったかと思った程です。最初に撮った仏像をスマホで確かめて、やっと靴を脱いだ入口にたどり着けました。
南:Kassapa迦葉仏


東:Konagamana拘那含牟尼


北:Kakusandha拘楼孫仏


西:Gotama釈迦牟尼


南の門から入って反時計回りに回廊を巡りました。途中の壁面にも多くの像がありました。






広い境内ももちろん裸足で歩きます。日本から個人旅行で来ていた女性に写真を撮って頂きました。


天井の絵を見ていた時、マンダレーからの船で出会った台湾の呉さんと再会しました。彼も自転車で回っているそうです。


⑩Bitakat Taik1058年創建のピタカタイです。


⑪Than Dawkya Gu Phayaここでは気温が29.1℃でした。ミイラを思わせる仏像。


⑫Nathlaung Templeバガンに残る唯一のヒンドゥー寺院です。


⑬バヤーンガーズー寺院群。オールドバガンからゲストハウスに戻る途中でバスが停まって観光客が見えたので立ち寄ってみました。
ゴミ入れのボックスの看板にHITACHIと書いてあり、日本の企業がここまで来ているんだと気づきました。


パゴダの一つが日本人の寄付によって修復されたと書いた石碑を見つけました。




⑭Htilominlo Temple最後のお寺では回廊を巡って入口に出たはずが靴を置いた場所ではなくて本当に迷ってしまいました。


オールドバガンからゲストハウスがあるニャウンウーに戻る途中で人形劇が見られるレストラン「Nanda Restaurant」を見つけたので今夜の予約をしておきました。

午後2時前にゲストハウスの手前で簡単にモヒンガー(500チャット)を食べて帰りました。


ゲストハウスの受付にポッパ山のシェアタクシーが10,000チャットと書いた札が立っていたので明日は自転車によるお寺巡りをしないでポッパ山へ行くことにして予約しました。バガンから行けるポッパ山に魅力を感じていましたがタクシーをチャーターすると30,000~45,000チャット必要だし、まる1日かけて何をするのか事前チェックした時に行かないと決めていたのです。半日でしかも安いなら変化を持たせるのも面白いだろう。

シャワーを浴びて洗濯を済ませ夕方6時に懐中電灯を持って、自転車でナンダレストランへ行きました。
ショーは6時半スタートです。楽隊の前の席でした。ディナーでなくてもいいので、メニューを見せてもらって缶ビールと酢豚ライスにしました。




人形劇が始まる6時半には多くの団体客で席は殆ど満席。日本の団体も2つ来ていました。
ストーリー性はあまりなくて短い時間の踊りなどですが馬と馬子のユーモラスな出し物もありました。上のカーテンを時々開けて人形を操る人の様子も見せてくれました。町のレストランより洗練されたご飯とアルコールの料金は合計で8,000チャット。日本円で僅か680円!マンダレーで夕食は1,000チャットだったから、8,000チャットって凄く高い気がするけど、日本円に置き換えたら700円以下でビールも付いて40分も人形劇が見れるなんて、安い!!








本日の走行距離は39Km。登った坂の累計高さ:110m 標高最高:98m 最高時速:48.1Km/h 平均時速:7.9Km/h
走行時間:4時間59分 以上がGPSの記録です。(最高時速はママチャリで急こう配の坂があった訳ではないからGPSのミスと思われます。)

バガンの1日目はGPSに入力しておいたウェイポイントを全て回れて、夜には人形劇付き高級レストランで食事が出来て素敵な1日になりました。

第17日 バガン(ポッパ山)

2018-02-19 23:39:22 | Myanmar (Inle Bagan) ミャンマーバックパック
2018年2月3日(土)晴れ

Guesthouse-Shwe zi gon Pagoda-宿ーポッパ山ー宿
30,276歩 宿:連泊

朝7時に食堂へ行くと若い男性の従業員がコーヒーか紅茶のポット、パン、チャクイ、クレープ、フルーツをテーブルまで持って来てくれます。

チャクイはふわふわの揚げパンで蜂蜜を付けて食べますが軽くて美味しい。「もう一皿」とお代わりを要求すると、また暖かい出来立てを持ってきてくれます。パンの横の三角形の揚げ物は「ヴェジタリアン」と言ってましたが多分肉無しの野菜を揚げたもので辛く無いオレンジ色のタレを付けます。昨日はありませんでした。起きて食堂へ行けばメニューを考えなくても食べる物があるというのは幸せなものです。スイカ以外にパイナップルの皿も追加して頂きました。

食後の薬を飲んで歯磨きをして顔を洗った後、掌に水を2~3滴落とし昨日買った「タナカ」を溶かして顔に塗ってみました。塗った瞬間はスーっとしましたが乾いた後は何も感じない。今日はミャンマー人になった気分です。


今日は午後にホッパ山へ行くので自転車を借りずに午前中は歩いて行ける範囲を回ることにしました。ゲストハウスではeバイクを借りる人に乗り方や日没後は暗くて危険だから5時半には戻る事、トラブルがあった時はキーに付いている電話番号(ゲストハウス)に電話してもらう事。(知らない現地人に助けを求めないで連絡あればゲストハウスのスタッフが助けに行く)等懇切丁寧に説明していました。


日の出から日没までのeバイクのレンタル料は7,000チャット。電動スクーターです。自転車を借りる人よりeバイクを借りる人の方が圧倒的に多いです。町を歩いていてもeバイクのレンタルを多くの場所で見かけました。




先ずゲストハウスから約850mのマーケットに行ってみました。テントの中の暗くて狭いスペースに果物、野菜、調味料、服(ミシンがあって縫製もしている)、土産物、肉(天秤ばかりで重さを測って売る)、魚、米・卵、葉巻たばこ、食堂、等々何でもあります。アボガドを一つ買って帰りました。








次は反対方向へ800mのシュエズィーゴン・パゴダへ行きました。ドイツなどヨーロッパでは教会の前にマルクトと呼ばれる広場があり、ビアガーデンやレストランのテラスがあってビールやお茶を飲んで日光浴していますが、ここではお寺の前にレストランがあってカレーを日陰で食べていました。




参道は日が当たらないトンネルになっていて、中にはお土産とフルーツやお菓子の店が連なっています。靴を抜いて下駄箱に入れて参道を歩いていると、「半ズボンは駄目だからロンジーを穿きなさい」「無料だから」と言ってロンジーを穿かせてくれました。


金が輝く大きいお寺でした。


白人など観光客はここでは目立ちませんが、同じ服、同じターバン、同じショルダーバッグを持った一行が気になりました。彼等が参道から出てカレー屋さんの前に停めていたトラックに乗って立ち去ったのでナンバープレートを見るとSHN。シャン州の少数民族だったのでしょう。


12時半にお寺の観光を終わってゲストハウスに戻り、シャワーを浴びアボガドと朝の食堂から持ち帰ったバナナとパンで昼食にしました。ミャンマーのアボガドは洋ナシ形と真ん丸の2種類ありますが今日のアボガドはソフトボールくらいの丸い物でしたが少し傷ついていました。800チャット(68円)ちょっと値切ったから?LCCの機内にナイフを持ち込めないからどうしようか?と悩みましたが何処の宿でもナイフやお皿を借りれました。


ポッパ山へのシェアタクシーは午後3時出発の予定なのでゲストハウスのロビーで車を待っていました。若い女性3名も同じチケットを持っていたので尋ねてみると同じツアーのノルウェー人でした。一人っきりで英語の案内が十分聞き取れなくて迷子になると困るから貴方達を追いかけて行くので宜しくと挨拶しておいた。3時半に来たバスにはカルガリーのカップルが乗っていたので総勢6名でポッパ山に向かいました。カーブとアップダウンの多い細い舗装道を進み午後4時に砂糖キビから砂糖などを作る休憩所で休みました。
ノルウェー人3人は入口に近いベンチに座ったまま観光しようとしないし、カナダ人もあまり関心が無い様子でした。
砂糖を作る釜。


もち米と発酵させてアルコールを抽出する装置。


マイクロバスの運転者は助手席に居た女性と一緒にテーブルの上の傘を外してお茶を飲んでおり、こっちに来て一緒にお茶を飲みませんか?と誘ってくれました。




ピーナツやサセミ等の乾き物以外に天麩羅にしたものを勧められたので「何?」と聞くと英語でGourd、ミャンマー語でブディチューと言われ屋根に近い場所にぶら下がっている瓢箪を指差しました。味のない瓜で、旨いとは言えない。




現地の食べ物を好き嫌いせずに食べていると親しくなれます。運転手さんはゲストハウスでよく見かける人だったので迷子になるのではないか?という不安は無くなりました。他の参加者はお茶も飲まなかったしお土産も買わなかったので15分休んですぐ出発しました。

夕方5時前にポッパ山が見えるポイントに車が停まりましたが逆光で上手く写真は撮れません。朝9時出発のツアーなら同じ場所で岩の上にある寺を綺麗に写真に撮れると思います。


ポッパ山について事前に調べていなかったので麓から頂上まで裸足で階段を登るとは知らなかった。象のある門から登り始めますが土産物店がある所は靴のままで行けます。靴を預け、入山料1000チャットを支払った先からは野生の猿が居ます。北欧では野生の猿が居ないのでノルウェー3人娘は猿の写真をよく撮っていました。彼女達は私が迷子にならないか気を付けてくれます。








若いスペイン女性が塔に登ってポーズ。危ないことをやるものですが絵になります。




GPSをチェックすると登り始めが616m、頂上は741mでした。登ってきた道の屋根が見えます。






山から下りたのは登り口と違う場所だったので停めた車の場所が解らなくなり、少しパニックになりかけましたが、ノルウェー3人娘と会って無事に車に戻れました。


19時半、ゲストハウスに戻りました。


夜はSan Kabarでスパゲティ(5000チャット)を食べマンダレービールを飲みました。値段の割に美味しくなかった。


第18日 バガン(広域の寺と漆器)

2018-02-18 23:04:42 | Myanmar (Inle Bagan) ミャンマーバックパック
2018年2月4日(日)晴れ21.8~32.1℃

Guesthouse-スラマニーダマヤンヂーーミン・ナン・トゥ村ーパヤートンズーダマヤズィカーローカナンダーバガンハウスー宿
走行距離:52Km 24,357歩 宿:連泊

ゲストハウスにある1日2,000チャットのレンタサイクルを借りて、地球の歩き方に載っている大型寺院巡りコース、ミン・ナン・トゥ村周辺コース、ニューバガン地区のお寺と漆器の工房を訪ねました。

朝8時半に出発しました。道路の横の広場を頭に荷物を乗せた人が話しながら悠然と歩いていました。ミャンマーの女性も男性も器用に頭に荷物を乗せてバランスよく歩ける様です。


メイン道路からアノーヤター通りに抜ける道で道路工事をしていましたが、機械でなく女性がザルに石や砂を入れて持ち、それを運んで所定の場所にばらまく人力による工事でした。




9時前にブルディに着きました。「数少ない登れる仏塔」と本には紹介されていますが、赤い看板にミャンマー語と英語で、「老朽化しているので旅行者が登ると壊れる危険性があるから立ち入らないでください」と警告文が書いてありました。


このコースは道が整備されていないため、ほとんどがダートコース。細い道が入り組んでいるので迷子にも注意と本に書いてあります。舗装はしていませんがデコボコが殆ど無くて走り易いです。車が通ると砂埃が舞いますが、時々馬車が通る程度で車は殆ど来ないから砂埃の心配もありません。地図が全く無ければ何処は目的のお寺か捜せないと思いますが、私の場合はGPSに行きたいお寺をウェイポイントとして登録しておいたので迷うこともありませんでした。




スラマニ寺院です。正面の像の横の回廊を進むと4方向全てに仏像が安置されています。






ダマヤンヂー寺院へ行く時、ヘルメットを被ったチャリダーの団体と一緒になりました。









団体には専門のガイドが付いていてドイツ語で説明していました。「何処から来たのか?」と質問するとスイスと答えた女性が凄く興味深々になり「どうして貴方はドイツ語が話せるのか?」と聞いてきたので「日本の医学、工学、音楽の大学生は2年間ドイツ語を習うが、ドイツの自転車旅行が好きだから特別熱心に勉強したんです」と答えました。ちょっとハナタカ!オリジナルの碑文やこれが建設当時のレンガと説明しているのが辛うじて理解できたが、何も無しで見学するよりプロのガイドの説明を聞きながらゆっくり見学するのはいいなあ・・と思いました。




10時過ぎ、ミン・ナン・トゥ村へ行くと日本語を話せるNyo Nyoさんが村を案内してくれました。


牛の餌となるトウモロコシの茎。乾燥してパリパリでした。


機織り。切換えに使う足のペダルは椰子殻を半分に割ったものが作業性が良いそうです。


食用油としてピーナツ油を使うがそれを絞る道具。


台所と食卓。


タナカを砥石で研いで作る様子。これを私の頬に塗ってもらいました。


糸を紡ぐお婆さんは91歳だそうです。


太い葉巻たばこの中はタバコの葉だけでなくて消えないように木屑を入れてある。


庭では砂の絵を売っている人が居ましたが、押し売りする気はなさそうでした。


ジャムを作る為に梅を干していましたが、そこにイタリア語を話す団体が入ってきました。私は客1人に対してガイドのNyoNyoさんが一人。マンツーマンで色んな話しが十分聞けました。チップとして3,000チャットを彼女に渡しました(ガイドブックにそれくらい渡そうと書いてあった)。
彼女は「これは自分へのチップか?糸紡ぎのお婆さんにチップは無いのか?」と言ったので、「自分はeバイクに乗るほどお金持ちでなく自転車で来たのだから出せない」と言うと「解った。皆で分けるよ」と言ってくれました。


村の人口は600名。村の井戸ポンプは日本の援助で出来た(写真)と話してくれました。


11時、レイミャナー寺院群。白いお寺は目立ちます。




お寺が多すぎて何処へ行ったか解らなくなるほどだから、看板を一緒に撮ると忘れません。パヤートンズー寺院です。壁画が有名でLEDライトで照らしながらガイドの人が客に詳細説明していましたが、撮影禁止だったので写真はありません。




この寺の木陰の駐輪場に居た陽気なYuYuさんはミンナントゥ村に住んでいて、村を案内してくれたNyoNyoさんの従姉妹でした。NyoNyoさんは25歳で子供が一人居ると教えてくれました。「今度奥さんを連れてまた来てね」と彼女は日本語が話せないので英語で親しく話しかけてくれました。


11時40分、次はダマヤズィカ・パヤーへ行きました。五角形で回廊が建屋の外にあり、塔が5ヵ所に建っています。






団体の女性が私を見ながら韓国人だろうか?中国人だろうか?と話していたので「ジャパンガラバーデー」と言うと「ああ日本人なんだ」と嬉しそうに去って行きました。少しでもミャンマー語は話せた方がいい。



12時半、ニューバガンの南端にあるローカナンダー・パヤーへ行きました。金色の仏塔は工事中で印象的なシルエットは見えませんでした。
でもイラワジ川が綺麗でした。





ニューバガンにある漆器の工房バガンハウスを訪れました。女性が出て来て「案内します」と漆器の製作工程を説明してくれました。


一番驚いたのは生地を作る工程でした。丸い形状の物は全て旋盤で木を削るのでなく柔らかい竹を輪状にして積み上げて作っていた事です。
四角いお盆の様なもののみチーク材の杢を使いますが、幅7mm程、厚さが0.4mm程の竹材に上手く切り口を設けて輪を作って重ねて作り漆を塗ってから削ることで平面を出していたことにびっくりしました。








7層に塗って削って乾かす工程をサンプルと写真で説明されました。




これがその現場。


細かい模様を彫る女性が暗くて不安定な場所なのに正確に刻んでいるのも凄いことだと思わずには居られませんでした。




白い模様が卵の殻であることも驚きです。


ショールームには昔日本に伝えられた道具の様に豪華な物がありました。


40ドルのお椀を買わないで、4ドルの安い小物入れをお土産に1個買いました。


3時前に一旦宿に戻りましたが、お土産のパンツを買う為にシュエサンドー・パヤーまで行きました。再会を約束したモモさんは不在でしたが、娘さんからパンツを買いました。


宿に戻る途中で象が周囲の壁に居る塔が気になっていたので立ち寄って覗いてみるとリラックスした2体の像がありました。観光案内に出ていない塔でも面白い発見があります。




夕飯は宿から一番近いShwe Moeレストランで焼き飯(2,500チャット)を食べました。


第19日 バガンーヤンゴン夜行バス(得度式とフクロウ)

2018-02-17 18:43:08 | Myanmar (Inle Bagan) ミャンマーバックパック
2018年2月5日 晴れ

Shwe Na Di GH-マーケットーShwe Zi Gon Paya-GH-Baganバスターミナル
11,347歩 宿:夜行バス(車中泊)

朝7時に朝食会場へ行って揚げ物とパン、コーヒー、ジュース、フルーツなど食事をしたが同席した70歳の爺さんに「何処からきたのか?」と聞くとドイツと言う。ドイツ語で「私は日本から来た」(イッヒコメアオスヤーパン)と言うとフランクフルトから100Kmの町に住んでいるとかeバイクよりやはり自転車がいいね。とか、昨日熱気球に乗ったとかドイツ語でペラペラ話し始めた。英語に切り替えて欲しいから時々こちらから英語で答えても気にせずにドイツ語での話しが続く。私のドイツ語はそこまで達者では無いのに!
「オリンピックには日本へ行きたいけど、きっと宿代も2倍になるだろうから行かない」など言ってる内容はかなり理解できたけど、次第に面倒になって来て、もっともっとドイツ語を勉強しておかなくては!と思う頃、爺さんは食事を済ませて出て行きました。

部屋に戻って9時半頃まで、描き遅れていた旅スケッチをノートに描いていました。





宿の前をスピーカーで音楽とお経を鳴らしながら何かが通っているらしいので「何事だろうか?」とスケッチを止めて宿の前に出てみました。
長~い行列が通りを東(シュエズィーゴォンパヤーの方向)へゆっくりゆっくり移動していましたが、行ってしまった方もこれから通り過ぎようとする行列も同じ様だったので宿の前の人や牛などを撮影しました。




保護者らしき大人の女性が花を持って並んでいます。馬に乗ったり馬車に乗っている着飾った子供が何人も何人も続きます。








宿の女将さんに「これは何?」と聞くと「Novication」と教えてくれたけど、google翻訳で調べても出てこない。Facebookに写真を載せたら友達が「得度式」ではないかと連絡してきた。きっとこれは得度式。




女子高生の孫に「ミャンマー土産に何が欲しい?」と聞くとお菓子とフクロウが欲しいと画像をLINEで送ってきた。


お菓子はヤンゴンでしか買えないようだけど、フクロウならバガンでも買えるだろうと10時にマーケットへ行ってみた。マーケットには食べ物だけでなくてロンジーなどの衣料や漆器など土産物も売ってる店があったはず。スマホの画像を見せて「これはないか?」と聞くと「それはお寺の境内で売ってる」「シュエズィーゴォンパヤーにあるよ」と言うので2Km歩いてお寺まで行って捜した。金一色の派手で大きいフクロウは何か所かで売っていました。


赤くて小さい物を捜していると言うと「待ってろ」と別の店まで取りに行って10,000チャットと言う。
子供が作った様な張りぼてで850円もするはずがない。1桁違うんじゃないか?ぼったくりだ!と思ったけど、縁起物だし何処かの店までわざわざ捜しに行ってくれたのだから8,000チャットで買うことにしました。


11時に買い物から宿に戻り、シャワーを浴びてシャツやタオルを洗濯し、3階のベランダに干しました。
今日の夜行バスでヤンゴンに戻りますが、ゲストハウスのチェックアウト時間が12時だったので、11時半には荷物を纏めてロビーに持ち出しチェックアウトしました。4日分の朝食付き宿泊料金は60USドルでした。この町ではドル札が古くても受取ってくれます。
はっきりと解り易い英語で相談事に乗ってくれる頼りがいのある女将と記念写真を撮りました。


この叔母さん、名前はKyu Kyuで英語の認可を受けたツアーガイドでメールはkyukyunyu@gmail.com
ゲストハウスはBooking.comで予約すると一人でもツインベッドの15ドル/日になってしまうが、1ベッドの部屋が9ドル/日であり、このメールアドレスに直接申し込めばBooking.comのピンハネが無いので安く泊まれそうです。

チェックアウト後3時までロビーで水彩スケッチを描き、洗濯物を取り込んで荷物はロビーに預けて昼食に出かけました。
ちょうど小学校の下校時間で、女子警官が通りの車を止めて砂埃を立てて子供達が一斉に飛び出してきました。






Shwe Moeレストランで2500チャットのVermisillを食べました。


昼と夜を兼ねた食事からゲストハウスに戻るとバリ島からの旅人が居て「JJバスは本当のVIPバスでEliteは安いよね」と言われたけど、ヤンゴンでこのチケットを買った時はVIPバスと言われたんだけどなあ?夕方6時にはトイレで半ズボンを長ズボンに穿き替えた。従業員の男性から「シャワーを浴びてもいいんだよ」と言われたけど濡れたタオルを持ち歩きたくないのでシャワーは浴びないことにした。JJバスでヤンゴンに行く人には迎えのピックアップがやってくるが私は最後の一人になってしまった。当初7時半と言われたが迎えは夜の8時半と言う。きっと夜食は付かないのだろう。

20時16分やっと出迎えが来たがマイクロバスでなくてトラック。一人荷台に乗せられて暗い道をどんどん走って行くのでとても不安になった。


自転車でオールドバガンやニューバガンを走っていたので、どうやら走っているのはニューバガンの町らしい事が解った。
20時30分にはゲストハウスから、もう一人の客が乗り込んできた。


その後もニューバガン地区のゲストハウスで客を順に乗せていくことが解った。5人、3人、1人、最後の3人を乗せたのは20時52分。荷台が満席になったが白人は1人だけ。北欧のバスだけどVIPとは言えないなあと感じた。
上着をフリースに着替えておいて良かった。9時10分、1時間近くもトラックの荷台に乗せられてバガンのEliteバスターミナルに到着した。


バスそのものは大型で新しく3列シートだけど、扱われ方がVIPという感じがしない。それは添乗員が全く英語を話さないから。終始ミャンマー語のみで
アナウンスする。まあヤンゴンに確実に戻れそうだからいいか!と諦めた。
定刻の9時半にバスは出発し、配られたのはパンでなくてクッキーだった。暖かいコーヒーでなくて小さいペットボトルのジュースでした。