ハブ ア ナイス doi!その2

2024年。今年はどんな年になるかなあ。とりあえずしっかり遊ぼう。
日々のこと、つらつらと書きます。

お絵かき展示会開催を目指して2

2022-04-21 20:56:56 | ウォーキング

自分のお絵かき展示会を
開催していただくお店も目指して、
ミニドジ歩きで歩いて目指しています。



最初は阿波座のところからスタートです。



途中立ち寄った津波高波ステーションの
敷地内には、川に関する様々な石が
置かれていました。



でもねえ大阪の河川というのは
多くて複雑で、なんか見ていても
イメージがわかないんです。
そこへもってきて案内板も字がかすれており、
展示がカオス化していますねえ。

何せ大阪市内の河川の歴史は
膨大なものがあるんでしょう。
河川一つ一つとっても、
川だけに流れるような歴史があるし、
また橋の名前一つ一つにも
様々な歴史があります。

水の都大阪の歴史の扉は
とっても広大で重いものがあるんですね。

ここではそんなカオスだけ
感じておきましょう。



では、展示館の中に入ってゆきましょう。



まずは、災害時の潮位なんかが示されています。



さすがにジェーン台風なんかは
しりませんが、第2室戸台風なんかは
5歳の時なので、記憶にうっすら残っています。

古い家だった我が家の戸板なんかも
節の穴だらけで、大きなテーブルを
立ててみんなで抑えていたのを思い出します。

親が言ってたけど、テーブルにもたれて
お菓子を嬉しそうに食べていたのと、
台風後町内の大きな銀杏の木の
ぎんなんを拾いに行ったり、
柿を拾いに行ったりしてたと言ってましたね。

その次には防潮堤のことが
書かれてありました。



大阪には海面より低い土地にも
人が多くいるので、防潮堤が
とても重要な役割を果たしている
とのことです。
河川の周りにある大きなコンクリートの
堤防なんでしょうねえ。

津波対策なんかは過去の教訓が
大きく役立ちます。



大阪堺にある擁護璽(ようごじ)と
いう石には地震が来たら津波も来る
と書かれており、
多くの人がそれで災害を免れた
という実績もあるそうです。



さりげなく施設内を歩き回る我々も、
それなりに知識にあふれた頼りになる
おっさんなのでありました。

床に描かれた地図を見たり、



マスコットキャラクター
「なみのすけ」と戯れたりしながら、



防災ドジ旅も順調に進んで
いくのでありました。

ああ、おっさんが波に流されている
あほなうろつきだけやないか
という声も聞こえてきますが・・。

ではまた歩きはじめましょう。

このステーションがあるあたりの地名は
「江之子島」と言います。
なんとここには昔「大阪府庁」や
「大阪市役所」があったそうです。

昭和の初めころにはもう
なくなっていますが、
その後ここには
「大阪府立産業技術総合研究所」
があったのですが、
それも和泉市に移転した後は
ほったらかしで、ホームレスが
住み着いたりしていたようですが、
ようやく最近はキチンと使われているようです。



これが大阪市役所の跡地の案内です。
そしてこれが大阪府庁の跡地でした。



それぞれの場所に、
石が建てられていました。



途中、木津川橋の橋詰を通りました。
今は人影も少ない地域ですが、
かつては府庁や役所のあったところで、
この橋は多くの人が利用したようですね。
今は昭和41年にかけられた立派な橋で、
地域に人々にとっては
欠かせない橋となっています。

その橋を我々は渡ることなく、
江之子島をこうしてグルリンと
回っていきましょう。



あ、ここにこんな文字がかかれた
喫茶店がありますよ。

日本一うまい焼きそば
につられて周りを動き回るジダン。



doironも一緒になって写真を撮りました。



焼きそば一人前でも持ち帰りにして、
日本一を味わってみたかったですがねえ。

そうしてまた先ほど地下鉄から
出てきた場所に戻ってきました。

ではここから本町の方を目指して
移動してゆきましょう。

途中道を歩きながら、
ドジの二人はきょろきょろして歩きます。
このラーメンはどうなんだろう



とか想像しながら東向いて進んでいくのです。

続く

コメント
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