ハブ ア ナイス doi!その2

2024年。今年はどんな年になるかなあ。とりあえずしっかり遊ぼう。
日々のこと、つらつらと書きます。

高野街道 三日市町駅

2021-05-27 21:20:39 | ウォーキング

ここからコースは、



松屋坂とも煎餅坂ともいわれる道を通り、

ふたたび国道371号線を超えていきます。



このあたりは結構車で何度も通ったけど、
高野街道をあまり意識したことはなかったなあ。
こんな山道に沿って別の一本の道が
つながっているなんて想像できなかった。

でもちゃんとこうして道は
残っているんですねえ。
その国道を越えるのに、
こんな記載がある歩道橋も
架かっていたんですね。



ここまで歩いてきたのは
高野街道三日市宿上田駅で
ここを超えたら三日市宿三日市駅に
なるんですね。



歩道橋の階段の所にも
こんな表示が埋め込まれています。

で、このあたりになって
駅が近づいてくると
町が結構にぎやかになってきます。

河内長野を過ぎたら一気に
山の中を歩くのかなあと
思っていたら、なかなかどうして
結構にぎやかな街になってきます。

国道から下りてゆくと
またもう一つの高札場に出てきます。

ここにも先ほどの高札場と
同じような札や人馬賃定高札なんかが
掲げられていたようです。

その高札場のすぐ横に、
木製の三日市交番があります。

建築面積12坪ほどの、
一部に二階を持つ木造建築物の交番です。
また屋根は瓦ぶきで、
軒先、軒裏は洋風のおさまり
という貴重な建物の交番で、
平成19年に駅前に移転するまで
現役で使われていたという
貴重な建物なんだそうだ。



写真で後ろにうつっているのが
その建物なんですが、
ちょっと威圧感がなくて
用心悪そうな感じですな。

街道ぽい道に入り、
その先にあったのが三日市代官所から
三日市役場の跡です。



市政が行われるようになって
廃止となったところです。

ああ、なんかそれっぽい場所に
なってきましたね。
その街道から少し山の方に



入ったところに真教寺があります。
きれいに整備されたお寺ですね。

それをみて街道に戻ると、
いよいよコースは天見川を渡ります。



橋の手前を右折して少し進むと
「月輪寺」がありますね。
ここには木造の薬師如来座像があり、
諸越長者を祀っています。





裕福に飽き貧乏を願った長者が、
僧に毎朝使った橋を塚のように
捨てればと告げられ、
実際に貧しくなって餓死した
という諸越長者がいたそうです。

実際に河内長野駅の東側にある
諸越橋というのもその長者の
橋だったそうです。
見逃しましたね。

また次の機会に観察しましょう。

このあと天見川にかかる
三日市橋を渡り南へ進んでいるが、
当時は月輪寺から天見川へおり、
水面を渡って対岸の油屋に
わたっていたそうだ。

堤防から河原へ降りていく道は
今も残されているそうだ。
確かにありましたね。
でも写真は撮るのを忘れてしまいました。



三日市橋を渡るとその油屋のことが
書かれてありました。

こんな立派な設置物もありましたよ。

油屋跡とは、江戸時代以降栄えた
高野山御用宿で、庭にあった水車が
油を搾っていて名物だったといわれています。

コースはその先は古い通りに
なってゆきます。



こんな道標も立っていました。

さあ、目の前に大きなビルが見えてきましたよ、
三日市町駅前のスーパです。
駅の建物も立派ですねえ。



この駅前にもこんな道標なんかが
ありましたね。



それと線路の上を渡る歩道橋のかたすみに、
楠公通学跡という案内もありました。



楠木正成がここを通り
大江時親の元に通ったという痕跡です。

さあではこれで、
今回の高野街道歩きは終了です。

電車で河内長野に戻り、
車に乗り込みましょう。

次回の歩きは三日市町駅から
ということになりますねえ。

では高野街道、いったん終わりです。

コメント
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