Sweet Dadaism

無意味で美しいものこそが、日々を彩る糧となる。

逃避の果て。

2007-06-17 | 春夏秋冬
 女と生まれれば、政治に無関係でいられると思った。
 しかしそれは、儚い夢にすぎなかった。
 こんなことであれば、男であったほうがましだった、と後悔するくらいに。


 私は尼僧のなりをして、幾つもの山を越えた。自分の足で歩くことすら殆どなかった身にとっては、山をひとつ越えるだけでも至難の業だ。足首を痛めたり、ごく薄い足袋では護りきれない爪先を傷つけたりして、度々わたしは道端に座り込んで休息せざるを得なかった。それでも、里に対する郷愁は一切生じなかった。
 どこかが痛かったり何かが破損したりして往生している際にはきまって、木こりや行商が通り掛かって私を助けてくれたり、世間話に応じて気分を紛らわせてくれたりした。その道程はまるで、私がこの逃避を中途で止めたりしないために仕組まれていると思えるほど出来過ぎていたが、私はそれに気付かない振りをした。もともと計画性などないわけなので、何日程度かかるかとか最短の道のりなどを全く調べる間もなく身ひとつで出立してしまったわけなのだが、幸いにもただひとつの道すら引き返すということもなく、恐らくここが終着であろうという確信のもとでひとつの寺に辿り着いた。

 山寺での生活は、悪くなかった。
目覚めてから軽く身なりを整えて朝の勤めをし、それが終わる頃には山間にも遅い日が昇る。美しい山を暫く眺めてから改めて剃髪をし、糊をきかせた袈裟に着替えるのを常としていた。そして最後に必ず、誰にも内緒で隠し持っている懐剣をそっと懐に仕舞った。
私はかつての癖もあり、身なりを常に整えていなければ気の済まない性質であったが、ここには常に綺麗な水もあるので剃髪にも洗濯にも不足無く、数着の袈裟を着回すことさえできた。中でも、鈍色の袈裟が私の気に入りであった。

 しかし、その生活も三年と経たずに終焉を迎えた。
仮に俗世を離れたところで、この世に消息を残している限りにおいて、他者の思惑から自分の身が切り離されることなどないということを思い知ったのだった。
そうして、いつもの手順で朝の勤めを終えて身支度を整えたあと、いつもなら懐に仕舞うはずの懐剣を手にとり、その鞘を抜いた。綺麗に晴れた朝、滴るような山の緑と床に掛かる水墨の軸とを角膜に残しながら、私は喉を突いたのだった。

 女を生きることは、どういうことだったのか。
 尼僧となり性を捨ててもなお、女から逃げること叶わぬのか。

それが、私の最期の思考であった。


 白い着物に着せ替えられた私の遺骸は近隣の清流で清められることとなった。
 もともと自らの足で出歩くのを苦手としていた私は、近隣にこんなに澄んだ清流があることさえ知らずに数年を過ごしていた。そこは神域と呼ぶに相応しく、夜のように暗い杜の中に射す一条の光を反射した池が、青々と輝いていた。
 屍骸に泪を流す力があったなら、きっと私はたらたらと泪を流して歓喜したことであろう。

 私は、山寺に辿り着いた際の確信の半分が誤っていたことを知った。まだ消息がある時点でこの地に触れておくべきだったと、その美しい水に沈められながら私は後悔をした。
すると、もはや閉じることのできなくなった私の眼に、深いところからゆるりと登ってくる黒い大きな影が見えた。だらりと垂れ下がった私の手の先をかすめてその影が立ち去ろうとしたそのとき、私は身体を放り出して見えぬ手を差し伸べ、その背に渾身の力で摑まった。それは重量を持たない私をものともせず、ぐるりと身を翻してふたたび深い水底へと降りていった。

恍惚と満ち足りた気分でふと水面を見上げると、白い着物を纏った私の屍骸が太陽の光を背にしてゆらゆらと揺れていた。その光景が妙に滑稽に見えたことだけは覚えている。
そこからの記憶は、闇に吸い込まれるようにぷっつりと途切れた。