Sweet Dadaism

無意味で美しいものこそが、日々を彩る糧となる。

埋め合わせ。

2006-10-04 | 徒然雑記
「埋め合わせ、なんてほんとうは存在しないのよ。」
彼女のそんな言葉が、不意に頭をよぎった。

初めてその言葉を聞いたとき、僕はその意味を理解することができなかった。そうして僕はそのわけを尋ねた。

「だって、東京の真ん中に大きな穴を掘って、そこにエチオピアの土を埋めたって、元通りにはならないでしょう?見てくれとして穴が埋まったように見えるだけで、実はまったくもって不似合いなものが不自然に詰め込まれただけなのよ。それは穴にとっても、埋められた土にとってもはた迷惑だわ。きっとそのうち、齟齬が出る。」

結果的に穴が埋まっていれば同じことじゃないか。僕はそう云った。

「じゃぁ、話を変えましょう。私はいま、とっても時計が欲しいの。欲しくて堪らないのよ。それなのに、指輪をプレゼントされたとして時計が欲しい気持ちが収まると思う?掃除機が必要なのに、ドライヤーを貰ってどうにかなる?空いた穴には、それに相当する唯一のものじゃないとぴったり嵌らないの。だから、先週の約束を放棄して空いてしまった穴は、今日にどうこうなるものじゃないの。空いたらね、空きっぱなし。」

なるほど、そうか、と思った。としたならば、僕は今まで、ぽっかり空けた穴を急務で埋めようとして、一生懸命に水を注ぎ続けていたのかもしれない。どろどろに混濁した土からはミネラルが流れ去って、土壌は荒れるばかり。水を注ぐことすら放棄している時間には、乾いた土がぱりぱりとひび割れて、風にさらわれてゆく。

ぱりぱりと割れた土は、はらはらと風に舞って、僕の手の届かないところに飛散する。
周囲までぐずぐずに水を吸ってしまった土は、もはやどこが穴だったかも判らないくらいに崩れ落ちて、緩やかな丘陵になる。僕は成すすべもなくそれを眺めている。

そして彼女は、その斜面にちょこんと座って砂遊びをしながら、
「だから云ったじゃないの。お馬鹿さんねぇ。」
と云って笑うんだ。