2016年7月6日、現在まで125代にわたる天皇の初代である神武天皇の御陵と
裁定されている神武天皇陵を訪問し写真を撮ってきましたので紹介します。
神武天皇陵の基本情報
住所:奈良県橿原市大久保町71−1 TEL:0744-22-3338
正式名:神武天皇畝傍山東北陵
上の写真は神武天皇御陵の近景です。
上の3枚の写真は神武天皇陵の遠景(参道より)
ここで神武天皇について簡単に触れておきます。
神武天皇(庚午年1月1日 (旧暦) 新暦では紀元前660年2月11日生まれ
- 神武天皇76年3月11日 (旧暦)新暦で紀元前584年没)
今年は神武天皇没後2,600年ということで4月の天皇皇后両陛下の行幸をはじめ
神武天皇陵への皇室の方々のご参拝が多い。
古事記では神倭伊波礼昆古命(かむやまといわれひこのみこと)、日本書紀では
神日本磐余彦尊(かむやまといわれひこのみこと)の他に、始馭天下之天皇
(はつくにしらすすめらみこと)、若御毛沼命(わかみけぬのみこと)、
狹野尊(さののみこと)、彦火火出見(ひこほほでみ)などと称されています。
神武天皇という名前は奈良時代後期に文人・淡海三船(おうみのみふね)が
歴代天皇に漢風の名前をつけたものだそうです。
上の写真は参道入り口の石碑「神武天皇御陵」と書かれています。
石碑の裏側にはこちらも伝承上の2代目天皇の綏靖(すいぜい)天皇陵が
ここから北に3町にあるとした道標(上の写真)
近くにはこちらも伝承上の4代目天皇 懿徳(いとく)天皇陵もあります。
ここで神武天皇陵周辺の地図を添付しておきます。(下の2枚の写真)
上の2枚の写真は宮内庁書陵部畝傍陸墓監区事務所の看板と事務所建物
上の写真は畝傍御陵前駅の駅舎
当日は朝(9時前)から猛暑でした。
上の写真は駅から西側に歩いていくと大和三山の一つ畝傍山が遠くに
見えてきます。突き当りを右側(北側)に行くと神武天皇陵に着きます。
裁定されている神武天皇陵を訪問し写真を撮ってきましたので紹介します。
神武天皇陵の基本情報
住所:奈良県橿原市大久保町71−1 TEL:0744-22-3338
正式名:神武天皇畝傍山東北陵
上の写真は神武天皇御陵の近景です。
上の3枚の写真は神武天皇陵の遠景(参道より)
ここで神武天皇について簡単に触れておきます。
神武天皇(庚午年1月1日 (旧暦) 新暦では紀元前660年2月11日生まれ
- 神武天皇76年3月11日 (旧暦)新暦で紀元前584年没)
今年は神武天皇没後2,600年ということで4月の天皇皇后両陛下の行幸をはじめ
神武天皇陵への皇室の方々のご参拝が多い。
古事記では神倭伊波礼昆古命(かむやまといわれひこのみこと)、日本書紀では
神日本磐余彦尊(かむやまといわれひこのみこと)の他に、始馭天下之天皇
(はつくにしらすすめらみこと)、若御毛沼命(わかみけぬのみこと)、
狹野尊(さののみこと)、彦火火出見(ひこほほでみ)などと称されています。
神武天皇という名前は奈良時代後期に文人・淡海三船(おうみのみふね)が
歴代天皇に漢風の名前をつけたものだそうです。
上の写真は参道入り口の石碑「神武天皇御陵」と書かれています。
石碑の裏側にはこちらも伝承上の2代目天皇の綏靖(すいぜい)天皇陵が
ここから北に3町にあるとした道標(上の写真)
近くにはこちらも伝承上の4代目天皇 懿徳(いとく)天皇陵もあります。
ここで神武天皇陵周辺の地図を添付しておきます。(下の2枚の写真)
上の2枚の写真は宮内庁書陵部畝傍陸墓監区事務所の看板と事務所建物
上の写真は畝傍御陵前駅の駅舎
当日は朝(9時前)から猛暑でした。
上の写真は駅から西側に歩いていくと大和三山の一つ畝傍山が遠くに
見えてきます。突き当りを右側(北側)に行くと神武天皇陵に着きます。