無知の涙

おじさんの独り言

ハイスクール楽ガキ 「体罰と教室を染める夕日」

2008年04月26日 | 思い出

運命のイタズラ。
番狂わせ。
掛け違えられたボタン。

僕はフテブテ君と2人で電車に乗っていた。

フテブテ君はずっと自分の中学の頃の話をしている。
どんな悪いことをしてきたか、
どんなヤツとケンカしたとか、そんな話。

彼がなぜそんなに楽しそうに話しているのか
僕には分からなかった。

そう、僕にはダメージがあった
1次募集に落ちた僕に必死になって勉強を教えてくれた先生たちに。
好き勝手に迷惑かけてきたこの問題児に。

KOである。
完敗だったのだ。

 

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一次募集に落ちてから、数日後の放課後、
僕の前に一人の教師が立ちふさがった

「今日から勉強するぞ」
そう言ったのは僕が中1の時の担任で、
国語の教師をしている男だった。
熱血教師だった、昔は。
Nという名だった。

僕は無視してNの横を通り過ぎようとした。
だが肩を掴まれた。
掴まれた瞬間に、僕はその手を払いのけた。

「触んなよ」

だがNはそれでも僕の手を掴んで引っ張った。

「おまえ、ほんと変わったよなぁ」とNは言った。

僕はNを睨みつけた。
「変わんよ。あんたら大人相手だったら、俺は何にでも変わってやるよ」

Nの表情には明らかな怒りの色があったが、
それを口には出さず、僕の手を引っ張り続けた。

いい加減その状態が鬱陶しくなったので、
僕は力を込めてNの手を逆に引っ張り上げて、
どっかの教室のドアに背中から叩きつけた。

「ケッ、PTAが怖くて手ぇ出せねー腰抜けに、
 変わったなんて言われたかねぇな。
 あんたの方がよっぽど変わったぜ、熱血先生」

僕が中学に入学した初日に僕はN先生から名前で呼ばれた
先生に苗字ではなく、名前で呼ばれたのは初めてだったので、
とても驚いたのを覚えている。
だが悪くない感覚だった。
N先生は明るい先生だった。その反面、怒る時には半端なく厳しかった。
体罰も度々あった。
殴られたことは数十回、ケツバットなんて1日に2回は食らっていた。
だが僕は不思議とそんなN先生を慕った。

そんなある日、N先生が放課後にクラスのみんなを残した。
僕たちはまた怒られると思ってドキドキしていた。

そしてN先生が話し始めた。
「俺の体罰がPTAから問題視されている。
 もしかしたらもう担任でいられないかもしれん。
 だが俺は間違っていたと思っていない。悪いことをしたら、怒られる。
 それでも分からなければ、体に覚えさせる。
 お前たちが社会に出て、人様に迷惑をかけないように、
 学ばせるのが教師の、そして大人の役目だ」

夕日で教室がオレンジ色に染まっていたのを覚えている。
その夕日がN先生の影を黒板に浮かびあがらせていた。
それはとても悲しい光景だった。

「お前らに聞きたい」とN先生は続けた。
「俺のやり方が間違っているか、そうでないか。」

そしてN先生は一人ひとりの机に白紙を置いていった。

「間違っているか、間違っていないか、お前たち自身の考えを、
 その紙に書いてくれ。
 もちろんその紙は先生だけが見る。見たら捨てる。
 誰がなんて書いたかは分からないから、安心してくれ」

そして僕たちは黙ってその用紙に書き、
N先生はその用紙を回収した。

数日後、N先生は担任でなくなった

それから教師の体罰が学校から消え、
学校の秩序は音もなく崩れていった。

そして僕は3年になり、そのNに対して暴力を振るっている。

目の前でうずくまるNに背を向け、
僕は歩き始めた。

数メートル歩いたところで、
Nの声が廊下に響き渡った。

「お前が信じてくれる限り、俺はお前の担任だ!!!」

僕はハッとして、Nの方を振り返った。

よろけながら立ち上がるN。
「お前が信じてくれたから、俺はまだ教師でいるんだ。
 担任も持てないのにな。
 俺のたった一人の生徒をきちんと面倒みさせてくれよ」


あの時、僕は用紙に「先生のやり方は間違っていないと思います」
と書いたのだ。
理不尽な理由で体罰を受けたのは、ただの一度もなかったからだ。

そして、どうやらそう書いたのは僕一人だったらしい。

なんという事だ。
N先生から担任の資格を奪ったのは、
PTAでもなんでもない。
自分のクラスメイトだったのだ。

いや、確かにPTAの圧力もあったのだろう。
一人としてピタリと体罰を行わなくなったのだ。

しかしN先生から全てを奪ったのは、
間違いなく僕たち生徒側であった。

僕はしばし呆然として、立ちすくんだままだった。
そんな僕の肩にN先生が手を置いた。
「さ、他の先生も・・・が来るのを待ってる。
 今日からバッチリ勉強して、高校に行け」


N先生は昔のように僕の名前呼んで、
屈託のない微笑を浮かべた。

僕はそれまで押しとどめていた何かが一気に溢れ出したように、
しばらく泣いた。
あの日教室を染めたオレンジ色の夕日は、もう悲しくは見えなかった。

謝って済むものではない。
全てが間違っていたとも思えない。
ただ、大人だって一人の人間に過ぎない。
中学生の子供らと同じように迷い、悩み、傷つき、
日々を生きている。

大人というもの理解しようとした時、
子供は少し成長する。

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それ以来、僕は少し変わった、と思う。
だからこそ、このフテブテ君のマヌケさには閉口であった。

つづく

 

 


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