運命のイタズラ。
番狂わせ。
掛け違えられたボタン。
僕はフテブテ君と2人で電車に乗っていた。
フテブテ君はずっと自分の中学の頃の話をしている。
どんな悪いことをしてきたか、
どんなヤツとケンカしたとか、そんな話。
彼がなぜそんなに楽しそうに話しているのか、
僕には分からなかった。
そう、僕にはダメージがあった。
1次募集に落ちた僕に必死になって勉強を教えてくれた先生たちに。
好き勝手に迷惑かけてきたこの問題児に。
KOである。
完敗だったのだ。
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一次募集に落ちてから、数日後の放課後、
僕の前に一人の教師が立ちふさがった。
「今日から勉強するぞ」
そう言ったのは僕が中1の時の担任で、
国語の教師をしている男だった。
熱血教師だった、昔は。
Nという名だった。
僕は無視してNの横を通り過ぎようとした。
だが肩を掴まれた。
掴まれた瞬間に、僕はその手を払いのけた。
「触んなよ」
だがNはそれでも僕の手を掴んで引っ張った。
「おまえ、ほんと変わったよなぁ」とNは言った。
僕はNを睨みつけた。
「変わんよ。あんたら大人相手だったら、俺は何にでも変わってやるよ」
Nの表情には明らかな怒りの色があったが、
それを口には出さず、僕の手を引っ張り続けた。
いい加減その状態が鬱陶しくなったので、
僕は力を込めてNの手を逆に引っ張り上げて、
どっかの教室のドアに背中から叩きつけた。
「ケッ、PTAが怖くて手ぇ出せねー腰抜けに、
変わったなんて言われたかねぇな。
あんたの方がよっぽど変わったぜ、熱血先生」
僕が中学に入学した初日に僕はN先生から名前で呼ばれた。
先生に苗字ではなく、名前で呼ばれたのは初めてだったので、
とても驚いたのを覚えている。
だが悪くない感覚だった。
N先生は明るい先生だった。その反面、怒る時には半端なく厳しかった。
体罰も度々あった。
殴られたことは数十回、ケツバットなんて1日に2回は食らっていた。
だが僕は不思議とそんなN先生を慕った。
そんなある日、N先生が放課後にクラスのみんなを残した。
僕たちはまた怒られると思ってドキドキしていた。
そしてN先生が話し始めた。
「俺の体罰がPTAから問題視されている。
もしかしたらもう担任でいられないかもしれん。
だが俺は間違っていたと思っていない。悪いことをしたら、怒られる。
それでも分からなければ、体に覚えさせる。
お前たちが社会に出て、人様に迷惑をかけないように、
学ばせるのが教師の、そして大人の役目だ」
夕日で教室がオレンジ色に染まっていたのを覚えている。
その夕日がN先生の影を黒板に浮かびあがらせていた。
それはとても悲しい光景だった。
「お前らに聞きたい」とN先生は続けた。
「俺のやり方が間違っているか、そうでないか。」
そしてN先生は一人ひとりの机に白紙を置いていった。
「間違っているか、間違っていないか、お前たち自身の考えを、
その紙に書いてくれ。
もちろんその紙は先生だけが見る。見たら捨てる。
誰がなんて書いたかは分からないから、安心してくれ」
そして僕たちは黙ってその用紙に書き、
N先生はその用紙を回収した。
数日後、N先生は担任でなくなった。
それから教師の体罰が学校から消え、
学校の秩序は音もなく崩れていった。
そして僕は3年になり、そのNに対して暴力を振るっている。
目の前でうずくまるNに背を向け、
僕は歩き始めた。
数メートル歩いたところで、
Nの声が廊下に響き渡った。
「お前が信じてくれる限り、俺はお前の担任だ!!!」
僕はハッとして、Nの方を振り返った。
よろけながら立ち上がるN。
「お前が信じてくれたから、俺はまだ教師でいるんだ。
担任も持てないのにな。
俺のたった一人の生徒をきちんと面倒みさせてくれよ」
あの時、僕は用紙に「先生のやり方は間違っていないと思います」
と書いたのだ。
理不尽な理由で体罰を受けたのは、ただの一度もなかったからだ。
そして、どうやらそう書いたのは僕一人だったらしい。
なんという事だ。
N先生から担任の資格を奪ったのは、
PTAでもなんでもない。
自分のクラスメイトだったのだ。
いや、確かにPTAの圧力もあったのだろう。
一人としてピタリと体罰を行わなくなったのだ。
しかしN先生から全てを奪ったのは、
間違いなく僕たち生徒側であった。
僕はしばし呆然として、立ちすくんだままだった。
そんな僕の肩にN先生が手を置いた。
「さ、他の先生も・・・が来るのを待ってる。
今日からバッチリ勉強して、高校に行け」
N先生は昔のように僕の名前呼んで、
屈託のない微笑を浮かべた。
僕はそれまで押しとどめていた何かが一気に溢れ出したように、
しばらく泣いた。
あの日教室を染めたオレンジ色の夕日は、もう悲しくは見えなかった。
謝って済むものではない。
全てが間違っていたとも思えない。
ただ、大人だって一人の人間に過ぎない。
中学生の子供らと同じように迷い、悩み、傷つき、
日々を生きている。
大人というもの理解しようとした時、
子供は少し成長する。
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それ以来、僕は少し変わった、と思う。
だからこそ、このフテブテ君のマヌケさには閉口であった。
つづく