正直言って聴く前は彼の存在を低く見ていた。
何となく今風の軟弱な流行り音楽のような気がしていたのだ。
正しく食わず嫌いってやつだ。
大体ジャケットがいけない。これではジャズを聴くぞというモチベーションが下がる。クリス・ボッティらと同じ路線で売り出そうとするヴァーヴの下心だけが見え見えなのだ。
ティル・ブレナーのルックスやファッションもイマイチ気に食わない。こういうモデルのような人が本物のジャズをやれるのかという疑念も生まれる。まぁこれもやっかみ半分だ。
ティル・ブレナーをスムースジャズのアーチストだという人もいるだろう。
確かにメロウな雰囲気が全編に渡って流れていて、実に聴き心地がいい。
但し、よく聴いてみると彼が醸し出す雰囲気はむしろチェット・ベイカーに近いことがわかる。
彼のトランペットからはアンニュイでどこか冷めたようなムードが漂う。ヴォーカルもまた然り。
この作品にはカーラ・ブルーニやマデリン・ペルー、ルチアナ・スーザといったノラ・ジョーンズ系のヴォーカリストをゲストで招いているからますます都会的な感覚が増幅されている。
彼のミュート・トランペットはマイルスをも彷彿とさせる。
どちらかというと曲のテーマ部分をメロディアスに吹ききるタイプではあるが、マイルスに似た独特の哀愁感が全体を包み込んでいる。
考えてみればチェット・ベイカーもマイルス・デイヴィスもその時代を象徴する音を創り出していた。
そういう意味でティル・ブレナーのこの作品も今の時代を的確に表現していると思うのだ。
半ば諦めかけている時、遠くに一筋の光を見つけまた歩き出す。私はこのアルバムを聴くといつもそんな風に感じてしまう。
ウイリアム・クラクストンはこのアルバムを聴いて「海のような音楽だ」といったそうだ。確かにそんな風にも感じる深さである。
やはりこれは純粋なモダンジャズなのだ。