SENTIMENTAL JAZZ DIARY

感傷的ジャズ日記 ~私のアルバムコレクションから~

DINAH SHORE 「Bouquet of Blues」

2009年05月28日 | Vocal

私が持っているレコードコレクションの中でもこれは宝物の一枚だ。
みんなが寝静まった夜に、部屋にこもって一人こっそりこれを聴く。
何だかそんな聴き方が一番似合っているようなレコードなのだ。

ダイナ・ショアは実に上手いシンガーだ。
何というかさりげなく、それでいてゴージャズな雰囲気を漂よわせる名人である。
最近のクセのあるシンガーばかり聴いていると、こういった歌い手の凄さを実感してしまう。
声質や節回しに頼らない人こそ本物なのだ。

とにかく1曲目の「Bouquet of Blues(ブルースの花束)」からして泣けてくる。彼女の声の何と素直なことか。
それとリードをとるハーモニカが切ないこと、切ないこと。胸が締め付けられるようだ。
またひたひたと響く足音もムードを盛り上げている。
よく聞けばこの足音はハイヒールのようだ。彼女が雨に濡れた歩道を歌いながら歩いているような気になってくる。
まるで映画を観ているような臨場感に、思わず引き込まれてしまうのは私だけではないだろう。

このアルバムはこれ1曲だけ聴いて止めてもいいのだが、続く2曲目の「Good For Nothin Joe」、5曲目の「Lonsome Gal」もなかなかの出来だ。
これだけハートウォームな気持ちになれる作品も少ない。
このアルバムでは、純粋なこってりブルースよりも、こういったある意味淡泊な曲が光っているように思う。特にA面がいい。

今夜は手元に陶器のカップがあって、ビール片手に聴いている。
本当はカクテルなんかがいいんだけどね。

KETIL BJORNSTAD 「Floating」

2009年05月24日 | Piano/keyboard

澄んだ空気の中で響き渡るピアノ。
やっぱりノルウェーの音だ。
大きく切れ込んだフィヨルドの海岸線を、船に乗って湾内から見上げるとこんな音が聞こえてきそうだ。
Floatingというタイトルが示すように、水の上をプカプカ浮いているような感覚が心地いい。
加えて、小さかった頃に聴いた童謡にも似た懐かしさがこみ上げてくる。
きっとメロディにトラディショナルな部分があるからだろう。
これは日本人でも充分共感できる音だ。
これほど音楽に国境はないということを実感させられるアルバムもない。

ケティル・ビョルンスタは根っからの詩人である。
彼は短い言葉、例えば「夏の終わり」「夕暮れの空」といった類の言葉から連想されるイメージを、彼なりの方法で音に変換しているように思う。
そうでなければ、これほどまでに情景が浮かぶ音を作ることはできないのではないだろうか。
コテコテのジャズからはこうした感情はなかなか得られない。
要するにECM的なサウンドかと聞かれればそうともいえるが、そんな風ないい方で片付けたくはない作品だ。

このアルバムの魅力は強力なパレ・ダニエルソンのベースと、爽やかなマリリン・マズールのシンバルワークにもある。
先日マリリン・マズールの「エリクシール」も聴いてみたが、やっぱり実力者が奏でる音は深みが違うと思い知った。
ここではベテラン3人の余裕たっぷりな掛け合いをじっくり楽しもう。
ただほどほどにしておかないと、感極まって涙まで溢れてきそうだ。

SAM MOST 「Plays Bird,Bud,Monk and Miles」

2009年05月17日 | Clarinet/Oboe/Flute

見るからにいい人だ。
実直で優しく、何でも相談に乗ってくれそうな人に見える。
人は顔ではないとはいうものの、やっぱり顔にはその人の本質が出るものだ。
サム・モストのこの代表作を聴いていると、彼の顔と同様にその性格の良さが目一杯出ているのがわかる。
だいたい数ある楽器の中からクラリネットを選ぶ人にそう悪い人はいない(たぶん....)。
まぁそれくらいこの楽器の音色は暖かい。

サム・モストはフルート奏者、サックス奏者としても知られているが、ここでは全編クラリネットに徹している。
但し彼のクラリネットはボワ~ッという感じではなく、もうちょっとフルートに似て高音部が鋭角的だ。
同じ楽器でもベニー・グッドマンやバディ・デフランコとは一味違った音色なのだ。

さてこのアルバムだが、4人のジャズ・ジャイアントを取り上げ、コンボとビッグバンドで演奏したものが収録されている。
アレンジはどうやらボブ・ドローらしい。
4人のジャズ・ジャイアントとは、いわずもがなチャーリー・パーカー、バド・パウエル、セロニアス・モンク、マイルス・デイヴィスである。
このアルバムがベツレヘムから発売されたのが'57年だが、当時既にこの4人は別格扱いだったわけである。

この作品は全編に渡って熱気が溢れているが、私はビッグバンド編成の曲がお気に入りだ。
特にマイルスが作曲した「SERPENT'S TOOTH」はいい。
アンサンブルもよくまとまっているし、各ソロパートが実に美しく勢いがある。

考えてみれば、こういうちょっと地味な作品にこそ、ジャズを聴く真の喜びが潜んでいるものだ。
サム・モストといっても知らない人が多いだろうが、顔を見てどんな内容かを判断することも大切なのだ。




GRANT STEWART 「Shadow of Your Smile」

2009年05月13日 | Tenor Saxophone

テナーの音がやたらと太い。
エリック・アレキサンダーも太いが、このグラント・スチュアートはもう一回り太い感じがする。
実はこのCDを聴く前に、ティナ・ブルックスを聴いていたのだが、彼と比べたら確実に10倍は太い。
太けりゃ何でもいい訳ではないが、やっぱりこれがテナーという楽器が持つ本来のポテンシャルなのではないかと思うのだ。
そのテナーの魅力を存分に発揮して成功したのがソニー・ロリンズである。
50年代の彼は直感的なアドリヴのすばらしさと、その太い音色で一世を風靡した。
私はサックスなど吹いたことがないが、シロウトの私にもこういった音は誰でも出せるものではないことくらいは知っている。
「ロリンズみたいに吹きたい」と思っても、出てくる音は実に頼りない。世の中にはそんな風に感じているジャズプレイヤーがどれだけいるだろうか。
実際、ロリンズも血のにじむような練習をした結果、あの豪快なブローが可能になったと聞く。
おそらくグラント・スチュアートもそうに違いない。
でなければ、こんな豊かな音にはならないだろう。

グラント・スチュアートは1971年生まれだから、現在30代後半である。
ロリンズの30代後半は過渡期だった。
時代は60年代も半ばを過ぎ、コルトレーンやエレクトリック楽器に押されて、自分を見失っていた時期である。
私もこれ以降のロリンズはほとんど聴かない(何枚かの例外はあるものの)。
何がそうさせるかというと、第一に若い頃の太くてたくましい音が聞けなくなってしまったからだ。
これは年齢によるものか、楽器そのものの変化によるものか、はたまたロリンズ自身の志向が変わったせいかはわからない。
ただ彼特有の魅力が半減したことだけは確かである。
そういった意味においてもグラント・スチュアートはこれからが大事である。
枯れていくならそれもいいが、ロリンズの二の舞にだけはならないよう祈っている。


BOB COOPER 「Coop!」

2009年05月09日 | Tenor Saxophone

いわゆるB級盤といわれる類のものだ。
でもこういうレコードをかけている時が一番調子のいい自分であることに気づく。
気分がよくなければこのレコードにはたぶん手が伸びない。なぜかなんて野暮なことは聞かないでほしい。ウエストコースト・ジャズは文句なしにおしゃれでハッピーなのだ。

このボブ・クーパーのレコードを聴くといつも思い出す場所がある。
20年以上前の話だが、友人と行ったある港町のジャズクラブだ。
通りを歩いていたらライヴハウスのネオンサインが目に入ったので、衝動的にその店に入ることにした。
狭いレンガの階段を下りていきドアを開けると背の高い案内人が立っていて、いきなり「誰が好きか」と聞かれた。
思わず「は?」と聞き返すと、
「ジャズプレイヤーだよ」とそっけない返事。
咄嗟に「アート・ペッパー」と答えたら、彼は初めてニッコリ笑って「OK!」と肩を叩かれ、半分意味がわからぬまま席に連れて行かれた。
席に座って初めてわかったのだが、この店はどうやらウエストコースト・ジャズの店らしかった。
思い浮かんだ人がマイルスやコルトレーンでなかったのが幸いした。

私たちはステージから10mくらい離れた壁際の席にいた。その壁には様々なウエストコースト・ジャズのレコードが飾られていたのだが、その中の一枚にこの「Coop!」があった。私にとっては初めての出会いだった。印象的なジャケットだからすぐに目についたのだと思う。
私たちはビールを注文して開演を待った。
やがて若い白人のジャズメンたちが折り目正しいスーツ姿で登場。
メンバー構成は、テナー、トロンボーン、ヴァイヴ、そしてピアノ、ベース、ドラムスだった。奇しくもこの「Coop!」とほぼ同じ編成だ。
演奏は悦に入ったものだった。
彼らの名前などは全く覚えてはいないが、50年代のウエストコーストにタイムスリップしたような感覚になって大満足だった。
おそらく当時もこんなシーンはあちこちであっただろう。
ジェリー・マリガンやチェット・ベイカー、バド・シャンクといった粋な人たちが、その時代を謳歌したのである。

私は数日後、この「Coop!」をレコード店で手に入れた。嬉しかった。
あの時からウエストコースト・ジャズのファンになったのはいうまでもない。

BIG JOHN PATTON 「Let 'em Roll」

2009年05月04日 | Piano/keyboard

ごく希にだがオルガンジャズを聴きたくなるときがある。
ソウルフルで思わず身体まで火照ってきそうなヤツだ。
ジミー・スミスもいいが、今日はビッグ・ジョン・パットンを聴く。

メンバーにはグラント・グリーン(g)とボビー・ハッチャーソン(vib)がいる。
正直言ってこのアルバム、彼らのリーダーアルバムといっても過言ではないくらいの作品である。特にグラント・グリーンは全編に渡って大活躍しており、彼なくしてこの作品の成功は考えられない。
この人のギターにはいつでも魂が入り込んでいる。
テクニックがどうのこうのと言う以前に、持って生まれた抜群のリズム感覚が彼の指を自然に動かしているような気がする。
1曲目のタイトル曲を聴けば誰でも納得するはずだ。

ボビー・ハッチャーソンもオルガンとの相性という点でいい。
2曲目の「Latona」では、グラント・グリーンに負けず劣らぬリズム感覚で、随所でしっかりしたソロをとっている。
彼が登場すると体感温度も低くなるし、理性的なムードが高まってくる。
このアルバムが見た目よりもはるかに品がいいのは、間違いなく彼のせいである。

肝心のビッグ・ジョン・パットンを意識するのは、3曲目になってからだ。
「Shadow of Your Smile(いそしぎ)」、この曲はオルガンのために書かれた曲だと思わずにはいられない。
それくらいこの曲は見事にはまっていて唸らせる。涼しげなサウンドが実に心地いい。

この3人の他にオーティス・フィンチ(ds)がいる。
この人、目立たない存在ではあるが、スティックさばきもなかなかのテクニシャンだ。もっと見直すべき人だと思う。

ついでにいうが、タイトルがノリノリな雰囲気でいい。いかにも60年代というジャケットもいい。
これからの季節にもってこいだ。