SENTIMENTAL JAZZ DIARY

感傷的ジャズ日記 ~私のアルバムコレクションから~

ABBEY LINCOLN 「That's Him」

2008年01月25日 | Vocal

何はともあれバックのメンバーがすごい。
ソニー・ロリンズ(ts)、ケニー・ドーハム(tp)、ウィントン・ケリー(p)、ポール・チェンバース(b)、マックス・ローチ(ds)。
録音されたのが1957年だから、ロリンズはじめ全員の絶頂期である。だからこのアルバム、悪かろうはずがない。
考えてみればロリンズがこの時期にこうして歌伴を務めるなんてあまり聞いたことがない。
彼はもともとフロントに立つのが似合う人で、その豪快さから誰かの盛り上げ役になるなんてちょっと想像しにくい部分があるのだが、このアルバムを聴くとそれがいかに偏見であるかがわかるのだ。
どの曲もこうしたスーパーなバック陣に支えられて聴き応え充分のアルバムに仕上がっている。

さて主役はアビー・リンカーンである。マックス・ローチの奥さんだった人だ。
本名をアンナ・マリー・ウールドリッジという。このアルバムが発表される数年前には、キャビー・リーという名で歌っていたそうだが、1956年にアビー・リンカーンという名に替えたらしい。何とアメリカ初代大統領の名を拝借したのだ。
このことからもわかるように彼女は強い政治的思想を持った人だった。
マックス・ローチと結婚したのも、ローチが人種差別と徹底的に戦っていた姿勢に共感したためだと聞く。
こうした背景は彼女の歌い方にも影響を与えているように感じる。
どこかビリー・ホリディのようであり、ニーナ・シモンのようでもある。
上記の二人ほど重苦しくはないが、彼女の歌にも情念を感じるのだ。ゴスペルっぽい部分もある。

有名なのは1曲目の「Strong Man」かもしれないが、個人的にはラストの「Don't Explain」が好きである。
押し殺したようにつぶやくリンカーンもいいし、ドーハムのソロにも惹かれる。ついでにポール・チェンバースの替わりに弾いたというウィントン・ケリーのベースが単調ながら印象的だ。
何かと話題に事欠かない希有な作品である。