SENTIMENTAL JAZZ DIARY

感傷的ジャズ日記 ~私のアルバムコレクションから~

ROLAND KIRK 「the inflated tear」

2007年12月22日 | Clarinet/Oboe/Flute

研ぎ澄まされた感性が必要になる作品だ。
このローランド・カークの「the inflated tear(邦題:溢れ出る涙)」は、一曲一曲がどうだというより、全体を通して振り返った方が的確にご紹介できると思っている。
一番の印象は、どの曲にも漂うある種のやるせなさであり、それが彼の吹く多くの楽器を通して伝わってくる。
どちらかというとユセフ・ラティーフやオーネット・コールマンらに近く、気楽に聴き流せる類のジャズではない。しかしながら不思議と前衛的には感じない。彼の生み出す音は心の奥底から吐き出されるため息のようであり、実に自然で人間くさい音だからだ。

目の見えないローランド・カークには、視覚に替わるある種の特殊能力が備わっていたように思えてならない。
数本のホーンを銜えて演奏できる、なんていう見た目で判断できる単純なことではない。もっと内なるものである。
黒人としてのスピリチュアルな感性を、どの楽器を使っても表現できる希有な人なのである。
事実イングリッシュホーンでは疎外感や孤独感を、フルートでは繊細さと優しさを、テナーではたくましさと力強さを、他のジャズメン以上に迸らせる。しかもそれ全てがカークの人間性と直結しており、彼の考えていることや感じることが手に取るようにわかる気がするのだ。これはすごいことだと思う。

要するに彼の音楽は現代美術館で観るコンテンポラリーなアートに近いのだ。
彼ほど音楽を自己表現の手段として捉えている人は少ないのではないかと思う。
そうして考えてみると、こちらも自ずから鑑賞するときの心構えが違ってくる。
こんなジャズメンは他にいない。
もう少し長生きしてほしかった一人である。


BOBBY HACKETT 「Live at the ROOSEVERT GRILL」

2007年12月17日 | Trumpet/Cornett

ジャズのメインストリームはどこにあるか。
確かにモダンは大河のように幅広い。しかしながらジャズの本流は確実にニューオーリンズから流れている。
このアルバムにはそれを証明するかのような優れた演奏が記録されている。

ボビー・ハケットといえば1930年代から活躍してきたディキシーランドスタイルのトランペット&コルネット奏者である。
彼が残した作品は数多くあるが、中でも「コースト・コンサート」が有名だ。
この作品で彼のファンになったという人を何人も知っている。内容もさることながら、録音状態がよかったために非常に聴きやすいアルバムだったことが起因しているようだ。
このルーズベルト・グリルでのライヴはその「コースト・コンサート」に勝るとも劣らない彼晩年の代表作であり、モダンジャズ一辺倒の人にも充分楽しんでもらえる内容になっている。
このライヴは4枚のアルバムに分けて発売されており、ここでご紹介するアルバムは、その内の1枚目ということになる。
その4枚の内の2枚がレオ・メイヤーズドルフのジャケットデザインになっており、彼の描いた躍動感溢れるイラストとタイポグラフィが、ルーズベルト・グリルでの熱く楽しい雰囲気を私たちに伝えている。
このルーズベルト・グリルでの演奏にはゲストとしてヴィック・ディッケンソンが迎えられている。彼は中間派の代表的なトロンボーン奏者であるが、彼の参加によってこのアルバムの価値が大きくなったことはいうまでもない。

このアルバムがすばらしいのは何も演奏だけではない。
食器やグラスがふれあう音、客の大きな笑い声などがよく捉えられており、ステージと観客席が一体となっている雰囲気が伝わってくるからである。ジャズのライヴ録音はこうでなくてはいけない。
私も以前サンフランシスコのライヴハウスで、こうしたディキシーランドジャズの演奏を聴いたことがあるが、店に入って席に着いたものの、30分もしないうちに隣の見ず知らずの客と意気投合し、一緒に肩を組んで踊ったことがある。ハケットによる彼流ディキシーランドジャズもそんな底抜けに楽しい音楽であり、人種や言葉を超えて繋がりあえる魂の音楽なのだ。
あなたもどっぷりと浸かっていただきたい。

ARCHIE SHEPP 「Deja Vu」

2007年12月15日 | Tenor Saxophone

ライナーノーツを見ると「一言でいうと情念のバラードアルバム」だと書いてある。
全く同感だ。
私には少しばかり重苦しく感じられるが、こうした「泣き」のテナーファンは大勢いるだろうことはおよそ察しがつく。
60年代のアーチー・シェップを知っている人ならなおさらだ。
あれだけ尖っていた彼が、まさかこんな枯れた音のバラード集を立て続けに出すなんて予想もできなかったことだ。
彼もやっぱり歳をとったということなのかもしれない。しかしそこはさすがに百戦錬磨。ただ甘いだけのテナーではない。情念といういかにも恐ろしいものを漂わせる技術があるから、やっぱりバラードを吹いてもアーチー・シェップなのだ。

このアルバムはバラードはバラードでもフレンチバラード集である。
確かにどの曲を聴いても夜霧に包まれたパリの夜を連想してしまう。誰もいない石畳の上を一人歩いていくような感覚だ。正に泣きたくなるような夜をイメージさせる。この切ないムードを目一杯楽しめればそれでいいのだと思う。難しいことは抜きだ。
脇役陣もベテラン揃いで安心して聴ける。
ピアノはハロルド・メイバーン、ベースはジョージ・ムラーツ、ドラムはビリー・ドラモンドである。
アーチー・シェップの場合、メンバーにこれくらいの名手を持ってこないと極端にバランスが崩れるはずだ。
いうなればアーチー・シェップは暴れ馬。バックを務めるジャズメンの手綱さばきがキーポイントになるということである。

とにもかくにも、ヴィーナス・レコードの典型的アルバムだ。
ジャケットの妖艶な雰囲気(これは好きじゃない)、優秀な録音(これはすばらしい)、無国籍のような不思議なムード(録音はニューヨークなのに...)、これ全部がヴィーナス・レコードの特徴だ。
日本のレーベルも今や世界トップクラスになったといえる。


STEVE KUHN TRIO「Life's Magic」

2007年12月13日 | Piano/keyboard

しばらく留守にしていた。
出かけていたのは東北。既に雪景色だった。
外は寒いのだけれども出会う人はみんな温かい人たちばかりで、それが何より嬉しかった。

さて今日ご紹介するのはスティーヴ・キューンの「Life's Magic」である。
これはあの寺島靖国さんも絶賛していたアルバムだ。
1986年3月、ニューヨークはヴィレッジ・ヴァンガードでのライヴ録音である。メンバーはスティーヴ・キューンの他、ベースにロン・カーター、ドラムスはアル・フォスターといった布陣だ。いわゆる安定感のある実力派トリオといえる。
録音も各楽器の特性を上手く捉えていてバランスがいい。
こういうアルバムを聴くと、「やはりピアノトリオが最高だなぁ~」なんて思ってしまう。

寺島さんが特に絶賛していたのはこの作品の6曲目、「Mr. Calypso Kuhn」だった。
アル・フォスターのドラムスが大活躍するこの曲はスティーヴ・キューンのオリジナルで、海から南風が吹いてきそうな躍動感溢れる曲だ。
アル・フォスターは冒頭からドラムでソロをとる。まるでメロディを歌い上げるかのような見事な演奏だ。

考えてみればジャズのライヴに行くと必ず出てくるのがこのドラムソロだ。
ピアニストもベーシストもソロをとるのだから、ドラマーにもソロをとらせてあげねばなるまい、といった感じでこういうドラムソロが挿入される。これはジャズに限らずロックの世界でも同じ事だ。
しかし下手なドラマーに限ってドラムソロがやたらと長い。「もういいよ」とか思ってもなかなかやめてくれない。どうかすると他のメンバーはその間ステージから消えてしまうことも多い。きっとステージの影で一服しているのだろう。こっちもやれやれだ。
そういう下手なドラマーは、ぜひともここでのアル・フォスターを見習ってほしい。
彼は闇雲に叩いたりはしない。スティックがまるでシンバルやスネアに吸い付くように狙いをつけて叩くのだ。
正にこれこそ名人芸、文句なし。


NINA SIMONE 「JAZZ AS PLAYED IN...」

2007年12月04日 | Vocal

このニーナ・シモンのアルバムタイトルは「Jazz as Played in an Exclusive Side Street Club」と長い。日本では「ファースト・レコーディング」といった方が通りがいい作品だ。ジャズファン以外にも有名なベツレヘムの人気盤である。
彼女の歌はもうめちゃくちゃソウルフルだ。
名曲「I Love You Porgy」などを真剣に聴いていると涙がこみ上げてきそうで怖い。これだけ魂を揺さぶるヴォーカリストはどこを探してもいないと断言できる。これはもう好きとか嫌いとかいうような次元の話ではなく、私たちは彼女の存在自体をしっかり認識しなければいけないような気にさせるからすごい人だと思う。

彼女の持つこの一種独特な疎外感はいったいどこからくるのだろう。
とても失礼ないい方になってしまうが、まず彼女の表情が見るからに寂しげだ。まるで長い間虐げられてきた黒人の悲しさを一手に引き受けているような憂いがある。どんなに豪華なドレスを着たりイヤリングを下げようとも、彼女にはなぜか孤独感がつきまとうのだ。
ピアノの弾き語りというスタイルも大きく影響しているかもしれない。ピアノを弾くことで大きなボディランゲージができなくなり、その結果、鬱積された思いは歌以外にピアノを通じても伝わってくるのである。
彼女のピアノはそうした意味でも他のピアニストとは違う音を出す。彼女がジャズ・ヴォーカリストであるという事実はこのピアノがつくり出すものであり、彼女からピアノを取り上げれば純粋なソウル歌手になってしまう。

このアルバムはそんなニーナ・シモンの魅力を余すところなく伝える傑作である。
もちろん「I Love You Porgy」も好きだが、4曲目の「Little Girl Blue」が個人的なイチオシだ。
イントロの可憐なピアノが聞こえてくる辺りでもう万感胸に迫るものがある。
彼女のジャズピアノを堪能したければ、歌なしのトリオで演奏される7曲目の「Good Bait」とラストの「Central Park Blues」がお薦めだ。ここでのピアノを聴いていると、チェット・ベイカーがトランペットを歌うように吹くのと同じであることがわかる。ピアノは彼女の分身なのだ。

朝方から降っていた雨が雪に変わってきた。この季節に彼女の歌はよく似合う。最高の一枚だ。



※明日からまた一週間ほど留守にします....

ALAN BROADBENT 「'ROUND MIDNIGHT」

2007年12月02日 | Piano/keyboard

アラン・ブロードベント、ニュージーランドのピアニストである。
この人のアルバムを全部聴いたわけではないが、どれを買ってもあまり外れはないと思っている。彼はそれくらい安定感のある作品をつくる優れたジャズメンだ。洗練された雰囲気、卓越した技術とそつのなさは聴く者を圧倒する。

彼のピアノはとにかく「キレ」がいい。
ぼやけたところがなく、音が明快なのだ。これが洗練された雰囲気を作り出す原因だ。
演奏内容は肩肘張ったものではなく、ポピュラーなスタンダード曲を彼ならではの情感で弾きこなしている。但しどの一曲たりとも手を抜いた演奏はなく、それなりの緊張感を持って取り組んでいる姿が伺える。この緊張感はビル・エヴァンス・トリオにも通ずるものである。
最近パートナーを組んでいるブライアン・ブロンバーグは、正にスコット・ラファロのような存在感あるベースを弾く人だ。彼がいることで、よりインタープレイの緊張感が増幅されていく。曲によってはどちらが主役かわからなくなるほどだ。
ドラムスは最晩年のビル・エヴァンス・トリオの一角を成していたジョー・ラバーベラ。決して自己主張が目立つドラマーではないが、この人のドラミングには品がある。とりわけブラシとスティックの使い分けが上手い。
この3人ががっぷり四つに組んでそれぞれの曲を料理している。

印象に残る曲は何といってもタイトル曲である。
この「'ROUND MIDNIGHT」はモンクのつくった名曲であるが、あまりに馴染んでしまったメロディであるために最近は少々食傷気味であった。しかしここでの演奏はドラマチックで飽きさせない。
ブロードベントの流れるようなアドリヴの妙技、よく歌うブロンバーグのベース、タイム感覚の優れたラバーベラ。
ピアノトリオの傑作がここにまた生まれた。ぜひ聴いてほしい。



J.J.JOHNSON 「DIAL J.J.5」

2007年12月01日 | Trombone

全体にバランスのいい作品だといえる。
J.J.ジョンソンは、オレが主役だからといって決して大いばりしない。トロンボーンという楽器のせいかもしれないが、彼はむしろ他のメンバーの良さを引き立て完成度の高い作品に仕上げているのだ。
私が特に好きなのは5曲目「BLUE HAZE」以降の曲の配置である。
「BLUE HAZE」はマイルス・デイヴィスの作品で、いかにもマイルスらしいハードボイルドな仕上がりになっている。
J.Jはマイルスの替わりにトロンボーンを吹く。彼のトロンボーンがトランペットのように聞こえるのは彼の技量の高さもさることながら、トロンボーンをテナーと対等に渡り合えるクールな楽器にしたかったからだと思う。ここでの演奏を聴くとそれは見事に達成されていることがわかる。
しかし私は続く「LOVE IS HERE TO STAY」の音を聴いて安心する。トロンボーンがトロンボーンらしい音色で優しく響いているからだ。彼は挑戦的である反面、こういう歌心を忘れない人なのだ。
続く「SO SORRY PLEASE」はJ.J.抜きのピアノトリオになっている。このトリオを聴くことができるのもこのアルバムのもう一つの楽しみである。メンバーはトミー・フラナガン、ウィルバー・リトル、エルヴィン・ジョーンズだ。そう、この作品を録り終えたすぐ後にトミフラの名作「オーバー・シーズ」が生まれたのである。このトリオがリズム・セクションを形成しているのだからこの「DIAL J.J.5」が悪かろうはずがないのである。
そして続く「IT COULD HAPPEN TO YOU」では、これまたJ.J.抜きでボビー・ジャスパーのフルートが全編に渡ってフューチャーされている。トミフラの軽快なピアノに乗ったこのフルートの美しさはどうだ。思わずため息が出る。
そして「BIRD SONG」とラストの「OLD DEVIL MOON」になだれ込む。
ここでJ.J.が本領を発揮。「OLD DEVIL MOON」なんかは正にJ.J.のために書かれたようなメロディだと思わずにはいられない。彼にしか出せない音が確実にここに収録されている。

ジャズ通にはトロンボーンファンが多い。ニューオーリンズ時代からの花形だからだ。
しかしモダンジャズの時代になって急速にその出番が少なくなっていった。その理由を書いていると長くなるのでやめるが、J.J.はトロンボーンがモダンジャズの世界にもちゃんと通用する楽器であることを証明してくれた。彼の功績はとてつもなく大きい。