私の大先輩であり、親しい友人でもあった人が急逝したのは3年前だ。
私たちはよくお互いの家に出かけては、ジャズを聴きながら酒を飲んだ。
いつだったか、「最近ベニー・グッドマンに凝っていてね~」と彼はいった。
「ほぉ~、ロリンズ一辺倒じゃなかったんですね~」というと、
「ああ、最近ベニー・グッドマンのベストアルバムを買って聴いたらね、これが思いのほかいいんだ」とえびす顔になっていた。
「そうですか、曲は何がお薦めですか?」と聞くと、
「〈GOODBYE〉なんてもう最高だよ、俺が死んだら葬式にこの曲をかけてもらおうかな」と確かにいった。
彼のお通夜にはソニー・ロリンズの曲が流された。
これは私がもう一人の友人と一緒に選曲したものだった。
ベニー・グッドマンの「GOODBYE」もかけようかどうしようか正直悩んだが、結局かけなかった。
彼の希望なのだから流してやればよかったかもしれない。
でもその時はあまりにショックが大きく、とても「GOODBYE」の切ないクラリネットを流す気になれなかったのだ。
今でもその時のことを思うと、ちょっとした罪悪感に苛まれる。
ましてや、ベニー・グッドマンを聴く度にそのことが思い出され、それまでのような平坦な聴き方ができなくなった。
しかし、それはそれでいいのだと思っている。
音楽とはそれを聴く状況や環境によって大きくイメージが変化するものなのだ。
それ以来私も、自分が死んだらお通夜に何を流してもらおうかなんてことを考えるようになった。
真っ先に思いつくのはジャズではない。
ポール・サイモンの「There Goes Rhymin' Simon」というアルバムに収録されている「American Tune」だ。
他は全部ジャズでいいが、この一曲だけは何としても流してもらいたいと思っている。
私の中では、全てのジャンルを超えた名曲なのだ。
ポール・サイモンの優しくもあの人なつっこい声で歌われると、心静かに眠れそうな気がするのである。
私は今「GOODBYE」をかけている。
この曲は作曲したゴードン・ジェンキンスが後で歌詞をつけている。
その歌詞は、「決してあなたを忘れない...」で始まる。
私も決して亡くなった彼を忘れない。
真っ先に「ありがとう」といいたくなる人だったからだ。