ジャズ入門盤として必ず十指に入る名作である。
これじゃあヘレン・メリルの美貌が台無しだとして、このジャケットが嫌いだという人も多いようだが、私は好きだ。
少なくともクリス・コナーやアニタ・オディのように、大口を開けて歌っているジャケットと比べたらこちらの方が遙かに魅力的だ。
だいたいボーカリストは歌っている姿が生命線。それをどう撮すかはとても大事なことのはずだ。
そういう意味でもこのジャケットは、彼女の感情が高まった一瞬を見事に捉えている。
このアルバムが大ヒットしたのも、このジャケットが大きく関与していると思いたい。
少なくとも私はそう信じている。
この作品が吹き込まれた1954年、当のヘレン・メリルが24歳、脇役として最高の吹奏を見せるクリフォード・ブラウンもまた24歳。アレンジを担当したクインシー・ジョーンズに至っては若干21歳だ。
この若さでこの完成度、この成熟度は正に奇跡的だ。
特にクインシー・ジョーンズの実力は計り知れないものがある。
私が彼のファンになったのは、このアルバムとナナ・ムスクーリの「イン・ニューヨーク」を知ってからだ。
彼は聴く者のハートを射止めるのが実に上手い。
彼のアレンジのうまさを一言でいってしまうと、一つ一つの間の取り方に絶妙なタメを作れることにあるのではないだろうか。
この「間」のお陰で、それぞれの楽器やボーカルがドラマチックに浮かび上がるのである。
そんなことを考えながら、今日はこのアルバムを聴いてみる。
有名な「You'd Be So Nice to Come Home To」はもちろんいいが、5曲目の「Yesterdays」が私のお気に入りだ。
クリフォード・ブラウンの短くも哀愁漂うイントロを皮切りに、ゆったりとしたヘレン・メリルのハスキーな歌声が部屋中を包み込む。やがてシングルトーンの優しい静かなピアノが遠くから聞こえてきて、ここぞというタイミングでクリフォードがトランペットで歌い出す、といった構成である。
初めて聴いた時から既に数十年経っているが、未だに魅了されっぱなしだ。
死ぬまで聴き続けるであろう名盤である。
「帰ってくれれば」の演奏が始まると会場大拍手。
この時の相方トランペッターはアート・ファーマー。ブラウンの空前のソロとはまた違う意味での、この人らしい美学がありました。
この天下の名盤を聴くたびにあのコンサートを思い出しますが、歳を取るのも案外悪くないな、とも思えます。
60歳を超えたブラウンの演奏を聴くことはできないけれど、多分それはそれで素晴らしい演奏だったのではと思います。
短い人生だったけれどクリフォード・ブラウンも同じなのかもしれません。
これは正に一期一会。
人生の長さでは計れない喜びを感じます。